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第323話 子爵館のドラゴン

「良い風が流れている領都ね。王都なんかよりもずっといいわ。気に入りましたよ」

「ありがとうございます」


 シルフェ様がグリフィニアの空気を褒めてくれた。彼女が言う風や空気は自然環境的なものだけじゃなくて、人心なんかのことも言ってくれているんだろうね。


「ところで、本日ご訪問いただいた目的やアル・ブラック殿のことなども、お伺い出来ればと思うのですが」


 やはり父さん、それ聞きますか。まあ、領主としては当然なのだろうけど。


「今日わたしたちが来た理由わけは、そうね。エステルがお世話になっていて、ザックさんが生まれ育った場所を、見てみたかったというところなんだけど。あと、ザックさんに少々ご用がありましてね」


「ザックにご用が、ですか?」

「ええ、大森林でちょっと、知り合いと待ち合わせをしておりましてね。それで、ザックさんをお誘いに。エステルも一緒ですけれど」


「あの、大森林で、ですか」

「はい、大森林で。それで、アルも同じ知り合いですから、一緒に来たという訳なのです」

「はあ」


 父さんは勿論、話を聞いていた母さんやウォルターさんも、大森林で待ち合わせとかが良く分からないという顔をしている。



「あの、それは危険とかではないのでしょうか。護衛を付けないと……」

「あら、危険なんかありませんよ。じつは、あまり人に知られたくないのです。出来れば、いまここにいる人だけにしていただけると。それに、こちらでザックさんよりお強い方なんていませんわよね。エステルも強いけど、護衛と言えばアルもいますしね。ザックさんとアルがいればそれで充分よ」


「ザックより強い護衛がいないというのは、それはそのようなのですが。それにしても、アル・ブラック殿はそんなにお強い方ですか。精霊様ではないのですよね。どうやらお姿を拝見したところ、竜人族の方のように思われますが」


 父さんも見るところはちゃんと見ている。

 竜人族は短かめの尻尾があるほかは、服を着ている分にはほとんど人族と見分けがつかないんだよね。顔が幾分細面で、1本か2本の短い角があるとかぐらいのものだ。


「アルさんは精霊様ではないし、ドラゴニュートでもないんだ。ちょっとその姿を借りているというか」

「竜人族ではないのですか。では、どのようなお方で」

「あっ」


 母さんが小さく声を出して、慌てて口を手で抑えた。そう言えば、アン母さんは昔にドラゴンを見たことがあるとか言ってたな。



 その時、席を外していたエステルちゃんが、紅茶とお菓子を運ぶフォルくんとユディちゃんを伴って来た。


 その双子の兄弟は、王都でシルフェ様とシフォニナさんとは既にお会いしているのに、もの凄く緊張をしている様子だ。

 ティーカップの準備や紅茶を淹れる手がガタガタ震えている。


「フォルくん、ユディちゃん、どうしたのですか?」

「も、申し訳ありません、エステルさま。その……」

「ごめんなさい」


 ユディちゃんなどは、今にも泣き出しそうだ。

 あ、そうか、アルさんか。


「フォルくん、ユディちゃん、ほらほら怖くないよ。見た目ふたりと同族のお爺ちゃんがいるけど、この人は僕とエステルちゃんのお友だちだからね」

「ああ、そいうことですか。はい、フォルくん、ユディちゃん。こちらにいらっしゃい。ご挨拶しましょうね」


 エステルちゃんがテーブルに紅茶とお菓子をなんとか配膳し終わり、部屋の隅で縮こまっているふたりの手を引いてアルさんの前に連れて行った。


「はい、お名前をちゃんと言ってご挨拶しなさい」

「あ、あの、ザカリーさまとエステルさまの小姓ペイジのフォルタ、です」

「ザカリーさまとエステルさまの侍女の、ユディタです」


「わしはアル・ブラック。ザックさまの配下でエステルちゃんの執事じゃから、君たちとは同僚のようなものじゃ。それにほれ、この姿はふたりと同族じゃぞ」

「このふたりは、今年から王都屋敷に連れて行くんだよ、アルさん」


「おお、そうかそうか。フォルタとユディタ、双子の兄妹じゃな。よし、わしが今からふたりのお爺ちゃんになって進ぜようぞ」

「あらアル、それはいいわね。良かったわねフォルくん、ユディちゃん。このお爺ちゃんは、ちっとも怖くないのよ。とても優しいお爺ちゃんだから、仲良くしてあげてね」


「はい、シルフェ様」「わかりました」


 恐怖心は多少緩和されたようだがまだ緊張が解けないので、エステルちゃんがふたりを下がらせた。



「あの子たちが、あんなに怖がる様子を見せたのは初めてだぞ。何か理由があるのか、ザック」

「あー、えーとだね。それは、その」


「それは、わしがドラゴンじゃからじゃろ、ヴィンセント殿」


 あー、自分で言っちまいましたね、アルさん。どうしようか、うまい説明が無いか考えてたのにさ。


「え? あの、今なんておっしゃいましたか?」

「わしが、ドラゴンじゃから、と」

「ええーっ」


 父さんと母さん、それからウォルターさんも吃驚して思わず立ち上がった。

 取りあえずフォルくんとユディちゃんを下がらせたのは正解だったですよ、エステルちゃん。

 そのエステルちゃんも、あちゃーという表情をしている。カァ。クロウちゃんもね。



「ほ、本当なのかザック、エステル」

「残念ながら、ホントウです」

「残念ではないじゃろ、ザックさまよ」


「あ、あの、その竜人のお姿は」

「これは、アルさんの魔法で変化へんげさせてるんだよ」


変化へんげの魔法……。あの、ドラゴン様には恐れ多いのですが、元のお姿を見せていただくことは適いませんでしょうか」

「母さん」「お母さま」


 天才魔法・元少女であるアン母さんは、ドラゴンと変化へんげの魔法と聞いた途端に顔を紅潮させてもの凄く興奮していた。

 魔法使いはこれだから。カァ。


「あらあら、アンさんも好奇心いっぱいに目を輝かせて。そうよね。ドラゴン族をじっさいに見たことのある人族なんて、そうそういないものね。いいんじゃない、アル。ザックさんの父上と母上なんだから、真の姿を見せてあげたらどうかしら」


「あの、わたし、幼い頃にいちど、ドラゴンが空を飛んでいるのを見たことがあるんです。たしか野原で、ひとりで火魔法を練習をしていたら、わたしが空に向けて撃った火球魔法に近づいて来るドラゴンを。それから直ぐに、どこかに飛んで行ってしまいましたけど」


「ああ、それはおそらく火竜じゃろうて。誰ぞかいのぉ。それはそなたの火球魔法が純粋に美しかったので、引き寄せられて来たのじゃな」


 そういうことがあるんだね。確かに魔法には純粋さや美しさの差があって、母さんの魔法は美しいし清らかだ。


「良いぞ、わしの姿を見せて進ぜよう。ここでいいか?」

「ダメに決まってるでしょうが、アルさん」

「お部屋が壊れちゃいますよぅ」

「カァカァ」



 それで、そういうことならとグリフィン家の魔法訓練場に行くことになった。

 あそこなら昨年の夏にいちどアルさんも俺たちを迎えに来てるし、果樹園の中で周りを囲む土壁も高いから、人目を避けることが出来るだろう。


 そんな話をしていると、ジェルさんたちが下に来ているとフォルくんとユディちゃんが報せに来た。


 それではと皆で階下の玄関ホールに下りて行く。レイヴンメンバーにアルポさんとエルノさん、それからクレイグ騎士団長もネイサン副騎士団長も一緒だな。

 シルフェ様とシフォニナさんの訪問を聞いて、ご挨拶にと来たようだ。

 ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんもやって来た。


 この中で初めましては、ネイサン副騎士団長だけかな。あと、アルさんと会っていないのは姉さんたちとクレイグさんもだよね。


「ねえねえアルさん、お土産はー?」

「こら、ライナ。お会いした側からそれか」

「ライナ姉さんたら」


「おう、ライナ嬢ちゃん、お土産か。じつはあるのじゃが、あまり人のいないところでな。なので、後でじゃ」

「やったー、何かなー」

「アル殿、あまりこれを甘やかさないでください」

「ほっほっほ」



「ところでザカリー様、これからどちらに?」

「それが、うちの母さんたちが、アルさんの本当の姿を見たいと言うので、それなら魔法訓練場に行ってということで」

「そうなのですか。では、私共もお供を」

「え、どういうことなんだ、ジェルメール騎士」


 ああ、人数が増えちゃったよね。でも王都屋敷組はアビー姉ちゃん以外は知ってるから、まあいいか。

 姉さんたちには母さんが説明してるね。ふたりとも目を丸くしている。


「シルフェ様、人数が増えちゃいましたけど、いいですかね」

「いいんじゃないの。ジェルちゃんたちは知ってるし、あとはザックさんのお姉ちゃんたちと、騎士団のトップにナンバー2よね。でもここまでね。他言は厳禁なら」


 それで、ジェルさんたちに何ごとだと聞いているクレイグさんとネイサンさんを呼んで、ざっと説明した。

 まあふたりとも、それは驚きますよね。でもその表情は半信半疑だ。これから自分の目で見れば分かるけどね。



 総勢何人ですか? エステルちゃんも加えた家族6人に王都屋敷組が7人。ウォルターさんと騎士団長に副騎士団長の3人だから16人だ。それに人外の3人で総勢19人が魔法訓練場へと行く。あ、クロウちゃんもいるから19人と1羽ね。カァ。


「ごめんね、アルさん」

「ん? わしは何も構わんですぞ。まあドラゴンの姿なぞ、見たことがないだろうからの」


 では少々、皆に注意しておくか。


「えーと、これからアルさんにドラゴンの姿に戻って貰うけど、皆にお願いしたいのは、ひとつは他言無用。ここにいる人以外に話してはダメですよ。いいですか」

「はいっ」


「それから、アルさんはエステルちゃんの昔からのお友だちで、僕にとっても大切な友だちなんだけど、どこで知り合ったとか、普段はどこにいるのかとか、詮索してはダメです。これも守ってください。いいですか」

「はいっ」


「では、そういうことで。アルさん、お願いします」

「おお、いいですぞ。それでは」


 皆からひとり離れて充分な距離を取ったアルさんの全身を、黒い霧が包み込む。

 そしてその霧の塊が膨らむように大きくなった。

 うん、横の長さが10メートルを超えましたかね。高さは5メートルぐらいか。


 そしてその黒雲と言っていい塊が徐々に霧散して晴れて行くと、中から巨大なブラックドラゴンの姿が現れた。

 やはり竜人の姿が窮屈だったのか、伸びをするように背中の翼を広げ、長い尾を少し振り回すようにする。


「おおっー」「わぁっ」「ひゃー」


 始めて目の当たりにした面々は、さすがに尻餅は突かなかったものの驚きの声を上げた。


「どうですかのー。これが、わしの本当の姿じゃ」

「(アルさん、声がでかいですよ。小さく話してください)」

「(あ、ゴメンですじゃ、エステルちゃん。気をつけます)」


 ドラゴンの姿だとどうしても声量が大きくなるアルさんだが、トコトコ近寄ったエステルちゃんに念話で早速叱られてました。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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2021年2月20日付記

本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。

タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。

とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

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