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第332話 外出予定と天空からの伝言

「ザックさまは学院が始まるまで、こうやってダラダラしてるんですか?」


 王都屋敷に戻った翌日、アビー姉ちゃんは課外部の訓練を予定しているとかで、朝食を食べたあと早々に学院に行ってしまった。

 新入生勧誘の出店の届出はお願いしますよ。

「あんたねえ」と言いながらも、「わかったわ」と学院に向かって走って行った。


 屋敷の中ではフォルくんたちが分担に従って日常仕事を始めてるし、ジェルさんたちは2ヶ月間不在だったことから、騎士団施設内の整理と掃除をするのだと言う。

 アルポさんとエルノさんも門番の仕事を交替しながら、屋敷敷地内を見回って各所の点検をするそうだ。

 それで俺は特に予定もなく、ラウンジにいるのだけど。あ、クロウちゃんもね。



 朝からフォルくんとユディちゃんに付いて仕事振りを見ていたエステルちゃんが、紅茶を淹れて持って来てそう言った。


「でもさ、冬休みも残り僅かだし、何もしない日々も大切かなと」

「なーに、尤もらしいこと言ってるですか。アビー姉さまだって、課外部の訓練を始めるんですよ」

「だって、うちの部は予定しなかったし」


「だからって、王都屋敷に戻った早々で、そういう風にだらーっとしてたら、身体が腐っちゃいますからね」

「でも、朝ご飯の前には走ったよ」

「そんなの、朝起きて顔を洗うのと同じようなものです」


 グリフィニアでも学院でもこの王都屋敷でも、朝起きたらストレッチをしてから走るのは欠かさない日課なので、まあ顔を洗うのと同じと言えばそうなんだけどね。



「そしたら、訓練をしますか? それとも、お出掛けでもしますか? 午後に商業街に行きますけど」

「訓練は少しするとしても、お出掛けかぁ。でも、商業街から王宮前広場へのコースはちょっと飽きたしなー」

「貴族屋敷街を巡っても怪しまれるだけですし、あとは学院方面になっちゃいますよ」


「それはちょっとなー。そうだっ!」

「なんです?」

「内リングの外に行ってみるっていうのは、どうかな」

「内リング外の街区ですか? わたしも結局行けてないですけど、治安の良くないところもあるらしいですから、ジェルさんが許可してくれますかね」


 王都フォルスは広い。グリフィニアの9倍近い面積があって、王都全体を囲む都市城壁の外リングがあり、そして王都内にもうひとつ内リングという都市城壁が存在する二重構造になっている。

 うちの屋敷がある貴族屋敷地区と学院地区、そして王宮地区は内リングの中に納まっている。


 内リングの外は、フォルス大通りを挟んで大きく北地区と南地区に分かれており、どちらの地区も一般の王都民が数多く生活を営んでいるエリアだ。

 冒険者ギルドや商業ギルドなどの各ギルドなんかも、この内リングの外にある。


 俺はこの王都で1年間暮らしたけど、内リングの外はフォルス大通りを馬車で通過しただけで、街中には未だに行ったことが無いんだよね。エステルちゃんも結局は行けていないらしい。



「それじゃ、これからジェルさんに話してくるよ」

「今日の午後は、フォルくんとユディちゃんを商業街に連れて行く約束をしてますから、今日はダメですよ。それから、ジェルさんとこに行くのなら、木剣も振って来るんですよ。クロウちゃんも少しは動きなさい」

「へーい」「カァ」


 と言うことで、騎士団王都屋敷分隊の本部に行く。

 ところで頭の上に座っているキミは、少し動きなさいって言われたんだから自分で飛んだらどうかね。カァ。



「ジェルさん、いるー?」

「あ、ザカリー様。どうされました?」

「ティモさん、ジェルさんはどこかな? ちょっと外出予定の相談でさ」

「ただいまお呼びして来ます。ザカリー様は、こちらの応接室でお待ちください」


 分隊本部に俺が入るとティモさんが目敏く見つけてくれたので、そう頼んだ。

 それで応接室で待っていると、暫くしてジェルさんがやって来た。レイヴンのメンバーも皆来たんだね。


「お呼びいただければ、お屋敷まで行きましたのに。どうされましたか? ザカリー様。外出のご相談とか」

「ついでに木剣を振って来いって、エステルちゃんに言われたからさ」

「ああ、なるほど」


 それで俺は、先ほどエステルちゃんと話していた内容を皆に話す。


「なので、いちど内リングの外の街に行ってみたいんだけど、どうかな?」

「内リングの外ですか。広いのでどこに行くかもありますが。ブルーノさんはどう思う?」

「そうでやすな。フォルス大通りから中央リング通りを北か南に行くと、どちらにも市の立つ広場がありやす。そこまでなら」


「そうか、ブルーノさんとティモさん以外は我らも行ったことがないが、確か北広場と南広場があったのだな」

「へい、どちらも似たようなそこそこ広い広場で、広場の周囲には王宮内政部の出張所や衛兵詰所、祭祀のやしろやカフェとか洋服や雑貨、食料品などの店もありやすね」


 おお、そこら辺が良さげですな。広場で毎日、市が立つのか。エステルちゃんも喜びそうだ。



「北広場の方が、祭祀のやしろも古くて大きいですね。北地区のあの辺りが王都の旧街区と言われていますので、歴史が古いそうです」

「そうでやすな。行くなら、北広場が良いでやしょう」


「そうか。どうですかなザカリー様。ブルーノさんとティモさんが言う、その北広場までなら。内政部の出張所や衛兵詰所もあるのであれば、治安も悪くはないでしょう」

「うん、そこに行こう。たぶんエステルちゃんも賛成してくれるよ」「カァ」


「それで、いつお出掛けで?」

「今日の午後は、エステルちゃんがフォルくんとユディちゃんを連れて、商業街に行く予定なんだよね。だったら明日かな。ブルーノさん、広場の市は何時頃に立つの?」

「市は確か、朝から昼過ぎまででやすな」

「だったら、明日の午前中だね」



「わかりました。では、明日の午前にお出掛けと言うことで。それで、誰が行くかですが……」

「はいはい、はいーっ」

「なんだ、ライナとオネルは手を挙げて」


「だからー、みんなで行くのよねー」

「わたしたちも行ったことがないんですよ、ジェル姉さん」

「ザカリー様とエステル様に、クロウちゃん。それから我ら5人か。多くないかな。どうかなブルーノさん」


「貴族として行くか、庶民に紛れて行くか、どちらにするかでやすな。ひとりふたりお付きが従うのは一般でもありやすが、5人が制服で従うと貴族とバレやすから、紛れるなら普段着でふた組とかに分かれて、付かず離れずでやすかね」


「紛れる方かなー」

「ザカリー様ならそう言いますな。よし、わかりました。では一般人に紛れるということで、適当にバラけて護衛をする。服装は平服。ただし武装はする。隠し持てない武器は、アル殿にいただいたマジックバッグに入れて持って行くことにしよう。移動は徒歩だ」


「やったー、わたしはティモさんとペアねー」

「ライナさん……」


「勝手にしろ、ライナ。それでザカリー様。今回は初めての内リングの外ですから、フォルとユディは留守番ということでお願いします」

「うん、それは仕方ないね。人数も増え過ぎちゃうし」



 と言うことで明日の午前は、内リングの外の北地区にある北広場までお出掛けすることになった。

 打合せのあと分隊本部の横にある訓練場に行って、エステルちゃんに言われた通りひとり木剣を振る。

 ジェルさんたちはまだ片付けや馬の手入れなどの仕事が残っているそうで、それぞれ持ち場に戻って行った。


 クロウちゃんは、その北広場を下見に行って来ると飛んで行ってしまっている。

 彼の視覚を通して上空から眺めても良いが、明日は新鮮な気持ちで行ってみようと思い、同期させるのはやめておこう。

 そして、無心で木剣を振る。


 屋敷でも学院でも誰かと一緒に訓練をすることが多いから、まったくのひとりで木剣を振るなんて本当に久し振りのことだ。

 特に近頃は、訓練を見たり指導するなんてことも屢々なので、今みたいに周囲に気を配らず無心に振るのはかなり珍しいんだよね。


 冷気の中にも間近の春を感じさせる、暖かい日差しに包まれる。

 余計な雑念を払い、心を自分を取り巻く時間と空間に溶け込ませて行く。

 やがて、ぶんぶんという木剣を振る音も聞こえなくなり、すべての音が消える。



「ザック、ザック、聞こえる? ザック」

「ん? はい。その声は……」

「アマラよ」

「俺もいるぞ」

「あ、アマラ様とヨムヘル様」


「ザック、いろいろありがとうね」

「え、何がですか?」

「ニュムペちゃんのことよ。それにそこら辺の地の下のこととか」

「俺らも、あの子のことは心配していたんだ」


「そうなんですね。でもニュムペ様も前向きになったみたいで、良かったです」

「シルフェちゃんは男の子っぽいとこがあって、結構気ままだけど放っておいても心配ないのよね。それに比べてニュムペちゃんは、おとなしい子だから」

「まあ、あれら精霊は、俺らの娘みたいなものだが、無闇に手を貸す訳にもいかんし」


「俺の娘って、ヨム、あなたの娘って言いたいの?」

「俺らのって言っただろ」

「わたしの娘よ」

「だから、俺らの」


「まあいいわ。とにかくザックのおかげで、ニュムペちゃんも元気になったみたいだし、ひと言お礼が言いたかったのよ」

「これからも助けてやってくれ、ザック」



「そんな、お礼を言われるほどのことなんか、してませんよ。僕はただ、自分が出来ることをしただけです」

「それでいいのよ、ザック。あなたが出来ることをすればいいの」

「僕が出来ることは、それが正しいことなのでしょうか」


「あのアンデッドを消さなかったのが良かったのか、まだ迷っているのね。あの場合、どちらも正しいわ。でも、あの人はまだ、地の下に留まるお役目を持っていた。あなたがそう感じたのではないかしら。あの人なら、時が満ちたと自分で思えば、自然に自ら浄化するわ。だからあなたが悩む必要はないのよ」


「そうですか」

「それより、エステルちゃんに伝えなさい」

「え? エステルにですか」


「まずは、お目出度うよね」

「良かったな、ザック」

「はい、おかげさまで。ありがとうございます。アマラ様とヨムヘル様もご存知だと、ルーさんから聞きました」


「ルーったら、ニュムペちゃんやエステルちゃんのこと、嬉しそうに話すのよ」

「へぇー、そうなんですね」

「それでね、エステルちゃんに伝えてね。わたしを祀る祠の前で、白銀を翳してわたしに話しかけなさい、ってね」


「それって、もしかして聖なる光魔法……」

「黒銀だけじゃ、バランスが悪いでしょ。活かすものと滅するもの、両方の釣り合いを取りなさいって、そう伝えるのよ」


「あ、明日、祭祀のやしろに行くから、白銀を持って行けと」

「まあ、そういうことだ」

「じゃ、また明日ね」




「ザカリーさま、ザカリーさま、ザカリーさまぁ」


 直ぐ近くで呼ぶ声で俺はハッと意識が戻った。訓練場の風景が目に飛び込み、周囲の音が耳に伝わる。

 振り返ると、ユディちゃんが心配そうな顔で俺を見ていた。


「お、ユディちゃんか。どうした」

「どうした、じゃないです。さっきから声をお掛けしてるのに、何も聞こえないみたいに立たれていて。お昼ご飯の用意が出来たので、お呼びに来たんです」

「そうか……。そうなんだ、ありがとう」


 ユディちゃんから「はい、これで」と渡された手拭で、少しぼおーっとしながら額に滲む汗を拭く。

 そんな俺を見てユディちゃんはまだ心配そうな表情だったが、「ご飯に遅れると、エステルさまに叱られますよ」と、俺の手を引っ張って行くのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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2021年2月20日付記

本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。

タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。

とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

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