第33話 大森林に初めて足を踏み入れる
3月27日、朝の7時半。姉さんたちと早めの朝食を終え、装備を整えていつもの騎士団訓練場へと向かう。
俺たちが着用しているのは、騎士団から支給された騎士見習い用の革鎧、正確には胸部の裏側に金属片を打ち付けて強度を高めたブリガンダインだ。
スケイルアーマーよりは軽くて動きやすく、通常の革鎧よりも胴体の防御性が高い。
背にはリュックを背負い、革袋に入った飲料水や傷薬、手拭その他などを入れている。
ヴァニー姉さんはアン母さんから「念のため、これを持って行きなさい」と、錬金術ギルドが取扱っている回復用ポーションを渡されていた。
昼食は、他の訓練参加者と同じ糧食が騎士団から支給されることになっている。
無限インベントリにお菓子入れて持って行こうかな。
そして腰に帯びる武器だが、今回初めて、ヴィンス父さんから刀身の短いショートソードを渡された。姉さんたちにも同じくショートソードが渡されている。
「あげるんじゃなくて、貸与だからな」
特別訓練が終わったら返せということだろう。
それでも、ショートソードが渡された日、果樹園の中にある領主一家専用の魔法訓練場で、俺たちは父さん指導で習熟訓練を受けた。
姉さんたちは真剣を手にするのが初めてではなく、騎士団でも真剣稽古をすでに行っているので、渡された剣に慣れるためのひと通りの訓練を難なくこなしていた。
俺は? 初めて真剣を振る設定だから、いちおうぎこちなくはしてたけど、演技するの下手なんだよね。
さて、訓練参加者が全員集合する。俺の付き添いのエステルちゃんも後ろに控えている。
エステルちゃんは、いつも着ているディアンドル風のメイド服ではもちろんなく、探索時に着ていた身体にぴったりのスポーツレギンスみたいなエロい服装でもなくて、戦闘用だという革鎧を着込んでいた。
腰の後ろにはダガーを仕込んでいる。装備の中にも、いろいろ武器や暗器を忍ばせているみたいだよ、こいつ。
そして気配を薄くしているので、彼女が混ざっていることに誰も気にならないようだ。
式神のクロウちゃんは、今日はエステルちゃんに抱きかかえられていて、なんだか同じように気配がとても薄くなっている。そんな技をいつ修得したの?
本日の予定と注意をあらためて指導騎士のメルヴィンさんから受け、いよいよアストラル大森林に出発する。
騎士団本部の建物と領主屋敷の間の道を行き、騎士団員寮の前を通り抜けて、裏門から領主館の敷地を出る。
領主館裏門前は領都を囲む城壁がもう目の前だ。この辺りは高く頑丈に造られている。
右方向に少し行くと、すぐに城壁の東門だ。
この門は一般の領民が通るのを禁じられていて、基本は騎士団員そして領主に許可された者だけが通行することができる。
だから例えば、冒険者が大森林に行く場合は、南門から出て城壁の外を大きく巡って行くことになる。
また、北西門と南門のふたつの門は領都警備兵が警備をしているが、この東門は騎士団の騎士小隊が交替で警備を行っている。それだけ大森林に対して、ふだんから警戒をしているということなのだろう。
東門を通ると樹木が伐採された空き地が城壁に沿って続いているが、その向うはもう大森林が迫っている。
「隊列を組め。大森林に入るぞ」
メルヴィンさんの号令に、あらかじめ決められた隊列を組む。
従士のマシューさんとブルーノさんが先導し、その後ろに獅子人の男の子のイェルゲンくんを先頭にして騎士見習いの隊列が続く。
ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんは隊列の中ほどだ。
最年長のオネルヴァお姉さまが騎士見習い隊のしんがりにつき、俺とエステルちゃんはその前にいる。
最後尾はメルヴィンさんと従士のライナさんだ。
俺は森に入る前に、クロウちゃんに指示して大森林の上空へと飛ばす。
隊列は獣道のような道を辿って行く。
アストラル大森林内は、入ってすぐに大きなナラやブナの木が視界を塞ぎ、巨大なオークの木がところどころに立つ。背の高いアカマツ、クロマツなどの針葉樹も見られるから混交林のようだ。
それにしても、どの樹木も大きく背が高い。
生い茂った枝葉が陽光を遮り、風もゆるやかに吹いているが寒さは感じない。森全体が暖かさをまるで包み込んでいるようだ。
それにしてもこの大森林が何百キロも続くのだから、巨大な材木資源ではある。魔物さえ出現しなければ。
俺はもちろん探査・空間検知・空間把握を発動し、周囲を警戒しつつ空間状況を把握しながら進んでいる。この能力がある限り、どんなに深い森でも迷うことはないんだよね。
ときどき、おそらく森ネズミやウサギといった小型の動物の動きを検知するが、それ以上に大きな動物は今のところ周囲にはいないみたいだ。
45分ほど進んだとき、「止まれ」の号令が掛かった。
森の中にぽっかりと空いた草地のような広い場所に出たのだ。
「よし、第1地点に到着だ。小休止する。座って水を飲んでもいいぞ」
みんながホッと息を吐き、座って休む。それぞれに緊張して歩いていたようだね。
第1地点は、騎士団が大森林の中で休憩や集合地点にしている最初の場所だ。
周囲を樹木に囲まれ、ここだけ空に向かって口を開けているその上空から、クロウちゃんがふんわりと降りて来て俺の頭の上に止まった。
上空からクロウちゃんの眼を通じて下を見ていても、木々が深く俺たちの隊列は見え隠れしてしまう。もっとも、俺と式神であるクロウちゃんは繋がっているから、見失うということはない。
「カァ、カァ」
「そうなの?」
「カァ」
すごく遠くの方だけど、大型の生き物が移動しているのを感じたそうだ。まだだいぶ距離があるんだよね? コクコク。
「ザカリーさまはそのカラスさんと、お話しができるんですかー?」
近くで休んでいたライナさんが、吃驚したように言う。
「あ、クロウの九郎で、クロウちゃんです。うん、わかるよ」
「え?」
「クロウというカラスで、お名前がクロウなので、クロウちゃんて呼んでくれっておっしゃってるんですよ」
エステルちゃんが親切にライナさんに教えてる。
「カァ」
「お菓子はまだダメですよ。もうちょっと我慢してください」
「カァー」
「エステルさんも、クロウちゃんと会話できるんですかー?」
「お世話することが多いですからぁ」
俺のというより、すっかりクロウちゃんのお世話係だからね。エステルちゃんもお菓子持って来てるの?
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