第307話 氷結の咆哮
エステルちゃんが撃った強烈な突風魔法を追うように、俺は別れの広間内へと飛び込んだ。
そして後ろからブルーノさんも駆け込んで来る。
3体のレヴァナントを確認。突風をまともに受けた正面奥の1体は、後方に飛ばされ壁に打ち付けられたようだ。
左右手前の2体も煽りを受けて転がり、ゆるゆると立ち上がろうとしている。
その2体にブルーノさんが2本ずつ計4本、続けざまに矢を打込む。
シルフェ様から授けられた風の精霊の加護とブルーノさんの鍛錬により、風魔法に乗せられて威力を増したその4本の矢は、それぞれ大きくカーブを描きながら飛び、レヴァナントの肩口と太もものあたりに1本ずつ突き刺さった。
凄いっ。それを確認した俺は、広間の最奥でようやく立ち上がろうとしている1体に向かって、俊速で突進する。
手には、無限インベントリから取り出した大典太光世2尺1寸8分。鞘は収納し直し、抜き身を片手に、今まさに立ち上がろうとしているそのレヴァナントの首を刎ねるべく、横薙ぎに一閃する。
刃が届く刹那、しかしこいつは肩をあげるように体を動かし、捨て身で避けた。
防御しようとした左腕に大典太光世の刃が届き、肩先の下を斬り落とす。
レヴァナントはグォーッと魔獣のように獰猛な叫び声を上げ、両手剣を片手で振り上げながら後ずさった。
俺も同時に真後ろに跳び、距離を空ける。
その時、俺の後方上空から圧縮した空気弾が一発二発三発と撃たれ、レヴァナントの胴体に打ち当たった。
俺を飛び越えて魔法を放ったエステルちゃんだ。
そして、レヴァナントの横合いに空中から下りながら、ショートソードの二刀流で斬撃を繰り出す。
しかし、片腕となったとはいえ、このレヴァナントは強い。
両手剣を的確に振って、その速度のある斬撃を撥ね除けた。
エステルちゃんは、地面を突いた片足でトンと再び空中に高く跳び上がると、また圧縮空気弾を続けざまに撃ち、その反動を推進力に後方へと空中移動した。
さて、では時間をかけても何なので、俺が終わらせるか。
と、大典太光世を高く八相に構え、間合いを計ろうとした時、そいつが咆哮をいきなり放った。
それは、キ素力だけの咆哮ではなく、フローズンウィンドのような氷魔法を乗せたものだった。氷結の咆哮とでもいったものだろうか。
俺が立っていた辺りの地面に、霜でも降りたような太い筋が出来る。
これに当たったら、多少の凍傷どころじゃ済みませんよ。
凍った空気の混ざった咆哮がビシビシビシッと向かって来るところを、俺は縮地もどきで瞬時に大きく移動しながら、同時に超高圧縮の火球弾を撃ち込む。
あ、と自分で声を出した瞬間に、その超高圧縮火球弾はレヴァナントの頭部に当たって粉々に砕きながら爆発した。
そして、頭部が消えた首の付け根から、なんだか怪しげな液体がドバーッと吹き上がる。
これ、まずいよ、と思ったその時、俺の後方から猛烈な風が吹いて来て、レヴァナントの胴体を倒し、怪しげな液体を吹き飛ばした。
「カァ」
「あ、今の風はクロウちゃんか」
「カァカァ」
「いいから、聖なる光魔法で浄化しろって。へいへい」
俺は直ぐに聖なる光魔法を発動させて、強めのビームを倒れている胴体に撃ち当てる。
ああ、溶けるようにみるみる消えますね。例の消滅灰が残るんですね。
「カァ、カァ」
「気持ち悪いのが飛び散った辺りも、しっかり掃除しろって。へーい」
更に広がるビームで、周囲の地面や壁を浄化して行く。この魔法って、たちどころにキレイになりますよね。
「エステルちゃんは?」
「カァ、カァカァ」
「僕が火球魔法を撃ったのを見て、直ぐに遠くに逃げたんだ。危険察知能力がやっぱり凄いよなー」
「カァ、カァ」
「感心する前に、叱られるのを覚悟しろって、だって、あんな変な液体が出るとは思わなかったし、咄嗟に撃っちゃったんだからさ」
それよりジェルさんたちだ。俺は振り返って、彼女たちの闘いを確認した。
向うでは斬り倒されたレヴァナントを、ライナさんが土で地面に埋めて処理しているところだ。
反対方向では、ブルーノさんの矢とティモさんの小型ダガーを大量に撃ち込まれてよろめくレヴァナントを、オネルさんが肩口から斬り捨てて、後方に距離を取ったところだった。
そこに直ぐさま、ティモさんが風魔法を放っている。あっちも臭い防御かな。
俺はまずオネルさんが倒したレヴァナントの近くに走って行って、聖なる光魔法で浄化を施す。
消滅灰のところにパラパラと落ちているダガーと矢を、ティモさんが拾おうかどうしようか躊躇ってるけど、大丈夫だよ、念入りに浄化してキレイにしましたよ。
それから、ライナさんが地面に軽く穴を掘って埋めた方も、念のため土の上からセイクリッドライトを強めに当てて浄化する。
俺がそうするだろうと、ライナさんはそれほど深く埋めていなかったので、おそらく土のなかで消滅灰になっていることでしょう。
それから最後に、別れの広間内全体にセイクリッドライトのビームを満遍なく照射して、浄化と清掃作業は終了しました。
「ザックさまは、わたしが何でなるべく風魔法で倒そうとしてたか、わかりますよね」
「はい。臭い臭いがこっちに飛び散って来ないように、です」
「それ、わかってるのに、どうしてあんな強い火球魔法を撃ったんですかね。爆発で、バッチイ頭が砕け散りましたよね。その破片が飛び散った後、なんだか気持ち悪い液体がドバーッてなりましたよね」
「あー、あれがかかってたら、ヤバかったよね」
「ヤバかったよね、じゃありません。ザックさまが火球魔法を撃ったらどうなるか、そのぐらい、ご自分で予測がつきますよね」
「はい。あの咆哮が飛んで来たので、つい咄嗟に」
「つい咄嗟に、じゃありません」
聖なる光魔法での広間内掃除も終わって、ただいま俺は、エステルちゃんに絶賛お説教を喰らっているところであります。
「まあまあ、エステルも、そのくらいにしておいてあげなさい。ザックさんも反省しているみたいだし」
「そうじゃぞ。あの凍った咆哮は、ちと意外な攻撃じゃったし。氷には火が咄嗟に出てしまったのじゃろうて」
「いえ、ザックさまなら、あんなの最初の剣の一撃で、首を落とせた筈です。だからわたしは後ろから跳んで、空気弾で跳ね飛ばそうと思ってたんですよ。ねえ、クロウちゃん」
「カァ」
「いやー、あいつが肩で捨て身に防御するとは思わなくてさ。僕もまだまだだよね」
「それはいいんです。問題は火球魔法ですからね」
「はい」
だいたいが、俺が火魔法系統を発動すると、お説教をいただくことになるんだよね。
どうしてだろうね。カァカァ。
ああ、結界に閉じ込めてから火球を撃って、飛び散らないようにすれば良かったのか。なるほど、キミは賢いね。
「ザカリー様って、どうして叱られてるんですか?」
「火球魔法の爆発でレヴァナントの頭を粉々に砕いて、飛び散らかせたらしいのよねー」
「頭部をですか。それは汚なそう」
「おまけに、怪しい液体が噴き出したらしいのだ」
「うぇ」
「ザカリー様は、昔から叱られるのが分かっていても、火魔法を撃ちたがるな」
「咄嗟の時は、どうしても得意な魔法が出ちゃうのよ。その辺は理解出来るけどねー」
「剣じゃなくて、魔法で闘ったんですか」
「初めの一撃は、あの変わった剣でやったらしいが、レヴァナントが凍らせる咆哮を放ったとかで、それで咄嗟にもの凄く強力な火球をな」
「一瞬で頭を粉々にしたらしいわよー」
「へぇー。でも、それだと確かに飛び散るし、臭いも凄そう」
「だから、叱られてるのよー」
ともかくだ、取りあえずは別れの広間は片付きました。
現在、お説教を喰らっている俺以外は、暫時休憩を取っています。そろそろ、お説教は終了したかな。カァ。
「それにしても、あんな咆哮もあるんだね。あれって氷魔法を乗せてたのかな? アルさん、あんなの知ってる?」
「氷魔法を使える魔法剣士が、アンデッド化してあのような技と言うか、妙な攻撃が出来るようになったのじゃろか。わしらのブレスにちと近いかな。尤も、子供騙しみたいなものだったがの」
「この世界には、まだまだ知らない攻撃があるんだなー」
「まあ、相手を倒すと言うより、動きを鈍らす攻撃じゃな。魔獣の咆哮自体が、そもそも威嚇を強烈にしたものじゃからな」
「なるほどね」
あ、女子組はお菓子を広げてるですね。クロウちゃんはそれを見て直ぐに飛んで行った。
では俺も、飲み物でも出しましょうか。こういう時だから、甘露のチカラ水がいいかな。
皆さん、カップを出してください。カップが無い人は僕が出しますよ。
「あら、これはアルのとこのお水よね」
「おお、わしの洞穴の甘露のチカラ水か。これは良いぞ」
「清冽で力が溢れるお水ですわね。これは素敵なお水です」
「ザックさまは、いろんなものを持ってらっしゃるんですね」
「このひと、歩く食品と雑貨のお店ですから。あと剣、じゃなくてカタナですか、あれを何本もたくさん」
歩くコンビニ、プラス武器庫ね。今度、収納リストでも作らないと、何があるのか俺も分からなくなってるんだよね。
「ザカリー様、いよいよでやすな」
「何がわれらを待ってるんでしょうね」
「少なくとも、さっきのアンデッドよりも強い奴だろうなー」
「そうでやすな」
「まずは、通路を塞ぐ壁を破ってからだね」
「まあ何が出ても、わしらの敵じゃなかろうて」
こっちは見た目、年齢層が様ざまの男性組で車座になって、これからの見通しを話す。
休憩を終えたら、精霊様たちに進む通路を選んで貰って突入だ。
「ザックさん、あなた、あのお菓子、まだ持ってらっしゃるんでしょ。ニュムペさんがまだ食べてませんし」
「あ、この前、アデーレさんにたくさん作って貰ってましたよね」
「なになに、グリフィンマカロンよねー」
「グリフィンマカロン、収納してるんですかぁ」
「ザックさま、少し出してください。ニュムペ様に召し上がっていただきましょ」
「カァ」
「へーい」
ニュムペ様にって言ってるけど、皆さん自分が食べたいんだよね。はいはい、今出しますよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




