第306話 突風暴力発動
4月の探索では、ここからが本番だった。
俺はあの時のことを思い出す。
案内の先生方も良く知らない広間への道、強さも危険度も分かっていない敵の存在。
当時は、ほとんど闘う術を持っていなかったクロウちゃんが危険を顧みず探索すると主張し、彼に姿隠しの魔法をかけて飛んでもらったんだよね。
今はクロウちゃんも風の精霊の加護をいただいて、強風を起こすこともできる。カァ。
今回は強力な人外メンバーとの合同レイヴンだし、弱いアンデッドなら逃げ出すアルさんの存在や、俺が発動した聖なる光魔法の効果も発揮されていることだろう。
「クロウちゃん、どうする? 念のため、前みたいに何か魔法をかける?」
「カァカァ」
「ブルーノさんとティモさんと、3人での先行偵察で大丈夫か」
「おそらく大丈夫でやしょう。隊列はこのままで。では、先行しやす。ティモさん、クロウちゃん、行きやすよ」
「承知」「カァ」
偵察行動に対するブルーノさんの判断は的確だ。俺は、ここからもふたりと1羽に任せることにした。
4月の時には、天井の低い別れの広間にひとり入ろうとするクロウちゃんに、泣いてダメだと言ったエステルちゃんも、今回は心配していないようだ。
別れの広間までの曲がりくねった緩やかな坂の通路を、数分進む。
俺の隣でエステルちゃんが、さっきから鼻をクンクンさせている。何か臭って来ましたかね。
それから更に少し進んだところで彼女は急に立ち止まって、いきなり風魔法を発動させた。
これって、探査の風魔法?
それに気が付いて、後方を歩いていたシルフェ様たちが追いついて来る。
先頭のジェルさんは、剣に手をかけ身構えた。
「どうした?」
真剣な眼差しでじっと前方を見つめ、風による探査を読んでいたエステルちゃんの顔が歪み、ふにぇーという変な声を出した。
「たぶん、います。臭いのが3つ。確かだと思いますが、お姉ちゃんも探査します?」
「臭いなら、わたしはいいわ。シフォニナさん、あなたが確認しなさい」
「いえ、わたしはエステルさまの探査を信じます」
ここで、風の精霊さんの苦手と弱点が俄然はっきりしました。
シルフェ様は、シフォニナさんに押し付けようとしましたよね。シフォニナさんも逃げましたよね。
精霊様ほどではないにしろ、精霊化が進行していると思われるエステルちゃんは、率先して危険に飛び込みました。あなたは偉いですよ。
「逃げずに、待ち受けてるのがいるとはの。どれ、行ってみようぞ」
「そうだね。そろそろブルーノさんたちも広間の入口に近づく頃合いだ。よし、僕たちも行きますよ」
少し進んで行くと、クロウちゃんが静かに戻って来た。俺はハンドサインで、隊列を停止させる。
「カァカァ、カァ」
「次の広間に、この前と同じような臭いのが3体だね。エステルちゃんの言う通りだ。そいつら、強そうかな」
「カァ、カァ。カァカァ」
「ひとつは、とても強そうか。あと、残りのふたつも、この前のいちばん強かったやつぐらいね」
レヴァナントが3体。そのうち2体は、4月に俺が倒したものと同等のレヴァナントナイトらしい。
そして、それよりも強いレヴァナントが1体か。
「ブルーノさんとティモさんは?」
「カァカァ」
「入口からだいぶ手前で待機してるんだね。わかった」
「みんな聞いたね。どうやら、レヴァナントナイトが2体。それより上位のレヴァナントが1体のようだ。アルさん、どうする?」
「わしがまとめて処理するかの」
「ちょっといいですか、ザカリー様」
「なに? ジェルさん」
「前回にいたナイトと同等のその2体、われらにお任せいただけませんでしょうか。われらは、臭いもそれほど感じませんし、良い経験になります。強さ不明の1体は、どなたかにお願いするとして」
なるほどね。経験値稼ぎではないが、良い経験になるかも知れない。
俺はまず、エステルちゃんの顔を見た。
彼女はジェルさんの顔をじっと見つめ、そして頷く。
「ジェルさんたちにお任せしましょう。それで、その強そうな1体は、ザックさまとわたしで」
「わかった。エステルちゃんの許可が下りたから、それで行こう。いいですかアルさん、シルフェ様」
「おう、いいぞ。わしらが後詰めをする」
「いいわよ。ジェルちゃん、オネルちゃん、ライナちゃん。任せたわ」
「はいっ」
そこから慎重に前進し、やがてブルーノさんとティモさんが壁沿いに身を潜める場所に着いた。
俺はサインでふたりを近くに呼び、小声で先ほどの決定を伝える。
「いいでやしょう。ジェルさんたちと相談して来やす」
「レヴァナントナイトなら、あの咆哮を放つ可能性があるからね」
「でやすな」
ナイトクラスは、強い魔獣と同じようなキ素力を噴射する威嚇の咆哮を放つ。
即死性は無く、うちのレイヴンなら倒されることは無いだろうが、態勢を崩されたりする可能性はある。
ふたりは後方に下がり、ジェルさんたちと闘い方の確認をしに行った。
俺は探査と空間検知を発動し、別れの広間内の状況を伺う。
レヴァナントナイト2体がうろうろと広間内を動き、もう1体は最奥の石の椅子らしきものがある場所に、両手剣の剣先を地に突いて立っているようだ。
強さは見鬼の能力で見ないと分からないなぁ。
ただこの3体は、俺の聖なる光魔法にも消えず、アルさんの接近にも逃げ出さなかったのだから、それなりの強さはあるのだろうね。
俺はそのことをエステルちゃんに伝えた。
「エステルちゃん、どうする?」
「いちばん奥ですね。凄く臭いと嫌ですから、まずわたしが、強い風をいっぱつぶち当てて、そこにザックさまが突っ込んでください。その状況を見て、わたしも突っ込みます。あ、あと、クロウちゃんはわたしの後ろから風を吹かせて、臭いを飛ばしてくださいね。いいですか? ちゃんと出来ますか?」
「カァ」
ああ、臭い対策が優先なんですね。風の精霊化が進行すると、別の意味で大変ですよね。
「ザックさまも、ニヤニヤしてないで、いいですか?」
「はいっ」「カァッ」
確認を終えたジェルさんたちが来た。シルフェ様たちも近寄って来る。
俺はまず、先ほどのエステルちゃんから受けた指示を皆に伝える。
「わかりました。こちらは、私とライナで1体、オネルとティモさんで1体に当たります。ブルーノさんは遊撃。まずは、ブルーノさんが弓で2体を連続して狙撃し、直後にふた組に別れて広間に突入ですが、今の話ですと、エステルさんの風魔法、ブルーノさんの狙撃、ザカリー様とエステルさんの突入に続いて私たちが突入。この手順でよろしいですか?」
「よしっ、それで行こう。2体のレヴァナントナイトが動いている位置は、だいたいここら辺だ」
地面に広間のだいたいの見取り図を書き、奥の1体、そして手前近くの左右方向にいる2体の位置を示す。
レイヴンの皆は、その位置関係を頭に入れながら自分たちの動きを想定する。
「シルフェ様、何かご助言はありますか?」
「いいえ、ないわ。あなたたちは強い。そして、わたしたちが、あなたたちを護る。さあ、闘って来なさい」
「はい」
人族とファータと式神のレイヴンメンバー7人と1羽が、それぞれ装備を確認した後、俺を先頭に前進する。
広間の入口だ。中が見えて来る。
エステルちゃんがキ素力を全身に循環させながら、ずいっと俺の前に出た。
「エステルさん、てば、キ素力、多過ぎないー?」
「ライナ、静かに」
その時、エステルちゃんのかなり強力な突風の魔法が発動される。シンプルだけど極めて暴力的な魔法。それっていったい、瞬間風速何百メートルですか。
よっぽど臭いのが嫌なのか、そんなにでっかい風魔法ってライナさんじゃないけど、大き過ぎないー?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




