第314話 王都屋敷の今年の締め括り
地下洞窟から帰ったその日は、屋敷で誰もその話題に触れることもなく本日4食目の夕食をいただき、各自は早めに自室に戻った。
精霊様たちとアルさんは、シルフェ様の部屋で何やら話していたようだけど。あの方たちは、身体を休めるとかの必要が無さそうだからね。
「今日は、あれで良かったのかな」
「マルカルサスさんたちを、消滅させなかったことですか?」
「うん。結局はアンデッドなんだから、浄化しなくて良かったのかなって」
「ザックさまがご自分でお決めになったことですから、良かったのですよ。それに」
「それに?」
「お亡くなりになって800年も経っていますから、本当のところはどうなのかわたしには分かりませんが、あのマルカルサスさんが残忍で民を苦しめていた王さまだったなんて、わたしには思えませんでした」
その夜、俺の部屋で過ごすエステルちゃんとそんな話になった。
クロウちゃんは、もう居眠りしてますか。彼は彼なりに疲れたのかな。
でもキミは式神だから、基本はアルさんたちと同じく身体的な疲れとか無い筈だよね。最近は俺も、キミが俺の式神ってことを忘れがちだけど。
「そうなんだよな。アンデッドになって800年も経つのに、凄く理知的で何だか自制的で。ああいう人が残虐なことしたり、過酷な治世とかするのかな。それもあって、何だか闘って消滅させようって気にならなくて」
「お姉ちゃんたちも、そう感じたんじゃないですか。じゃないと、たぶん話を止めさせて、お姉ちゃんたちが倒しちゃってますよ」
「そうだね。そうなんだろうな」
「お話はそれくらいにして、もう寝ますよ。明日はグリフィニアに帰る準備を始めて、明後日にはアビーさまもお戻りになりますから」
「うん」
昨夜はぐっすりと眠ることが出来ました。さすがに俺も疲れていたのだろうね。
それでも早朝に起き出し、屋敷の敷地内で日課の早駈けをして食堂に行くと、精霊様方とドラゴンさんが揃っていた。
「おはようございます。皆さん早いですね」
「おはよう、ザックさん」「おはようございます、ザックさま」
「おお、昨日の今朝でも早駈けかの。ザックさまは偉いの」
「子どもの時からの日課だからさ。それより、昨日はありがとうございました」
「いいのよ。わたしたちも、いろいろ思うところがありましたからね」
「いろいろ思うところ、ですか?」
「ええ、特に精霊の所行のせいで起こった呪いね」
「ああ、そのことですか」
「すべてはわたしの責任です。アマラ様とヨムヘル様に何とお詫びをすれば良いのか」
「ニュムペさん。それは昨晩、じっくり話し合ったでしょ。お詫びするとすれば800年前にで、今はあなたが、ちゃんと水の精霊たちを束ねて、あなたの妖精の森をどこかに復活させることが大切よ」
今回、ニュムペ様としては、水の下級精霊が造成に関わった地下墓所のアンデッドを片付けることを目的としていたのだ。
しかし、アンデッドを生み出し不浄の場所となったそもそもの要因が、複数の水の下級精霊による力の行使の反作用とも言うべき、呪いであることが分かってしまった。
特に水の精霊が自ら大地の水脈を断ったこと、それを自分が把握していなかったことに大きなショックを受けていた。
それをアマラ様とヨムヘル様にお詫びするとニュムペ様は言うのだが、何しろ800年前のことだ。
お詫びする心は大切だが、それよりも散り散りになっている水の精霊をちゃんと束ねること。そして水の精霊の妖精の森をどこかに再建して、ちゃんと拠点を造ることが必要だとシルフェ様は言っているのだ。
「それでね、ザックさん。あなたたちは明後日には、グリフィニアにお帰りになるんでしょ。その準備もおありになるでしょうから、わたしたちは今日、引揚げようと思うの」
「え、今日ですか。それはまた急な」
「わたしもさっきお姉ちゃんから聞きましたけど、昨夜お話し合いをして、そう決められたそうです」
エステルちゃんが朝の紅茶を持って来て、皆に淹れてくれた。
「そうですか、わかりました。シルフェ様とシフォニナさんは風の精霊の妖精の森で、アルさんは自分の洞穴。ニュムペ様は、アラストル大森林ですか?」
「ニュムペさんは、わしが大森林まで送って行くことにしましたぞ。なるべく早く戻りたいと言うでな」
「あの、早く戻って、これからどうすべきか考えたいんです。ルーにも話したいですし」
ああ、大森林を護る神獣フェンリルのルーさんには、昨日のことを話さないとだよね。
「わたしたちは、ちょこっと家に帰るわ。ね、シフォニナさん」
「もう、おひいさまは。ちょこっとですね」
風の精霊であるシルフェ様は自由気ままだからな。ちょこっとですか。
それから集まって来た屋敷の全員と朝食をいただいて、皆さんを見送りに訓練場まで行った。アルさんが元の姿に戻るからね。
まずアルさんが変化の魔法を解いて、ブラックドラゴンの姿に戻る。
何日振りかなので、伸びをするように翼を大きく広げた。やはり竜人の姿は窮屈だったのかな。
「ザックさん。当面は大森林にいますが、ルーとも相談して早めに何とかします。ザックさんにはちゃんとお知らせしますし、またご相談もさせてください」
「はい、分かりました。僕も行けたら、また大森林に行きますよ」
「ええ、お待ちしております。ザックさん、エステルさん、それから皆さん、今回はお世話になりました」
「お気をつけて」
「それでは行くかの。また来るでな」
「うん、また」
ニュムペ様がアルさんの背中に乗ると、黒い霧がアルさんの全身を包み込み雲のように浮かんで上空へと昇って行くと、一気に北方向へと飛び去って行った。
「では、わたしたちも行くわね。またねザックさん、エステル。それから皆さんもね」
「今回もお世話になりました。ザックさま、エステルさま、皆さま」
頭を下げるシフォニナさんの隣でシルフェ様はニコッと笑顔を見せて、それから何故かウィンクした。
あ、これ、ぜったいにまた直ぐに来るつもりだよな。さっき、俺の冬休み期間の日程とかをエステルちゃんに聞いてたし。
前回と同じように風が集まって来ておふたりを渦巻いて包み、そしてその姿が風の渦の中に消えると空へと昇って行き、こちらは南東方向へと流れて行った。
「行かれましたな」
「不思議現象も、見慣れちゃうと当たり前のようになってくるわよねー」
「だいぶ、こういうのに麻痺してきました」
「それはオネルが、レイヴンの一員として随分慣れたということだな」
「ねえねえ、ティモさんも慣れたぁ? どうどう?」
「え、私はまだ、日々驚きっぱなしですよ」
「そぉ? まだ経験が足りないのねー。わたしが手取り足取り、いろいろ指導するかー」
「あの、それは」
「ライナ姉さんはまた。ティモさんが困ってますよ」
まあ、いつものうちの日常風景とやり取りです。
それより、ラウンジに集まって冬休み期間中の予定を確認しますよ。カァ。
ラウンジに屋敷の全員が集合した。
明日にはアビー姉ちゃんが戻って来て、明後日の朝、グリフィニアに向けて出発する。
冬休みは来年の2月いっぱいまでだが、20日には王都屋敷に戻る予定だ。
姉ちゃんの課外部が、練習を早めに開始する予定だそうだからね。俺の総合武術部は冬休み中の練習は無しだ。
それで、アルポさんとエルノさんだが、今回は夏休みの時とは違ってファータの里に帰ると言う。冬至祭と年越しがあるからね。
ティモさんも一緒に帰省して、年が明けてからグリフィニアに来る。
ライナさんがそれを聞いて「えー、だったらわたしもー」とか言っていたが、「里長の許可がありませんと」とティモさんに止められていた。
「エステルさん、なんとかならないー?」
「ダメですよ、ライナさん。ちゃんと一緒に行く理由があって、それから事前に連絡して許可をお爺ちゃんから貰わないと」
「ちゃんとした理由かー。既成事実とか?」
「おおライナさんや、それが良いかもの」
「それが手っ取り早いぞい」
「ライナは何を言ってるんだ。おまえは騎士団員なんだぞ。それから、アルポさんとエルノさんも煽らないで。とにかく、大人しくグリフィニアに帰るぞ」
「もう、ジェルちゃんはー。わ、か、り、ました」
そんなやり取りもありまして、アルポさんとエルノさん、それからティモさんは俺たちと明後日に出発し、ブライアント男爵お爺ちゃんのところまで護衛として同行し、そこで別れることになった。
あと、アデーレさんとエディットちゃんだが、夏休みと同様に有給休暇にする。
2ヶ月の長い休暇となるのだが、エディットちゃんが一緒にグリフィニアに行きたがった。
エステルちゃんとそんなに長く離れたくないのと、それにグリフィニアに行けば仲良くなったフォルくんとユディちゃんがいる。
ポツポツと遠慮しながらそれを言うエディットちゃんの手を握り、エステルちゃんは困ったように俺の顔を見た。
「うーん、そうだな。でも今回は我慢しよう、エディットちゃん。そういうことは、エディットちゃんのお父さんとお母さんに、ちゃんと了解を頂かないといけないし、それに派遣して貰っているソルディーニ商会にもね」
「そうですね……」
エディットちゃんは勇気を振り絞って自分の希望を言った筈だが、俺の返答にがっくりと肩を落として目に涙を溜めていた。
お兄さんはそういうの、凄く弱いんですよ。
「これは前から考えていたのだけど、もしアデーレさんとエディットちゃんが良ければ、ふたりをソルディーニ商会の派遣から、うちの直接の雇用にして貰おうかと思ってるんだ」
「直接の雇用、ですか?」
「うん、早い話が、グリフィン子爵家の使用人の一員、つまり侍女になって貰うってことだね。うちは、侍女になったら、みんな家族と同じだ」
「で、でも、貴族様の侍女さんて、ちゃんとご身分のある家の方たちです。わたしの家は裕福ではない平民で」
「わたしは夫を亡くした身だし、下働きでいいんですよ」
この世界で貴族家の侍女というのは、決して低い身分ではない。普通はエディットちゃんが言ったように、平民でも裕福な家や社会的地位の高い名家、騎士爵家などの貴族の下に位置する家の娘さんが働く場なのだ。
貴族との繋がりを持つということもあるし、行儀見習いや婿探しということもある。そして基本は住み込みなので、貴族側もそういった地位や立場の家の娘さんを求める。
俺の幼児期にお世話係だったシンディーちゃんも裕福な商家の子で、結局は筆頭内政官のオスニエルさんと結ばれた。
彼女が子爵家から離れる時にアン母さんが、ここはあなたの第二の実家だからいつでも戻って来ていいのよ、と彼女に言ったが、とりわけうちはそういう意識が強いんだよね。
「これは僕の一存では決められないけど、エステルちゃんと相談したことだし、グリフィニアに帰ったらそういうカタチにするつもりだから。もしそれで良ければ、この冬休みは王都で楽しみに待っていてね」
「そうですよ。ザックさまがちゃんとしてくれます。おふたりの考えはどうですか?」
「わたしは、さっきも言いました通り下働きで結構です。いえ、そうさせてください。でもエディットは、出来るなら侍女にしてあげてくださいな」
「アデーレさん。わたし、あの、すべてはザカリーさまとエステルさまにお任せします」
はい、了解です。任されました。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




