第355話 先生の魔法解説と、ソフィちゃんの家庭環境
1年生の中等魔法学のオリエンテーション講義が終了し、受講生たちは解散した。
俺がウィルフレッド先生から先ほどの光るアイスジャベリンについて質問されていると、ソフィちゃんがおずおずと近づいて来た。
「あのぉ、ザカリーさん。今の魔法、凄かったです。キレイでした。感動しました」
「お、ソフィちゃん、ありがとう」
「なんじゃソフィーナさん。ザカリーと知り合いなのかの」
「はい。ザカリーさんの総合武術部に入部させていただきました」
「なんじゃと。ザカリー、お主は手が早いな」
「手が早いとは人聞きの悪い。ソフィちゃんが入りたいって、来てくれたのですよ。ね、ソフィちゃん」
「はいっ」
「ははーん、わかったぞ、ザカリー。お主が見学に来たのは、それに味をしめて1年生を物色に来たのじゃな」
「物色とは失礼な。優秀な人材の発掘、発見ですよ。ね、ソフィちゃん」
「はい。でも、わたしたちもザカリーさんの魔法が見られて、得しました」
「まったく、早々と1年生を手懐けおって。お主は本当に抜け目がないのう。それで、お主の目に留まったのは、やはりあの男子かの」
「そうですねぇ」
「カシュパル・メリライネンくんていう男子ですよね」
そうだねぇ。今日来た1年生の中では、やはりこのソフィちゃんとそのカシュパルくんという男の子が頭ひとつ抜け出ていたかな。
「先生はどう見ました?」
「そうじゃな。少々荒削りではあるが、キ素力の力はなかなかあると見た。あと、今日はやらんかったが、無詠唱や氷魔法も出来ると言うておったから、努力もして来たのじゃろうな。ザカリーはどうじゃ」
「先生と同意見ですよ。キ素力の循環が少々荒いので、氷魔法とかもおそらく発動が不安定なのでしょうね。その荒さを直して効率良くすれば、まだまだ伸びると思いますよ」
「なるほどな。ベースの部分か。これは参考になったわい」
「あの、ザカリーさんて、そんなことが分かるんですか? キ素力が見えたりとか?」
「ふぉっほっほ。お主はザカリーと知り合いになったばかりじゃろうが、こやつは驚くようなことをいくつも隠しておる。例えばさっき、こやつが見せた魔法じゃ」
おい、爺さま先生、あまり余計なことは言わないんだよ。
まあソフィちゃんは、うちの部員になったからいいんだけどさ。
「え、さっきの魔法ですか?」
「あれは何の魔法じゃか、お主にはわかるかの」
「えーと、氷魔法で、氷の槍ですよね」
「そうじゃな、アイスジャベリンじゃ。じゃが、ただのアイスジャベリンではない」
「えー、そうなんですか?」
「まず、こやつ、アイスジャベリンを出して、空中に浮かべておったじゃろうが。あれ自体が鋭くて美しい氷の槍で、まずあんな見事なものはなかなか作れん」
「そうなんですね」
「それが暫く空中に浮いておった。普通は、発動させたら直ぐにそこから飛んで行って、あのように浮かんで静止などせんわい」
「え、そうなんですか?」
「つまりじゃ、浮かせておくために何か別のことをやっておる」
「何か別のこと?」
じっさいは初歩的な空間魔法が付与されてるんですね。
既に実体のある物体や人の身体などを浮かせるのはもう少し高度になるけど、キ素力から変換された魔法による生成物は、普通に存在する実体あるものとは少々、物理的法則が異なるんだよね。
この辺の理屈はまだ俺も正確には把握してはいない。
しかし例えば火球魔法などの攻撃魔法は、変換され実体化したと同時に自らの推進力により対象に向かって飛んで行ったりする。
それはそうイメージしてキ素力を基に作られたからなんだけど、同じように対象に向かって高速で飛翔し、突き刺すようにイメージして作られたアイスジャベリンを、その本来の作用を停止させて空中に留めるには、別の魔法でそうさせる必要がある訳だ。
「さらにその氷の槍の内部に、こやつは光魔法を融合させおった」
「あの、キラキラ光って輝いていたのは、光魔法なんですね」
「そうじゃ。ひとくちに光魔法と言うても、これはそうそう出来るものではない。例えば火魔法じゃと、キ素力と火の元素の力を作用させて炎を作り出すが、では光はどうするのじゃ。これはわしにも理屈がわからん」
じっさいは光量子という粒子を作り出すのだろうけど、この辺のところは俺も物理学や量子力学上でちゃんと理解していないので、良く分からん。ましてや不思議現象の塊の魔法だしね。
「それで、光魔法をアイスジャベリンの中に融合させて、氷の槍の中から輝かせると、空中に留めていた何らかの魔法を解除して、本来のアイスジャベリンとして飛ばして的に当ておったのじゃ」
「的の全部を砕いて凄かったです。それに氷の槍も粉々になって。キラキラと光りながら飛び散って。とても美しかった」
「まあ、おそらくすべては、このザカリーの演出じゃ」
「演出?」
「皆に美しく見せるためじゃよ。それからあの氷魔法が出来ると言った男子にの」
やれやれ爺さま先生、そこまで解説しなくてもいいんですよ。
「そうか。魔法を繊細に丁寧に発動させると、あんなにも美しいものだって……。ザカリーさんて、やっぱり凄いです。さすがです」
「ザカリーの魔法はとてつもないが。ああ剣術もじゃな。じゃがこやつは、普段は変人じゃからな。そこのところは気をつけるんじゃぞ」
「おいっ」
「ふほほほ。まあ、悪いやつではないからの」
俺とソフィちゃんは魔法訓練場を後にして、1年生の専用教室棟の前庭に展開されている新入部員勧誘の出店テント村へと向かった。
そこに向かって歩いて行く途中、ソフィちゃんはまだ先ほどの俺の魔法やウィルフレッド先生との話の興奮が続いているようで、やたらと話しかけて来る。
「あのあの、ザカリーさんの魔法の先生って、やっぱりアナスタシアさまなんですよね」
「まあそうだね。僕も8歳から母さんに教えて貰ったから。いちおう」
「凄いですよね。ザカリーさんの前の魔法学特待生が、アナスタシアさまって聞きました。魔法の天才少女だったって」
今は天才魔法・元少女ね。面と向かってそう言ったことはないけど。きっと酷いお説教を喰らう。
「ソフィちゃんは、誰に魔法を教えて貰ったの?」
「わたしですか? わたしは、魔法も剣術もお勉強も礼儀作法も、ぜんぶ家庭教師の先生です。小さいとき、わたしの側にいたのは、その先生たちと侍女さんだけ」
彼女はおれの何気ない問いに、それまでの明るさから一転してそう小さな声で答えた。
あ、もしかして地雷原に足を踏み入れちゃいましたかね。でも聞いちゃったから、もう少し聞かないとマズいかな。
本人が話したくなければ、直ぐに話題を変えよう。
「ご両親とかご兄弟とかは?」
「あの人たちは、自分のことだけで忙しいから。それにわたし、末っ子でいちばん下で、兄や姉たちとも歳が離れてて、あまり遊んだこともないし」
グスマン伯爵家の四女さんてヴィオちゃんから聞いたよな。そうすると上にお姉さんが3人いて、お兄さんもいるのかな。
「ご兄弟は多いの?」
「兄がふたりに姉が3人もいます。そんなにいるのに、誰も魔法とか剣術とかに少しも興味がなくて。だから、その家庭教師が付いたのは、わたしだけです。たぶん、親も兄も姉も普段、わたしに関心がないから、せめて誰かに相手をさせようって。理由はそれだけ」
ああ、地雷原に深く入ってしまったような。
でも、俺もそうだけど、領主貴族家の子どもって同世代の友だちとかを作りにくい環境にいるから、どうしても他人の大人の間で育っちゃうんだよね。
その点、俺の場合には姉さんふたりのほか、騎士団の見習いの子たちがいたし、カロちゃんもいた。あとはトビーくんとか、お姉さん方とか、何よりもエステルちゃんがいつも側にいるからな。寂しいと思ったことはない。
尤も、本人の魂年齢が初めから大人だったのでね。
たぶんソフィちゃんは、同年代の友だちの作り方や接し方が良く分からないのだろうな。
そういうのは自然に経験して学んで行くものだと思うし、性格的には決して非社交的ではないと思うのだけど。少なくとも俺が見た限りでは、明るくて素直だし、良く話すしね。
同級生とかだと、逆に身構えて遠慮しちゃったりするのかな。
おそらく自分が四女とはいえ、領主貴族家の子女ということもあるのだろう。
えーと、どう話を繋ごうかと考えながら歩いていたら、うちの部の出店に着いてしまった。
少しほっとしたのは、正直なところだったのだが。
「あ、ザックくん、ソフィちゃん、お帰り。って、やっぱりあなた、1年生の中等魔法学の講義に行ってたのね」
そりゃヴィオちゃん、1本釣り戦術の対象選定活動ですからな。
「それで、どうだったの?」
「おお、聞いてください。ひとり良さそうな男子がいたよ。ね、ソフィちゃん」
「はい。無詠唱と氷魔法が出来るって言ってました」
「へぇー、それは有望そうかも。それで声は掛けたの?」
「いやまだ。今日はその子を見つけただけ」
「でもヴィオさん。凄い魔法をザカリーさんに見せて貰いました」
「部長っ。1年生や先生に迷惑かけてないわよね」
「えー、迷惑なんかぜんぜんかけてないよ。ね、ソフィちゃん」
「はい。とても美しい魔法でした」
他の部員の皆もやって来たので、それからひとしきりソフィちゃんが先ほどの魔法の話をする。
皆もそれを聞いて見たがったので、今度また披露することを約束させられてしまいました。
「それで、その男子へのアプローチはどうするんだ、ザック」
「次回の講義だと、5日後になっちゃうよね」
「他の課外部も、きっと目を付ける、です。総合魔導研究部とか」
「あのぉ」
「ソフィちゃん、どうしたの? 遠慮なく言ってね」
「わたしが、えーと、あの男子に声を掛けてみようかと」
「え、ソフィちゃんが? あなた、大丈夫?」
「あの、上手く行くかわからないですけど、同じ1年生ですし」
「どうする? 部長」
そうか、ソフィちゃんが自分から男の子に声を掛けるのか。
お父さんとしては、じゃなくて部長としては少々心配ではあるけど、でも部員勧誘とはいえ自分から同学年の子に声を掛けようとするのは、この子にとっても良いかも知れない。
「そうだなぁ。それじゃ、最初のアプローチはソフィちゃんに任せてみるか。無理はしなくていいんだからね」
「部長がそう言うなら、ソフィちゃん、やってみる? 詳しい説明とかはこっちでするから、まず興味を持って貰って、ここに来てくれるだけで御の字よ」
「はい、わたし、頑張ってみます」
こうして、あのカシュパル・メリライネンくんへのアプローチは、ソフィちゃんが試みることになったのだった。
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