第346話 新入生歓迎会と部員勧誘準備
総合武術部のミーティングも終わり、部室の掃除を行って解散する。
このあとは、俺とライくんが暮らす第7男子寮恒例の新入生歓迎会だ。
部員の皆で部室を後にして途中で女子3人と別れ、そして第4男子寮のブルクくんとも別れて寮への道をライくんと歩く。
「ライは冬休み、どうだったんだ?」
「どおって?」
「あまり冬休み中の話をしなかったじゃない」
「まあ、話すことも特になかったからさ」
「そうですかぁ? 何か隠してはおりませんかねぇ、ライくん」
「な、なんだよ。隠してなんかいないぜ。ずっと実家にいただけだ。せいぜい……」
「せいぜい?」
「もう、ザックはそういうとこ、妙に勘がいいよな。普段は周りに無関心なくせに」
「せいぜい?」
「1月の初めに、王宮の新年セレモニーに行ったんだよ。僕も学院生になったからさ」
「ほうほう、王宮の新年セレモニーにね。それで?」
「それだけだよ」
「それで? ライが学院生になったから行ったということは、王都に近いヴィオちゃんもだよなぁ。彼女、何も言ってなかったけど」
「ヴィオちゃんも、来てた」
「でしょうな。それで?」
「あー、ザックはしつこいな。セレモニーを終えて、そのあとパーティと舞踏会があって、彼女と踊りました。以上」
「ほうほう、ふたりで踊られましたか。それはそれは。それで?」
「それでって、それだけだよ。あとは、ふたりで王宮の庭をちょっと散歩しただけ」
「ほうほうほう。ヴィオちゃんは、ドレス姿とか?」
「そうだよ。新年のパーティだから、当然ドレス」
「可愛かっただろうねぇ」
「可愛かったよ。魔法侍女服とはまた違う可愛さだった……。て、なに言わせるんだよ」
王都圏内の三公爵家や王都圏に隣接する貴族家は、例年、王宮で開かれる新年セレモニーに招待されるそうだ。
貴族家では子息子女が12歳になると、そういった王家主催の公式行事に参加する。
普通は皆、王立学院の学院生になってから、つまり入学した翌年の1月からこの行事に出席することになるのだ。
俺たち北辺の貴族家や王国南方の貴族家の場合は、基本的にこういった行事には滅多に行かない。距離も遠いからね。
ライくんのモンタネール男爵家やヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家は、それぞれ領都が王都寄りにあることもあって日帰りも可能だ。
それにどうやら、こういう行事に積極的に参加するのは、セルティア王国の建国戦争でワイアット・フォルサイス初代王に従って貴族になった家や、王宮騎士爵関係者が主らしい。
それはともかく、学院とはまた別の場所で、ヴィオちゃんと親交を深めたのですな。
新年の舞踏会で同じクラスメイトの男女が礼服とドレス姿で踊って、それから庭をふたりで散歩するなんて、ホント貴族らしいではないですか。
ライくんは何故か顔を赤くして、恥ずかしそうでかつ、少々機嫌が悪かったけどさ。
「ザックは新入生歓迎会、ちゃんと出るんだろうな」
「出ますよそりゃ。ライも機嫌を直して、楽しく飲んで食べような」
「機嫌が悪くなんかないよ」
「はいはい」
第7男子寮の定員は30名だ。昨年の4年生8名が卒業して、新たに8名の新1年生が入寮した。
これで今年は4年生が7名、3年生が8名、俺たち2年生が7名だね。
今年の寮長はエックハルト・フリーデルさん。家名を名乗っているように騎士爵家の長男さんで、確か王都圏の南方向、ライくんのモンタネール男爵領の南隣のグラウプナー侯爵領出身。
それにこの人、総合剣術部の今年の部長さんだ。
「それではこれから、第7男子寮恒例の新入生歓迎会を始めます。僕は今年の寮長になった4年のエックハルト・フリーデル。エックと呼ばれているので、1年生のみんなもそう呼んでください。ブランカさんの許可をいただいたので、普段はダメだが今日はミードをここで飲んでいいよ。あまりたくさんは無いけどね。料理は充分にある筈だ。それでは、まずは乾杯しよう。1年生のみんな、入学と入寮お目出度う。歓迎するよ。では、乾杯!」
普段この集会室でお酒は禁止だが、新入生歓迎会と卒業生のお別れ会だけはミード、つまり蜂蜜酒を飲むのが許されている。
ただし、用意された量はそれほど多くはない。12歳から飲酒はOKとはいえ、学院初日からたくさん飲ませるようなことはしないからね。
今年の寮長のエックさんは、昨年の寮長の快活なテオさんや豪放磊落な総合剣術部部長だったレオポルドさんとは少々タイプが違うが、柔らかな物腰と優しさの中にしっかりと強さを秘めた人だ。俺は嫌いではない。
恒例の1年生の自己紹介タイムも終わり、あとはダラダラと飲んで食べて話すだけだ。
1年生はそれぞれ、勇気を出してこれはと思う人のところに行って話しかける。
貴族家や騎士爵家と裕福な一般の子たちだから、わりと社交的ではあるのだけど、こうしたちょっと歳上の初対面の男子ばかりの席で、自分から話しかけに行くのは多少の勇気が必要だよね。
でもこれも、王立学院生になったひとつの洗礼でもある。
「あの、ザカリー様ですよね、よろしくお願いします」
「同じ学院生なんだから、様はいらないよ。さんでいいから」
「でも、子爵家のご長男で魔法学と剣術学の特待生で、とても有名な方ですから」
「どんな肩書きが付いていても、学院生は学院生。それも同じ寮で暮らす仲間だから、遠慮はいらないよ」
「わかりました」
俺のところに来た1年生とそんな会話を少し交わす。彼はほっとした表情で、少し離れていた他の1年生のところに戻って行った。
「ご苦労さま。おい、どうだった?」
「意外と、マトモな人だった」
「変人とか凄く怖いとか、怪物とかじゃなかったか?」
「怒らせると、クラスごと消されるとかのウワサだぜ」
「いや、話した感じでは、普通のような」
「じゃあ、今度は僕が行ってみるよ」
俺って、聴覚は必要以上に良いんだけど。
それにしても、1年生の間でもうどんな噂が立っているんだ? 変人とか怪物とかじゃないですからね。クラスごと消すとか、ありませんから。
それから次々に8人全員が順番に俺のところに来て、少しずつ言葉を交わして行った。
順番にひとりずつじゃなくて、面倒くさいから何人かまとめてにして貰えなかったかなぁ。
「やあ、ひととおりザカリー君巡りは終わったようだね」
「あ、エックさん、なんですか、僕巡りって」
「はははは。さっき1年生の連中が、誰から君に声を掛けに行くかで相談しているのが聞こえてね。なんでも、この寮でまず突破しないといけない洗礼なんだそうだ」
「なんすか、それ」
「まあ、僕らは普通に慣れちゃってるが、初めてこの学院に足を踏み入れた子たちにとっては、君はとても特別で不思議な存在だと、入学前から噂されていたみたいだからね。入学式でウィルフレッド先生も、『いろいろな上級生がおりますからの。何があっても驚かんことじゃ』とか話してたし」
あれって俺のことだったのか。あの爺さま先生め、ウブな1年生の妄想を拡げるようなことを言って。
「それはともかく、今年はよろしくお願いしますよ、総合武術部の部長」
「エックさん、こちらこそよろしくお願いします。総合剣術部の部長になられたんですね。ご苦労さまです」
「レオさんのあとだから、少々荷が重いんだけど頑張るよ。アビーちゃんにも負けないようにしないとだ」
「ああ、あいつが何か変なことしたら、直ぐに僕に言ってください。責任を持って何とかしますから」
「ははは。君らの話題が出たとき、アビーちゃんも、あの子が何かしたらって同じことを言ってたよ。ホント君たちって仲のいい姉弟だよね」
「恐縮であります」
「明日から君らも新入部員の勧誘を始めるんだろ。アビーちゃんのところの隣だそうだな。その隣がうちだ。お互い頑張ろうね」
「はい。よろしくお願いします」
翌朝早く、今年もクロウちゃんがエステルちゃん朝食弁当を届けてくれた。
今日は初日だから、午前中は俺と一緒にいると言う。エステルちゃんから見て来るように言われて来たのかね。カァ。
それで日課の早駈けをこなし、朝食をいただき、待ち合わせていたライくんブルクくんと合流して学院生会倉庫に備品を借出しに行った。
「今日はクロウちゃんがいるんだな」
「カァ、カァカァ」
「なんて言ってるの?」
「新入部員勧誘の初日だから、1年生や周りに迷惑を掛けないか見て来いって、エステルちゃんから言われて来たそうだ」
「…………」
「ザックって、相変わらず大変だよな」
「そうだよね」
「そうでもないですよ」
出店の予定場所では、もう姉ちゃんのとこのエイディさんたちが準備をしていたので、割当て場所を教えて貰って俺たちも準備を始める。
キャノピーテントを設営するだけなので簡単だ。設営が終わると再び倉庫に行って、折り畳みになっているテーブルや椅子を運んで来て設置した。
ヴィオちゃんたち女子組も到着していたので、設置を終えたら彼女たちが運んで来た備品を配置する。
えーと、筆記用具などのほかには、お菓子が詰まった箱や飲み物を入れた水筒、カップ類、飾り花やテーブル上の飾り物、木剣、魔法書、などなど。
あのー、うちって魔法書とか使ったり読んだりしたことありましたっけ?
あ、これも飾りなんですね。木剣と魔法書でうちの部を表す、と。
それはまあ良いんですけど、あのー、3人はなんで魔法侍女の制服をお召しになっているのでしょうか?
「可愛いからいいでしょ。ちょっとまだ寒いけど」
どうして? と重ねて聞くと、「魔法侍女なんだから」だそうです。
あのー、講義とかはその服では行きませんよね。
「ちゃんと着替えるわよ」
さいですか。まあお任せしますけど。
その時、「あーっ、ズルいっ」という大きな声がした。いつの間にかアビー姉ちゃんがいる。
そして「わたしもー」と言ってびゅーっと走って消えたと思ったら、暫くして姉ちゃんも魔法侍女服に着替えて現れた。
「アビーさまも、この服、お持ちなんですね」
「えへへへ。学院祭のあと、エステルちゃんが用意してくれてたの」
「すごい似合ってますよ。カワイイっ!」
「アビーさま、ステキ、です」
「そうかな。みんなもカワイイよ」
えーっと、これから新入部員の勧誘ですよね。学院祭の続きとかじゃないですからね。
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