表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

326/1124

第319話 家出旅の終わり

 翌日の午後遅くの頃合い、ティモさんが俺のところにやって来た。


「先ほど、ブライアント男爵領都からの乗り合い馬車が停車場に到着。先代様ご夫妻が乗車されておりました。ジェルさんたちが待機しており、間もなくお屋敷までご案内する予定です」


「ティモさん、ご苦労さま」

「はっ。私も戻り、護衛に加わります」

「お願いします」


 お爺ちゃんとお婆ちゃんが、グリフィニアの定期乗り合い馬車停車場に到着したと、報せてくれたのだ。

 停車場は中央広場近くにあり、そこから子爵館まで歩いてくる予定になっている。

 護衛は結局、王都でおふたりと会っているレイヴンが行うことになり、ジェルさんたちが停車場で待機していてくれた。



 俺はフォルくんに今の報告を騎士団に報せるように走らせ、ウォルターさんに声を掛けてから父さんの執務室に行った。

 エステルちゃんとクロウちゃんは、アン母さんや姉さんたちと隣の母さんの部屋にいる筈だ。


「(お爺ちゃんたちが停車場に着いたそうだよ。ジェルさんたちに護衛されて、今こちらに向かってるところ)」

「(わかりましたぁ、ザックさま。お母さまにお伝えします)」


 エステルちゃんは今年に入ってから、アン母さんにお母様と呼ぶよう言われている。

 初めはかなり躊躇っていたけど、最近ようやく普通にそう呼べるようになったみたいだ。

 ちなみにヴィンス父さんは相変わらず子爵さまと呼ばれていて、ちょっと寂しいらしい。


「父さん、いまお爺さまたちが停車場に到着し、こちらに向かっているとの報告が来ました」

「お、おう。そうか、着いたか。では、間もなく、だな」

「なに、緊張してるの?」


「緊張など、していないっ」

「ほら、あなた、なにを大きな声、出してるの」


 続き部屋になっている母さんの部屋のドアが開いて、母さんとヴァニー姉さん、アビー姉ちゃん、そしてクロウちゃんを抱いたエステルちゃんが入って来た。


「ザックが余計なことを言うからだ」

「はいはい、父さんは何も緊張してないですよ。さあ、玄関ホールで待ちましょうね」

「わかってる。行くぞ」


 こんなに緊張してガチガチの父さんを見るのは始めてだ。

 大丈夫ですか? 緊張のあまり、父さんこそ余計なこと言わないでくださいよ。母さん、頼みますよ。



 玄関ホールに行くと、ウォルターさんと家政婦長のコーデリアさん、リーザさんやフラヴィさんたち侍女の面々、そして庭師のダレルさんも控えていた。

 それから、クレイグ騎士団長とネイサン副騎士団長も姿を見せる。


 待つこと暫し、ミルカさんが初めに現れ「ご到着されました」と告げる。

 それから少しして、カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんが、セリヤさんを伴って正面玄関を入って来た。

 後ろにはレイヴンのメンバーも一緒だ。


 直ぐに俺とエステルちゃんが近寄って、「お爺ちゃん、お婆ちゃん、お待ちしてましたよ」と声を掛けた。


「おお、ザック、エステルさん。約束通り来たぞ」

「やっと来られましたよ、ザック。あら、エステルさんはまたキレイになったわね」

「お婆さま、そんな。変わらないですよぅ」


「セリヤさん、このたびは、本当にありがとうございました」

「いえ、これもわたしのお仕事ですからね」

「ジェルさん、みんな、ご苦労さま」

「はっ」


 ジェルさんたちレイヴンは、騎士団長のいる後ろに移動してそのまま控えた。



「ジェルさんたちは、この前からそれほど経っていないのに、また一段と強くなったようだな」

「え、そうですか? そうかもですけど」

「ザックの側近は、王国一のようだ」


「側近ですか、ははは。レイヴンは冒険者パーティみたいなものですよ。それより、ここで僕たちが話していると、あっちでイライラが爆発しそうな人がいますから、さあ行きましょう」

「ふふふ、そうだな。では行くとするか。エリ、行くぞ」

「ですね。エステルさん、連れて行ってくださいな」

「はい」


 俺とお爺ちゃんが並んで進み、お婆ちゃんはエステルちゃんと手を繋いで歩く。

 そして父さんと母さんの前におふたりを導くと、俺とエステルちゃんは目で頷き合って少し離れた。



 向かい合って立つ父さんとお爺ちゃんは、無言でお互いの目を見ていた。

 玄関ホールに緊張した空気が流れ、母さんは心配そうに、お婆ちゃんはニコニコと笑顔でこのふたりを見守る。


 そして、お爺ちゃんがようやく口を開いた。


「ヴィンス、ただいま、だ。わしらがこの屋敷に入るのを赦してくれて、ありがとう。そして、済まなかった」


 父さんは口元を震わせ、そしていきなり深々と頭を下げた。


「父さん、母さん、俺は、俺は……。親不孝な、バカ息子です」


「いいから、顔を上げなされ。わしこそ、バカな爺だ。おまえは、わしらにとってはいつでも可愛いバカ息子で、それから誇りに思う子爵様だ。さあ、顔を上げて、今のおまえの顔を母親にちゃんと見せてあげてくれ」

「はい。……母さん」


 お婆ちゃんは、優しい微笑みを浮かべながら父さんの顔を見つめ、そしてそっと抱き寄せた。


「ただいま。帰りましたよ、ヴィンス」

「お帰りなさい、母さん」


 緊張していたアン母さんも、ようやくほっとしたのか笑顔になった。



「ヴィンス、集まってくれているみんなに挨拶をしても良いかな」

「はい、もちろんです」


「アン、苦労をかけたな」

「いえ、苦労など。お帰りなさいませ。本当にお待ちしておりました」

「ここが良い家なのは、ぜんぶあなたのお陰ですよ」

「お母さま」


「おお、そなたはヴァニーだな。なんとも美しい娘に育ったものだ。お爺ちゃんとお婆ちゃんを憶えておるかな」

「はい、憶えています。お帰りなさいませ、お爺さま、お婆さま」


「アビー、この前振りだな。ちゃんと帰って来たぞ」

「うん、待ってたわ。お帰りなさい」


 それからウォルターさんやクレイグ騎士団長など、集まっているひとりひとりに、お爺ちゃんとお婆ちゃんは話しかけて廻った。

 特にウォルターさんたち古くからいる人とは、積もる話がたくさんあるのだろうね。



 食堂で夕食をいただいていると、レジナルド料理長がトビーくんを伴って挨拶にやってきた。

 トビーくんは初対面だが、料理長はお爺ちゃんが子爵の時代からこの屋敷で働いているからね。


「レジナルドは、どうやら良い弟子が出来たようだな」

「いえ大旦那、こいつはまだまだですよ」

「でも、学院祭でこの方が作ったお菓子が大人気だったって、ザックから聞きましたよ」

「ああ、わしらもいただいたぞ。あの三色のだろ」


「あれって、可愛くてとても美味しかったわよ。たしか、ザックが名前を付けたグリフィンマカロンよね。もしいただけるなら、また食べたいわ」

「はいっす。明日にでも」


 じつは俺の無限インベントリには、アデーレさん製のものがまだストックされているのだが、まあそれを出す訳にいかないのでトビーくんに作って貰いましょ。



 それから家族専用ラウンジでお爺ちゃんとお婆ちゃんを囲んで、おふたりの旅の話をたくさん聞いた。

 俺たち王都屋敷組は既に聞いていたのだが、新しいエピソードもあって何回聞いても楽しい。

 旅を続けている途中のおふたりの心の中には、様ざまなものがあったのだろうけど、知らない土地の風物や人たちとの出会いの話は、何回聞いても心を躍らせるものがあった。


「そうすると、父さんと母さんは今は、ミラジェス王国のその村に住んでいるのですか」

「ああ、仮住まいだがな。でも、わしらはそこがとても気に入っておってな。これからも年の半分ぐらいは、そこで暮らそうかと思っておる。なあ婆さん」


「ええ、とても素朴な良い村で、そこではわたしたちも、すっかり村人のお爺さんとお婆さんね」

「そうですか。では、このグリフィニアには」


「ザックたちには王都で話したのだが、年寄り夫婦の最後の我侭としては、1年のうちの半分をその村で暮らし、あとの半分はグリフィニアに来させて貰ったり、王都に行ったり、それからまた旅だな。ザックには許可を貰ってるぞ。なあザック」


「僕が許可って、お爺ちゃん。僕は賛成しただけだよ。だって、お爺ちゃんとお婆ちゃんが好きって思う土地を巡る暮らしなんだから、反対なんて出来ないしね」



「そうか。このグリフィニアも、それに入っているのですね」

「ああ、それはもちろんさ。大好きな場所なのに、わしのつまらん意地で戻って来られなかったのだから。この14年で何回、婆さんから責められたことか。はっはっは」


「わかりました。大好きと言っていただいただけで、安心しましたよ」

「アンさん。それでいいかしらね」

「はい、それはもちろんです。わたしも、そのミラジェス王国の村に行ってみたいわ」


「おお、来い来い。外国なので子爵はちょっと大変そうだが、アンや孫たちなら大丈夫だ。アビーも来たいと言っておったしな」

「うん、行く約束は、もうお爺ちゃんとしたからね」

「アビーはいいなあ。俺はいつも損ばかりだ」


「何か理由をつけて親善訪問とか、だめならこっそりお忍びで行けばいいじゃない。僕が手助けしますよ」

「そうかザック。なんだか今回は、ザックが俺に優しいな」

「ヴィンスにもザックから許可が出たか。なにせ、この世界でいちばん強い孫だからな」


「お爺さま、あまり持ち上げないでください。この人、直ぐに調子に乗りますから」

「そうかそうか。世界でいちばん強い孫は、ザックではなくてエステルさんだったな。はっはっは」



 お爺ちゃんはとても上機嫌だった。お婆ちゃんはそんなお爺ちゃんが、父さんたちと楽しそうに話す姿を、柔らかい笑顔で嬉しそうに見ている。

 孫たちが赤ちゃんから育って行くのを傍らで見守れなかったけど、親子三代でこうして会話が出来る日が来た幸せを、おふたりは噛み締めているようだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

ーーーーーーーーーーーー

2021年2月20日付記

本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。

タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。

とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ