第354話 1年生の中等魔法学を見学する
剣術学上級の時間が終わって次の4時限目は空き時間だったが、俺は新入部員勧誘の出店には戻らずに、直ぐ近くにある魔法訓練場へと向かった。
何故かって? そりゃ、1年生の中等魔法学の講義があるからですよ。
講義開始時間までにはまだ少し間があるので、俺は訓練場のフィールドを囲む観客席の方へと行く。
魔法訓練場は撃ち損ねた攻撃魔法が当たっても良いように、フィールドを囲んで硬化させた煉瓦造りの高い壁が巡らされている。
その壁の外側に観客席があるのだが、総合競技場ほどの席数はない。だいたい4列ほどだね。
いつも講義が行われる辺りが良く見える座席の最前列に座って、俺は1年生が集まって来るのを眺めていた。
ひとり、ふたり、3人……。ふーむ、これで12人か。昨年はもっといたよな。
剣術学中級もそうだったようだが、今年の1年生は剣術も魔法も自信のある学院生が少ないのかな。まあその年々で、人数の多い少ないがあるのだろうけど。
お、ソフィちゃんも来てるね。ひとり、ぽつんと居て誰とも話していないから、未だに親しく話す友だちとかが出来てないのかな。
それにしても彼女は、何をキョロキョロしているのだろう。
あっと、見つかった。別に見えにくくなる結界とかは張っていないので、まあいつかは誰かに見つかるのだろうけどさ。
こらこら、俺に手を振るんじゃありません。他の子も気づくでしょ。
ほら、側にいた女の子が気づいてこっちを指差し、また別の子に教えてるじゃないですか。
きゃーとか、あれーとか、声が聞こえて来る。
どうする? 俺も手を振る? いやいや、そんなことのためにここに来たのではありませんぞ。
そうこうするうちにウィルフレッド先生がやって来て、ようやく少し静かになった。
他のふたりの教授はいない。まあ、そうだよな。
「ようし、静かにするのじゃ。皆、わしの講義に良く来てくれたの。それでは、中等魔法学のオリエンテーション講義を始めますぞ。まずは講義の説明じゃな。1年生では初等魔法学とこの中等魔法学があるが、初等では安定して攻撃魔法が発動出来るようになる訓練に主眼を置いているのに対して、中等魔法学では安定して発動出来るのを前提に、より強力に、より素早く発動出来るよう学んで貰うのじゃ。うん? 何をまだザワザワしとるのかいの」
ウィルフレッド先生の講義説明は昨年と同様だが、それはいいとして1年生の皆さん、こちらを気にしないで静かに先生の話を聞いてあげなさい。
「ん? なんじゃ? お、そこにおるのは、ザカリーではないか。お主そこで、何をしとるんじゃ」
あらー、ウィルフレッド先生にも気づかれたではないですか、いつかは気が付くとは思ったけど、少々早かったな。
「あ、どうも」
「どうもではないわ。お主はどうして。ちょっとこっちに来なされ」
「いえいえ、お気になさらず。どうぞ、講義を進めて、進めて」
「お主がそこで見ておったら、もの凄く気になるわい。下りて来んかい」
「どうしても?」
「どうしても、じゃ」
うーん、仕方ないなぁ。どうしてもと言うのなら、では。
俺は座席から立ち上がり、その場からトンと跳んで、1年生たちが集まっているフィールドにストンと着地した。
「おぉー」「ふぁー」「ひょえー」
「お主は……。1年生が吃驚するじゃろうが。あんなに高いところから、離れたここまで跳びおって。今のは魔法ではないのかの」
「いえ、ただの体技で」
「ただのって、普通の人間がそんなに跳べるものじゃろうか……まあええ。それでザカリー、お主はどうしてここにおるのじゃ」
「どうしてって、先生が近くに来いって言うから」
「そうではのうて、どうして今、この時間に魔法訓練場におるのかを聞いているのじゃ」
「ああ、見学ですよ、ただの見学」
「見学って、どうして」
「それより先生、お話の途中だったでしょ。早く講義説明をしないと。1年生の皆さんが待ってますよ」
「お主のせいじゃろが。まあええわ。ゴホン。説明を続けますぞ。あ、このザカリーは気にせんで良いから」
それで俺は仕方なく、ウィルフレッド先生の横に立ったまま講義を見学することにした。
「あーっと、どこまで話したか、調子が狂うわい。そうじゃ、講義説明の続きじゃな。それでじゃ、それぞれの魔法を四元素適性ごとに高めて貰うと共に、他の適性を探ったり、複合魔法など四元素魔法以外についても最終的に挑んで貰えればと思っておる」
次の手順としては、今日集まった受講生たちの現在の能力や適性を申告させる、だよね。
「まずは諸君たちのことを知りたいので、短縮か無詠唱で攻撃魔法が発動出来るかを教えてくだされ。まずは短縮詠唱ならという者は、手を挙げて」
6人ほどが手を挙げた。半分か。昨年もそんな感じだったから、まあそうなんだろうね。
「では次に、無詠唱で発動出来るという者。いや、まだ安定しておらんでもいいですぞ。とにかく発動が出来るという者じゃ」
お、ソフィちゃんがおずおずと手を挙げた。それから俺を見てニコっとするのはやめなさい。
ソフィちゃんひとりだけかな。おやっ、もうひとり遅れて手を挙げたね。男の子だね。体格はもうひとつでひょろっとしてるけど、決してひ弱な感じではないな。
「よしよし、いまどちらにも手を挙げなかった者も、わしの講義で少なくとも短縮詠唱が出来るようにしますぞ。それでは次に魔法適性を教えてくだされ。良いかな? では順番に聞いて行きますぞ」
ウィルフレッド先生が、火、水、風、土と聞いて行き、それぞれが自分で把握している適性元素の時に手を挙げる。
今年もやはり火魔法が多いね。ソフィちゃんもその中のひとりだ。あとは水魔法と風魔法に分かれ、案の定、土魔法で手を挙げる者は誰もいない。
どうして土がいないのだろうか。何度も思うのだが、俺の身近にはダレルさんとライナさんという達人ふたりに全適性のあるエステルちゃん、俺自身も加えれば4人もいるので、どうも不思議でならない。
そのうちこの不思議が解明出来るのでしょうかね。
そして、無詠唱が出来ると先ほど手を挙げた男の子は水ですか。なるほど。
俺が先日見たところでは、ソフィちゃんは本人は自覚していないものの、火以外に水と風の適性があるから、あの男の子も他の適性があるかも知れないね。
あとでどうせキ素力循環の準備動作をやるだろうから、その時に見鬼の力で見てみましょう。
「さて最後の質問じゃが、四元素魔法以外の魔法が出来る者はおりますかの。もしいたら教えてほしいのじゃが」
その先生の質問に、少し間を置いてあの男子が自信なさげに手を挙げた。
「おお、お主か。お主、名前は?」
「あの、カシュパル・メリライネンです」
「カシュパル君か。君は何の魔法が出来るのかの」
「えーと、氷を。でも、なんとかです。でも、ときどき失敗します」
「ほうほう、氷ですか。よいよい。失敗は初心者のうちはつきものじゃ。この講義で訓練して、安定して発動出来るようになれば良いですぞ」
カシュパル・メリライネンくんですか。家名持ちだから貴族か騎士の子かな。
確か領主貴族家にメリライネンという家名は無かったから、準男爵家か騎士爵家、または古い家名持ちの一般の家ということもある。
まあそれは良いとして、水魔法適性で氷魔法が出来るということは、風魔法適性もある可能性は高いね。
それからウィルフレッド先生は、講義の具体的な進め方についての説明を行い、実地訓練の初めとしてキ素力循環準備動作のやり方を教えながら皆にやらせた。
これは先日の初等魔法学でもそうなのだが、昨年から各魔法学の講義で取り入れているもので、じつはアン母さん直伝の方法を俺が伝え、どの魔法学の講義でもやるようになったんだよね。
学院入学前に、魔法を教わっていた時から似たようなことをしていた子もいるし、まったく初めての子も中にはいる。
しかし、これを行うことによって、キ素力循環の効率や強さを高めることが出来るのだ。剣術の素振りと同じように、是非欠かさずやってほしい。
それで俺は1年生がこの動作を行っている間に、見鬼の力でそれぞれのキ素力を見ることにした。
なるほど、やはり強さや質の高さではソフィちゃんが抜きん出ているね。
あとはと、ああやはりカシュパルくんか。効率性は少々悪く質も落ちるが、力強さはある。
氷魔法の発動をときどき失敗するというのは、キ素力の関係もあるかな。あと、風魔法の適性はあるね。本人が自覚出来ていないだけだ。
講義ではそれから、出席した12名の1年生が順番に自分がいま発動出来る魔法を的に向けて撃たせる。
ソフィちゃんは火球魔法ですね。うん、火球はキレイでうまく絞られている。威力はまだまだだが、なかなかいいですよ。詠唱もごく短くして、今回は確実にという感じだ。
それからカシュパルくんはどうでしょう。こちらも短い詠唱で水弾を撃つ。少々カタチは乱れているが、良く圧縮された強い水弾だ。
これはいよいよ第一候補ですな。
「では、本日の中等魔法学の講義は以上としますぞ。それでは、わしの講義を正式に選択する者は、選択科目書類に入れて提出するように。提出は本日中じゃから忘れんようにな」
講義はこれで終了ですな。ソフィちゃんの魔法を見たのと、あのカシュパルくんという男子が発見出来たから、見学に来た甲斐があったな。
ん? ソフィちゃんが手を挙げてるけど、どうした。
「お主は、ソフィーナ・グスマンさんじゃったかな」
「はい。1年A組、ソフィーナ・グスマンです。あの、先生にお願いがあるのですが」
「お願いとは、何かの」
「はい、あの、今日この講義に、ザカリー・グリフィンさんがいらしてます。それで」
「ああ、珍しく静かにしておるのが不思議じゃが、ここにおるのはザカリーじゃ」
「それで、せっかくですから、ザカリーさんに何か魔法を見せて貰えないかと思いまして」
ソフィちゃんのこのいきなりの発言に、1年生たちがザワザワし出す。
「ウワサのザカリーさまの魔法」「わたしも見たいわ」「おい、噂はホントかどうか分かるぞ」「どんな魔法かしら」などと、口々に洩らす声が聞こえる。
「あの、ザカリーよ」
「はい?」
「1年生があんなこと言っておるのじゃが」
「困ったものですねぇ」
「ちっとも困った顔をしとらんが」
「いやいや、そうでもないですよ」
ウィルフレッド先生がソフィちゃんの発言や皆の声を聞いて、俺の側に来て小声でそう聞いて来る。
「まあ、仕方ないので、ひとつぐらいは」
「それは良いが、あの大嵐とかはやめてほしいのじゃが」
ああ昨年の学年末試験の際、番外のエキシビション魔法みたいな感じで、四元素魔法の究極とも言える大嵐を急遽組立ててやったんだよな。
まあ規模としては、極めて小さくしたものだったけどね。
「その、一般人が出来るレベルで」
「一般人が出来るレベルですか。それはなかなか難しいですなぁ」
「普通、逆じゃろうが」
「まあ良いでしょう。では、シンプルな単一の魔法で」
「おお、それなら」
「では、ザカリーが見本の魔法をひとつ見せてくれるそうじゃ。皆、良かったの。ではザカリーよ、頼みますぞ」
何をしましょうかね。折角ですから、キレイなのがいいですよね。
それで俺は氷魔法を撃ってみることにした。普段はあまりやらないのですがね。
まずは空中にアイスジャベリンを出します。細くて鋭い氷の投げ槍。長さは2メートルぐらいだ。
これだけでは少々地味なので、通常版の光魔法を同時発動してアイスジャベリンに融合させる。
すると氷の投げ槍は、その内部から光り出し、その光はジャベリンの表面を乱反射しながら透過して輝き始めた。
では投げましょう。俺は人差し指を上に伸ばして顔の横に掲げ、それから的に向けて指差す。
すると空中に浮かんでいたアイスジャベリンは、一気にもの凄いスピードで的に向かって飛翔し、あっと言う間に突き刺さる。
そして的全体を粉砕し、槍自身も氷の細かな粒となってキラキラと光とともに四方に飛び散った。
どうでしょう。キレイだったでしょ。
「ふぇー」「おぉー」「ひゃー」
1年生が洩らす嘆息が聞こえ、やがて誰かがパチパチパチと拍手をし出す。
ソフィちゃんが驚き半分、笑顔半分の不思議な表情で手を叩いていたのだ。
その拍手に釣られて、他の1年生の中からも手を叩く者が現れ、そして終いには全員が拍手をし出した。
「よかった、よかった。なんと鋭く、なんと力強く、そしてなんと美しいアイスジャベリンなのじゃ。本当にキレイじゃった」
あらま、ウィルフレッド先生も拍手をしていただいておりますか。
俺はそれらの拍手を受けながら、取りあえず一礼をするのだった。
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