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第318話 父さんに届いたお爺ちゃんからの便り

 まず初めの出来事の知らせを届けて来たのは、セリヤさんだった。


「セリヤと名乗るお方が、ザカリー様とエステル様を訪ねて見えられておりますが、いかがいたしましょうか」


 子爵館正門の門番さんがそう報せに来たので、玄関ホールにご案内するように言う。

 それで俺はフォルくんに指示して、ウォルターさんを呼びに行かせた。

 セリヤさんと言えば、エステルちゃんのお母さんであるユリアナさんの妹で、お爺ちゃんとお婆ちゃんに付いて護衛とお世話係をしてくれている人だ。

 つまり、お爺ちゃんたちから寄越されたんだよね。


 ウォルターさんには、お爺ちゃんに言われたように、王都でお会いしたことをこっそり伝えてある。おそらくクレイグ騎士団長にも伝わっている筈だ。



 それでエステルちゃんと玄関ホールで待っていると、ウォルターさんとそれからミルカさんもやって来た。

 なんでも、ちょうどふたりで調査探索部の打合せをしていたということで、それにミルカさんとセリヤさんは義理の兄妹になるからね。どちらが歳上か分からないけど。


 彼らが来るとほぼ同時に、屋敷の玄関に門番さんに案内されたセリヤさんの姿が現れた。


「ああセリヤさん、いらっしゃい。そろそろ姿を見せる頃かと思っていましたよ」

「セリヤ叔母さん、この前振りですぅ」


「ザカリー様、エステル、先日はお世話になりました。おや、ウォルターさんですね。お久しぶりです。それからミルカもいたのね」

「ミルカもじゃないよセリヤ。久し振りだ」


「セリヤさん、大変お久し振りですな。ようこそいらっしゃいました。まあここでは何ですので、よろしければ私の執務室に。いいですかな、ザカリー様」

「そうだね。それがいいでしょう」



 それで俺たちは、セリヤさんを伴ってウォルターさんの家令執務室に行き、話を聞くことにした。

 フォルくんとユディちゃんに紅茶を淹れて持って来て貰い、彼らは下がらせる。


「それでお爺ちゃんたちは? あ、ウォルターさんには、王都でお会いしたことは話してあります」

「おやかた様方はいま、男爵様のところに来ていらっしゃいます。それで本日は、子爵様へのお手紙をお預かりして参りました」


 ああ、先にブライアント男爵お爺ちゃんのところに立ち寄ったんだね。お爺ちゃん同士は、長年会っていないと言っていたからな。

 それでそこで待機して、まずはヴィンス父さん宛の手紙をセリヤさんに託したということか。


「わかりました。それではまず、そのお手紙をお預かりしましょう」

「それでは」


 セリヤさんがバッグからお爺ちゃんが父さんに宛てた手紙を取り出し、ウォルターさんに手渡す。

 ウォルターさんはそれを手に取り、何か確かめるかのように封書の表裏を見て、それからそれを「ザカリー様」と言って俺の手に渡した。

 つまり、俺から父さんに渡せと、そういうことですか。


 ウォルターさんの顔を見ると、彼は何も言わずにそうですという感じで頷いた。

 セリヤさんは正面玄関から俺とエステルちゃんの名を告げて訪ねて来た訳だし、おそらくお爺ちゃんからは俺に託せと言われて来たんだろうな。


「先代様と大奥様はお元気でいらっしゃいますかな?」

「ええ、今回のグリフィニアへの旅に備えて、気力も体力も充実されておられますよ」

「それはなにより」


 そんな会話を聞きながら、俺は父さんがどう思うかを想像しつつも、あれこれ考えても仕方がないだろうと心を落ち着かせていた。

 この手紙に何が書かれているのか、現在の父さんのお爺ちゃんに対する心境はどうなのか、それはともかくとして、ここは渡して読んで貰わないことには始まらない。



「ウォルターさん。父さんは今は?」

「子爵様はご自身の執務室におられますよ。奥様もご自分のお部屋に。奥様には、子爵様のお部屋に来ていただくよう、私が申して来ましょう」


「わかりました。では僕とエステルちゃんで、父さんのところに行って来ます。セリヤさんは、ミルカさんと暫くここで待っていてください」

「承知いたしました」



 それで俺はエステルちゃんとウォルターさんの部屋を出て、父さんの執務室のドアをノックした。

 父さんの部屋は廊下を出た向かいだから、目の前なんだよね。


「おう、誰かな?」

「ザックとエステルです。入っていいですか?」

「おおいいぞ。入れ」


「失礼しまーす」

「失礼します」


「おう、何だ、ふたり揃って。何か俺に頼みでもあるのか」

「頼みは……。それはいろいろあるんだけど、まあそれは今日は置いといて」

「じゃあ、何だ」

「父さんは、元気かな?」

「ザックさま」


「なんだか怪しいな。俺はいつも通り元気だが、だいたいさっき、一緒に昼飯を食べただろ」

「そうでしたぁ」

「ザックさま」


「どうやら、エステルさんに聞いた方が早そうだな」

「え、えと」

「いやいや、これは僕からちゃんと話しましょう」

「おう」


「じつは、学院祭が終わったあとの頃、父さんたちが帰ったあとだね。僕たちはあるお年寄りのご夫婦に、偶然にも会いました」

「ふーん、お年寄りの夫婦って誰だ。ちょっと待てよ」


 そこで父さんの顔色が少しずつ変化して来た。何か感づいたかな。



「そのお年寄りには、僕らは初対面だけど、僕らに凄く縁の深い方たちで、そして、僕らよりも父さんにもっと縁の深い方たち」

「おいっ、ちょっと待て、ザック」


「はい、黙ってもう少し聞いていて。それで、偶然にもお会いしたんだけど、直ぐにどなたかが分かって、それはブルーノさんが一緒だったし、エステルちゃんの叔母さんが護衛とお世話で付いていたからね」

「…………」


「だからそのあと、王都屋敷にご招待して、いろいろとお話を聞かせて貰ったんだよ。昔のね。そして、僕が生まれる前に起きた出来事を」


 その辺の部分は、じっさいには偶然会ったカフェで聞いたんだけどね。まあ細かいことは良いでしょう。


「そのお爺さんは大切な跡継ぎの息子さんと、これから生まれる孫のことがきっかけで大喧嘩をして、あげくには老夫婦ふたりで家を飛び出して、14年近くも旅の生活を続けているんだそうだよ。それでね、そのおふたりがおっしゃるには、お爺さんの方が不安や畏れとか悩みとか、意地とか自負とかをたくさん抱えて苦しんで、それでもふたりで助け合って旅の生活を続けて。それって凄いよね。助けてくれる人たちがいたとしても、そんなに長く、お年寄りのご夫婦がふたりきりで。きっと人には話せない苦労や寂しさとかが、いっぱいあっただろうに。でも、出て来た家や息子さんのことは、決して恨まなかったそうだよ。これは、意地っ張りな自分の我侭が招いたことだったんだって。それでその長い旅の中で、背負って絡み付いていたいろいろなものが、徐々に解けて去って行ったそうなんだ。だから、わたしたち年寄り夫婦の家出の旅はもういいかなって。お婆さんの方が、優しくて素敵な笑顔でそう言ってた」

「そうか……」


「そんな老夫婦から、現在の子爵様にさっきお手紙が届いたんだ」

「えっ」


「もちろん、誰も中を見てないよ。僕は届けてくれた人に、子爵様に渡してくれって頼まれただけ。でも子爵様が、そんな家出をして14年も旅をしているお年寄りからの手紙なんていらないって言うなら、僕は燃やしてしまうつもりなんだ」


「お、おまえ、いいから早く寄越せ。燃やさないでいいから、早くっ」



 俺がお爺ちゃんからの手紙を出すと、父さんは引ったくるように手に取って封を開け読み始めた。


 ふと気づくと、父さんの執務室と続き部屋になっている母さんの部屋のドアが開いていて、母さんがそっと入って来た。

 母さんは目に涙をたくさん溜めて、手紙を読む父さんを見つめる。

 エステルちゃんが静かに近づき、母さんの手を握っていた。


 音のない時間が暫く流れる。

 やがて手紙を読み終えた父さんが、俯きながら丁寧にそれを折り畳んだ。

 そして、気持ちを整えたのか、顔を上げる。

 その両の目からは大粒の涙が流れていた。


「明日……」

「…………」


「明日、先代様に、いや、父さんと母さんに帰っていただく。だから、お迎えするぞ」

「あなた……」


 父さんは何も言わず、アン母さんにお爺ちゃんからの手紙を渡した。


「ウォルター、隣の部屋にいるんだろ。悪いが、この手紙を届けてくれた方を連れて来てくれるかな」

「承知しました、子爵様」



 少し時間を置いて、ウォルターさんがセリヤさんとミルカさんを伴って入って来た。

 父さんは、母さんが自分の部屋から取って来た手拭で顔を拭き終わっていて、ようやく落ち着いた表情に戻っていた。

 ウォルターさんが直ぐに来なかったのは、父さんが落ち着くタイミングを計っていたんだろうね


「あなたは」

「初めてお目に掛かります。エステルの叔母のセリヤです。ミルカとは義理の兄妹ですわ」

「そうですか。ヴィンセント・グリフィンです。こちらは妻のアナスタシア。ファータの人たちにはお世話になりっぱなしだ」


「それはもういいんですよ、子爵様。うちと、いえファータとグリフィンはもう親戚ですから」

「ありがとうございます」


 父さんと母さんはセリヤさんに頭を下げた。



「それで、父と母は今、男爵家にお邪魔しているとか。こちらが良ければ帰って来ると、手紙に書かれていました。なので、明日でよろしかったら帰って来てください、いや是非帰って来てくださいと、父と母にお伝えいただけますでしょうか」


「ええ、もちろんです。それでは早速そのお言葉を持って、男爵様のところに戻りますわ。おやかた様と大奥様は、さぞかしお喜びになるでしょう。わたしも、とてもとても嬉しいです」


「でしたら、ウォルター、馬を」

「いえ、わたしもファータですから、ひとっ走り。明日の夕方頃にご到着でよろしいですか?」

「迎えの馬車を出しましょう」


「それには及びませんわ。あのおふたりは、乗り合い馬車で行きたいっておっしゃっていましたので。自分たちの旅の区切りには、それが相応しいんですって。では、これにて。ザカリー様、エステル、ではまた明日ね」


 セリヤさんは、音も立てずに消えるように部屋を出て行った。

 いつの間にかミルカさんも居なくなっている。きっと陰護衛の手配に行ったんだな。

 そしてウォルターさんも一礼すると、明日のお出迎え準備のために静かに部屋を出て行った。



「ザック、エステルさん、ありがとう」

「あなたのお話は、向うの部屋で聞いていましたよ、ザック。このお手紙はあとでゆっくり読ませていただくとして、哀しくて、でも心に染みるお話でした。本当にありがとう、ザック。それからエステルさんも。もう親が家出するような喧嘩なんて、わたしがさせませんから」


 うん、頼みますよ、アン母さん。

 さあそろそろ、ふたりだけにしてあげましょう。俺はエステルちゃんと手を繋いで、父さんの執務室を後にした。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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2021年2月20日付記

本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。

タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。

とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

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