第312話 マルカルサス
その内部は、かなりの広さがある霊堂といったところだろうか。
戦争で倒した敵を埋葬した墓というより、どちらかと言うと死者を祀っている廟のような空間にも思える。
しかし、明るさや温かさなどは微塵もない。存在するのは地下深くにある薄暗く冷たい空間だ。
建国戦争に勝利したワイアット・フォルサイスは、皆殺しにした相手にこの霊堂を与えた、いやここに閉じ込めたということだな。
開いた扉の入口から内部に入るとすぐに下に降りる階段があり、その降りた先に大きな広間ある。
床には、おそらく俺の聖なる光魔法によって消えたアンデッドの消滅灰が、あちらこちらに残っている。
俺は光魔法のライトをいくつか、高い天井に打ち上げた。
広間の向うには、幅の広い何段かのステップで高くなっているもうひとつの広間があり、その上段広間の奥に間隔を空けて並ぶ幾つかの石棺らしきものが見える。
そしてその石棺の前にはそれぞれ、石造りの大きな椅子らしきものがあり、レヴァナントが1体ずつ座っていた。
全部で5体か。先ほど俺が、扉の向うから探査したのはあれだな。
「あそこに座るアンデッドどもは動いておらんの。動き出す前にまとめて消しておきますかの」
「いや、ちょっと待って。ちょっと近づいてみよう」
「ザックさまっ、ダメ」
「あれのどれかが、部族王だったマルカルサスかも知れない。それぐらいは確かめておきたいんだ」
「それにしても、どうして何も動きが無いのかしら。こっちの広間にはたくさんの消滅灰が残っているから、さっきのザックさんの聖なる光魔法で浄化されたのでしょうけど。消えたのは雑魚アンデッドよね。これまでの様子からすると、消えなかったアンデッドは向かって来たのに、あそこのは今のところぴくりともしないわ」
「まあ、とにかく用心しながら近づいてみましょう」
悪臭もそれほど無さそうなので、結界は解除する。結界の中に固まっていると動きにくいからね。
そして俺たちはゆっくりと大広間を進み、その幅広い階段のある方へと近づいて行った。
階段のステップは5段ほどか。それを上がった先の、上段の広間に並ぶ石棺とその前で椅子に座るアンデッド。まるで死者の玉座かなにかのようだな。
「ジェルさんたちはここで待機。何が起こるか分からないが、戦闘に備えて。エステルちゃんも」
「わたしは、行きますっ」
「う、うん。わかった」
エステルちゃんは、先ほどから抱いていたクロウちゃんをライナさんに預ける。
預ける時、何か小声でクロウちゃんに言い聞かせていた。
「では行こう」
人外の面々に俺とエステルちゃんだけが幅広い階段を進み、上段の広間へと上がる。
「(良く来たな、我が墓所に)」
「(念話? アンデッドかっ)」
「(ほう、そこの小憎も念話が使えるのか。これは驚いた。おまえと下にいる者どもは人族らしいが。いや下のひとりは違うか。あとは、何者だ)」
俺は待機するジェルさんたちを振り返る。彼女たちには何も聞こえていないようだ。
「まあ、声を出してやろう。せっかく、久し振りに人間も来ているのだからな」
アンデッドが発する声が聞こえた。5体のうちの中央の椅子に座っているやつだな。
同時に、他の4体も動き出し椅子から立ち上がったが、声を出したやつは座ったままだ。
後方のジェルさんたちから、突如聞こえて来た声と立ち上がったアンデッドに、驚きと緊張の気配が伝わって来る。
「あなたは、マルカルサスさんですか?」
「我の名を知るか。おまえは誰だ」
「僕は、ザカリー・グリフィンと言います」
「グリフィン? グリフィン、グリフィンか。何やら、昔の記憶にあるな。それで、おまえの側にいる女どもと爺は……。おおう、これはっ、何と」
「僕の横にいる彼女は、ファータですが、あとの方々は」
「わたしたちは精霊よ。風と水のね。それから、この爺さまは、ドラゴン」
「ブラックドラゴンじゃわい」
「精霊と高位ドラゴン……。その方々と共に来た人族のおまえは、いったい何者なのだ。そうか、我の配下を消滅させたのは、おまえだな」
「そうですね。ここまで、あなたの配下たちと闘い、浄化しながらここまで来ました。あなたも闘いますか?」
アンデッドとなった800年前の部族王マルカルサスには、直ぐに襲いかかって来るような様子がまったく見えなかった。
相手が精霊とドラゴンだからか。それとも浄化させる力を持ったものがいるからか。
アンデッドの彼に意志のようなものがあるのかどうかも、俺には良く分からない。
「おまえらは、ここに何しに来たのだ」
「え? それは、この王都の、いや僕が学ぶ王立学院の地下にアンデッドがいて、危険だから……」
「では、おまえは、今現在、ここを支配している者を守るために、わざわざ我らを倒しに来たのか」
「いや僕は、別に王や王家を守るためではなく、この上にある学院と学院生を危険から守るために」
「おまえは、先ほどから危険、危険と言うが、何か危険なことがあったのか。我らはここに閉じ込められて数百年、この地下から一度たりとも地上に出たことはない。どこに、おまえの言うその危険が起きたのだ」
「いや、それは。あなたたちの動きが、今年の初めに活発になったという話を聞いて。それで、4月にいちど潜って闘いましたが」
「動きが活発になったとはな。これは異なことだ」
事の始まりは、うちのグリフィニアの冒険者パーティであるサンダーソードが、王都の冒険者ギルドからの依頼で地下洞窟のアンデッド掃除にやって来たからだ。
アンデッド掃除は何年、何十年かごとに行われて来たとかで、今回、サンダーソードだけでは不安だということで俺のところに助力を頼みに来たのだ。
そして結局、これまでの経緯を調べ、多くの者は知らぬ歴史を聞き、またシルフェ様たちの助力もあって、すべてを浄化して終わらせるつもりで今日ここまで来た。
しかし、このアンデットとなった部族王の言う通り、この800年もの間、じっさいに学院生や多くの人が危険にさらされたことはない。と言うより、アンデッドや地下墓所の存在を知らないのだ。
「それで、精霊樣方やドラゴン殿は、どうして来られたのだ」
「わしらは、ザックさまを助けるためじゃ」
「それに、ここにいるニュムペさんは、ご自分の配下の水の精霊たちが、この墓所を造るのに協力したおかげで、自分の妖精の森と多くの配下を無くしたのよ。だから、責任を取ってこの不浄の墓所を浄化するために」
「なるほどな。本来、人に助力などせぬと聞いているドラゴン殿や精霊様が、そのザカリー・グリフィンを何故助けているのかは分からんが、そうか、そちらのお方が、真性の水の精霊様か」
「わたしが、水の精霊の頭のニュムペです。800年前の、わたしの配下が犯した不始末をつけるために、こちらに来ました。申し訳ありませんが、すべてを浄化させていただきます」
「はっはっは。すべてを浄化か、それも良かろうて。しかし、精霊様もご勝手なことだ」
「勝手とは、どういうこと? ニュムペさんは不始末を精算しに来たのよ」
「あなたは、風の精霊様ですかな?」
「ええ、風の精霊の頭をしているシルフェよ」
「これはこれは。水と風の精霊のお頭が揃って来られたとは、なんとも恐れ多いことだ。しかしシルフェ様、ニュムペ様よ。その精霊の不始末を起こさせたのは、我ですかな? 違うのではないか」
それは、このマルカルサスの言う通りだ。
名も無き冒険者と言われる人族の男性と、ニュムペ様の配下の下級精霊との間に生まれたワイアット・フォルサイスがマルカルサス一族を皆殺しにし、母に願って多くの下級精霊たちの助力を得て造ったのがこの地下墓所だ。
すべてはマルカルサスのせいではなく、ワイアット・フォルサイスが原因なのだ。
例え、それまでこの地を治めていた部族王マルカルサスが残忍な王で、過酷な治世で人びとを苦しめていたとしても、水の精霊としては直接的な要因ではない。
「どうやら我の言うことが、精霊様にもそこのザカリー・グリフィンにも、多少は腑に落ちたようですな」
「しかし、ここは清浄な水脈が断たれ、不浄な気に満ちています」
「それはあのワイアットとか言う反逆者とその母たち、つまり、あなたの配下の水の精霊がやったことだ。それに、我らは殺されて後、この霊堂に閉じ込められ、アンデッドと成り果てたが、地上に這い出て生ある人の地を侵したこともない」
俺はマルカルサスの言葉を聞きながら、頭の中を再整理する。
すべての要因は、ワイアット・フォルサイスとその母の下級精霊なのだろう。
しかし彼がこのマルカルサスを倒したおかげで、800年も続く王国に今現在多くの人々が暮らし、俺もその一員ではある。
マルカルサスが言う通り、その800年間、彼らが地上に出て何かをすることはなかった。
ただ地下に武装したアンデッドが存在しているという、潜在的な危険があるのみだ。
しかも、王都の地下に不浄が満ち、そして3本の通路を塞いでいたあの薄闇の壁からは、邪なものの力が感じられた。
潜在的な危険は、顕在化する前に取り除かなければならない? いや、それ以前に不浄な場所や邪な力は浄化しなければ。だが、その要因を作った者の責任は?
「ここに来る途中、3本の通路がありますよね。見たところ、向うにあるあの3つの入口は、それぞれその3本の通路に繋がっているのでしょう。その通路の途中に、外から入る者を妨げる薄闇に曇った透明壁がありました。あれからは、触れたものをすべて闇に吸い込む、邪悪な力を感じました。えーと、ひとつは僕が破壊しましたけど。あの壁は、あなたがたの力でもないし、ましてや当初にワイアットさんや精霊さんが造ったものではないのでは?」
俺の言ったことを聞いてマルカルサスは、不敵な、いや困惑した苦笑いのように微かに口元を歪めた。アンデッドの崩れた顔なので、俺がそう感じただけかもだが。
「ああ、あれか。あれは、誰かが封印したものなのだ」
「誰かが、封印ですか?」
「いや、我らを閉じ込めたのではない。何しろ我らなら、出入りが出来るからな。だが、我らのようなアンデッド以外は、おまえが言うように闇に吸い込むのだろう。つまり、我らが出入りするのを妨げず、生あるものの出入りを妨げる封印だろうか」
「誰がそのような封印をしたのか、あなたは知らないのですか?」
「あのようなもの造れるのは、おそらくは邪な力を持った者か、その力を借りれる者だろうよ。いつのことやら、我も気が付いた時にはあったのだ」
「いったい、何のために」
「それは我も解らぬ。解らぬが、外の者がここまで至るのを防ぎ、一方で我らが外に出るのを期待したのではないかな」
何となく俺も、あの壁を造った者の意図が分かったような気がした。しかしこれは、即断は出来ない。それに誰がとなると、今のところ皆目分からないが。
マルカルサスとの問答で、彼の言い分はだいぶ理解出来た。それよりも、アンデッドとまともに会話が出来ていることの方が驚きなのだけど。
さて、それでこの決着はどうつけましょうかね。
問答無用に倒すつもりが、こんな会話をしてしまってちょっと困っている俺がいるのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




