第357話 初等魔法学での見本
ソフィちゃんに連れられて来たカシュパル・メリライネンくんは、俺の「騎士になれるようにしてあげます」という言葉を反芻するように暫く黙って考えていた。
そして、「少し考えさせてください」とようやく口にし、椅子から立ち上がる。
「ソフィちゃん、一緒にお昼に行ってきたら」とヴィオちゃんが声を掛けたが、「いえ、いいです。ひとりで」とカシュパルくんは去って行った。
そんな様子を少し離れて伺っていたライくんたち他の部員が、こちらに来る。
「どうだった?」
「途切れ途切れしか、聞こえなかった、です」
部員たちが結果を聞きたがるので、ヴィオちゃんがざっと今のやりとりを説明する。
「騎士になれるようにするって、ザックが言ったの?」
「おい、大丈夫かよ、いきなりそんなこと言って」
「ホント、カシュパルくんがようやく口を開いて話をしてくれたのに、うちの部に入ろう、騎士になれるようにしよう、なんていきなり言い出すから、驚いちゃったわよ」
「でも、部長なら言いそう」
「勝算、あるですか?」
「え? 勝算? わかんない」
「ほんとに、もう」
「取りあえず、言っちゃった、ですか、ザックさま」
まあまずは、彼の剣術を見てみないとだよね。それからじゃないと、正直なところ、なんとも言えない。
「ソフィちゃん、カシュパルくんて剣術学は取ってるのかな」
「あ、少なくとも、剣術学中級には来てなかったです」
「凄く下手で自信が無いって言っていたから、そうなんだろうね。じゃ、初級か」
これはフィロメナ先生とディルク先生に聞いてみないとだな。
たしか次の3時限目が、フィロメナ先生の剣術学初級だった筈だ。
俺はジュディス先生の初等魔法学で1年生の面倒を見なければいけないから、明日にでも聞いてみるか。
それから交替でお昼を摂ることにしたので、俺はブルクとルアちゃんを誘って学院生食堂へと行った。
「聞いてみればカシュパルくんは、ルアちゃんのところのエイデン伯爵領の騎士の息子さんだったけど、ルアちゃんは彼を知ってるの?」
「カシュパル・メリライネンだよね。うーん、メリライネンていう騎士がいた気もするけど、あたしんとこは領都じゃないからなぁ」
ルアちゃんは、エイデン伯爵家に従うアマディ準男爵家の次女さんだ。
彼女のお父さんは、エイデン伯爵領の中のアラストル大森林に近い中堅クラスの町を治めていて、ルアちゃん自身もその町で育ったので、領都にはたまにしか行ったことがないのだそうだ。
そう言えば、カシュパルくんもルアちゃんの存在に気づいていなかったみたいだね。
「でもザックが、同じ北辺に生まれて生きる者、みたいなことを言ったら、彼は反応したんだろ。僕もなんとなく分かるよな」
「あたしも。そう言われたら、なにクソって思うよ」
「なにクソ?」
「だってさ、悔しいじゃん。北辺の者が弱いだなんて。あたしらは、ほかのとこの連中よりも強くなきゃいけないんだよ。ましてや騎士爵家の子だったら、必ずそう思ってる」
このセルティア王国で北辺と言われるのは、王国の最北、主に北方帝国との間にあるアラストル大森林に接する貴族領のことだ。
うちのグリフィン子爵領はもちろん、北隣にあるブルクくんのキースリング辺境伯領、南隣にあるお爺ちゃんのブライアント男爵領、その東のデルクセン子爵領、そして更に東のエイデン伯爵領の5つの貴族領。
つまり、単に北の地方であるというだけでなく、この世界で最も危険な場所と言われるもののひとつ、アラストル大森林が領地内にあるのが北辺とされる。
そしてこの5つの領主貴族家は、かつての15年戦争で先頭に立って戦った貴族家でもある。
その中でもうちのグリフィン子爵家は、最も武闘派とされているらしいけどね。
「もし、あの1年生が入部したら、僕も微力ながら剣術が強くなれるよう手伝うよ。同じ北辺に生きる者として、将来の北辺の騎士になる者のために」
「なになにブルクくん、カッコいいこといま言った。あたしもあたしもっ。北辺の闘う女子としてさ」
このルアちゃんと、それから俺のところのアビー姉ちゃんは、北辺の闘う女子なんでしょうな。
あとジェルさんはじめレイヴンのお姉さん方とか、その他騎士団の女性陣とか。
3時限目のジュディス先生の初等魔法学には、結局14名の1年生が正式に受講生としてエントリーしていた。俺を含めると15名ですね。
昨年は18人だったからちょっと少ない。今年の1年生は、こういった実地訓練系よりも座学がいいのかな。
俺の担当はこちらでも風魔法だ。
えーと、風魔法適性は4名ですか。女子3名に男子1名ですね。それではこちらに集まってくださいね。
全体の15名のうちでも女子比率が高いが、これは魔法学の講義では通例だ。
「はい、こんにちは。あらためまして、2年生のザカリー・グリフィンですよ。君たち風魔法グループを今年1年、お世話させていただきます。よろしくね」
「よろしくお願いします、ザカリーさま」
「みんなに言ってるけど、ここは学院だから、様付じゃなくていいんだよ。まあ去年は先生って呼ばれてたから、それでもいいけど」
「はーい、ザカリー先生」
まあ今年も、この講義の中だけは先生でいいか。なんだか俺も慣れて来ましたよ。
「それで講義ですが、ここにいる4人全員がウィンドカッターを撃てるようになるのが目標だよ。みんなは今現在、出来るかなー?」
「いいえー、ザカリー先生」「できませーん」
「そうですか、そうですか。それじゃ、みんなは何が出来るのかな? 入試の特技試験では魔法を選んだんだよね?」
「わたし、風を吹かせて、近かったら的に当てられまーす」
「わたしもー」「わたしも、そのぐらいー」
「そうですか、そうですか。君は?」
「あの、僕もそんな感じで」
入学試験の際に行う魔法特技試験は参考点なので、それほど高度な魔法を行う必要はないのだが、まあ一般的にはそんなものでしょう。
特に風魔法は、生活魔法レベルでは火魔法や水魔法と比べて用途が少ないので、子どもの時に熱心に稽古している者はわりと少ない。
「それでは、これから訓練して、ウィンドカッターが撃てるようになりましょう」
「ザカリー先生、ザカリー先生」
「はい、なんでしょう」
「あの、昨日、中等魔法学を受講した子に聞きましたー。ザカリー先生が講義を見学に来ていて、なんだか凄い魔法を見せてくれたって」
「あ、わたしも聞いたよ。とってもキレイだったみたい」
「わたしたちも見たいなー、ねえ、ザカリー先生」
「見たい、見たい。お願い、ザカリー先生」
「お願い、お願い」
こうなりますよね。
昨年はウィンドカッターを7つの人形の的に撃って、次々に首の部分を斬り落としたら、ジュディス先生に怒られましたな。
今回はいちおう先生に、事前に断りを入れておきましょう。
「という訳で、見本を見せろというリクエストがありまして、やっていいですか?」
「あなた、去年みたいに、いっぺんに首を7つ落としたりしないわよね」
「いやいや、ウィンドカッターの見本ですから」
「去年もそう言ってたわよ。あなた、中等魔法学で凄いアイスジャベリンを見せたそうじゃない。部長から聞いたわ。そういうのならいいけど」
ああ、そういうのですか。では少し工夫をしましょう。
「ではそんな感じで、ウィンドカッターの見本を」
「他の子たちにも見て貰っていい? せっかくだし」
「ええ、構いませんよ」
「やったー」
ジュディス先生が見たいんでしょ。ウィルフレッド先生がまた大袈裟に話したのだろうな。
それで、火魔法と水魔法のグループの子たちも集まって来たので、全員に見て貰うことにします。
「えーと、今からやるのは、風魔法のウィンドカッターの見本です。でも、いきなりやると怒られそうだし、それにウィンドカッターは実体として見えにくい魔法なので、わかりやすいように少し加工して、解説を加えながら見て貰います」
「怖いことはしないわよね」
「いま言ったでしょ先生。あくまでわかりやすく加工して、解説するだけですよ。ダイジョブダイジョブ」
「ほんと?」
「まずは風魔法ですが、これは他の魔法をこれから学ぶ人たちも知っておいた方がいいと思いますが、先ほど言ったように火や水と違って、目に見えにくいものです。基本は風ですからね。ですので、例えば敵でも味方でも、風魔法使いがいた場合には、その分、要注意になります。敵からの攻撃は察知しにくいですし、味方だとフレンドリーファイア、つまり誤爆やお互いの攻撃の思わぬ干渉要因にもなりかねません」
うん、みんな真剣に聞いてくれているね。
「それで今回は見本ですので、本来見えにくい風魔法をわざと見えるようにします」
俺は自分の直ぐ前方にウィンドウォールを出した。
これは風の渦巻きを徐々に上から見た楕円から平べったくして行って、壁のように立ちふさがりながらぐるぐる風が巡るようにする防御魔法だ。
「これはウィンドウォールです。前方からの攻撃を、風の壁で捉えたり弾いたりする防御魔法ですね。例えば弓矢の攻撃を防ぐにはとても有効です。僕の前方に風の壁が出来ているのですが、でも良く見えませんよね。そこで」
今度はこのウィンドウォールの内部に火魔法で煙のみを発生させる。グレーとかじゃなくて、白い煙がいいかな。
すると、風の壁の内部に現れた白い煙がみるみるうちに風に捉えられて、ウィンドウォールのかたちで渦巻いて動くのが見えるようになった。
「どうですか? 白い煙が出たことによって、どういう風に風の壁が出来ているのかが見えるようになりましたね。これは火魔法の応用で出している煙ですが、もちろん通常はこんなことはしません。だって折角の見え辛い壁が敵に見えちゃいますからね」
1年生たちからは「おぉー」とか「へぇー」とか、おそらく初めて見ただろうこんな魔法に驚きの声をあげている。
「それでは、いよいよウィンドカッターを撃ちます。皆さんは僕の後ろだと見えにくいですから、左右に分かれて、このウィンドウォールと向うにある的が見える位置に移動してください」
受講生たちはその言葉に二手に分かれて、俺とウィンドウォールの横方向の少し離れた場所に移動した。
「昨年の1年生の風魔法グループも、初めはウィンドカッターが出来ませんでした。でも努力して訓練して、秋には短縮詠唱の二連撃ちまで修得しました。ですから、皆さんも頑張ってください。風魔法グループだけじゃなくて火魔法も水魔法のグループのみんなも、きっと上手くなりますからね。では、そのウィンドカッター二連撃ちを、ほんの少し高度なかたちでお見せします。あと、分かりやすいように煙を加えた状態で風を飛ばしますが、普通は煙はありませんので、そこのところは誤解しないように」
その話に、左右の1年生たちが固唾を飲んで見ているのが伝わって来た。
では二連で撃ちましょう。
俺は発動の合図を兼ねて、右手の人差し指を前に出し、まず左から右へ横に、そして上から下へと縦に、空中に十字を斬った。そしてひと言「飛びますよ」と言って発動させる。
すると、ウィンドウォールが消滅すると同時に、まず薄く横長の風の刃が白い煙を纏って飛んで行き、その後を追うようにこちらは縦長の風の刃が白煙の軌跡を残しながら飛んで行く。
どちらも速度は、見えやすいようにやや遅めにしてある。
まず、横長の風の刃が人の形をした的の首部分を斬り落とし、続けて縦長の風の刃が胴体を縦に真っ二つにする。
的は首を落とされ縦に割られて、どさりと左右に倒れた。
「ひょぉー」「あわわー」「ふひゃー」
どうです、ジュディス先生。分かりやすかったでしょ。
俺が彼女の方を見ると、驚き顔でぽかんとしていた先生は俺の視線に気づき、そしてパチパチパチと拍手をし出した。
その音に、やはり呆然としていた1年生たちも手を叩き始める。
俺は昨日に引き続き、一礼をしてその拍手に応えるのだった。
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本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を短期連載予定で投稿しています。
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