第329話 妖精の森の復活に向けて
「今日のお試し会は、盛りだくさんだったなぁ」
「でしたねー。なんだかみんな強くなっちゃって」
「カァ」
「でも、あの魔道具武器たちが、あまり活躍しない方がいいですよね」
「そうだよな。よっぽどじゃないと使わないように、言っておくか」
「カァ」
「ところで、午後のグリフィニア見物はどうだった?」
「いろいろお店を見て廻って、ブリサさんのお店も行きましたよ。それから、アナスタシアホームにも寄りました」
「そうなんだ」
「子供たちに、シルフェ様がこっそり祝福をしていただいて。それから祭祀の社も覗いたんですけど、風の精霊様をお祀りしているところで、シフォニナさんと何か話していたんですぅ」
「気に入らなかったとか?」
「いえ、何だか、自分の魂の欠片を納めるとか、それをダメですよってシフォニナさんから窘められていて」
「ああ、やたらにそういうのを納めると、あそこが特別の聖地とかになっちゃいそうだよなぁ」
「シフォニナさんもそう言ってましたぁ」
夕ご飯を済ませ、今日の出来事を振り返ってそんな会話をする。
午後は母さんと姉さんたち、エステルちゃんで、シルフェ様とシフォニナさんをグリフィニアの街に案内して来た。
一方で俺とアルさんは、フォルくんとユディちゃんの剣術と魔法の訓練を見てあげたんだよね。
やっぱり竜人族は、火魔法に適性が高いってアルさんも言っていた。
「この子たちは、まだまだ成長しますぞ」って、ドラゴンから太鼓判を貰いました。
それで明日は、シルフェ様がグリフィニアを訪れた本来の目的である、アラストル大森林行きなんだよね。
目的地はたぶん、前回も行った奥地のあそこだ。ニュムペ様が隠れ棲む湧水池地帯だね。
出発は、朝食をいただいたあと、やはり魔法訓練場からの予定。
この件は話すと、「私共もお供を」とジェルさんたちが必ず言い出すので、父さんと母さんとウォルターさん以外には内緒になっている。
「お洋服は、どうしましょう」
「普段着でもいいんだけど、父さんたちが余計な心配をするから、フル装備にしようか」
「ですね。あの、白銀と黒銀、帯剣して行っていいですか?」
どうこう言って、エステルちゃんはあのふた振りのショートソードが凄く気に入っていて、出来れば身に着けていたいんだよな。
でも、武装関係は父さんとかウォルターさんが目敏いからなぁ。
「取りあえず、普段の剣にしとこうよ。あれは僕が収納して行くからさ」
「ですよねぇ」
俺は理由を言って、諦めて貰うことにした。
翌日、朝食後に装備を整えて屋敷を出る。
屋敷玄関での見送りは、父さんと母さんとウォルターさんだけだ。
俺とエステルちゃんのフル装備姿を特にアビー姉ちゃんに見られると煩いから、姉さんたちには見つからないように、こっそりと出て来た。
「東門は通らないんだな」
「うん、アルさんたちが連れて行ってくれるそうだから」
「それってザック、その、乗って空を飛ぶのかしら?」
「まあ、ご想像にお任せするということで」
東門は、子爵館の裏手にあるアラストル大森林が目の前の門だ。普通はその門を出て、徒歩で大森林に入ることになるのだけど。
アン母さんが、いいなーという羨ましそうな顔をしているが、無視しましょう。
「今日の行動は秘密ですから、ヴィンスさんとアンさんとウォルターさんは、ここまで。それでお願いしますわね」
シルフェ様にそう言われちゃうと、諦めるしかないですよ。
見送る3人は、それぞれに何か言いたげな顔をしながらも、俺たちを黙って送り出した。
そうして今は、ブラックドラゴンの姿に戻ったアルさんの背中に乗っています。
首の後ろに俺が跨がり、その背中にぴったりエステルちゃんがひっついている。
それからその後方に、シルフェ様とクロウちゃんを抱いたシフォニナさんが、思い思いの位置でちょこんと座っていますね。
この人たち、風になれば自分で飛べるし、例え背中から落ちても何の心配もないので、ただ寛ぐように座っているだけだ。
なんでも冷たい北風が好きではないから、防護障壁を張ってくれているアルさんの背中がいいのだそうだけど、どうも納得がいかない。
単に面倒くさいから、だけじゃないのかなぁ。
「(ザックさん、おやつとか持ってらっしゃるわよね)」
「(えー、それはありますけど)」
「(わしの背中で、おやつとか食べんで貰えんかの。それに、直に着きますぞ)」
「(おひいさまは、少しぐらい我慢してください)」
「(んー、わかりました)」
観光バスの旅行とかじゃないんですよ。
昨年の夏と同じ、森の中の開けた場所にアルさんは着地した。ここは、冒険者パーティと探索に来た時にベースキャンプを設置した場所だね。
アルさんは俺たちが降りると、直ぐさま身体のサイズを縮小させる。見た目はブラックドラゴンのままだ。
竜人の姿にはならないの?
「森の中では、こちらの方が動きやすいですからの」
「あの姿をあまり見せたくないのよ。ほら、ルーとかに」
「そ、そんなことはないですぞ」
ああ、何故だか反りが合わないルーさんに、普通の人サイズの竜人に変化した姿を見せたくないのかな。
そこだけで突っ込まれて、暫く言い合いが続きそうだからなぁ。
それから、大森林の奥地を目的地を目指して高速で移動する。
この辺りは積雪がほとんどないんだね。アラストル大森林は、奥に行けば行くほど雪が積もることはあまりないそうだ。
それにしても、今回も大森林は静かだ。
変化をするしないで関係があるのか分からないが、アルさんと一緒だと獣や魔獣たちは大人しくしていてくれる。
やがて俺たちは、湧水池地帯に到着した。
あ、ニュムペ様だ。今日は姿を現して待っていてくれてたんだね。
「ニュムペ様、お元気ですか? 昨年末振りです」
「その節は、大変お世話になりました。良く来てくださいましたザックさん、エステルさん、クロウちゃん。シルフェさん、シフォニナさん、アル、いらっしゃい」
「ルーは? いるんでしょ」
「待っておりましたぞ。お呼びだてしてすみませんでしたな、シルフェ様」
森の木々の中から、銀色の毛を輝かせた神獣フェンリルのルーさんが姿を現した。
「まったくじゃわい。たまにはそっちから来んかい」
「何処に行けばいいと言うんだ? ザックの街か、王都とやらか、それともクロトカゲが潜む穴ぐらか?」
「生意気なイヌッコロが、わしんとこに来んでも良いわ。シルフェ様の妖精の森とかじゃ」
「あちらよりは、ここの方が、ザックが近くにいるだろうが」
「まあ、そうじゃがの」
どうして顔を合わせると、直ぐにこうなるのだろうね。
大森林は俺の地元でもあるのだから、いいんだよ。そのぐらいにしておきなさいな、アルさん。
「それよりも、早速だけど話があるのよね。地下洞窟とアンデッドのことね」
「まあそうなのですが、ニュムペさんから大方は伺いました。なんでも水脈が断たれていて、おまけに呪いの溜になっていたのだとか」
「そうなのよ。それで、水脈から切り離されていた穢れた沼に、ニュムペさんが水脈を繋ぎ直して浄化して、その溜の場所全体はザックさんが浄化したわ」
「と言うことは、ザックは聖なる光魔法を修得したのだな」
「はい、おかげさまでなんとか」
「なんでも、地下墓所にいたアンデッドの親玉は、浄化せずに置いておいたとか」
「ええ、彼らが地上に出て、危険や禍いをもたらすようには思えませんでしたので。それにマルカルサスさん、あ、そのアンデッドの親玉ですね。彼は地下墓所を内側から封印して、その呪いの溜から自分たちを護っていました」
「そうか。その辺は私には構わない。ザックがそう判断をしたのなら、それはそれでいい。私が気になるのは、考えの足らない水の下級精霊が作り出してしまった呪いの溜のせいで、いつしか邪な力を引き寄せてしまったらしい、ということだな」
あの通路を塞いでいた、アンデッドだけを通す薄闇の壁とかの存在のことだよね。
あれはマルカルサスさんが作ったものではない。
「ごめんなさい……」
「あらあら、直接はニュムペさんのせいじゃないのよ。ニュムペさんにも責任はあるけど」
「すみません」
同じ精霊の頭同士として、シルフェ様はニュムペ様にはちょっと厳しい。
確かに、800年前にニュムペ様が配下のしたことを正しく把握し、行動して対処しておけば、だったのだろうけど。
「まあ、だいたいの後始末はついているようなので、良いです。それで、ニュムペさんがこちらに戻られて、今後のことなどを相談したのですよ、シルフェさん。それをお話しようと思いまして」
「そうなのね。ニュムペさん、あなた、これからどうなさるの?」
「はい、清浄な水脈を保つのがわたしの本来するべきことだと、ルーから諭されました」
「それはそうよね」
「それと、自分の妖精の森も復活させないとですし」
かつて、ニュムペ様たち水の精霊が棲まう妖精の森は、現在の王都圏内フォレスト公爵領にあったという話だよね。
その妖精の森が、セルティア王国建国戦争と今回のことの発端となった場所だ
「それには、やはりあの地下洞窟の近隣でなければならないかと思いまして」
「でも、元の妖精の森は、もうあなたが棲めるような森ではないんでしょ」
「はい。ですから良い場所はないかと考えました。それで、ザックさんたちがわたしの留守を守る水の精霊を見つけていただいた場所はどうかと思ったのです」
ナイア湖のあるナイアの森か。あそこで昨年夏に合同合宿を行った時に、クロウちゃんが水の精霊の姿を見つけたんだよな。カァ。
「あの湖のあるところね。たしかにあの湖はキレイだったわ。精霊のあの子がひとりで細々と保って来たみたいよね。でも王都とか、人が大勢住むところに近すぎるのではないかしら」
「そこで、ザックにも頼んでおくことにしたのだ」
「え、僕ですか?」
「おまえは少なくともあと3年は、その王都とやらにいるのだろ。だから、ニュムペさんがそこを妖精の森とするのを、助けてやってくれ」
「ああ、そう言うことね。それなら、わたしやアルも近くにいるし、ニュムペさんも安心よね」
シルフェ様やアルさんが近くにいるって、精霊様とブラックドラゴンがうちの王都屋敷にいるのが決定事項なんですかね。もうそう決めてるんですかね。
「そう言うことだ。いいだろ? アルノガータ。おまえもニュムペさんを助けてやってくれ」
「ほうほう、そんな殊勝な言葉をおぬしの口から聞くのは、何百年振りじゃろかの。おぬしに言われんでも、ニュムペさんにわしが助力するのは当たり前のことじゃ」
「アル、ありがとう。ザックさん、それからエステルさん、どうかよろしくお願いします」
「ニュムペさま、それはもちろんですよ。ザックさまは普段はお屋敷にいませんけど、いつでもわたしたちがニュムペさんを大歓迎します。ナイアの森を妖精の森にするまで、ご自由に使ってください。わたしたちも、出来ることは最大限ご協力します。ね、ザックさま」
エステルちゃんがオッケーを出したら、もうそうするしかないでしょ。
「出来る限りご協力いたしますよ、ニュムペ様」
「ありがとうございます」
ニュムペ様が頭を下げ、ルーさんも僅かながら頭を低くしたように見えた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




