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第32話 アストラル大森林特別訓練

 グリフィン子爵領があるこの地方は、それほど多くの雪は積もらない。

 セルティア王国の東側には、北北東から南南西方向に連なる北方大山脈があり、西のティアマ海からもたらされる湿った風が、この山脈にぶつかって王国に雪をもたらす。

 しかし子爵領は、ティアマ海におそらく比較的温かな海流が南から流れているのと、北方大山脈との間に広がるアストラル大森林が、なぜか冬でも極寒にならない環境に保たれていることから、雪が降り続くということがあまりない。

 かえって、大森林の南にある大山脈に近い内陸の貴族領の方が、多く雪が積もるそうだ。



 本格的な春の訪れももうすぐという3月も半ば過ぎのある日、俺たち姉弟が騎士見習いの子たちといつものように朝の剣術の稽古に汗を流し、訓練終了の挨拶の場に集合すると、そこに騎士団長のクレイグさんが来ていた。


「今日は、皆に発表することがある」

「なんだ、なんだ?」とみんなが少しざわつくが、指導騎士の「静かにしろ」という声に一斉に口を噤む。

「発表というのは、春の特別訓練のことだ。毎日お前たちが精進して訓練に励んでいるのは、報告で聞いている。技量もそれぞれに上がっているようだな。……そこで、騎士見習いの諸君にアストラル大森林での特別訓練を行って貰うことにした。期日は今月末日、27日だ。詳細は指導騎士から追って伝える。以上だ」


「それは、わたしたちも一緒ということでいいんですか?」

 すかさずヴァニー姉さんが騎士団長に問う。

「そうだな、ヴァネッサ様とアビゲイル様は問題ない。ザカリー様は……んー、私はいいんだが、子爵様ご夫妻の許可が出てからだな」

 はい、俺はおみそですからね。


 アビー姉ちゃんは「やったー!」と飛び跳ねている。

 ヴァニー姉さんは今年10歳で、技量的にも他の騎士見習いの子たちと比べてもおそらく問題ないし、アビー姉ちゃんももうすぐ8歳になる。そしてこの年齢にしては、剣術の技量が抜きん出てきた。



 そのあとのお昼ごはん時。もちろん話題はアストラル大森林での特別訓練だ。

「僕が一緒に訓練に行けるのは、父さん母さんの許可次第なんだけど……」

「そうねぇ」

「そうだなぁ」

 おいおい、事前にこの件は聞いている筈でしょ。即答じゃないの?


「ザックはまだちっちゃいけど大丈夫よ。森に行けるわ」

 アビー姉ちゃん、よく言った。

「そうね、ザックは動きも早いし、身体もしっかりしてるから、大丈夫ね」

 ヴァニー姉さん、ありがとう。


「そうねぇ、心配はそこじゃないのよねぇ」

「そうだなぁ、ウォルターはどう思う?」

 あ、ぜったい事前に相談してるな、この人たち。


「はい、ザカリー様は身体的には……大丈夫かと思います」

 身体的にはって、なんでそのあとに間が空くの? 俺ってココロとかになんか問題あったっけ?

「ただし、たとえ浅い場所とは言え、大森林では何が起こるか予測がつきません。万が一の思わぬ事態ということもあり得るのです。そこで……」

 そこで?

「警護役を付けましょう。エステル、特別訓練にあなたも同行してザカリー様をお世話しなさい」

 はい、そうですね。お世話&警護兼監視役です。


「そうだな、それなら許可しよう。よかったなザック」

「そうね、エステルさんよろしくね。よかったわねザック」

「はいっ、大丈夫です、まかせてくださいっ」

 控えていたエステルちゃんが、元気よく返事をする。


 姉さんたちは若干なんで? という顔だが、エステルちゃんがただの侍女じゃないのを、なんとなく気づいてはいるようだ。



 翌日、騎士見習い特別訓練の内容について発表があった。

 ◇特別訓練日時は、3月27日8時より14時までを予定とする。

 ◇特別訓練参加者は、騎士見習い8名、子爵ご令嬢ご子息3名の計11名

 ◇引率及び指導は、メルヴィン・コールマン騎士。およびマシュー従士、ブルーノ従士、ライナ従士が同行して指導補助を行う。

 ◇特別訓練場所は、東門よりアストラル大森林内に入り、徒歩1時間の範囲とする。

 ◇訓練内容は、主に大森林の環境への順応訓練および偵察訓練とする。


 メルヴィン・コールマン騎士は、剣術稽古でよく指導騎士をして貰っている若手のメルヴィンさんだね。

 マシュー従士はコールマン騎士爵家の従士さん。ブルーノ従士とライナ従士は一般採用の従士さんで、メルヴィンさんが所属する騎士小隊にマシューさんと同じく所属し、ブルーノさんが偵察の専門職、ライナさんは魔法に秀でていて回復魔法も使えるそうだ。


 これらの情報は、エステルちゃんがすぐに調べてきた。本業が探索だからね。

 でもじつは、ライナさんのことは俺が幼児だった頃から知っている。俺はそれを直接見たことが無いけど彼女は土魔法に物凄く秀でていて、ときどきダレルさんのところに来ていたからだ。


 大森林に入って徒歩1時間の範囲というと、アストラル大森林内ではほんの表層部分だということだ。森の中を偵察しながら前進とすると、半径2、3キロ程度の範囲かな。

 最奥部までは300キロメートル以上もあると言われているそうだから、ホントにごくごく浅い場所というわけだ。


 魔物などはほとんど現れることはなく、せいぜいウサギやリス、森ネズミといった小型動物か中型のシカがいるくらいで、ごく偶に大型のヘラジカであるエルクや森オオカミを見かけるという。

「ただ、絶対そうだ、ということはありやせん」

 この言葉はエステルちゃんが、同行する従士のブルーノさんに直接聞いてきたものだ。


「ザックさまが参加するから、なんだかぜったいじゃないことが起こりそうですよぅ」

「カァ、カァ」

 なんでエステルちゃんはそう思うのかな? クロウちゃんもそう思うの?

 でも初めてのアストラル大森林、なにが待ってるんだろう。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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