第352話 1本釣り戦術を採用する
オリエンテーション講義4日目。今日は4時限目にウィルフレッド先生の高等魔法学(1)がある。もちろんこの講義は出なければならない。
しかしその前に、新入部員勧誘の件だ。
3日間の活動を通じて、テントの中にまで入って説明を聞いてくれたのは、結局はソフィちゃんだけ。入部希望者もソフィちゃんだけだ。
これはどうしようかということで、2時限目が終わった直後に学院生食堂に全員が集合してお昼を食べながらミーティングを行うことにした。
うちの部の出店が空になってしまうのでどうしようかと思っていたら、隣の姉ちゃんの部のテントで店番をしていた唯一の2年生部員のロルくんが、誰か来たらまた来て貰うよう声を掛けてくれることになった。
いえ、主にカロちゃんが少し話してお願いしたのですけどね。ロルくんは相変わらず、自分から遠慮なくカロちゃんに話しかけられないらしい。
「と言うことで、新入部員勧誘対策ミーティングを始めます。で、ソフィちゃんはここにいて大丈夫なのかな? クラスのお友だちとかと、お昼を食べなくていいのかな?」
一昨日に入部したばかりのソフィちゃんも、何故かこのランチミーティングに混ざっていた。
「はい。総合武術部の大切なミーティングですから。一緒にお昼を食べるような、決まったお友だちもまだいないし……」
「…………」
「クラスとか同じ1年生で、お友だちを作るのは大切よ、ソフィちゃん。でも、来てくれたのだから、今日は一緒にみんなでお昼をいただきましょうね」
「はい、ヴィオさん」
「まあ、なんだ。僕たちも課外部のメンバーで食事をすることが多いからな」
「そうだね。僕なんかも、あまりクラスの連中とは食べないし」
「ヴィオちゃんたち3人は同じクラスだけど、あたしとブルクくんはクラスが違うしね」
「これはソフィちゃんのためにも、もうひとりふたり、1年生を入れないと、です」
「そうだね、カロちゃん。うん、そうよね部長」
クラスの友だちも大切だけど、やはり結構長い時間を一緒に過ごす課外部の友だちは重要だよな。
せっかく入部してくれたソフィちゃんのためにも、勧誘活動をもう少し頑張りますか。
「それで、勧誘活動の立て直しとして、何か良いアイデアはあるかな?」
「はいはい。あたし、あるよ」
「はい、ルアちゃん、どうぞ」
「えーとね、1本釣りっ」
「1本釣り?」
「つまり、こっちから入部しそうな子を探すってこと?」
「そうそう。ほら、剣術学と魔法学のオリエンテーション講義も、もう始まってるしさ。あたしとブルクくんだって、去年に剣術学中級の講義からこの部に入った訳じゃない」
「そうか。そうだよね」
「だからさ。剣術学と魔法学の受講生で、良さげな子を1本釣り」
「それ、いいかも、ですよ、ルアちゃん」
「なるほどね。どうかな、部長」
1本釣りかぁ。俺も考えなかった訳ではないのだけど、そこまで積極的に新入生を勧誘するという意欲が、じつはそれほど無かったのも本心なんだよね。
でもソフィちゃんが入ってくれたし、あとひとりかふたりぐらいは可能なら入部して貰うのもいいかもな。
「ねえ、ソフィちゃん」
「はい?」
「剣術学中級のオリエンテーション講義って、もうあったんだっけ」
「あ、はいありました」
「ソフィちゃんて、行ってみたんだよね?」
「はい、出席しました」
「今年は何人ぐらい来てたのかな?」
「そうですねぇ。10人ぐらいだったかな」
「フィランダー先生以外に他の先生も来てた?」
「他の先生ですか? いいえ」
「いきなり打ち込みとかやった? 倒れそうになるまでとか」
「ひとりづつ、フィランダー先生に打ち込みましたけど、それぞれ2回ほどだったかな。倒れそうになるまでとか、そんなのあるんですか?」
おっさんたち。去年のオリエンテーション講義は何だったんだ。
確か15人ぐらいの1年生が集まって、なぜかディルク先生とフィロメナ先生も来ていて、そのふたりの先生を相手に、腰が抜けるほど打ち込みをいきなりやらせたんだよな。
それで結局、その時に参加した1年生は俺以外残らなかった。受講しなかった者は、中級諦め組とか一部で呼ばれてたんだよね。
まあ、俺とフィランダー先生との打ち込み稽古を見たというのも、諦めた理由にあったらしいけど。
ちなみに正式受講生となったブルクくんとルアちゃんは、そのオリエンテーション講義には参加していない。
「あのおっさん、去年は俺だけ残ればいいみたいなことを言いながら、今年は10人全員受講させる魂胆だな」
「おっさん? 魂胆?」
「あ、こっちのことだよ、ソフィちゃんは忘れて」
「ザックくんは、剣術学や魔法学ではいろいろあるのよ」
「それでソフィちゃん。剣術が上手そうな子はいたのかな」
「うーん、2回ずつほどの打ち込みを見ただけですから、まだなんて言うか、わたしには」
「そうだよね。よし、おっさんに推薦させよう」
「おっさんに推薦させる? ですか」
「あ、ソフィちゃん。この部長の発言に、いちいち反応しなくてもいいのよ。ただ疲れるだけだから」
「だいたいは、聞き流せばいい、です」
「気にしてたら、うちの部ではやって行けないよね」
「よし、わかった。剣術学中級の受講生と、それから中等魔法学は僕が探りましょう。中等魔法学は明日だよね?」
「はい、明日の4時限目ですけど」
「ソフィちゃんも出るよね?」
「はい、そのつもりですけど」
「よーし、わかった」
「えーと、部長。たいていは聞き流すけど、1年生に迷惑をかけるようなことは、止めなさいよ。もし迷惑をかけたら、エステルさまに言いつけるからね」
「あ、それは困るであります。叱られます。迷惑などかけないであります」
「あのぉ、ザカリー部長を叱るエステルさまって?」
「ああ、ザックくんの許嫁、婚約者ね。グリフィン子爵家の王都屋敷にいらっしゃるのよ」
「王都屋敷で、いちばん偉いひと、です」
「それでたぶん、ザックくんの次に強いよ」
「へぇー」
「まあその辺の話は、また追々ね」
「そのうち、お会いします、きっと」
「凄く美人で可愛いひと」
まあとにかくだ。今年の有力な1年生については、おっさん先生と爺さま先生に聞こう。
取りあえず新入部員勧誘については、これまでの勧誘活動を継続しながら1本釣りも出来れば行うということで、ランチミーティングを終えた。
1本釣り対象の選定に関しては、1年生に迷惑をかけないという条件で俺に一任させて貰っている。
4時限目、ヴィオちゃんとライくんと共に高等魔法学(1)のオリエンテーション講義に出るため、魔法訓練場へと向かう。
昨年の中等魔法学の受講生は俺を含めて9人だったが、この講義も全員が揃って参加しているね。
あとクリスティアン先生とジュディス先生も来ています。特にジュディス先生とはしょっちゅう会ってるよな。
それにしても、良く講義時間の空きを合わせているものだと思う。
「それでは、高等魔法学(1)のオリエンテーション講義を始めますぞ。全員が揃っておりますの。よしよし。まずは今年の講義目標じゃが、ひとつは全員が安定して無詠唱発動を行えるようになること。まあ、これは問題ないじゃろ。次に四元素魔法で、それぞれがより高度な魔法に取組むこと。そして3つ目は、自分が適性を持っている元素魔法以外の可能性を探ること。この3つじゃ。具体的には個々人で違うので、その都度わしらと相談しながら取組んで貰いますぞ」
「それからもうひとつ重要なことじゃが、3年生4年生で高等魔法学ゼミに進みたい受講生は、この1年間の成果が大切になるということじゃ。ゼミに進むためには、試験があると考えてほしい。少人数の講義なのでな。ここにいる3人の教授がそれぞれゼミを受け持つが、皆の1年間の努力や進捗度合いを見るためにも、クリスティアン先生とジュディス先生はこの講義に参加する予定じゃ。よろしいですかな」
ああ、そういう理由もあったのだね。
クリスティアン先生とジュディス先生は中等魔法学を担当しているから、そこからゼミに上がりたい学院生とこの高等魔法学の受講生の両方を見ることになる。
そうやって選定の参考にする訳ですか。
「それでは今日の講義を始めますぞ。皆、静かにしなされ。まずはキ素力循環予備動作からじゃ。ん? なんじゃザカリー」
高等魔法学ゼミに進むためには、今年1年の成果と試験があるというウィルフレッド先生の話で、受講生たちは少しザワザワしたが、先生はそれを静めて講義に入る。
その前に個人的に確認があるんですけど。
「あの、先生のお話に出て来なかったので、今年の僕は普通に受講生ということでいいですか?」
「は? 何を言っておるか分からんが、お主は講義アドバイザーじゃろが。当たり前過ぎて触れなかっただけじゃ」
「さいですか」
それで俺を除く8人の2年生がキ素力循環予備動作をやっているのを、先生たちと見守る。
そしてひと通り終わったところで、クリスティアン先生とジュディス先生が側について早速、無詠唱発動の訓練が始まった。
俺はウィルフレッド先生の横に立ってそれを眺める。
「のう、敢えて聞くが、お主が普通の受講生だったとして、この講義で新たな魔法に取組むとしたら、それはなんじゃ」
「うーむ、それはなかなか難しい問いですなぁ」
確かに俺が皆に混ざって普通の受講生をやるとしたら、無詠唱の安定化の訓練は必要が無いし、四元素魔法のより高度なものへの取組みも必要が無い。
残るはそれ以外の魔法ということになるのだが、昨年の夏以降に取組んでいた聖なる光魔法はいちおうの目処がついた。
では、その次はというと、ブラックドラゴンのアルさんが十八番とする時間魔法なのだが。そんなこと、迂闊に言えませんよねー。
「例えば、じゃ」
「ふーむ。例えば、かぁ。例えば、時間……。いやいや、これは言えません。秘密ですぞ」
「お主、いま何と言いおった。わしの耳には、時間と聞こえたぞ。時間と言いおったな。もう少し説明するのじゃ」
あちゃー、しまった。口に出てしまったですよ。
「時間に関する魔法が、もの凄い古代にあったとか、なかったとか。そんなことを、当家が所蔵する古い書物に書いてあったような、なかったような」
「なんじゃ、それは。じゃがわしも、超古代に、時間魔法というものがあったと記す文献を見たことがあるぞい。お主は、そんなものに関心があるのか」
実際に使っている人、じゃなくてドラゴンが身近にいるもので、とかは言えない。
「先生もご存知なのですなぁ。いやいや、さすがは博識の魔法学部長教授殿です。いえ、なに、そんな古代魔法があったのではという記述を読んでですな、果たして、この今の世でその魔法が出来るものなのやらと、この冬休みに考えたことがありまして。それでつい、口にしてしまった訳ですよ」
「ふーむ、お主の口調が少々怪しいので、何か隠しておるのではないかと思わんでもないが、確かに時間魔法というものがあるのなら、それはかなり興味深い。おそらく一朝一夕には解明出来んのじゃろうが。来年のゼミではお主、研究して貰えんじゃろかの」
「はあ」
ところで来年の高等魔法学ゼミでは、俺はウィルフレッド先生のゼミに入る、でもう決まってるんですかね。
この爺さま教授にそう言うと、「お主は何を当たり前のことを言っておるのじゃ」と、まともに取り合って貰えませんでした。
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