第353話 剣術学講義の運営対策と下地づくり
翌日はオリエンテーション講義の最終日の5日目。3時限目にフィランダー先生の剣術学上級(1)の講義がある。
この講義は1年時の剣術学中級の受講生が進むものだから、必然的に今日、出席するのはブルクくんとルアちゃん、そして俺の3名だけになる。
対する教授側は、担当教授のフィランダー先生にディルク先生とフィロメナ先生を加えたやはり3名。
今年も昨年と変わらず3人揃ってますね。もうこれは講義と言うよりは、特殊なゼミですな。
そしてこの講義の場合、魔法学でのアシスタントやアドバイザーといったお役目が俺にはないので、基本自由だ。
先生から求められれば相対することもあるが、俺の自由気ままに訓練をさせて貰っている。
尤もブルクくんとルアちゃんには、先生方がしっかり指導をしているけどね。
「おう、3人とも良く来たな。今年もよろしく頼むぞ」
「今年もよろしくお願いしますね、皆さん」
「ブルクくん、ルアちゃん、よろしくね。えーと、ザックくんも」
フィロメナ先生が少々俺に対する様子がおかしいけど、まあ気にしないでおきましょう。
彼女も良く顔を合わせているし。
「それでだ。今年の講義は基本的には昨年と同様なんだが、じつは今になって少々心配なことがある」
ははーん、もう分かりましたぞ。これは来年以降の件ですな。
ブルクくんとルアちゃんは顔を見合わせて少し不安そうな様子だが、キミたちは大丈夫だからね。問題はどちらかと言うと、先生たちの方だ。
「はいっ」
「お、何だザック。手なんか挙げて」
「ほうほう、フィランおじさんは、そんなに余裕をこいてていいんでしょうかね」
「な、なんだと。何か言いたいことがあるのなら、言って貰おうじゃないか。それから、フィランおじさんてなんだ」
「じつは昨日、僕はある情報を得ました。そこからの類推ですな」
「ん? 情報ってなんだ」
「今年の1年生の、剣術学中級講義のことですよ」
「お、おう、そ、そうか」
「どうやら先生、今年の1年生は10人全員を残そうとしてますね」
「おまえ、どうしてそれを知ってる」
「ははーん、図星ですな。それはつまり、その先、具体的には3年生4年生になった時のことを見越してと、僕は見ましたよ」
「え? それって昨日聞いた話だよね」
「どういうことなんだ、ザック」
ルアちゃんとブルクくんも、俺の言葉に思わずそう口を開いたが、それでは今からご説明しましょう。
「要するに、3年生からは剣術学もゼミだけになる。ここにいる3人の先生方がそれぞれ受け持つゼミが3つだけね」
「ああ、そうか」
「それって、どういうこと?」
「通常、ゼミに進むのは、1年生の時に剣術学中級、そして2年生で剣術学上級を学んだ者だ。つまり僕らの学年だと、僕たち3名。しかし僕は剣術学特待生だから、実質は君たち2名」
「あっ!」
「そう、受講生が足りない。普通、剣術学と魔法学のゼミは、先生ひとりに対して受講生は3名か4名程度と聞いている。しかしですよ。これは大問題だよね。もちろん、2年時の剣術学中級(2)を受講している学院生の中から、希望者を募って試験を行いゼミに入れることは出来るし、そういうケースは珍しくない。重ねてしかしだ。もし希望者がいなかったら? 昨年、剣術学中級諦め組とまで揶揄された彼らが、拒否したら? これは剣術学部門としては大問題だ。だから、今年の1年生の剣術学中級では、10名を確保しようと……」
「わかった、わかった。もう勘弁してくれ。すまん、謝る。俺が悪かった。ザックの言う通りだから、その辺で」
「あと、今年の剣術学中級(2)に僕を引っ張って行ったのも、その辺が多少関係してますよね、フィロメナ先生」
「あははは。ザックくんて、スゴいなー、アタマいいなー、サスガだなー。でもそれだけじゃないのよぉ」
初めからフィロメナ先生の様子がおかしかったのは、もうこれで理解出来る。
それからディルク先生は、こいつ抜け駆けしやがってと怖い目でフィロメナ先生を見ないようにお願いします。
「もう、ぶっちゃけて言うぞ。そうなんだよ。来年の剣術学上級ゼミ存亡の危機なんだよ。もしそうなったら、学院長にこっぴどく怒られるんだ。でも、1年生の初級と2年生の中級を受け持っていない俺には、こいつはどうしようもない。それに確かに、ザックの言う通り、今年の中級を受講する学院生から拒否される可能性も多分にある。だからよ、ディルクとフィロメナには、今年1年間で来年のゼミに進んでくれる者を受講生の中から見つけるよう、頼んでいるんだ」
フィランダー先生、ぶっちゃけましたね。
これ以上追求するのは、可哀想だからやめてあげましょうかね。
「まあ、僕の予想通りということで。今はこの話はこれぐらいにして、取りあえずは講義を始めましょう。まずは素振りで気分を変えて、それからそうですね、先生方3人で順番にブルクとルアちゃんの打ち込みを受けてください。3人の先生で打ち込みを3回ずつ受けて、それで1周。それを2周して今日は終了とします。いいですか?」
「お、おう」「は、はいっ」
「で、ザックはどうすんだ?」
「僕はそれを見ながら、少々考えごとを。こちらは気にしなくていいですよ」
「わ、わかった」
「では、各自間隔を取って。素振り、始めっ」
「はいっ」
ブルクくんとルアちゃんなら、合計18回の打ち込みなど何ほどのことはないが、それぞれに実力がありタイプの異なる3人の先生は、2年生になっての稽古初めとしては良い相手だ。
素振りが終わった後に始まった打ち込み稽古を、俺は少し離れて眺める。
「よし、止めっ。では、今回の講義は、これで終了とします。お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
「先生方は、少し残ってください。ブルクとルアちゃんは、またあとでね」
「それはいいがよ、ザック」
「なんですか? フィランダー先生」
「これって、俺の講義だよな」
「なに言ってるですか。当たり前じゃないですか」
「お、おう」
それで3人の先生と剣術訓練場の休憩室に行く。少々作戦会議と交渉だね。
「さて、先ほどの件ですが、僕も皆さんの打ち込み稽古を見ながらつらつら考えるに、これは放っては置けない事案であると思うに至りました」
「お、そうか。そうだよな」
「もし、来年と再来年の剣術学上級ゼミの受講者が、ブルクとルアちゃんだけになるといった事態になったら、彼らにも可哀想ですし、それから剣術学特待生たる僕も責任を感じざるを得ません」
「そこまで考えてくれていたのか、ザック」
「ちょっと怪しい気もするけど、でもここは素直に受取るわ」
フィロメナ先生、あまりおかしな発言をすると次回、扱きますよ。
ジロっと俺が彼女を見たら、そこでひっとか言わないように。
「それでです。これは僕も協力しないと、と考えまして」
「お、協力してくれるのか」
「はい、ご協力しますよ。はからずも、いえ、本当にはからずもですが、今年、僕はフィロメナ先生の剣術学中級(2)を受講することになりましたので、その講義でこれはと思う受講生を来年のゼミに進むよう、1年間をかけて働きかけ出来ればと思います。それからディレク先生の講義は、選択科目が重なる関係上、参加することが出来なさそうなのですが、課外部活動中の時間などで、先生の講義の受講生の力を見て、同じく働きかけをしますよ」
まあ、ヴィオちゃんとライくん、それにディレク先生の講義を受講するカロちゃんに実力がつけば、この3人をゼミに送り込めばいい。
あとはうちのクラスのバルくんとペルちゃんもだな。このふたりは総合剣術部に入っているし、実力はそこそこある。
それから、アビー姉ちゃんとこのロルくんも送り込もう。
これでブルクくんとルアちゃんを加えて合計8名。3つのゼミに振り分ければだいたい3人ずつになるじゃないですか。
はい、これでオッケー。もう解決したも同然です。
尤も、今はそこまでは話さないけどね。
「それでですね、その代わりに」
「その代わり?」
「ほら、来たわよ。あ、ひっ」
俺が顔を見る度に、いちいちひっとか言うんじゃないですよ、フィロメナ先生は。
「1年生の剣術学中級の受講生で、フィランダー先生がこれはと思う子を推薦、いや僕に教えてほしいんですよ」
「あ、わかったわ。その子を自分とこに入部させるんでしょ」
「ん? そうなのか? そのぐらいでいいのか」
「ええ、ただし無理矢理に入部させるなんてことはしませから。あくまで本人の意思を尊重しますので」
「おう、そういうことならいいぞ。ただし、俺の見立てを教えるだけでいいか?」
「ええ、それで充分です。先日のオリエンテーション講義で、誰か目に付いた子はいました?」
「そうだなぁ、先日で目に付いたと言えば、ほら、入学式で新入生代表を務めた入学試験首席の、ソフィーナ・グスマンさんか。あの子は基礎がしっかり出来ているし、なかなかいいぞ」
「あ、ソフィちゃんは、もううちの部に入れました」
「さすがザックくん、手が早いし。ひっ」
「そうか、それはそれは。あとはそうだな。次回の正式講義開始に来た受講生から見つけるとするか。明日だからな」
「ええ、それで是非お願いします」
よしよし、これで1本釣り勧誘の下地づくりのひとつは出来た。
次は4時限目だよな。もう少し頑張りましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
ーーーーーーーーーーーー
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を短期連載予定で投稿しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




