第326話 魔道具武器を試す
貰った武器を試したいと、ジェルさんたちが魔法訓練場附設の倉庫から人間の形をした実物大の的を運び出して設置した。
これは、庭師で土魔法の達人のダレルさんが定期的に用意してくれているもので、木型に硬化させた土で厚みをつけて作製されている。
重量もそれなりにあるが、何よりも硬くて丈夫だ。攻撃魔法の練習用だからね。
「このぐらいでいいかな」
「ひとりにひとつは確保しましたよ」
「カァ」
「クロウちゃんの分もありますよ」
「それでは、習熟するために少し説明と事前練習をするかの」
「はい、お願いします」
「まず、ジェル嬢ちゃんたちの剣じゃが、どうじゃ、少し重たいかな」
「ええ、アル殿。普段使っている剣よりは多少重さがあるかと」
「でもこのぐらいなら、大丈夫そうですよ。ね、ジェル姉さん」
「ああ問題ない。ティモさんのショートソードも重めなのか?」
「そうですね。少々重たいですが、私も問題ありません」
ジェルさんとオネルさんが普段使用している両手剣やティモさんのショートソードは鋼鉄製だと思うけど、それより重めなんだね。
「よしよし、取り回しは大丈夫そうじゃな」
「ねえアルさん。その魔道具の剣て、何で作られてるの?」
「材料ですかいの、ザックさま。あれらの剣は、重鋼で出来ておりますぞ」
「おもはがね?」
「はいな。またの名は狼鋼ですな」
「オオカミハガネ、って?」
おもはがねって、重い鋼と言うことか。名の通り通常の鋼より重たいのだろうが、何故にオオカミ?
「カァカァ」
「え? タングステン鋼? 高速徹甲弾とかに使われるあれか。硬くて高温耐性があるという」
「カァ、カァカァ、カァカァ」
「タングステンという名前は重い石という意味で、別名はウォルフラム。錫鉱石の中に混入すると、スラグと呼ばれる鉱滓を作って錫の精製を阻害することから、その別名は錫をオオカミのように貪り喰う、という意味で付けられたものなのか。へぇー、キミは物知りだねぇ」
「ザックさまとクロウちゃんは、なに難しそうなお話をしてるんですかぁ?」
「え、いやなに」
クロウちゃんの知識がどこから来るものなのかの謎は、ひとまず置いておくとして、タングステン鋼ねえ。
前々世のものと同じかどうかは分からないけど、そういったものなのだろうか。
「普通の鋼よりも硬く、しかも熱の変化にも耐える材質なのですじゃ。まあ古代の材料ですがの」
「ふーん」
「それを剣として鍛え、魔道具として魔法を付呪しておりますな」
「なるほどねぇ」
「ブルーノさんの雷撃の弓はたしか、300年以上生きて木の精霊に祝福されたトネリコの木に、黒ミスリルやハイウルフの革、森大蜘蛛の出す糸なんぞが使われておると聞きましたの」
「なんだか凄そうだね。黒ミスリルも使われてるんだ」
「魔法を符呪するためですな」
「なるほど」
「木の精霊に祝福されたトネリコの木と言うと、ドリュアさんとこの配下の誰かかしらね」
「ドリュアさんというと、世界樹の守護精霊様でしたっけ、シルフェ様」
「あら、ザックさんは良くご存知ね。あの人にも随分と会ってないわ。今度、一緒に会いに行きましょう。ね、ザックさん」
「は? はあ」
ドリュア様というのは世界樹を守護していて、光を司るヘイム様という神様と結ばれて生まれた子のアルヴァ様という方がエルフの祖だと、前にそんなエルフ神話をイラリ先生から聞いたよね。
そのドリュア様に会いに行くということは、世界樹も見られるのだろうか。
「まあ、前置きはそのぐらいにして、皆はそれぞれ手にした得物に、まずはキ素力を込めてみなされ。何も余計なことは考えんで良いぞ。ただ純粋に、手にした武器と会話をするように。そうじゃな、これからよろしく頼む、とかを思い浮かべれば良いて」
「ねぇーアルさん、わたしはー?」
「ライナ嬢ちゃんは、ちょっと待っておりなされ」
「はーい」
4人が各自、口を噤んでキ素力を循環させ、それを手にした武器に注ぐようにする。
風魔法を使って来たティモさんは別として、ジェルさんとオネルさん、ブルーノさんは昨年秋にシルフェ様から風の加護をいただいて魔法が使えるようになったばかりだが、あれから日々訓練をしているので、キ素力の循環はかなり身に付いている。
すると、4人が手にする武器に何やら文様が浮かび上がり光り出した。
ジェルさんの剣は赤、オネルさんのは白、ティモさんのは青、そしてブルーノさんの弓は黄色だ。
「よしよし、大丈夫そうじゃな。それで魔法の力は発動される。では、ひとりずつやってみようかの」
「この状態で、ただ斬れば良いのでしょうか?」
「うむ、それでも発動するとは思うが……。そうじゃの、斬るとき、ブルーノさんは矢を放つときに心の中で、我とともに力を解き放て、と、そう意志を込めてみよ。よし、ジェル嬢ちゃんからじゃ」
「はいっ」
ジェルさんは火焔の剣を高く掲げて斬撃の構えを取る。そして暫し不動。キ素力が込められ、赤く光る文様が浮かび上がる。
むんっ。剣が鋭く振られた。
すると人形の的の肩口辺りに刃先が触れたと同時に、ぶぉんと火焔が吹き出し、爆発的な斬撃力で、硬化された土で固められた的を中の木型ごと両断してしまったではないか。
これは、凄いっ!
ジェルさんは殘心したまま動かない。いや、自分が振るったあまりの威力に、自身が動けないのか。
それを見守っていた全員が、息を飲んで黙り込んでいる。
やがて、ほぉーと誰かが息を吐く音が聞こえた。
「ふほっほっほ。ええのぉ。最初の一撃でここまで出来れば、もう大丈夫じゃ」
「ど、どう? どうだったのぉ、ジェルちゃん」
「どんな手応えなんですか? ジェル姉さん」
「わ、わからん。こんな手応えは……。当たり前だが、生まれて初めてだ。剣を振るったのは確かに私だが、斬ったのは、この剣の力か火焔の力か……」
「今度は、私がやってみます」
「よしよし、次はオネル嬢ちゃんじゃ。基本は同じじゃが、氷じゃからな。しかし初めは何も考えんでも良い」
「はいっ」
オネルさんは突きではなく、ジェルさんと同じように斜め上から氷晶の剣を斬り下げた。
すると、刃先が的に触れた瞬間、そこからピシピシッと氷結したのだろうか、しかし斬撃は既に抜けている。
うん? と思ったと同時に、一瞬に凍っていた人形の的が、遅れてパキンと両断されていた。
氷に刃を入れて、その氷が真っ二つに一瞬にして割れたという感じだろうか。
威力は火焔の剣と同程度と見た。しかしこれを突きでやれば、もしかしたら対象は粉々に飛び散るかも知れない。
一方で、ジェルさんの火焔の剣は、突いた内部に火焔を噴射し爆発させるイメージを俺は抱いた。
どちらも、これからどう使いこなせるかだろうな。
「よし、次はティモさんがやってみなされ。じゃが、その剣は加速のショートソードじゃ。今のふたつの剣とは、少々使い方が違う」
「どうやって使えば」
「そうじゃの。この剣は慣れるのが肝要じゃが、まずはただ斬る意志だけを心に描いて、横薙ぎに振って斬ってみなされ」
「はっ」
ティモさんはショートソードを右手に持って構え、そしてキ素力を込め、瞬時、間を取ると音も無く剣を横薙ぎに振るった。
いや、振るおうとする動作から、青い光が横にもの凄い速さで瞬時に動くのが見えただけだ。
「うわっ」と声が聞こえて、ショートソードを握ったままのティモさんが尻餅を突いて転んでおり、人形の的はと見れば、胴が両断とは行かないものの半ばまで掻き斬られていた。
「えっ、どうしたの? 剣を振ったの? 何も見えなかったわよー。ティモさん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です、ライナさん」
「ふほっほっほ。どうじゃ、これが加速のショートソードじゃよ」
「振ったと言うより、振られちゃった感じね」
「でも凄い速さなのに、剣を手から離さなかったのは、お偉かったですわ」
ドラゴンさんと精霊様はちゃんと見えていたのだろう。
「これは、相当に鍛錬せねば、です」
立ち上がったティモさんは、右手のショートソードを見ながらそう呟いた。
「私にも何も見えなかったが、どうだったのだ、ティモさん」
「私も見えませんでした」
「斬ろうと剣を振るために力を入れた瞬間、もう剣の方が横薙ぎに振られていました。それに吃驚して転んでしまって。しかし、どうやら剣の軌道は、私が思った通りだったようです。つまり、私が振るったのに違いないのですが……」
「ふーむ」
「まあ、これからじっくり鍛錬すれば良いて。それではブルーノさんじゃな」
「へい。どうやら、感覚だけは掴んだような気がしておりやすので」
先ほどからブルーノさんは、ひとり離れて弓弦の張り具合や強さなどを確かめ、そして弓弦を引くのを繰り返しながら身体に馴染ませるていたようだ。
「ブルーノさん、矢はこれを使って」
「ザカリー様、すみませんでやす」
ブルーノさんは弓矢の用意をして来ていなかったので、俺は無限インベントリにストックしているこちらの世界の矢を矢筒ごと出した。
「ホント、ザカリー様って便利よねー」
「あの人が何をどれだけ持ってるのか、こんど書き出させますぅ」
「でも、すっごく変なもの、たくさん持ってそうよねー」
「カァ」
ブルーノさんは的から距離を取ると、何の気負いもなく無造作に狙いを定め、ひょうと無造作に1本の矢を放った。
弓から離れた矢は、ひゅるひゅるひゅると一直線に人形の的に向かって飛ぶ。
すると途中で、バチバチバチと矢に電気が纏っているように見えた。
ほぉ、と思った刹那、その矢は的の頭の部分に突き刺さる。見事なヘッドショットだ。
すると、バッチンと大きな音とともに雷撃が的の頭部を走り、そして粉々に砕いてしまった。
頭砕きの矢ですか。怖いです。
「ほっほっほ。さすがはブルーノさんじゃな。初めての一撃でものにしおったわ。わしが助言することなど、何もないわい」
人外のお三方が拍手をしている。俺もそんな気持ちだったので、同じように拍手をした。
やっぱり、ブルーノさんて凄いんだなぁ。
そんな手を叩く俺の方に向かって、ブルーノさんはニコニコしながら少し照れくさそうに歩いてくるのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




