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第322話 グリフィニアにも風が来た

 それから父さんと母さんにヴァニー姉さんも交えて、いつキースリング辺境伯家を訪問するかについてベンヤミンさんと相談した。

 そして結局、春が訪れる頃ということで、3月後半にしましょうとなった。

 俺たちが王都に戻った後になるけど、どういう顛末となるのかは早めに知りたいよね。


 こうして、ヴィンス父さんの心を揺さぶるふたつの出来事は、ようやく一段落した。

 ご苦労さまでした、父さん。



 さて、2月20日には王都屋敷に到着という日程で、18日に出発する予定となった。アビー姉ちゃんもそれで問題ないそうだ。

 グリフィニアで過ごす冬休みもあと半月ほど。あっと言う間だ。


 ボドワン先生の授業を受けて来たフォルくんとユディちゃんの卒業試験も、無事に終了した。

 試験の内容は、神話と歴史、地理と社会、自然博物学、算数学、言語学の5科目で、セルティア王立学院の入学試験から魔法学を除いた同じ科目数を先生は用意していた。

 ちらっと事前に試験問題を見せて貰ったが、それぞれ設問数は多くはないものの、学院の入学試験と同レベルでしたよ。


 それをボドワン先生に言うと、「ふたりには、このぐらいの学力はありますよ」とのことだ。

 ちなみに魔法学を省いた点については、「それは、ザカリー様がいつでも判断してあげられますからね」だそうだ。まあそうだけどね。


 試験はその当日、騎士団での剣術稽古をお休みして午前中いっぱいを使って行い、直ぐに先生が採点する。



「フォルは自然博物学、ユディは神話と歴史が他の科目より良かった。そして、ふたりとも全科目合格点だ。おめでとう、これで私の授業は卒業だよ」


 ボドワン先生から合格判定をいただいたふたりは、尻尾を振り振り「ありがとうございます」と頭を下げた。


「だが、君たちの勉強はこれで終わりではないよ。これからは、自分が勉強したいことを、自分で見つけること。そして、勉強したいことが出来たら、ちゃんとザカリー様とエステル様に相談するんだ。おふたりは、きっとそれに応えていただける筈だ。だから、遠慮をしてはいけないよ。わかったかな」

「はい、わかりました」


「よし。今度会う時は、王都だね。また会いましょう。ふたりとも良く頑張ったな。卒業おめでとう」

「これまで、ありがとうございました」「王都でも、また会いたいです」



 港町アプサラでふたりを預り、グリフィニアに連れて来てから4年半。これからは王都住まいだ。つまり本当に、この兄妹の責任を俺が持つことになる。

 4年半前に小さな子どもたちだけで大陸北方の村から逃がされ、離ればなれになってしまった家族、一族、そして故郷のこともある。


 フォルくんとユディちゃんはグリフィニアに来てから、決して人前ではそのことで泣き顔を見せなかった。強い子たちだ。

 だが、俺とエステルちゃんが王都に行く時や、彼らが王都屋敷からグリフィニアに戻る時などの際に、特にユディちゃんが過剰に反応して大泣きし、フォルくんも歯を食いしばって耐える様子を見せる。


 身近な人との別れに対するそういった感情の噴出は、単に少年少女という年齢的なこと以上のものが働いているに違いない。

 いつか、ご両親を探し出して会わせてあげたいし、故郷を再び見せてあげたい。

 卒業試験合格の喜びとこれからの王都暮らしを胸に、楽しそうにボドワン先生と話す兄妹をエステルちゃんと見守りながら、俺はそんなことを考えていた。




 王都への出発もあと10日足らずとなったその日の昼下がり、屋敷2階の家族用ラウンジで図書室から持って来た本をのんびり読んでいた俺のところに、クロウちゃんがパサパサと飛んで来て、追いかけるようにパタパタとエステルちゃんが走って来た。

 昔は良く、屋敷の廊下を走ってコーデリアさんとかに注意されてたけど、近頃その姿を見るのは珍しい。


「ザックさま、大変ですぅ」「カァカァ」

「どうしたの、ふたりで慌てて」

「風の便りが来ましたぁ」「カァ」


 風の便りと言えばシルフェ様だ。何かあったのかな。


「シルフェ様から? 何だって」

「それが、いらっしゃるんですぅ」


 ああ、また王都に遊びに来るんだろうな。王都屋敷もすっかりシルフェ様の王都宅になってるからね。でも、エステルちゃんとクロウちゃんは何を慌てているのかな。


「そうなんだ、で、いつ頃? 今月末とかかな」

「違うんですよぅ。直ぐに、みたいですぅ」

「直ぐにって、いま、王都屋敷は鍵が掛かっていて誰もいないよ」


「だからぁ、王都じゃなくて、グリフィニアですよぅ」「カァカァ」

「なんだって」



 その時、ラウンジに侍女のフラヴィさんが入って来た。


「あの、ザカリーさま、エステルさま」

「あ、フラヴィちゃん。どうしたんですか?」

「いま、正門から連絡がありまして、おふた方を訪ねてお客さまが正門にお越しだそうでなんですが、門番さんの様子がちょっと変でして……」


「変て、なに?」

「それがザカリーさま。エステルさまもご一緒なのに、とか何とか」


 俺とエステルちゃんは顔を見合わせた。


「門番さんは?」

「玄関ホールで待機していますが」


 エステルちゃんはそれを聞くと脱兎のごとく走り出し、俺も椅子から立ち上がるとそのあとを追う。


「エステルちゃん、じゃなかった、エステルさまぁ。お屋敷内を走ると、叱られますよー」


 後ろからフラヴィさんのそんな声が聞こえるが、これって仕方ないよな。



「ああっ、やはり、エステル様はこちらにおいでで、とするとあの方は??」

「わたしとそっくりのお顔の方ですかぁ?」

「は、はい。てっきり、エステル様がお客様をご案内して来て、と思いまして。それにしては、エステル様はお出掛けになられていませんでしたし、屋敷への案内を請うので、変だなと」


「直ぐに、こちらにご案内して。大切なお客様だから」

「わかりました、ザカリー様。直ちに」


「それとフラヴィさん。父さんと母さんに、急なお客様が来たって伝えて。エステルちゃんと顔がそっくりの方って言えば、直ぐにわかるから」

「あ、はい」


 こっちに来ちゃったんですね。まあ、あの人たちは世界中どこでも自由自在だから、グリフィニアでも何の躊躇もなく来るのだろうけど、いつも急だよな。



 直ぐに、こちらも慌てて父さんとリーザさんを従えた母さんがやって来る。

 母さんが来るように言ったのか、ウォルターさんとコーデリアさんも来た。


「シルフェ様がいらしたのか、ザック。なぜ事前に教えないんだ」

「だって、いましがた風の便りが、エステルちゃんのところに来たんだよ」

「風の便り??」

「ああ、シルフェ様が風に乗せて届けるお手紙ね」


「しかしまた、ずいぶんと急なのね」

「お姉ちゃんは、そういう感覚があまりない人なんですぅ」


 人じゃないからね。特にシルフェ様は、遠慮とかそういったものとは無縁の精霊様だ。

 そんなことを話しているうちに、門番さんに案内されてシルフェ様たちが玄関ホールに現れた。


「いいお屋敷ね。お庭も良く手入れされてるし、気持ちがいいわ」

「シルフェ様」「お姉ちゃん」


「エステル様のお姉様でしたか。どうりで。それでは、私はこちらで」と、門番さんはひとり納得して持ち場に戻って行った。


 シルフェ様にはいつものようにシフォニナさんが付き従い、そしてもうひとり執事然とした体格の良いご老人がその後ろにいた。



「あらー、アルさんもか」

「アルさんもではないですぞ、ザックさまよ」

「アルも来たいって言うし、こちらの冬の風は寒いから、乗せて来て貰ったのよ」

「おひいさまは、なぜだか北風が苦手なんですよ」


 ご自分が風のくせに、どういうことですかね。


「それで、お姉ちゃん、どうしてグリフィニアに?」

「それがね、ほら、ルーが呼んでるらしくて」

「ああ、なるほど。そういうことですか。だからアルさんも」

「そうなのじゃよ。イヌッコロのくせに、わしらを呼び出しおって。じゃが、こちらに来られるならまあ良いかと、わしも同行した訳じゃ」


「あのぉ、お話のところ……」


 父さんたちは少し離れて立っていたのだが、我慢しきれなくなってそう声を掛けて来た。

 ああ、放っておいてごめんなさい。



「あら、ヴィンスさん、アンさん、それからリーザちゃんね。あとの方は初めましてかしら。急にお邪魔しちゃって、ごめんなさいね」

「いえ、昨年秋はいろいろとお世話になりまして。グリフィニアまでおいでくださいまして、大変恐縮です。ようこそいらっしゃいました。当家は大歓迎です」


「堅苦しいことはいいのよ。エステルがお世話になってるのは、こっちなんだから」

「それで、その、そちらのお方は、シルフェ様の執事殿とかでしょうか? 初めまして、私は当家当主のヴィンセント・グリフィンです」


「おお、これはご挨拶が遅れましたな。わしは、アル。そうじゃな、アル・ブラックと申す。シルフェさんの執事ではないですぞ。わしは、ザックさまの配下で、エステルちゃんの執事じゃ。はっはっは」


 アル・ブラックとか、そんな名前にしたんだ。

 まあ高位のこういった存在は、人に対して普通は本当の名前を口に出して名乗らないから、ブラックドラゴンのアルノガータをそういう名前にしたのかな。

 それにして、俺の配下でエステルちゃんの執事とか言うと、あとで説明がややこしいんだけどなー。



「ザックの配下で、エステルの執事殿、ですか。それは??」

「あとで許可を貰えたら説明するけど、その、シルフェ様のお仲間ということで」

「ザック、それはつまり、人ではなく?」

「まあ、そういうこと」

「そ、そうか」


 王都でのことを父さんと母さんからたぶん聞いていて、最敬礼しているウォルターさんとコーデリアさんに紹介し、流れでこの場にいたけど状況が分からずキョトンしているフラヴィさんも紹介して、シルフェ様たちを2階のゲスト用ラウンジに案内する。

 フラヴィさんはあとで、王都でお会いしているリーザさんとかに聞いてくださいな。


 さて、アルさんのことは何て説明しようか。放っておくとアルさんなら、自分で自分のことをドラゴンて普通に言うよね、おそらく。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

ーーーーーーーーーーーー

2021年2月20日付記

本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。

タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。

とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

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