第345話 新入部員の勧誘方針
学院生食堂に総合武術部の部員が集合して、皆で昼食を食べてから部室に移動する。
「ザック、なんだか父がお騒がせしたみたいで」
食堂で顔を合わせた時、ブルクくんがそう言って頭を下げた。
「いや、ブルクのお父さんは役目を果たしに、わざわざグリフィニアまで来てくれたんだから。ましてやブルクが謝る必要はないよ。確かに、ちょっとした騒ぎにはなったんだけどさ」
騒いだのはヴィンス父さんだけだけどね。
「なになに? まだほかにも何か騒ぎがあったの? カロちゃん報道官は知ってるの?」
「残念ながら、情報を掴んでない、です」
これはまだ屋敷の外には漏れてない話だからね。さすがのカロちゃん報道官もご存知ありませんよ。
「そうだ、ザックがエステルさんと婚約したって話は、父から聞いたよ。お目出度う」
「えーっ、そうなの。みんなはもう知ってるの? 知らないのはあたしだけ?」
「僕らもさっき、ホームルームで会見があって。カロちゃんは地元だからもちろん知っていて、ヴィオちゃんも知ってたみたいだけどさ。ブルクは、そのお父さん経由で知ったのか」
ライくんがルアちゃんにそう答える。ライよ、会見ではないからな。ただのホームルームですから。
それでカロちゃんとヴィオちゃんが、先ほどのホームルームで出た話をルアちゃんに説明し、女子3人がひとしきり盛り上がる。
「それで、話を戻すけど、ブルクくんのお父さんがザックくんのとこに行って騒ぎが起こったって、どういう話なの?」
「うーん」
ブルクくんは申し訳無さそうに俺の顔を見た。
これは、彼の父上であるベンヤミン・オーレンドルフ準男爵が、モーリッツ・キースリング辺境伯のご長男であるヴィクティムさんと、うちのヴァニー姉さんのお見合いをさせたいという内容の、辺境伯からの書簡を携えてやって来た一件だ。
「そうだなぁ。少々うちにとってはナイーブな話なので、この場のみんなだけに留めて、ほかの学院生やお家の方なんかには話さないと約束してくれるなら、少しだけ」
主にナイーブなのは父さんだけどね。
しかし、先日のミルカさんの話ではないが、聞いた本人が意図するしないは別として、こうやって貴族家の情報が漏れて行くというのを思い出し、俺はそう釘を刺して置くことにした。
特に領主貴族家間の婚姻に関する話題は、何かと周囲の邪推や思惑を呼ぶので、正式に決まるまでは秘匿される場合が多い。
ヴィオちゃんは俺の言葉に、少々ピンと来たようだ。さすが貴族間のことに詳しい伯爵令嬢だね。
「グリフィン子爵家と辺境伯家との間のことなのよね。そうね、微妙な話題だと変な風に漏れると大変だし、一方の家の長男であるザックくんは話し辛いか。でも、知りたい」
「まあ、そういうことだ。ごく簡単にだけ言うと、うちとのお見合い話が辺境伯家から持ちかけられた。その使者がブルクのお父上。あとはそれで想像して。こんなところで留めておこうな、ブルク」
「そうだね、話題に出して悪かった」
「あ、あたしわかった」
「なになに、ルアちゃん」
「ザックくんのお父さまが、ふたりのお嬢さまをとても大切にしているは、北辺ではとても有名。特に、手元に置かれているヴァネッサさま。そうよね、カロちゃん」
「はい、そうです。領都で知らぬ者はいません。ヴァニーさまにもし何かあったら、領都は火に包まれるともっぱらの噂、です」
それはさすがに大袈裟でしょう。でも北辺の貴族や有力者などの間で、かなり知られているのは確かだ。
「そして、辺境伯さまのご長男は、確かヴィクティムさまという方。まだ独身。だから辺境伯さまからのお見合い話と言えば、ヴィクティムさまとヴァネッサさまということになるよね」
「ですね、ルアちゃん。それは、子爵さま的には大騒ぎになります。」
領都は火に包まれなかったけど、あのときの応接ルーム内ではまさに炎が出そうだった。
「ふーん。おふた方ともわたしたちの先輩よね。同じ頃に学院にいらしたのかしら」
「いや、ヴィクティムさんは今年24歳って聞いたな。そうだよねブルク」
「そうだね」
「ヴァニー姉さんは今年17歳だから、学院で重なってはいないよ。ただし、王宮の舞踏会とかで会ったことがあるそうだけど。うちの姉さんてダンス研究部にも入ってたから、良くそういった会に呼ばれていたらしいんだ」
「あ、そうか。ヴァネッサさまって踊られると、ただでさえお美しいのに、それはそれは華やかなお姿だったと、わたしも聞いたことがあるわ。誰もが手を取って踊りたがったって」
そうでありますか。それは一緒に踊ろうと男どもが寄って来ますな。父さんから炎が吹き出るような情報がいろいろあるものですな。
「まあ、今はまだそんなところだよ。姉さんが辺境伯家に遊びに行ってもいいと言って、父さん母さんと3人で行くことになって、現在はいちおう収まっている」
学院生食堂ではそんな話題に終始し、課外部棟の部室へと移動して今日のミーティングだ。
俺はそのミーティングの前に、ひとりアビー姉ちゃんの部室に顔を出した。
あそこも今日は入学式後で初日だから、部室に集まっている筈だ。
「姉ちゃん、いるー?」
「おや、これはザカリーさんではないですか。お久し振りです。本年もよろしくであります」
ドアをノックして声を掛けると、部室の中から副部長格のエイディさんが顔を出した。
「あ、エイディさん、こんにちは。こちらこそ、よろしくお願いします。うちの姉ちゃんていますか?」
「その声はザック? いるわよ。入りなさい」
姉ちゃんのデカイ声がして中に入ると、やはりこちらも部員の皆さん全員が揃っていた。
「よお、姉ちゃん。皆さん、少々お邪魔します」
こうして部室のなかであらためて見ると、男子5人を従えたアビー姉ちゃんて、まるで女王様か何かのようだな。どちらかと言えば大文字エスの方面の。
「あんた、なにわたしをジロジロ見てるの? 何の用なの? これからミーティングだから早く言いなさい」
「ほら、新入部員勧誘の件ですよ。その、うちの出店の届けとか」
「ああそれなら、私が届けを一緒に出しておいたでありますよ。場所はうちの隣になりますが、よろしかったですか?」
「この子、自分でしないんだから、文句なんか言う権利はないわ。それでいいでしょ?」
「エイディさんが届けを出してくれたんですね。ありがとうございます。姉ちゃんに頼んだはいいけど、ちょっと心配で」
「なによ。わたしを信用してないの? エイディ、ちょっと取消しに学院生会まで走りなさい」
「まあまあ、部長。お姉さんを信用してるから、部長に頼んだのでありますよ。それで備品関係でありますが、キャノピーテントとテーブル、椅子が学院生会から借りられます。ザカリーさんの部用にも、1セット申請しておいたであります。明日の朝に学院生会の倉庫で借りられますから、取りに行ってください。なに、我らの隣ですから設営もお手伝いするでありますよ」
「えー、ホントですかエイディさん。何から何までありがとうございます」
「エイディ、あんまりこの子を甘やかしちゃだめよ」
「いえいえ、ザカリーさんを甘やかすだなんて恐れ多い。昨年夏の合同合宿や、総合戦技大会でお世話になったお礼でありますよ」
課外部の新入部員勧誘では、新1年生の専用教室がある棟の前庭に申請を行った課外部が出店のスペースを割り振られる。
キャノピーテントは天蓋だけのテントで、こちらの世界では主に戦場の司令部とかで使われるものだけど、まあ前々世で言えばイベント用のテントだよね。
それを各課外部が、自分たちの出店スペースとして設営する訳だ。
「それで、姉ちゃんとこは、今年は何人ぐらい部員を入れたいの?」
「そうよねー。うちもあんたのとことと同じで、ちょっと特殊な剣術の部だから、入ってくれる子がいたらって話だけど、出来たら女の子を入れたいのよ」
「ああ、さすがに男ばかりでムサいからですな」
「ふん、それは間違いじゃないけどさ。でもそれより、わたしが今年いっぱいだから、女子の後継者をね」
「ああ、なるほどね」
「それであんたのところは?」
「これからそのミーティングなんだ。でも僕としては、姉ちゃんと同じで入ってくれる人がいたらだよな。ただ、たくさんは入れないつもり。直ぐに辞められちゃうのは寂しいしね」
「あんたは、剣術と魔法だけは厳しいから。まあそうよね。ついて来れそうな子だけか」
剣術と魔法だけは厳しいって、まあそうなのかもだけどさ。
何せ生命に直結することだからね。この世界の剣術や魔法は、決してスポーツではない。
姉ちゃんとエイディさんほか部員の皆さんにお礼を言って、あしたからよろしくお願いしますと、俺はこの部室を後にした。
自分の部室に行ってミーティングを始める。
まずは姉ちゃんのところで確認して来たことを皆に報告し、それから明日からの活動の打合せだ。
「本当にアビーさまには感謝だわ。うちの部長に頼れるお姉さまがおられたことを、アマラさまとヨムヘルさまにお礼をしておかなきゃね」
はいはい、こんどアマラ様とヨムヘル様にお会いしたら言っておきます。
「それで、明日の朝いちで学院生会の倉庫から備品を借りて出して来て、設営なのね。男子、頼むわよ。わたしたちは細々としたものの用意ね。お茶にお菓子に、それから」
「入部希望者の名前やクラスを控える、筆記用具とか紙とか、です」
「あと、お花とか飾ったら? 可愛いお店がいいよね」
「そうよね。いろいろ飾りましょ」
ライくんとブルクくんが何も言うなと目で合図を送って来るので、黙っております。
「それから部長、あなたが明日から出席予定の講義を、この講義日程表を見て出してちょうだい。わたしたちはもう済ませたから。それで各自の空き時間を確認するわ」
「へーい」
1年生は、4日間の午前の講義ふた枠は各科目の概論を座学で、それぞれの専用教室で受講する。なので午前は、外に出て来ることはあまりない。
2時限目が終わった後の昼休みからが、勧誘活動の本番だ。
とは言っても、うちの部員は意外と選択している科目が同じだから、うまく交替出来るかは分からないよね。
「あとは勧誘の方針ね。何人ぐらいを目標にするか、どんな子に入ってほしいのか」
「ヴィオちゃん、はいっ」
「はい部長、どうぞ。いちいち手を挙げなくていいのよ」
「えーと、部長としていちおう申し上げますと、まず大前提として、うちの部は魔法と剣術の両方をやる部でありますから、そこのところはちゃんと説明しなければならないのであります」
「そうね。確かにそうだわ。でも部長、普通に喋って貰っていいのよ」
「こういうときは、言っても無駄、ですよ」
「カロちゃん、そうなんだけどさ」
「それから僕としては、うちの部は少数精鋭で行きたいんだ。もちろんどんな子でも、どう成長するかなんて直ぐには分からない。でも、誰でもいいっていう勧誘もしたくない。まずは入りたいって子がいたら仮入部させるけど、正式入部の試験はするつもりだ。うちは危険な魔法と剣術を2種類も扱う部だ。だから、そこのところもしっかり説明し、納得して貰う勧誘をしてほしい」
「わ、わかりました、部長」
「わかったぜ、部長」
ここのところは、俺は譲れない。仮にも12歳の少年少女を預かって魔法や剣術を教えるからには、身の安全を含めた責任を持つ。
総合武術部は普段は仲良しではあっても、いい加減なクラブ活動とかにはしない。あくまでも俺的には鍛錬を主眼とした課外部だ。
「ザックくんて、魔法と剣術だけは厳しいって、忘れてたわ」
「きっと直ぐに、わたしたちと同じこと、1年生にさせます、です」
「よぉーく言って入部させないと、入った子に不幸を呼んじゃうよね」
はいそこの女子、こそこそ喋らない。明日から楽しく新入部員勧誘活動を始めますよ。
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