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第321話 ヴァニー姉さんの縁談

「ヴィンス兄、まあ落ち着いて」

「なんだとぉ」

「あなた、書状には何が書いてあったのですか」


 ベンヤミン・オーレンドルフ準男爵は後ろを振り返り、立って控えている文官に「ちょっと席を外していてくれ」と命じた。

「それでは、こちらに」とウォルターさんが、玄関ホールに隣接する来客控室に案内して行く。


 ヴィンス父さんは「むぐぅぐぐ」と妙な息を漏らしながら、モーリッツ・キースリング辺境伯からの書状を母さんに渡した。母さんはそれを直ぐに読み始める。


「何も辺境伯様は、ヴァネッサ様を直ちにうちにくれとか、そう言っている訳じゃないと思うのだがなぁ、ヴィンス兄」

「ぐぬぬぬ」



 素早く書状に目を通した母さんは、黙ってそれを俺に渡してくれた。

 俺に廻って来たその書状を、エステルちゃんもくっついて来てふたりで読む。


 なになに、「我が長男ヴィクティムも今年24歳となり、そろそろ良き伴侶を見つけてあげたいと愚考している。だが、見つけるも何も近くに、素晴らしい女性に育ったと評判の娘御がおられるではないか。ヴィンセント・グリフィン子爵殿。直ぐにとはお願い出来ぬが、いちどヴァネッサ殿を伴って、訪ねて来てくれぬだろうか。そして、我が息子を見ていただきたい。本来なら、こちらからグリフィニアに伺ってお願いすべきことだが、貴殿にもたまには辺境伯領を訪問していただきたいのでな。この書状を、ベンヤミンに託したので、よろしくご相談願えればと思う。グリフィン家とキースリング家の益々の友誼が深まらんことを切に願って」


 丁寧な時候の挨拶のあと、このようなことが記されていた。

 要するに、ヴァニー姉さんと辺境伯のご長男のヴィクティムさんとをお見合いさせたいというお願いだ。

 上位貴族からの高圧的な求めとかではぜんぜんなく、丁寧に親しみを込めて書かれていると俺は思うんだけどね。


「(エステルちゃんはどう思う?)」

「(丁寧に親しげな感じで書かれているお手紙ですよね。でもお父さまが興奮されているのは、手紙の雰囲気とかじゃなくて)」

「(姉さんの実質お見合いのお願い、ただそれ1点だなぁ)」


 普通の親だったら、こういうお見合い話が来たらどう思うのだろうか。

 家柄? うちより上位の辺境伯家で申し分ありません。お立場? ご長男で次の辺境伯で申し分ありません。年齢? 今年24歳というから姉さんと7歳違いで、この世界の基準からして申し分ありません。お人柄や容姿、能力とかは? それはお見合いしてみないと分からないが、悪い評判は聞いたことがありません。


 それに隣領だし、同じ北の辺境地方に領地持つ貴族同士として、言わば盟友関係にあるとも言えるし、子爵家として今後も大切にしなければいけない相手だ。

 結論。このお見合い話は是非とも進めるべきです。

 あとはヴァニー姉さんがどう思うか、彼女の心と意思次第だ。


 でも、父さん的にはそういうことじゃないんだよなぁ。

 興奮して叫んだあと「ぐぬぬぬぬ」としか言わないのは、彼も悪い話じゃないことを理解しているからなんだよね。



「あなた、このお話はちゃんとヴァニーに伝えて、あの子がどう思うか聞かないとダメですわよね。そうじゃないと、いけませんわよね」

「ぐぬぅ」

「ザックはどう思うのかしら」


 母さんは極めて冷静にそう言った。え、俺の意見を求めますか、そうですか。


「そうですねえ。まずは、辺境伯様のご丁寧かつ親しみのこもったお手紙を、僕も拝読させていただき、ありがとうございました。僕は、こうすべきと申し上げる立場ではありませんが、やはりまずは姉自身の考えや意向を確認し、それから判断すべきかと思います。いえ、お見合いとか大袈裟に考えるのではなく、共に大切な間柄である隣領の辺境伯様からの、姉さんを連れて遊びに来てはどうかとのお誘いに、気楽に乗って差し上げるで良いのですよ。そこから先は、ヴァニー姉さんの問題です」


「ほう。ザカリー殿は……」

「ぐぬぬ」

「ありがとうザック。そうね、あなたの言う通りね。それでどうなの? ヴィンス」


 父さんは「書状を寄越せ」と俺の手から手紙をひったくり、再び目を落として読んでいた。

 沈黙が流れる。



「ウォルター。ヴァニーを呼んで来てくれんか」

「はい、承知いたしました」


 やがて父さんはウォルターさんにそう言うと、それからは口を開こうとせずそっぽを向いていた。

 ウォルターさんが直ぐに応接ラウンジを出て、ヴァニー姉さんを呼びに行った。


「いやあ、息子からは聞いておりましたが、ザカリー殿はなかなかしっかりされておられるのですな。うちの息子とは大違いだ」


「あら、この子は時々こんな感じで、いかにも尤もらしいことを言うだけですわ。ねえエステル」

「はい。言うことはしっかりしているように聞こえますけど、することはやんちゃで、直ぐに無茶をします」


 はいはい。父さんがまだ無言で気まずいから、せいぜい俺を肴に話題を繋いでくださいな。



「ブルクは元気ですか?」

「ええ、年末に帰って来てから、これまで以上に剣術に熱心で。それから、魔法の訓練もしてますよ。あいつが魔法に興味を持ち出したのは、ザカリー殿のお陰だそうですな」


「いえ、僕らの課外部は剣術と魔法を両方扱いますからね」

「それから、大森林に行きたいと煩くて。どうやら自分で獣を倒したり、魔獣を見てみたいようなのですがね。なかなか辺境伯騎士団から、お許しが出ないのですよ」

「そうですか」


 夏の合宿でファングボアの狩りを体験し、総合戦技大会で自分の現在の実力を知らされ、せっかくアラストル大森林が直ぐ側にあるのだからと、ブルクくんも経験を積むことに焦っているのかな。


「まあ焦るなと、伝えておいてください。そのうち、僕と一緒に大森林を探索する機会があるかも知れませんしね」

「ええ、そうザカリー殿がおっしゃっていたと話しておきます」


「あ、もちろんブルクと大森林に入るとしたら、ちゃんと許可は取ってからですよ。僕がその、怒られますから」

「はははは。それは是非そのように。なにやら隣の許嫁いいなづけ殿が、あなたを睨んでおられるようですからな」



 そんな会話を交わしていると、ヴァニー姉さんがやって来た。


「ベンヤミンおじさま、大変ご無沙汰しております。ようこそお越しくださいました。以前にお会いしたのはいつでしたかしら」

「おお、ヴァネッサ様、こちらこそご無沙汰しております。前にお会いしたのは、あなたが学院に入られた頃ですから、もう5年ほど前だ」


「王都でお会いしたのでしたわね」

「ええ、あの頃すでにお美しかったが、今は一段と」

「まあ、おじさまも相変わらずお口がお上手で」


「ケホン、グォホン、ゴホン」

「どうしたの父さん。変な咳をして」

「いや、その」


「それより、わたしが呼ばれたということは、ベンヤミンおじさまがいらしたご用件が、わたしに関係あることなのですよね?」


「ザック、おまえが話せ」

「あなた」

「お父さま」

「父さんは、なーに言ってるですか。それは父親の役目でしょうが」



「グホン。そのだな。辺境伯殿よりお誘いがあった。ヴァニー、おまえといちど辺境伯家に来ないかとな」

「あら、わたしが?」

「その、なんだ。なんでも、ご長男のヴィクティム殿をご紹介したいそうだ。その、おまえにな……」


「ヴィクティムさまですか? ヴィクティムさまなら、以前にもうお会いしておりますわ。えーと、学院で4年生の時に、王太子様の夜会でしたかしら。だから一昨年よね」


「なんだとぉ」

「なんと」

「あらあら、そうなのね」


「ええ、わたしは学院のダンス研究部でしたから、お呼ばれをして。ヴィクティムさまは確か王太子さまの後輩とかで、たまたま王都に来ていらして。それでご紹介されました」


 それは、なんと、です。

 セオドリック・フォルサイス王太子は今年26歳の筈だから、ヴィクティムさんは2つ年下になる。つまり学院で後輩だったということか。

 王家と辺境伯の長男同士だから、仲が良かったのかもね。


 それで、学院生時代にダンスの名手と言われたヴァニー姉さんは、ダンス研究部所属の貴族子女ということもあって、王宮とかで開かれる舞踏会に良く呼ばれていたらしい。



「そ、そうか。それで、そのヴィクティム君とお話ししたり踊ったりしたのか」

「舞踏会なんだから、あたりまえでしょ、父さん」

「そ、そうか。ど、どんな男だ」

「どんなって、背が高くて、逞しい感じで、学院生時代もとても優秀だったらしいわよ」

「そ、そうか」


「あれ以来、お会いしてないし、せっかくの辺境伯さまからのお誘いなら、行ってみましょうよ、父さん。母さんも行くでしょ」

「ええそうね。わたしも、そのヴィクティムさんていう方とお会いしてみたわ」

「おまえ……」


 ヴァニー姉さんは、王都での学院生時代に良く舞踏会に行った経験もあって、とても社交的なんだよね。

 この辺が、剣術一辺倒のアビー姉ちゃんとは違うところだ。


「まあ、これで決まりじゃないですか。ね、ベンヤミンさん」

「決まりって、ザックとエステルちゃんも一緒に、何か話し合ってたの?」

「いや姉さん、僕はベンヤミンさんが初対面だったから、それにエステルちゃんも紹介して。あと、息子さんのブルクくんが、僕と課外部で一緒だからね」


「あ、そうか。ベンヤミンおじさま、この子の方が先に許嫁いいなづけが決まっちゃったんですよ。でも、エステルちゃんは昔から家族みたいなものだから、よろしくお願いしますね」

「ヴァニー姉さま」


 と、ヴァニー姉さんはいつも明るくてしっかりしていて朗らかだ。

 その隣に座っている、娘大好きお父さん。そういうことだそうですから、もう決まりですから、いつ訪問するかとか、先延ばしにしないでちゃんと具体的なことを決めましょうね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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2021年2月20日付記

本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。

タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。

とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

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