第315話 グリフィニアで待っていた書状
12月21日、グリフィニアに向けて出発した。
昨日、ようやくアビー姉ちゃんも王都屋敷に戻って来たので、予定通り出発することが出来たのだ。
彼女たちの課外部は秋学期終了の翌々日から3日間、朝から夕方まで剣術訓練場で丸一日を使った学年納め訓練を行っていたのだとか。
ひとりだけ1年生のロルくんは大丈夫だったのかな。姉ちゃんは、「あの子って意外と気持ちが強いのよ」と言っていたが。
「行ってらっしゃいませ」「お気をつけて」
アデーレさんとエディットちゃんに見送られて、一行は王都屋敷を旅立った。
エディットちゃんはご両親の待つ家に帰り、アデーレさんは王都で所帯を持っている娘さんの家にお世話になる。
なんでも、娘さんのお腹に赤ちゃんが出来て、春には生まれるのだそうだ。
「私もお婆ちゃんになっちゃいます」と嬉しそうだが、娘さんは昨年に18歳ぐらいで結婚したと聞いているので、アデーレさん自身もまだ40歳になるかならないかぐらいの年齢なんだよね。
彼女は早くに旦那さんを病気で亡くし、得意の料理の腕を活かして食堂などで働きながら苦労を重ねてひとり娘を育てて来た。
昨年に娘さんが結婚したことから、それまで暮らしていた家を引き払う決心をして、うちの屋敷に住み込みの料理人として派遣されることになった訳だが、初孫は本当に嬉しいだろうね。
こういったことは、すべてエステルちゃんから聞いた話だ。
「アデーレさんのお孫さんが生まれたら、わたしも抱かせて貰いに行きたいですぅ」
「赤ちゃんかぁ。ザックが赤ちゃんの時と、シンディーちゃんの赤ちゃんぐらいしか抱いたことないわ」
姉ちゃんは俺が赤ん坊の時に抱こうとして、落とすから駄目ですって家政婦長のコーデリアさんに叱られてたでしょうが。あんただって2歳か3歳の頃なんだから。
生まれた時から意識と記憶を持っている俺にすれば、そう突っ込みたいところだが、ここは面倒くさくなるので黙っておこう。カァ。
まあアビー姉ちゃんも来年は15歳だし、それを言えばエステルちゃんやジェルさん、ライナさんは。いや、これはこの馬車の狭い車内で考えてはいけない。察知されるからね。カァカァ。
オネルさんも今年20歳になっていて、ヴァニー姉さんは来年17歳になるんだよな。みんな良いお年頃だ。
「ザックさまは、何をおひとりで考えているですか? 言ってみてください」
あっ、ヤバっ。俺の心の声を察知する魔法とか、密かに修得しているんじゃないでしょうね。
「え、いや、なに。ジェルさんとか、バリエ騎士爵家の当主な訳でしょ。そのうち跡継ぎなんかも必要になって来る訳だし、どうするのかなー、などと考えたりしていまして」
「ホントに、それを考えてたですか?」
「でもさ、たしかに女性騎士って結婚とか所帯を持つとか、し辛いわよね。例えば騎士同士だと、どちらかの騎士爵家が無くなっちゃう訳だしさ」
「そうですねぇ。そうすると家に来てくれるお婿さんですか?」
「奥さんが当主で騎士だと、よっぽど出来た男性じゃないとよね」
姉ちゃん、話に乗ってくれてナイスです。
「騎士同士だと、両家が合併することになるのかな。それとも騎士爵家を二家持ったままで、子供をふたり作ってそれぞれの家を継がせるとか」
「合併はありだけど、どっちの家にするのかが問題になるわよ」
「夫婦だけど、ふたりとも当主のまま、ですかねぇ」
こう考えると、女性騎士の結婚問題って割と難しいのかもね。
既に騎士爵家の当主であるジェルさんはひとり娘だから、余計に難しい。
そのうち騎士に昇格する筈のオネルさんの場合は妹さんがいるので、ラハトマー村は妹さんに預けるという手もあるのかな。
でも、代々続いた家と領地とはいえ騎士爵は一代爵位だから、当主はオネルさんになるんだよな。
「ジェルさん、ライナさん、オネルさんのお相手は、わたしたちもちゃんと考えないとですよ、ザックさま」
「え、そうなの?」
「だって、妙な王宮騎士からのお見合い話とかもあったじゃないですか。ああいうのは、わたしたちも気をつけないとですし」
「でも、もし本人に一緒になりたい相手が出来たら、それに反対とか出来ないよ」
「いえ、ライナさんはともかく、ジェルさんとオネルさんは、そういう方面は疎そうですから」
「そういうことよね。でも、ザックにはそんなの無理そうだから、母さんとエステルちゃんで考えてあげないとだわ。わたしも協力するし」
へい、姉ちゃんが言うように俺には無理そうですわ。カァ。
いつものように、ブライアント男爵お爺ちゃん家で1泊する。
お爺ちゃんとお婆ちゃんは、俺とエステルちゃんが許嫁になるのを知っていて、いつも以上に歓待してくれた。学院祭からの帰り道に宿泊した父さんと母さんから聞いていたらしい。
「シルフェーダの家との正式の話になるそうじゃな。よしよしそれでいい、それですべて安泰じゃ。で、式はいつにする?」
「だからあなた、今はこれから正式に許嫁になるのですよ。それにザックもあと3年は、学院生なんですから」
「そんなのは関係ないわい。式は早いに越したことはない。わしが待ちきれんわ」
「あなたったら」
ブライアント男爵お爺ちゃんは15年戦争の時から、ファータの里長であるエーリッキ爺ちゃんとシルフェーダ家のことは勿論承知している。
相変わらずの早合点爺さんだが、グリフィン家とブライアント家、そしてシルフェーダ家との繋がりに思うところもあるのだろう。
翌朝、俺たちはグリフィニアに、そしてティモさんとアルポさん、エルノさんはファータの里へと出発した。
「年が明けましたら、頃合いを見てグリフィニアに行きます」
「うん待ってるよ、ティモさん」
「あのぉ、アルポとエルノも一緒に来そうなのですが」
「一緒に来ればいいよ。僕がいいって言ったって、里長に伝えておいて」
「わかりました。ありがとうございます」
そのアルポさんとエルノさんは、ブライアント男爵お爺ちゃんと談笑していた。
やっぱり会うのは、15年戦争の終結以来なのだそうだ。
カートお爺ちゃんもそうだけど、爺さんたちの戦友ネットワークだよね。何か強い絆があるんだろうな。
グリフィン子爵領に入って暫くすると、ちらちらと雪模様になった。
周辺より気温が高めに保たれているアラストル大森林があるおかげで、グリフィニアまでの道程はそれほど雪は多くないが、それでもやはり王都よりは冷える。
空を舞う雪を見ると、地元に帰って来た思いが強くなるね。
ブルーノさんが慎重に馬を御して馬車を進めて行く。騎乗のジェルさんたちは、雪などものともせずに力強く馬車の前後を固めている。
やがてグリフィニアの南門が見えて来た。
都市城壁内への入城を待つ馬車の列。俺たちの馬車もその列の最後尾に静かに並ぶ。
徒歩で門を目指す誰かが俺たちの馬車に気づいた。
「ザカリー様の馬車だぞー、アビゲイル様とエステル様も乗っておられる」という声が聞こえた。
「空けろ空けろ、前を空けろ。この雪空だ。寒いから早く入れて差し上げろ」
そう大きな声がして、前に並ぶ馬車が少しずつ動き始めた。
「いいよ、みんな。寒いのは誰も一緒だからさ」
「何をおっしゃる、ザカリー様よ。私らは、アビゲイル様とエステル様と、騎馬のお嬢さんたちのことを心配してるんだよ」
「ザカリー様は、ついでに乗ってて良いぞ」
「わはははは」
窓から顔を出した俺と周りの皆さんとのそんな門外でのやりとりに、並んでいる人たちは大爆笑だ。
そして門までの通り道が空く。
俺は馬車の扉を開けて身体を外に出すと、ステップに足を掛けてトンと跳び上がり、御者席のブルーノさんの隣に落ち着いた。
「おお、さすがはザカリー様だ。凄い技だな」
「これは、良いものが見られたぞ」
「僕が馬車の中じゃ、申し訳ないからね」
「だがよ、ザカリー様。そうやってそこに座ると、雪でお尻が濡れたでしょうが」
「あとでエステル様に、ちゃんと拭いて貰うのよー」
「お尻を冷やしちゃ、だめですよー」
「わはははは」
グリフィン子爵領は王都圏と比べれば遥かに田舎だし、人びとはだいたいにおいて遠慮がない。
でも俺は、こちらの方が好きだ。
ブルーノさんが馬車を進めると、周りの皆が「お帰りなさい」と口々に声を掛けてくれる。
ズボンが雪に濡れて確かにお尻は冷たいけど、心の中は凄く温かい。
サウス大通りを行き、アナスタシア通りとの交差点に差し掛かると、いつものことではあるけど、交差点角にある冒険者ギルドの前に大勢の冒険者たちが出て来て、こちらに向かって腰を折っていた。
「ああ、誰かが報せに走りやしたね」
「今更だけど、どうしてなんだろうね」
「それはまさに今更でやすな。騎士団の連中もそうですが、あいつらは本当の強さに敏感で、憧れや尊敬や親しみの気持ちを抱くんでやすよ。それが自分たちの身内と思える存在なら、なおさら」
「そういうものなんだ」
「そういうものでやす」
「ザカリーの若旦那、お帰りなさいまし」
「アビゲイル様とエステルの姐さんも、お帰りなさい」
ブルーノさんと話していると、挨拶の声が掛かった。
仕方がないので、御者台から手を振る。それだけでみんな嬉しそうにしてるから、まあこれでいいんだよね。
商店の店先や道行く人からも声を掛けられながら中央広場を巡り、グリフィン大通りに入って子爵館が見えて来た。
正門を入り屋敷へと進むと、父さんたちが出迎えに玄関前に出て来てくれている。
「ただいま。帰りました」
「おお、元気そうだな。皆もご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
「はいっ。ありがとうございます」
王都からの行程はジェルさんたちには慣れたものだが、それでも無事に到着した安堵の表情で馬車と馬とともに騎士団本部の方へと去って行った。
「あら、アビーはちゃんと、女の子らしい格好で帰って来たのね」
「エステルちゃんが、そうしろって言うからさ」
「エステルちゃんは、ザックだけじゃなくてアビーの世話もしなきゃだから、大変よね」
「そんなことはないですよ、ヴァニーさま。なかなかお屋敷にお戻りにならないので」
「エステルちゃん、しーっ。それ、ナイショ」
「それより、ザックとエステルさんにお知らせがあるわよ。さあ、中に入りなさい」
2階へと上がって、わが家の居間である家族用ラウンジに腰を落ち着ける。
それでお知らせってなんですか、母さん。
「ファータの里から正式なご返事が届きましたよ。エステルさんをザックの許嫁としてよろしくお願いします、とのことです。エーリッキ・シルフェーダ様のお名前で書状をいただきました」
「お爺ちゃんから」
「これで、シルフェーダ家とグリフィン家との間の公式の約束が交わされた。つまり、エステルさんがザックのお嫁さんになることが、決まった訳だ。冬至祭で領都民に発表し、全領地にも報せるぞ」
「わたしが、ザックさまのお嫁さん……」
ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんが、「わーっ、エステルちゃん、お目出度う!」と大きな声で祝福する。
ラウンジに控えていた家令のウォルターさんと家政婦長のコーデリアさん、それから母さん付き侍女のリーザさんやフラヴィさん、フォルくんとユディちゃんも「お目出度うございます、エステル様」と頭を下げ、そして姉さんたちと一緒に拍手をした。
皆がエステルちゃんを満面の笑顔で祝福する。彼女も涙をぽろぽろ流しながら、立ち上がって深々と頭を下げた。
みんなエステルちゃんが好きだし、長年の気苦労も知っているので心から喜んでくれている。
エステルちゃんにさっきから手を握られている俺も、引っ張られるように遅ればせながら立って頭を下げた。
しかしグリフィン家なんだから、普通はその当事者たる長男にまずお祝いを言うんじゃないの、という突っ込みは野暮だろう。
ここにいる皆が、いや屋敷中や騎士団、グリフィニアや子爵領のすべてがエステルちゃんを祝福してくれる筈だ。それが、大切なことなんだよね。
カァ。うんクロウちゃん、そうだね。ありがとう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




