第29話 新しい担当侍女
シンディーちゃんの婚約が知らされてから数日ほど過ぎたある日、俺たち領主一家の朝食が終わった頃合いで、家令のウォルターさんと家政婦長のコーディリアさんが並んで声を掛けて来た。
「本日は、みなさまに新しい侍女をご紹介したいと思います」
コーディリアさんがいったん食堂の外に出て、すぐにシンディーちゃんともうひとり、その後ろに従う侍女の制服姿の女の子を呼び入れた。
「すでにみなさまご承知のように、このたびシンディーとオスニエルさんの婚約が決まりました。ついては結婚の準備のため、この屋敷からお暇させていただき、これまで離れていました領都内の実家に戻ることになります」
シンディーちゃんが頭を下げる。
「みなさま、長い間、ほんとうにありがとうございました」
「あと数日ほどは仕事を続けますが、シンディーの仕事を引き継がせるため、本日から新しい侍女と一緒に働いて貰うことにしました」
ウォルターさんがそう言うと、コーディリアさんが「みなさまにご紹介しますよ」と、新しい侍女さんを前に出した。
はい、エステルちゃんですね。
「えーと、わたしはエステル、15歳です。知ってる方は知っていて知らない方は初めてですが、よろしくお願いします」
「余計なことは言わない」と、コーディリアさんにもう小声で怒られていた。
ウォルターさんの配下で、領主一家回りに関わる探索の仕事をしているエステルちゃんは、当然に領主の父さんと領主夫人の母さんは良く知っているようだ。俺ももちろん知っている。
ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんは、たぶん出会ったことはあるんだろうけど、なにせ影の薄い、じゃなかった、仕事中は気配を薄くしているエステルちゃんのことは、記憶に留まっていないのかも知れない。
これは屋敷で働くほかの使用人のみなさんも、おそらく同じではないだろうか。しゃべるとポンコツなんだけどね。
それにしてもエステルちゃんは、まだ15歳だったのか。知らなかった。
「エステルは、これまでシンディーが担当していた、ザカリー様のお世話係をメインに働いて貰うことにします」
なぜかそこで、ウォルターさんが心持ちニヤニヤしている。
なにか企んでいるんだろうな、これは。
屋敷には、シンディーちゃんより年下の侍女さんがすでに何人かいる。欠員が出るとはいえ、何も新人を俺の担当にする必要はない。というか、そもそも探索要員で新人侍女じゃない。
夏の冒険者ギルドでの一件も、もちろん報告を受けているだろうしね。
「はい、よろしくねエステルさん。この屋敷の仕事にも早く慣れて、しっかりお役目をしてくださいね」
領主一家を代表して、アン母さんがそうエステルちゃんに声をかけた。
お役目って、それ俺のお世話係兼監視役じゃないの?
それから5日間ほど、エステルちゃんはシンディーちゃんと組になって、俺関係のことはもとより、屋敷での侍女の仕事をひと通りこなした。
幼少の頃から探索の訓練で鍛えられていたらしく、こういう仕事もちゃんとできるんだよね。
そしていよいよ、シンディーちゃんが実家に戻る日だ。
午前の早い時間から、彼女の実家の馬車が迎えに到着している。
玄関ホールでは、屋敷の全員が揃う。
「このお屋敷で12歳より働かせていただき、あっと言う間の6年間でした。みなさんはいつもお優しくて、毎日が楽しくて、それで、ここがわたしの家だったから……」
シンディーちゃんは涙で言葉が続かない。
「オスニエルさんとの結婚が待ってるんだから、いつもみたいに笑って、笑顔で行きなさい。それに結婚したら、またこの屋敷に来る機会がたくさんあるでしょ」
アン母さんが、明るく声をかける。
「はい……ありがとうございます。行ってきます」
それから俺のところに小走りで駆け寄ると、俺をギュっと抱きしめる。
「お護り、大切にしますね」
小声で囁くと、玄関までまた小走りに行って並ぶみんなの方に向き直り、深々とお辞儀をして出て行った。
シンディーちゃんを乗せた馬車が門を出るまで、みんなで玄関外に出て手を振って見送る。
そして馬車の姿が見えなくなると、それぞれの仕事に戻って行く。
今日は、騎士団での剣術の稽古とボドワン先生とのお勉強もお休みになったから、これからどうしようかな。
姉さんたちは、騎士団の訓練場に自主稽古に行くみたいだ。ヴァニー姉さんはそれとも魔法の自主稽古かな。
屋敷のみんなが去り、俺がクロウちゃんを頭に乗せひとりポツンと残っていると、エステルちゃんが近寄って来た。
「ザックさまはこれからどうします? 空き地で訓練しますか?」
「うーん、どうしようかな」
「それとも、お庭をお散歩でもしますか? わたしがお供しますよ」
「そうだね、散歩でもしようかな」
「それじゃ、コーディリアさんに断って来ますので、ちょっと待っててくださいね」
エステルちゃんは、ぴゅーんと走って行った。
もう11月も半ば過ぎ。ずいぶん肌寒くなってきた。
「はい、これ着てくださいね」
エステルちゃんが俺の薄手のマントを持って来たのでそれを羽織って、屋敷前の庭をゆっくり歩く。
「ねえ、エステルちゃん」
「はい、なんですか?」
「エステルちゃんて、いくつのときからお仕事してるの?」
「わたしですか? えと、5歳ぐらいから訓練を始めて、12歳から探索のお仕事に就いて、15歳からザックさまのお世話係ですね、えへへ」
「5歳から訓練て、いまの僕の年だね」
「あー、そうですね」
「訓練は厳しかったの?」
「そりゃもう。初めの頃はいつも辛くて泣いてましたよ」
「そうなんだ。12歳からお仕事って、シンディーちゃんと同じなんだね」
「みんなそのぐらいから働きますよ。そういえば、シンディーさんが言ってましたよ。私はザカリー様のもうひとりの姉みたいなものだから、って。すぐに勝手なことして、よく私を困らせてたって」
今年も、もう直ぐそこに冬が来ている。来年でやっと6歳か。早く大きくならないかな。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。