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第305話 清浄な水脈のない地下

 次の繋ぎの大広間への通路は天井部分も高くなり、曲がりくねりながら少しずつ下って行く。

 先ほどまでと同じく、ブルーノさんとティモさんが先行する。


「この辺りから、クロウちゃんも一緒でお願いしやすよ」

「カァ」


 ブルーノさんは2度目、クロウちゃんは3度目なので慣れたものだ。

 ティモさんが来たのは初めてだが、どうやら事前にブルーノさんから詳細なレクチャーを受けていたようで、前方と周囲を確認しながらもしっかりと進んで行く。

 別れの広間までは、このふたりと1羽にまかせておいても大丈夫そうだ。


 俺の後方を並んで歩いているシルフェ様とニュムペ様が、なにやら話しながら進んでいる。


「(何か、気になることでもありますか?)」


 俺は前方に注意を向けながら、念話でそう聞いてみた。


「(ええ、ザックさん。ニュムペさんがね)」

「(こういう地下洞窟にはですね、大抵は清浄な地下水脈の流れが感じられるものなんですが、どうもここでは感じられなくて)」


「(地下水脈が無いんですか?)」

「(王都でも地下から水を汲み上げているでしょうし、だいたいどこにでも水脈はあるんですよ。水脈が無ければ、大地は死にますから。でも、この洞窟の近辺からは、感じられないので、やはりここはおかしいです)」


 王都の生活用水は、城壁外の河川からの導水と井戸による地下水の汲み上げが併用されている。

 王都圏になっているこの地域は、元々が水の精霊の拠点である妖精の森があったぐらいだから、清浄な水が豊富な場所だったとニュムペ様がおっしゃっていた。


 王国と王都ができ、人口が徐々に増え、そして妖精の森が消失してしまってからは、800年前以前の特別な清浄さは無くなってしまったとしても、現在でも王都に住む人びとの飲料水や生活用水は充分に賄えている。

 だから、この王都の地下にも普通に水脈があり、また帯水してもいる筈なのだ。



「(いま僕たちがいる、この洞窟の近くにだけ水脈が無いということですか?)」

「(ええ、ここにいると、何だかわたしの感覚もどんよりしてしまうのですけど、少なくともさっきの広間やこの通路の下、そしてこの先の下にも水脈が感じられません)」


 地下水がある深さは場所や地形によって様々だ。地表に湧き出るところもあれば、数十メートルも掘らないと地下水面に到達しないところもある。

 確か50〜60メートル以上の深さだと深層地下水、それよりも浅ければ浅層地下水と呼ばれるとか大昔に聞いた気がするが、この世界のこの王都でそれほど深い井戸があるとは思えない。


 この地下洞窟は、大岩の入口から通路を進むに従って緩やかに下降して行き、始まりの広間から先はそれなりの深さになっているだろう。


「(それは、この地下洞窟と言うか、地下墓所を造った時に、水の地下溜まりを押しのけたか水脈を切ったのではないのかのう。ほれ、ニュムペさんのところの下級精霊が助力したのじゃから)」


 それまで黙って俺たちの念話を聞いていたアルさんが、そう話に加わる。


「(そんな、水の精霊が水脈を切るなんて。そんなこと、許されません。……でも、そんなこと、あの子たちがしたのかしら)」

「(あの子たちがしたのかしらって、ニュムペさん、あなた、知らないの?)」


「(え、あの、どうやってここを造ったとか、何を手伝ったとか、細かいことは……)」

「(もう、ニュムペさんは)」

「(ごめんなさい……)」



 その時、少し先行していたティモさんが音も無く近寄って来る気配がした。


「ザカリー様。次の広間の入口に到着。中にアンデッドがいる様子はありません。いま、クロウちゃんが飛んで内部を点検しています」

「了解。ありがとうティモさん」


 俺はクロウちゃんの視覚に同期させる。次の繋ぎの大広間は天井が高いので、彼は念のため慎重に天井近くの高さをゆっくり飛びながら、内部の状況を伺っている。

 大広間は周囲の壁が淡く発光し、それによってぼんやりと薄暗い明るさになって見通しがあまりきかないが、どうやらティモさんの言う通り、アンデッドはいないようだ。


「よし、僕らも繋ぎの大広間に入ろう。ブルーノさんは?」

「広間入口で待機しています」


 俺は手を挙げ、皆に前進のハンドサインをして、ブルーノさんが待機する大広間の入口へと向かった。



「どうですか?」

「今回は静かなものでやすね。クロウちゃんは、何か見つけやしたか?」

「カァカァ」

「動くものは何もありやせんか」


 ブルーノさんて、いつの間にかクロウちゃんの話す内容が分かるようになってるんだね。

「少しだけでやすよ」とブルーノさんは言ったが、レイヴンの探索チームであるふたりと1羽の意思疎通は必要だよね。さすが、ブルーノさん。



 そしてパーティの全員は、ブルーノさんが待機していた入口でいったん停止し、そして大広間内部に入って四方に散開、念のために状況を確認する。


「地面に丸く広がって落ちてる、この灰みたいなものって、なにー?」

「あ、こっちにもありますよ、ライナ姉さん」


「どれどれ、ふーむ。これはどうやら、スケルトンか何かの消滅灰じゃな」

「消滅灰、ですか?」

「それってアルさん、スケルトンが消滅して、灰だけが残ったってことー?」

「そうじゃよ、ライナ嬢ちゃん。ザックさまの、あれのせいじゃな」


 ライナさんとオネルさんにアルさんが加わって状況確認をしていた方向から、そんな話し声が聞こえる。

 3人の様子は、なんだか孫娘ふたりに連れられたお爺ちゃんみたいだよね。

 しかし、スケルトンが消滅して残した消滅灰ですか。火葬されたおこつみたいなもの?



「あ、こっちにもありますよ、ザックさま」

「どれどれ」

「ほら、バッチイから、触っちゃダメですって。あ、触った。もう、言ったそばから。自分で浄化消毒してくださいよ」


 その真っ白な消滅灰とやらを手で掬い上げると、サラサラと指の間からこぼれ落ちた。

 まるで粉砂糖のようだが、手について残ることは無い。


「汚くないみたいだよ。ほら、凄く細かくてサラサラ」

「いま、舐めようとしましたね。それに、そこでサラサラ下に落とすと、こっちに飛んで来ますぅ。わたしにかかりますぅ。もう。えいっ、風の浄化っ」

「舐めてないって。エステルちゃんは、そっちから風吹かすと、僕にかかるから」



「あの、おふたりさん。無邪気に遊んでいるところをすまないのだが」

「あ、ごめんなさい、ジェルさん。ザックさまて、確かめないで直ぐに何でも触るものだから」


「その、消滅灰とやらだが、確認したところ、ここを含めて全部で5ヶ所にありました。元がスケルトンだとすると、5体のスケルトンがいたことになります」

「えーと、確認ご苦労さま。そうですか。レヴァナントはいなかったのかな?」


「アル殿がおっしゃるには、それらしきものは見当たらないそうです。居なかったのか、逃げたのではないかと」


 ジェルさんの報告を聞いているうちに、皆が集まって来た。


「どうやら、ザックさんの聖なる光魔法で、ここにいたスケルトンが浄化消滅したみたいですわね。その消滅灰は、浄化消滅したあとの残り滓のようなものね」


「ほら、エステルちゃん。浄化消滅した残り滓だから、汚くないって」

「浄化されても、バッチイものの滓ですからね。気分の問題ですぅ」

「カァ」

「クロウちゃんもそう思いますよね。て、クロウちゃんは触ってないですよね」

「カァカァ」

「そですね。普通は確かめる前に、無闇に触ったりしませんよね」



「ゴホン。それで、ここにいたのはスケルトンだけかな。指揮しているレヴァナントがいた可能性は」

「臭いも浄化されているので、痕跡は残っていないようね。臭くないし」

「そう言えば、臭くないですね、お姉ちゃん」


「まあ、ザックさんの魔法と、それからアルが来たから、少数が居たとしても奥に逃げた可能性は高いわね」

「え、わし?」

「この人、あまり自覚が無いけど、普通、ドラゴンが来たら、弱いアンデッドは逃げるのよ」

「そんなものかの。わし、竜人化してるがの」


 シルフェ様たちの感覚だと、普通のレヴァナントぐらいでは弱いアンデッドということになるんだろうな。

 それから、見た目は竜人に変化へんげしてるけど、実態はブラックドラゴンですからね、アルさん。



「ザックさん、念のため次の広間まで、もういちど聖なる光魔法を飛ばしたらどうかしら」

「そうですねシルフェ様。次の別れの広間は天井も低いし、臭いと嫌ですからね」

「それは嫌。魔法をお願い」

「臭いが籠るのは、勘弁ですぅ」


 シルフェさまとエステルちゃんが同時に顔を顰めた。彼女たちには、よっぽど我慢ならない臭いなんだろうな。


 前々世の世界でいちばん臭い食べ物は、スウェーデンのシュールストレミングとかいうニシンの塩漬け缶詰だそうだが、これは発酵途中のニシンを殺菌消毒せずに缶詰にしたものだ。

 その臭さは、日本一とされるくさやの6倍以上らしいから、どれだけ臭いのだろうか。


 なんでも食べる際には、アクアヴィットやウオッカで洗って食べるのだと聞いたことがある。

 アクアヴィットは北欧のアルコール度数の高い蒸留酒で、その名称はラテン語で「生命の水」という意味だ。

 つまり臭いものを生命の水で浄化し、食べられるようにするということかな。

 とすると、ニュムペ様にそのような水をかけて洗って貰えば、レヴァナントも……。



「ザックさまは、なんだか変なこと考えてるお顔をしてますけど、早く魔法をお願いしますね」

「あ、はいです」


 エステルちゃんの察知能力は、そこらの魔法士の比じゃないからな。

 余計なことを考えてないで、心を清らかにしないと、聖なる光魔法は発動に失敗する。


 そして俺は気持ち強めに、聖なる光魔法のビームをこの先の別れの広間に向けて飛ばすのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

ーーーーーーーーーーーー

2021年2月20日付記

本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。

タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。

とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

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