第30話 冬至祭で屋台巡り
今年も押し詰まり、もう12月の26日だ。
この世界では1ヶ月が27日しかないから、明日は前いた世界で言う大晦日。
こちらの世界では冬至で、年に2回の大きな祭りのひとつである冬至祭の日だ。夏至祭と同じく2日間続くから今日は冬至祭イヴになる。
まー前々世で言えば、クリスマスイヴと大晦日をプラスしたような日というわけ。
もちろん今年も、祭りのメイン会場である中央広場にお出かけするよ。
だけどこれまでとちょっと違うのが、騎士見習いの子たちと一緒だということ。
彼らと仲のいいヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんが、父さん母さんにおねだりして実現したものだ。
ホントは騎士見習いも、警備業務のお手伝いなどのお仕事があるのだけど、騎士団長のクレイグさんが26日の午後だけならいいと了承してくれた。
1日が27時間もあるこの世界の冬は、夜がとても長い。時刻的には日の出がとても遅くて、冬至では夜が16時間半ぐらいはあるんじゃないかな。
それで祭りのメインは、遅めの午後から夜中までになる。
夜中までと言っても、日の入りから午前0時まで8時間以上もあるんだよ。でも夜明けは朝8時過ぎなんだよね。
それで今日は、お屋敷前にうちの一家と家令のウォルターさん、お付きの侍女さん、そして護衛の騎士団長以下数名の精鋭騎士のみなさん、騎士見習いの子たちが集合だ。
今日だけは騎士見習いの子たちも騎士団の馬車に分乗し、騎乗の騎士に囲まれて中央広場に出発する。
そして中央広場に作られた仮設のステージ。
「冬至祭は、このステージの上がいちばん寒いわよねー」とか、アン母さんが言ってる。
なんだか母さんの後ろあたりが、ぼんやりとオレンジ色に明るく揺らいでいるから、なんだろと見てみると、火魔法でごく低温の火球を浮かせて風魔法で温風を送っている。
おいおい、人間温風機かよ。ヴィンス父さんにも当然すぐに見つかって、怒られてた。
「皆、今年も寒く厳しい冬がやって来た。しかし、冬至祭が終われば新しい1年が始まり、やがて新しい春がやってくる。今日明日は目一杯楽しみ、騒ぎ、そして元気に冬を乗り切って、暖かな春を迎えようではないか。それでは、月と冬の神ヨムヘル様に、幸いにしてこの1年無事に過ごせたことを感謝し、冬の試練の克服と春の到来を祈願して、わがグリフィン子爵領の冬至祭を開始する!」
父さんの良く通る声が中央広場に響き、「わあーっ!!」という歓声が沸き起こる。
あちらこちらに大きな篝火が焚かれ、広場全体が集まった人たちの熱気と合わさって、なんだかぼんやり温かくなったようだ。
だから母さん、父さんにもう少し我慢してなさいって言われたでしょ。
姉さんたちはステージを駆け下りて、横に控えていた騎士団見習いの子たちの輪に飛び込む。
アン母さんも下りて来て、「今日は、みんなでお祭りを楽しんでらっしゃい。私は寒いから……オネルヴァさん、みんなやうちの娘たちをお願いしますね。ザックは、エステルさんとクロウちゃんお願いね」
オネルヴァさんは、騎士見習い最年長で来年には13歳になる、見習いの中では飛び抜けて強いお姉さまだ。
あと俺は、そうだねエステルちゃんがお世話係兼監視役だよね。クロウちゃんも?
「はいっ」「カァ」
今年は母さんは子供たちだけで回らせて、自分はお付きの侍女さんと冬至祭の本部前に焚かれている大きな焚き火の前で、腰を落ち着けるみたいだ。
ちなみに、以前に母さん付き侍女だったドナさんも結婚退職していて、今はリーザさんというシンディーちゃんのひとつ後輩が付いている。
さてさて屋台巡りだ。
ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんはちゃんとお小遣いを貰っていて、自分のお金をそれぞれ持っている。俺は? うん、エステルちゃんがお財布だよ。
冬はやっぱりその場で焼く系が多いよね。定番の肉の串焼きに魚介類各種を焼いている海鮮焼き。あちこちから食欲をそそるいい匂いと、煙が立ち上っている。
いろんな種類のソーセージから選んで焼いて貰い、ホットワインと一緒に楽しめる屋台もあるよ。
ねぇエステルちゃん、寒いからホットワイン行きませんか? ダメですか、そうですよね。「カァ」
冬至祭名物の「フライドムーン」と呼ばれている揚げ菓子の屋台もたくさんあるよ。つまり油で揚げた月ってことだね。
月と冬の神ヨムヘル様に捧げるお菓子で、満月を象ったまん丸の形か、半月風の形に工夫したものなんかもある。
小麦粉の生地を油で揚げて、ハチミツや果実ジャムが塗られたもの、まだわりと高価な砂糖がふられたもの、干しブドウやクルミが乗せられているものなど、いろいろな種類があって楽しい。
これは前にいた世界の、たしかオリーボーレンというオランダやベルギー発祥の素朴な揚げ菓子にそっくりだよね。オリーボーレンはドーナッツの起源とされている。
騎士見習いの子とうちの姉さんたちも、フライドムーン屋台を囲む。
「アビー、買い過ぎよ」
アビー姉ちゃんがヴァニー姉さんに怒られてる。
「ねえねえザックさま、あれにしましょ。あれ買いませんか」
「カァ、カァ」
はいはい、エステルちゃんもクロウちゃんもお菓子が大好きだからね。フライドムーンとホットワインで月見ワインとかダメですか? ダメですよね。
それから姉さんたちと離れ、ほかの屋台も見て回る。
「エステルちゃん、ザックをひとりで放たないようにね」
「はい大丈夫ですっ。しっかり手を握っておきます」
姉さんたちとエステルちゃんが話していたが、俺は躾けができてないワンちゃんか。
「カァ」
エステルちゃんにリード、じゃなくて手を繋がれて屋台を見ていると、なんだか体格が良くて柄の悪そうなグループが近づいてくる。
「あっ、ザカリー様、ご苦労さまですっ」「ご苦労さまですー」
ご苦労さまって、俺は屋台の所場代集めに回ってるんじゃないからね。
冒険者のニックさんたちだな。猫人のお姉さんのマリカさんもいる。
「こんにちは、ニックさん、みなさん。ニックさん、身体の調子は大丈夫ですか?」
「ひっ、首ちょんぱ……」
なんか誰かが小さな声で言ってるけど、気にしないでおこう。
「げ、元気でやってますです」
「こいつは頑丈だから。そうそう、うちのパーティーメンバーを紹介させてください」
マリカさんが、残りの3人を紹介してくれる。魔法使いの女性とあと剣士の男性ふたりだね。
「はいはい、ザカリー様とお知り合いなのは内緒ですからー、散って散って」
「へい、エステル姉さん!」
やがて陽も傾いて行き、広場内の篝火もいっそう大きく燃え上がる。
中央にある噴水池の前にとても大きな焚き火が準備されていて、集まった人たちのカウントダウンとともに火が入れられ、炎を空高く昇らせた。
楽団がそれに合わせて演奏を始める。寒い中、ご苦労さまです。
待ちかねたように踊りの輪ができ、ヴィンス父さんとアン母さんも自然にその輪の中に入る。
騎士見習いの子たちも、姉さんたちも、そしてエステルちゃんと、クロウちゃんを頭の上に乗せた俺も。
炎に明るく照らされるそんな踊りの輪に、気がつくとすっかり暗くなってきた夕闇の空から、ちらちらと雪が舞い始めていた。
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