第317話 双子の卒業とボドワン先生
年も明け、冬休みの日々も過ぎて行く。
俺は夏休みの時と同じく、フォルくんとユディちゃんの空き時間に彼らを鍛えることにした。
ふたりの日課としては、領主一家の朝食配膳など早朝の仕事が終わったあと、騎士団訓練場で見習いの子たちに混ざって剣術の稽古。
そしてそのあとの午前の時間は、家庭教師のボドワン先生の授業を受ける。
お勉強の時間が終わると今度は昼食配膳と片付けを手伝い、午後は屋敷内の仕事をして夕食の配膳と片付けとなかなか忙しい。
俺とエステルちゃんが帰って来ると、空き時間は俺たちに付き従っているしね。
その午後の時間の屋敷仕事を少し免除して貰って、子爵家専用魔法訓練場で剣術と魔法を集中的に訓練する。
これまでも魔法はアン母さんに教わって来ているが、俺とだと剣術や体術と合わせて区別無く訓練する。まあ、総合武術またはレイヴン方式だね。
ボドワン先生に教わる勉学については、現在どのぐらいの学力がついているか先生に聞いてみた。
「そうだな。私が教え始めて4年半か。もうセルティア王立学院に入れる一歩手前ぐらいの学力は、ふたりともあるんじゃないかな。もちろん、一般的に社会で働く分には申し分無い。あの子たちは賢いからね」
フォルくんとユディちゃんは今年11歳だ。そうか、もうそれほどの学力が身に付いたんだね。
かたちばかりとは言え竜人の双子兄妹を預かっている立場の俺としては、あの子たちのこれからを考えてあげなければいけない。
「そろそろ、先生の授業を卒業させてもいい頃合いでしょうか」
俺の言葉に一瞬、ボドワン先生は大きく目を開いたが、直ぐに腑に落ちたようだ。
「王都に連れて行きたいのかね」
「分かりましたか」
「昨年の秋に子爵様たちと王都から帰って来て暫く、ふたりとも随分と元気がなかったからね。それでヴァネッサ様に聞いてみたら、帰りたくないとユディが随分泣いたそうだね」
「ええ、王都での良い経験を持ち帰ってくれればと思ったのですけど、王都屋敷に居たい思いが膨らんじゃったみたいで。それに、エステルちゃんと離れたくなかったようです」
「それは君ともだね」
「そうかも知れません」
「さっき言ったように、普通に社会に出るにはもう充分だ。いや、並の大人よりも勉学は遥に優れている。どうやら剣術と魔法もそうらしいね。だから私が教えられるのは、もうそれほど多くはない。まあ神話学とか歴史学なら、もっと教えられるがね」
ボドワン先生はイラリ先生の教え子で、神話学と歴史学が専門だからね。ちなみに学院生時代に同級生だった筆頭内政官のオスニエルさんは、現在の仕事とは関係がないが自然博物学が専門だ。
それでも彼は時折、騎士団に護衛を頼んでアラストル大森林に入り、大森林の動植物の観察研究を続けているそうだ。
「あの子らを卒業させちゃうと、先生のお仕事を無くしちゃうことになりますね」
「ははは。それはいらぬ心配と言うものだ。いや、子爵家長男の君に、そう心配して貰うのはとても嬉しいがね」
「ですが」
「本来、君が王立学院に入学すれば私の仕事は終了だった訳だし、いずれそうなるのは分かっていたことだからね」
「まあそうですが、でも」
「これはまだ子爵様にも奥様にも、ウォルターさんにも話していないことなのだが。そうだザカリー様、逆に私の相談に乗っていただけますかな?」
「なんですか? あらたまって。僕で良ければ、勿論いいですけど」
「じつはね、新しい仕事の依頼が来ているのだよ」
「新しい仕事ですか。どこからです? やはり家庭教師とかですか?」
「いや、家庭教師ではないんだ。セルティア王立学院から、教授にどうかと」
これは吃驚ですよ。そうか、そうですか。ボドワン先生なら、俺が言うのもなんだが学問の実力はもとより、人格も人柄も申し分ない。
学院では現在、神話学と歴史学を担当する教授はイラリ先生しかおらず、本人も自分の研究の時間がなかなか取れなくて大変だと言っていたよな。
「それでどうしようかと、これまで悩んでいたのだよ。双子のこともあるし、子爵様たちには長い間お世話になっているし、何よりもグリフィニアでの暮らしが好きだからね。オスニエルにだけは話して、いい機会だと彼には言われたのだがね」
「僕は、賛成です。グリフィニアから離れるのは、それは僕もそう思いますが、でもまた戻って来ればいいじゃないですか。グリフィニアを先生の第二の故郷にしてください。それで暫く王都で仕事をしても、戻って来たいとい思ったら、戻ればいいんです。グリフィニアもうちも、皆喜んでお迎えしますよ」
「そうですか、ありがとう」
「それに何より、先生はもっと多くの子たちに学問を授けてあげてください。学院生として、それも大賛成ですよ。それに僕と学院で一緒ですしね」
「うん、そうか、そうだな。ザカリー様と一緒の学院は、何だか楽しそうで刺激的かもですな」
どうやら、ボドワン先生の心は決まったようだ。
と言うか、おそらくは既にその方向で決めたかったのだろうけど、結論を出す前に誰かに話して背中を押してほしかったのかもね。
たまたま俺がフォルくんとユディちゃんの話を出したから、良い機会だった訳だ。
本人たちの意思を確認するのが先だが、これで双子兄妹のお勉強の卒業は決めるとして、あとはふたりを王都屋敷に連れて行くこと、それからアデーレさんとエディットちゃんを直接雇用にすることの2件だな。
これらは相談しないで進めるとエステルちゃんに怒られるから、まずは彼女と話をしないとだ。
そのエステルちゃんは許嫁が正式に決まり領内に発表されてから、割と忙しい。
もちろん、侍女の仕事はもう無いのだが、その代わりに何かにつけてアン母さんに呼ばれるんだよね。
お客様が母さんを訪ねて来た時には同席させられて相手に紹介されるし、そのほか母さんがメインの行事などでも隣に座る。
それら以外でも、母さんの執務室で何やらふたりでやっているのだ。
「何してるの?」母さんとエステルちゃんに聞いてみたら、「あなたのお嫁さんになって貰う準備です」「ですぅ」だと。
どうやら、領主夫人になるお勉強会とからしく、時々ヴァニー姉さんも参加している。アビー姉ちゃんは? いや、あいつは当然のごとく逃げるでしょ。
1月も半ば過ぎ、ティモさんが案の定アルポさんとエルノさんとともにグリフィニアに到着した。ミルカさんも一緒だね。
エーリッキ爺ちゃんが正式に許嫁の件を認めたのを彼らもファータの里で聞いていて、既に王都で承知していたとはいえ、あらためて祝福してくれた。
「それで、おふたりはいつ里に来るんだと、里長を始め皆が煩いんですよ」
「それはそうであろうが、ミルカよ。里でも皆の前でお披露目せんとだからの」
「わしらが代表してお祝いをすると言っても、皆は納得せんのよ、ザカリー様」
「終いには、グリフィニアに代表団を送るみたいな話になりまして。それでその代表団は何人にするのだとか、どうやって選ぶのかとか、また揉めそうでしたので、ひとまず保留にしてあります」
あ、揉めそうとミルカさんは言っているが、これはじっさいに揉めたね。
その情景を思い出して疲れた、というような彼の表情が物語っている。
「ファータの里に行ってから、もう2年以上が経つのか。また行かないとかな、エステルちゃん」
「そうですねぇ。わたしもお爺ちゃんたちには、ちゃんと報告しないといけないですし」
「今年の夏はどうだ、ウォルターさんよ。ザカリー様の夏休み中に」
「それが良いの、エルノ。それなら、わしらもお供出来ようぞ。なあティモ」
「は、はい」
「そうですなあ」
彼の執務室に集まったファータメンバーのやりとりを、それまで微笑みながら黙って聞いていたウォルターさんだが、自分に問いかけられてようやく口を開いた。
「今回は以前の時と違って、子爵家の公式の訪問にしないといけなさそうですな。子爵様とご相談してみましょうかね」
「こっそりといらっしゃろうが公式だろうが、わしらは変わらんからな。なにせ、里の存在が世間には秘密だ。なあミルカ」
「ええ、まあ。それでもおふたりに加えてどなたがいらっしゃるかで、道中が変わるので」
「その辺は子爵様のご決定を待って、また相談しましょうか、ミルカさん」
「そうですね」
前回はエステルちゃんの帰郷のついでに俺が里を訪問するということで、ホントに秘密の旅だったのだけど、確かに誰が一緒に行くかで変わるよね。
何せ間道を歩いて峠を越えて、そのあとは2日間走って行ったのだから。
あれに付いて来られるのは、レイヴンのメンバー以外だとアビー姉ちゃんぐらいだな。
そのアビー姉ちゃんは、アルポさんとエルノさんが到着したと聞いて、早速、アラストル大森林に狩り行く準備を始めた。
すみませんがブルーノさんとティモさん、付き合ってあげてください。
こうして俺の冬休みの日々が過ぎて行くなか、ヴィンス父さんの心を大きく揺さぶるふたつの出来事が、それもそれほど日を置かず起きたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




