第31話 この世界の神様のことなど
夜は領主館で恒例の立食パーティーだ。
商業ギルド長のグエルリーノさんとカロちゃんたちご家族、冒険者ギルド長のジェラードさん、錬金術ギルド長のグットルムじいさん、美人エルフのエルミさんも来てるね。
騎士団長のクレイグさんや騎士のみなさん、それから主要な内政官のスタッフも来ている。
おっ、筆頭内政官のオスニエルさんは婚約したてのシンディーちゃんと一緒じゃないか。シンディーちゃんのご両親も招かれている。
今年の冬至祭では、今のところ特に何事も起きていない。
グリフィン子爵領は2年前の事件以来、平穏な日々が続いていた。
俺はエステルちゃんを密かにヒューミント要員にしてから、ときどきあの事件以降の動向を探らせている。
セルティア王国には、妖魔族の国があるエンキワナ大陸との間にある狭い海・ティアマ海に面する貴族領は、グリフィン子爵領以外に6つある。
それぞれに大小の差はあれ領都と港町が存在するのだが、どうもこの2年間にいくつかの街で、グリフィニアで起きたものと似たようなちょっとした騒ぎがあったそうだ。
だがそのどれも、騒ぎを起こした犯人を取り逃がしているので、領民などが起こしたものか、それともグリフィニアと同じく魔人が犯人なのかは分かっていない。
本格的に何かが起きるのは、まだまだ先のことなのかな?
パーティーに参加したみなさんは、今年も楽しいひとときを過ごし、俺たち子供組はほどよいところで部屋に戻る。
父さんは例年のごとく3ギルド長のおっさん、じいさんに捕まり、まだまだ飲むようだ。オスニエルさんも捕まってるね。
さて、俺とクロウちゃんが自分の部屋に引上げると、これも恒例のダメ女神サクヤの登場だ。
「菊さま、クロウちゃん、おひさー。元気してたー?」
「あぁ、サクヤか、久しぶり」
「カァ、カァ」
それと、菊さまは前世の幼名・菊童丸時代の呼び名だからな。今さらだけど。
「いいのよー。わたしにとっては今も菊童ちゃんなんだからー」
「まぁ、いいけどさ」
「それよりおまえ、前世と違って今回はあまりしょっちゅう来ないんだな。やっぱり、別の世界に留学してるから差し障りがあるとかか?」
「うーん、差し障りとかじゃないのだけど。まぁ菊さまも順調に大きくなってるみたいだしね。まだちっちゃいけど」
はい、まだ5歳ですからちっちゃいのは否定できません。
「それに、この世界って、ほとんど神様が人の前に姿を現したりはしないでしょう」
まぁ、それはそうみたいなんだ。
21世紀の前々世はともかくとして、前世では八百万と言われるたくさんの神様、そして佛様関係がまだまだ人の身近に在って、神社やお寺との結びつきも強かったからな。
その点で言えば、この世界、少なくともいま俺がいるこの領都で、宗教関係の人や施設にまだ直接出会ったことがなかったかな。
でも領民のみなさんは、太陽と夏の女神アマラ様とか、月と冬の男神ヨムヘル様なんかは身近に感じてるみたいなんだよね。
「菊さまが前にいた地球と違って、この世界はすべてが多神教というか、どこの国や地域でも神様というものへの認識は基本的には同じなのよねー」
「それはつまり、一神教ってのが、この世界にはないってことか」
「そうそう、世界中の神話も多少のストーリーやエピソードの違いはあっても、だいたい同じ。なにせ言葉が分たれなかった世界だからねー」
そういえば、この世界に転生するとき、そんなことを言ってたな。
「ただ、わたしたちがいた世界ととりわけ違うのは、比喩的に言うと地から天に上がるまっとうな神ってホント少ないのよ。わたしが国津神出身のまっとうで、若くて美人の神サマだから言うんじゃないのよー」
いま、なんか形容詞を自分にふたつほど足したな。
「それって、つまりどういうこと?」
「簡単に言うと、その場所に根付いた在所の神様があまりいないってことね」
在所の神様があまりいない??
「それでどうなるんだ?」
「だからー、多神なのに地域に身近なオラが神様がいなくて、多神だから特定のひと柱の神を信仰する強力な宗教が育たない、ってことになってるのよ、この世界は」
「そうなのか? アマラ様を信仰する宗教とかあるんじゃないのかな」
「アマラ様とヨムヘル様は、季節とかお祭りとかで身近だし崇敬されてるけど、アマラ様も気さくな親戚のおばちゃんって感じだしね」
いや、気さくな親戚のおばちゃんて、それ普通の人間には分からないから。ホームステイしてるからそう言えるんだから。
たしかにアマラ様やヨムヘル様のほかにも、たくさん神様がいるみたいだし、その神様たちを祀る社というか聖堂的なものは、たいていの街にはあるそうだ。
だけど、そこを維持管理している神の社守の人たちは、宗教原理で強固に組織化された宗教人とはちょっとニュアンスが違うのだという。
「地から天に上がるまっとうな神様が少ないって、どういうことなんだ?」
「それは……この世界のキ素の多さにも関係するんだけど、そうねー、つまり邪神とか悪神とか災厄神、鬼神とかになりやすいらしいのよ」
「邪神、悪神、災厄神、鬼神って……」
「それはともかくー、この世界の良い神様はみなさん天上の神様なもんだから、わたしみたいな国津神出身のまっとうで、若くて美人の神サマと違って、地上に降りてホイホイと人の前に姿を現したりしないのよー」
若くて美人のとか言ってるけど、ホイホイって、おまえはゴキなんとかか。
「あー、話はそこに戻るのか。なるほどな。なんとなくだけど理解した。たぶん」
「そうなのよっ。だからアマラ様も菊さまのことは、優しく見護っていてあげなさいサクヤちゃん、なんて言うのよー」
ホイホイ地上に遊びに行かずに、留学でこの世界に来てるんだからちゃんと勉強しなさい、ということだな、これは。
それから少し俺の最近のことなどを話した。
クロウちゃんはいつものようにサクヤに抱っこされ、甘えてとてもおとなしくしている。
「それでねー菊さま。わたしちょっとしばらく里帰りなのよ」
「えっ、里帰りって、元の世界に帰るのか?」
「うん、年明けの明後日からね。あまり神無しが続くのもなんだからって上がねー」
こいつを祀る神社も、それなりに多いんだよなー。
「また来るからさー。早く大きくなってね。大きくなーれ、て神力を注いでおこーか」
いやいや、明日朝起きたら大人になってましたはシャレにならないから、結構です。
「それじゃしばしお別れ。イイ男に育っててね」
サクヤはいきなり俺の頬にチュッとキスして、俺が何か言う前に、薄く甘い桜の香りを残しながらポンっと消えていなくなった。
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