第341話 ユリアナさんの夢のお告げ
エルメルさんとユリアナさん、そしてミルカさんはもう1泊して翌日の朝に、それぞれの任地に帰って行った。
やがてお父さんとお母さん、叔父さんになる3人とゆっくり話せて、本当に良かったよな。
わざわざ訪ねて来ていただけたことに、とても感謝しています。
昨夜も俺とエステルちゃんを加えた5人で寛ぎながら話をしていたのだが、その時に俺はあることを聞いてみた。あ、クロウちゃんはもう居眠りしてましたけど。
「去年、うちの父さんたちが王都に来た時に聞いたのですけど、僕とエステルちゃんとの許嫁って、随分と前から両親同士で話があったとか」
「え、そうなんですかぁ?」
「うん、確かそれを聞いた時には、エステルちゃんは母さんや姉さんたちと買い物に出掛けていたかな。それで、父さんがそう話してくれたんだ。ミルカさんはいたよね」
「そうなんだぁ」
「あら、子爵様はバラしちゃったのね」
「実際にまとまるまでは、両親同士とあと何人かだけの秘密だったのですよ。うちはミルカと、あとは爺ちゃん婆ちゃんだけだな」
「こっちは、ウォルターさんとクレイグ騎士団長だけって言ってました」
「ほぉー」
この中で、当然だけどエステルちゃんだけ知らなくて、ほぉーっとなんだか人ごとのように感心していた。
「バラしちゃったのなら仕方がないわね。あれはエステルが生まれてから、少し経った頃かしら。眠っていたわたしの夢の中に、風の精霊のシルフェ様が現れたのよ」
俺とエステルちゃんは顔を見合わせた。ミルカさんはポーカーフェイスを保って、何も知らぬ風を装っている。
それって、夢じゃなくて本人がこっそり現れたんじゃないの。あの人なら夢の中の出来事を演出してそんなことをしそうだ。
「それでね、夢の中でシルフェ様はこうおっしゃったの。やがて、グリフィン子爵家で男子が生まれる。この男子は風の精霊とファータの一族にとって、やがて大きく関わることになり、幸いをもたらす大切な男子だから、エステルとの強い縁を結びなさいって」
「へぇー、そうなんですね」
「ほかの夢はいつか忘れちゃうのに、その夢とシルフェ様のお姿は、いまでもはっきりと憶えているわ。そう、大きくなったエステルと姿かたちがそっくりだったの。それも、いまのエステル。その青い髪色とか」
実際のシルフェ様の髪は、澄んだ青空の色で天色とか言うのかな。エステルちゃんは紺碧の青で、やや色が濃い。僅かな違いなんだけどね。
それにしても母親って、自分の子どものことについては鋭い勘が働くから、何か気が付いているのだろうか。
「その時は、まだ子爵様も結婚されていなくて、アンは学院を卒業して実家に戻っていたのよ。わたしはその頃、男爵さまのところに居てね。だから、アンとは仲が良かったの」
「あ、だからまた、お爺ちゃんに呼ばれたんですね」
「そうなのよ」
自分が生まれる前の、こうした現在自分と関わりが強い人たちの間の繋がりって、なんだか不思議だよね。
それぞれが大きな繋がりの中で時間を動かして行く。
「でね、アンが子爵様と小さい頃から密かに許嫁だったのは、わたしも知っていたの。だから、そのシルフェ様の夢を見たあと、アンと顔を合わせたときに、ああ、この子が生む男の子とわたしの娘が、いつか結ばれるのねって、そう思ったの」
「ほぉー」
エステルちゃん、さっきからほぉーとしか言ってないですよ。
「そしたら、その翌年におふたりは結婚されて。それで直ぐにお子さんが生まれたのだけど。ヴァニーちゃんね。わたしも任地が替わって、男爵さまのところから離れてたの。でもあのとき、お祝いにエルメルとグリフィニアに行ったわよね」
「そうだったな」
「ヴァニーちゃんはとても可愛かったし、アンも子爵様もとても幸せそうで、だからわたしは夢のお告げのことを、その時は話せなかったわ」
ユリアナさんの昔語りに、俺たちは引込まれて行った。エステルちゃんも初めて聞く話なんだね。とても真剣に聞いている。
「それから2年して、アビーちゃんが生まれた。それを聞いてまた嬉しかったけど、でも正直に言えば、また女の子なのね、あの夢ってわたしの勝手な妄想なんじゃないのかって、随分とがっかりもしてしまったの」
「私も以前からユリアナのそのお告げの話は聞いていたが、その時には、やはり夢は夢なんだなって諦めたよ」
「あの時はそうよね。そしたら、その2年後にザックさんが生まれたじゃない。わたし、それを聞いて跳び上がって喜んだわ。でも、同時に凄く心配にもなったのよ。だって、エステルはもう10歳になるし、大丈夫なのかしらって」
「お母さん……」
「でも、勇気を出してエルメルとグリフィニアに行ったの。それで赤ちゃんのザックさんを抱かせて貰って、そう、この子なのねって、わたしは確信したの」
「えーっ、お母さんは赤ちゃんのザックさまを抱いたの? ずるいっ。きっと、すっごく可愛らしかったわよね。わたしも抱きたかったですぅ」
エステルちゃん、そこじゃないから。
あの頃は、いろんな人が俺を見に来て抱かれたので、誰が誰なのか良く分からなかったんだよな。意識も思考も記憶もあったけど、脳は赤ん坊だったからね。
「それでね、思い切って子爵さまとアンに、わたしの夢のお告げの話をしたの」
「5年越しぐらいのユリアナの想いだったからな。私も止めることは出来なかったよ」
「わたしは子爵さまが怒り出すか、冗談と思って笑い飛ばすか、ちょっとビクビクしてたのよ。そうしたら、子爵さまもアンも真剣な顔になって、じつはザックさんが生まれたとき、不思議なことがあったって、話してくれたの」
え? 不思議なことなんかありましたっけ。なんだろう?
「それがね、ザックさんが生まれて名前はどうしようかってなったとき。ほら、長女のヴァニーちゃんは、ヴィンスさまと始まりの文字が同じでしょ。で、アビーちゃんはアンと同じ。だから次に生まれる子はヴィンスさんの番よね。そして生まれたのが長男だったから、これは俺の番だって子爵さまはもう決めていたそうなのよ」
ああ、その件か。父さん、たいへん申し訳ない。あれは前世の女神の仕業です。
「そうしたら生まれて5日目に、ザックさんの寝ている側にとても美しい紙が挟まれているのが見つかって、なんでもその紙はこの世界のものじゃないみたいで。その折られた紙を開くと、神聖文字で「ザカリー」って書いてあったそうなのよね」
それを見つけたのは、俺担当侍女のシンディーちゃんだよね。驚いて吹っ飛んで行ったよな。
ああ、あの紙って和紙だったか。女神サマのサクヤが不用意に前世の世界の紙を使ったんだよな、きっと。すまんこってす。
神聖文字は、この世界で古代に使われていた文字で、現在の文字はそれが変化したものだよね。
王立学院では神話学と歴史学概論の講義で習うから、父さんと母さんもだいたいは読める。
「それで、子爵さまとアンは、これは何か神さまのお告げだって考えたそうなのよ。だって、警備が厳重なお屋敷の2階のお部屋で、誰かがイタズラでそんな紙を置くなんて考えられなかったし、屋敷の者たちは誰もそれまで知らなかったのだからって」
それはですね。俺の無限インベントリに転生前に仕込まれていて、この世界に誕生してから自動的に外に出るようにタイマーが掛かっていたのですな。お騒がせして、すまんこってす。
「こうしてザックさんのお名前が決まったのだけど、そうしたらわたしとエルメルがやって来て、そんな精霊さまのお告げの話をするでしょ。だからふたりとも、これは真剣に受け止めなければいけないって、思ったそうなの」
それで両親同士で相談したのだという。
エステルちゃんが12歳になる年に、探索者の見習いという名目でグリフィニアに派遣する。
それで父さんと母さんがエステルちゃんと会い、その後に機会を見て俺に会わせ、側にいられる立場にする。
そして俺が成長してふたりがうまく行くようになるまでは、この話は両親同士と一部の者たちの心の中に留めて置く。
神様と精霊様のお心が働いているのであれば、自分たちが強制などする必要はなく、本人たちに決めさせる。
そういうことだったのだそうだ。
実際は、エステルちゃんの好奇心から、屋敷の裏の空き地で剣術の訓練をしていた俺を彼女が覗きに来て、それをクロウちゃんが見つけて初めて会ったんだよな。
そういう風に屋敷の中でエステルちゃんが自由に動けるように、ウォルターさんがおそらくさせていたのかも知れないね。
「(お姉ちゃん、そんなこと何も言ってなかったですよ)」
「(そうだよな。その夢って、ぜったい実際に目の前に姿を現してたな。夢の中の出来事とか思わせて)」
「(それって、お姉ちゃんならやりそう)」
「(だよね)」
「(お姉ちゃんは、ザックさまが生まれる前から、そんなこと決めてたんですかね)」
「(なにせ、精霊様だからなぁ。することの予測がつかないし、5、6年ぐらい早くても、あの人らにとっては、ほんの一瞬の違いだからね)」
「(ですよねぇ)」
「(でもでも、ザックさまのお名前の話は、初めて聞きましたぁ)」
「(ああ、僕はなんとなく知ってた。たぶん、小さい時にシンディーちゃんから聞いたかな)」
「(シンディーさんが、その紙を見つけたんですね。アマラさまかなぁ)」
「(どうだろうか。何となく別の神サマのような……)」
「(別の神さまですか? どなたなんだろ)」
「あの、ザックさん、エステル」
「あ、すみません。自分たちのことながら、なかなか興味深いというか、いろいろなことを初めて知ることが出来たお話でした。お話しいただき、ありがとうございます。聞けて嬉しかったです」
エステルちゃんとつい念話で話してしまって、3人を置き去りにしていた。
「わたしの話で、気に障ったとか、なかったわよねザックさん。エステルも。なんだかふたり無言で見つめ合って、心の中で魔法で話してるみたいって見えたから」
やっぱりユリアナさんて、うちの母さんと同じでやたらに勘がいいよね。
「ザカリー様なら、そんな魔法が使えても私は信じてしまいますよ。はははは」
「あなたにもそう見えたでしょ、ミルカ」
「ユリアナと私は、定期的にミルカからふたりの様子を聞きながら、本当にうまくいくのかずっと心配していたのですが。どうやらそれは、無駄な心配のようだったね」
「そうね。ふたりを見てると、とても繋がりが強いのがわかるわ」
俺とエステルちゃんは再び顔を見合わせて、思わず苦笑をしたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




