第343話 寄り道しながら見つけて行く
「お目出度うございます、エステルさん」
「ありがとう、ヴィオちゃん」
「ご結婚はいつになるんですか?」
「まだずっと先よ。この人も学院生だし、お姉さま方もいるし」
「そうですね。でもエステルさんて、実質的に奥さまみたいなものですよね」
「そんなことないわよ。わたしはこの人が小さい時に、侍女で護衛で監視役だったけど、いまは侍女も護衛もわたしがしなくていいから、だから監視役ね」
「ははは。それがいちばん大変そうですよね」
「そうね。そればっかりは、わたししか出来ないから」
「そうなんだ。でもそれって、ザックくんのすべてを見ているってことか」
「目を離すと、どこかにひとりで勝手に飛んで行っちゃうから。ちゃんと見張って、誰かが叱ったり文句言ったり、背中を掴んでおいたりしてないとね」
「それは大変」
「そうかもね。でも、それをわたしはずっとして来たから、慣れちゃってるわ」
「それが普通に出来るのって、エステルさんだけだわ、きっと」
「ふふふ。わたしの幸せなお役目よ」
「ごちそうさま、です」
すっかり放置されてるけど、俺が用があって来たんだよね。違ったっけ。
「わたしも、どこかにいい人、いないかなー」
「ヴィオちゃんは、まだまだこれからでしょ」
「そうかもですけどぉ」
「あの子はどうなの?」
「あの子って」
「ほら、クラスと課外部が一緒の」
「あー、ライくんですか? ライくんかぁ」
「とても仲がいいように見えたけど。それにお立場も悪くないし」
「彼は男爵家の次男で、わたしは伯爵家の三女。まあ、ぜったい無理って釣り合いではないんですどね」
「嫌いではないんでしょ」
「でもなー。なんだかちょっと頼りないと言うか。わたしと彼って、結構似てるとこがあるんです」
「へぇー、どんなとこ?」
「領主貴族家の次男と三女で、なんだか家とか立場とかに対する責任感が薄くて、魔法がそこそこ出来てただけで、学業もそこそこで。ザックくんと会って、これじゃいけないって剣術も始めて。でも、なかなか上達しなくて。自分がこれからどうすればいいのか、いつもわかってなくて……」
「ゆっくり、前を向いて歩いていけばいいんですよ。いろんな人と知り合って、いろんな経験をして、いろんなこと考えて学んで。自分というのは、自分だけで焦っていても、なかなか探せないものよ。だからそうやって、寄り道しながらでいいから、いろいろ発見して行くの。わたしなんか、いまでもぜんぜんわからないわよ」
「エステルさん……」
「きっとヴィオちゃんは、あのライくんを見てると、自分を見てるようで不甲斐なくて、ちょっとイライラしちゃうのね。でも、ヴィオちゃんはヴィオちゃんで、ライくんはライくん。似てるところもあるし、違うところもある。ダメなところもあるし、いいところもある。彼のいいところを、もっと見つけてあげなさい。そうしたら彼も、ヴィオちゃんが自分の道を見つける手助けを、きっとしてくれるわよ」
「ほぉー」
「何ですか? ザックさま」
「感心してました。いえ、勉強になるなぁって」
「なーに言ってるですか」
「いやあ、エステルちゃんがいいこと言うからさ。寄り道しながら、いろいろ発見して行くのかー。そうだよね」
「わたしは、側に居る人のおかげで、あちこち寄り道させられますからね」
「えー、寄り道じゃないと思うんだけどなー」
「どちらかと言うと、迷路ですぅ」
「ははは、言えてる」
「ザックくんとエステルさんて、ホントに仲がいいのね。羨ましいわ」
「そうかなぁ。1日1回以上は叱られるけど」
「あんたは子どもか」
「それよりも凄いお説教は、貯金されるんだよな」
「貯金?」
「お説教が一回保留になると、次回に持ち越される仕組み」
「ああ、溜まって行くと、もっと凄いお説教になるのね」
「それから、エステルちゃんからだけじゃなくて、あっちに居るお姉さんたちからもお説教されるし」
「ザックくんも、意外と大変なのね」
お姉さん方は、向うで離れて澄ました顔してますけど。時々なにやら小声で話してる。
「おととしでしたっけ。グリフィニアで両親やお家の無い子たちのために、ザックさまがジェルさんたちにも手伝って貰って、迷路の遊び場を作ってプレゼントしたことがあったんですよ」
「へぇー、領主の長男らしいこと、ちゃんとしてるんですね」
「それでね、子供たちはとても喜んでくれたのだけど。その迷路にザックさまとふたりで入ってね、この人が迷路を確実に出る方法を教えてくれたの」
「そんなのがあるんだ。確実にって、どうやって出るの?」
「無闇に最短距離で出ようとしないで、入口からずっと右手で壁を辿って行くの。行き止まりでも、そのまま壁を辿りながらぐるっと廻ってね。そうしたら、凄く廻り道になるけど、必ず迷路は抜けられるのよ」
「そうなんだ。自分でやってみないとわからないけど、それって、あちらこちらを廻って行くことになりそう」
「でも、迷路の中で迷って、自分が進む道を見失ってうろうろするよりも、時間はかかっても確実に外に出られるの」
「そうなんですね。きっとおふたりは、そうしてあちこちで、いろいろな経験や発見をしながら進んで行くんですね」
「そうだといいけどね。この人は自分でそんなこと言いながら、直ぐに最短距離を猛スピードで行こうとしますから。うふふふ」
「だからエステルさんが、背中をしっかり掴んでるんだ」
「そうかもね」
えーと、本来の目的である総合武術部の新入生勧誘活動の件は、出店をどうするかとか、交代でどう活動するかとかを、ヴィオちゃんが考えてくれることになりました。すんません。
そのあとヴィオちゃんと執事のハロルドさんが、セリュジエ伯爵家の王都屋敷を案内してくれた。
さすがは伯爵家だけあって、敷地もうちの王都屋敷よりひと回り広い。
クロウちゃんの上空からの観測では、うちの屋敷の敷地面積は2.5ヘクタールぐらいあるのだが、こちらは3ヘクタール以上はありそうだ。
王都の内リングの中、貴族屋敷地区には三公爵家を筆頭に、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家、準男爵家と、セルティア王国貴族家68家の王都屋敷があるんだよね。
まあ、前に俺がいた世界での江戸時代の、江戸における大名屋敷と似たようなものと考えればいいだろう。
ただし人質的な意味合いや、貴族の家族とかの居住義務は無い。うちなんか、俺が王都に来るまでは実質、空き屋敷だったしね。
また、うちみたいに騎士団分隊が武官部隊として常駐するとかも、領主貴族家23家ですべてそうだということはなく、例えばこのセリュジエ伯爵家では、騎士団から派遣された従士クラスの護衛要員が2、3人いるだけなのだそうだ。
内リングの中は、王都衛兵によって治安が保たれているから普通は必要ないのだろう。
それで屋敷の規模だが、三公爵家と侯爵家2家、伯爵家4家がほぼ同じぐらいの規模で、辺境伯家だけが少し広いのだと執事のハロルドさんが教えてくれた。
ハロルドさんによるとその理由は、北方帝国に接する北の国境領地を守る領主貴族家なので、王家から特別に与えられたのではないかと。
うちを含む子爵家5家は、先ほど述べたように少し規模が小さい。それでも2.5ヘクタールもあるから、都会の中の屋敷の敷地としてはかなりの広さなんだけどさ。
そして男爵家8家はそれよりも更に狭く、また各領主貴族家に所属している準男爵家はぜんぶで45家もあるので、屋敷の敷地は与えられてはいるものの、だいぶ規模は小さいようだ。
ちなみにグリフィン子爵家で準男爵と言うと、港町アプサラを管理しているモーリス・オルティス準男爵とクレイグ・ベネット準男爵のおふたり。
モーリスさんは家令で調査探索部長のウォルターさんのお兄さんで、クレイグさんは騎士団長だよね。
だから、オルティス準男爵家とベネット準男爵家もこの王都に屋敷の敷地を持っているのだけど、屋敷がちゃんとあるのはモーリスさんとこだけじゃないかなぁ。
それでもたぶん、普段は空き屋敷で、うちと同じくカロちゃんちのソルディーニ商会が管理している筈だ。
クレイグ騎士団長のところは、おそらく空き地のままかな。それとも秘密の施設かなんかを密かに造ってあるとか?
昨年の秋にクレイグさんも王都に来た時、自分の屋敷の敷地に行ったとかの気配は無さそうだったよな。
ヴィオちゃんちのセリュジエ伯爵家王都屋敷は、屋敷の規模が大きくて建物内や調度も美しく、まさに壮麗な貴族屋敷だった。
ここと比べると、ホントうちって武闘派貴族の質実剛健な屋敷って感じだよね。
ただ、俺にはこの伯爵家は少し華やか過ぎて、なんとも居心地がちょっとだけど。
屋敷の外も、庭園が良く整備されていて美しい。
だけどうちみたいに、しっかりとした騎士団施設とかがある訳ではなくて、騎士団要員が王都に来た際に使用する宿舎や多少の付帯設備、訓練施設などが、僅かばかり存在するぐらいのようだった。
「ザックくんとこがおかしいのよ」と、うちの騎士団施設を知っているヴィオちゃんは、そうおっしゃっておりましたが。
こうしてざっと屋敷内を見せて貰って、お暇することにした。
「じゃ、明後日かな。ザックくんは朝に学院に来るんでしょ。入学式に遅刻しちゃだめよ」
「ダイジョウブでーす」
「それで、みんなには明日のうちに声を掛けておくから、ホームルームが終わったら部室に集合ね」
「はいです」
「エステルさん。今日はお話が出来て、本当に嬉しかったです。こんどまた、わたしの話を聞いていただいていいですか?」
「ええ、もちろんよ。わたしもほかの貴族家のこととか、良く知らないから、ヴィオちゃんに教えて貰わないとね」
「そんな、わたしがエステルさんに教えるだなんて。でも、わたしが知っていることなら、なんでも」
「お願いするわね」
「ジェルさんたちも、今日はあまりお話が出来なかったけど、こんどまた。それに剣術とか、また教えてください」
「ええ、もちろんですとも。我らはいつでも大歓迎ですぞ。学院では、ザカリー様をよろしくお願いします」
「はい、わたしが出来る範囲で」
ヴィオちゃんは正門まで見送ってくれて、いつまでも俺たちに手を振っていた。
こうして来てみると、ハロルドさんとかその他の侍女さんとか、優しくてしっかりした使用人さんたちはいるけど、やっぱり休日にこんな大きな屋敷にひとりだと寂しいんだろうな。
頻繁にカロちゃんやルアちゃんが遊びに来るらしいけどね。
さて帰りましょうと門の外にでると、「ねえねえ、エステルさまー」というライナさんの声がする。
「ねえ、せっかくここまで来たんだから、ちょっとカフェとかで甘いものとかー」
「こら、最近やけに大人しいと思っていたが、まったくライナは」
「いいじゃない、ジェルちゃん。どう? エステルさま」
「そうですね。王宮前広場の方に廻って、あそこのカフェにでも行きましょうか」
「カァ」
「やったー。さあ行くわよ、ジェルちゃん、オネルちゃん」
「やっぱりいつものライナ姉さんですね」
「あ、ザカリーさまたちは、帰る?」
「ええー、僕たちも行くよ、ライナさん。男だけで寂しく帰るのもなんだし」
「じゃ、ザカリーさまたちも一緒でいいわよー」
「はいはい、みんなで行きますよ」
「はーい」
だそうです、ブルーノさんティモさん。いつものことですが、お付き合いください。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を短期連載予定で投稿しています。
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