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第28話 シンディーちゃんの婚約

 今年も秋が駆け足でやって来て、足早に通り過ぎて行く。


 恒例の領主館果樹園の収穫作業が果物の種類ごとに続き、今日はル・レクチェに似た大玉の洋梨の日だ。

 いつものごとく、アン母さん総指揮、庭師のダレルさん監督、侍女さんたちとアシスタントコックのトビーくん、そして俺たち姉弟3人という陣容で収穫に汗を流す。


 そしてお待ちかねのレジナルド料理長のピクニックランチ。果樹園に散っていたみんなが一斉に集まる。

 そして今日も始まる、侍女さんたちの食後の雑談タイム。もちろん母さんと姉さんたちも参加だよ。

 それを横目に、俺とトビーくん、それに式神のクロウちゃんの男ふたりと1羽で、少し離れてぐだぐだタイムだ。ほんとうちは、男性の数が少ないよね。

 ダレルさんは収穫した洋梨を倉庫に納めて整理するため、ランチを食べたらすぐに作業に行ってしまった。

 クロウちゃん、まだ食後のおやつ食べるの? トビーくん、お菓子まだありますか?


 なんだか今日は、いつも以上に女性たちの雑談がキャッキャと盛り上がってる。

「トビー選手、あれ、なに盛り上がってるの?」

「え? あーたぶん」

 ちょっと音響検知を発動して、聞き耳を立てる。


「えー、それで式の日取りはもう決まったのー?」

「ねぇねぇ、プロポーズはどこでどこで?」

「お母さんは知ってたんでしょ。どうして教えてくれなかったのー?」

「どうするの、ここのお仕事辞めちゃうのー?」


 おー、ひとりを囲んで質問の嵐だ。どうやら、誰かの結婚が決まったらしい。

「ねぇトビー選手、侍女さんの誰かが結婚するの?」

「ザカリー様は向こうの話が聞こえるんですか? 耳、やたらいいなぁ」

「それで誰? トビー選手は知ってるの?」

「あぁ、シンディーさんですよ。結婚、決まっちゃったって、今朝話してるのを耳にしましたから」



 シンディーちゃんの結婚が決まったらしい。

 彼女ももう18歳だし、この世界の女性は16歳ぐらいから結婚しても別に珍しくない。もっとも、俺が前世でいた16世紀の地球でもそうだったけどね。

 そうか結婚するのか。シンディーちゃんは俺が赤ちゃんのときからずっと、俺のお世話掛りだった。


 そしてお相手はなんと、筆頭内政官のオスニエルさんだって。びっくり。

 オスニエルさんは、30代の若さでグリフィン子爵領の内政のトップの重責を担っている。

 じつはヴィンス父さんの学生時代の2年先輩なんだそうで、俺たち姉弟の家庭教師のボドワン先生とは同級生の間柄。

 ボドワン先生の専門が歴史学で、オスニエルさんは博物学者を目指して勉強していたそうだ。

 だけど、うちの父さんに請われて、領都グリフィニアに招かれ内政官になる。

 彼の誠実でこつこつと着実に成果をあげる仕事ぶりから、先代の子爵、つまり俺のおじいちゃんや父さんをはじめ子爵領の皆の信頼厚く、あっという間に筆頭内政官に抜擢された。

 でも多忙な仕事の合間には、今でも博物学の勉強や研究を続けているらしい。


 ヴィンス父さんが今年32歳だから、ふたつ上のオスニエルさんは34歳か。

 この世界では年齢差結婚は普通だから、まぁいい感じだよね。

 どうやらずいぶん前からシンディーちゃんがオスニエルさんにお熱をあげていて、それが冷めることなく続くものだから、アン母さんがそれとなく後押ししたらしい。

 父さんもオスニエルさんにいいお相手がいないか、探していたそうだ。

 オスニエルさんの仕事場の内政官オフィスは領主館の敷地内にあるし、屋敷の中にある領主執務室にも来ることが多いから、会う機会はけっこうあるよね。


 それで、プラトニックなお付き合いが実り、とうとう婚約ということになったそうだ。

 貴族屋敷の侍女というのは、だいたいにおいて下級貴族や騎士族、裕福な商家などの娘さんが、少女の頃から行儀見習いを兼ねて働きに来ることが多く、シンディーちゃんも12歳からうちで住み込みの侍女として働いて来た。

 実家は、領都内のそれなりに裕福な商家なんだそうだよ。だからご両親も、子爵様の腹心である若き筆頭内政官に娘が嫁ぐのは、諸手を挙げて大賛成。

 話はトントン拍子に進み、ついに今日、同僚の侍女さんたちにも発表したというわけだ。


 トビーくんから大まかな話を聞き、そんなことをつらつらと考えていると、

「あれザカリー様、黙りこくっちゃって。あー、ザカリー様係のシンディーさんが取られちゃうと思って、拗ねてるんでしょ」

 とか、言ってる。

 もーなんだよ、小さい子供じゃないんだから、って俺、ちっちゃい子だった。

「そんなことないよ。シンディーちゃん良かったなー、って思って……」

 あれ、俺なんだか、ちょっと寂しくなってるのかな。



 洋梨の収穫作業も午後は早めに終わり、頭の上にクロウちゃんを乗せて自分の部屋に引上げる。

 そうだよなー、俺がこの世界に転生して赤ちゃんとして生まれて、それから今までずっとシンディーちゃんが担当侍女で、お世話して貰って来たんだよなー。そうだ。

「カァ?」


 俺はクロウちゃんを窓から飛ばして、街の方に行かせる。

 中央広場の雑貨屋台とかにあるかなー。あ、あそこだ。上空からクロウちゃんの眼を借りて、売っている品物の中からお目当ての物を見つける。

 えーと、屋台のおじさんが見てない間にと、ちょっとこれ借りるねー、すぐ返すからさ、だいたい俺もクロウちゃんもお金持ってないんだよ。


 お目当ての物を嘴でくわえたクロウちゃんを全速力で帰還させて、それをテーブルの上に置かせる。

 粗悪なガラス玉みたいなのが嵌められてるのか。雑貨屋台の商品だものね。

 俺は久しぶりに無限インベントリの中身を漁ると、あったあった、これがいい。

 それは前世で、ポルトガル宣教師から献上された指輪だ。

 その指輪にはマディラシトリンという、深く透明でオレンジ色に輝く珍しい石が嵌められている。なんでも南の新大陸、つまり南米で産出された宝石だそうだ。


 俺はこれも久しぶりの「写し」を発動させる。前回の転生特典で貰った、どんなものでもその物体を解析し、キ素を材料に完全コピーを作製する能力だ。

 ただし、今回はちょっとした変化と応用を行う。

 屋台からで無断で借りて来た商品と、インベントリに保管していた指輪の宝石も同時に解析する。そして商品に嵌められているガラス玉に替えて、マディラシトリンを嵌め込めんだものとしてコピー製作を行う。

 できた。いい感じだね。クロウちゃん、じゃ借りたこれは早く返してきて。



 次の日は果実の収穫作業がない。

 午前の騎士団での剣術の稽古と屋敷に戻ってのお勉強、そしてお昼が終わると、俺は自分の部屋に戻って来た。

 しばらくクロウちゃんと遊んでいると、トントンとノックの音がする。


「ザカリー様、いらっしゃるんですか? お部屋のお掃除しますよ」

 シンディーちゃんだ。

「ザカリー様は今日は遊びに行かないんですか? ほらほら、お掃除の邪魔になりますよ」

「いいんだよ、クロウちゃんと遊んでるから」

「カァ、カァ」


 それからしばらく、シンディーちゃんは無言で掃除や片付けをする。

 俺は椅子に座ってテーブルの上のクロウちゃんと遊びながら、その様子を見て見ぬ振りをする。

 ちなみに、トランプに似たカードで対戦するポーカーみたいなのをしてるよ。なんでいつもクロウちゃんのハンドの方が強いんだ?


「はい、お掃除終わりました……ねえ、ザカリー様?」

「うん?」

「もう聞かれているんでしょ、私が結婚すること」

「うん」

「トビーさんに聞いたんですが、なんだかザカリー様が落ち込んでるみたいだって」


「わたし、もう少ししたら、お屋敷を離れていったん実家に戻るんです。結婚の準備のために。そしたらもう、ザカリー様のお世話はできないんです。私は…………」

「シンディーちゃん」

「はい」

「婚約おめでとう。はいこれ、僕からのお祝いだよっ」

 昨日コピー製作して、飾り紙に包んだそれをシンディーちゃんに渡す。


「お祝いって……」

「開けていいよ」

「これは、アマラ様のお護りの飾り物、それにこのはめ込んである石? 透けるようでなんてキレイ、それに温かい色……ってザカリー様、どうしたんですかこれ」

「うん、それ、夏に冒険者ギルドに出かけたでしょ。そのとき買って貰ったものだよ。キレイだったしお護りだから。でも僕用のおこづかいで買えたから、高くなかったみたいだよ。」

「だったら、ザカリー様が大切にしてるんじゃないですか?」

「だから、赤ちゃんのときから一緒だったシンディーちゃんへのお祝いだよ」


「ザカリー様…………」

 シンディーちゃんは、太陽と夏の女神アマラ様のお護りを大切そうに両手で胸に抱き、ぽたぽたと涙を流した。



 しばらくして落ち着くと、次の部屋の掃除があると言ってシンディーちゃんは出て行った。


「菊さま、シトリンの石言葉は、〈友情と初恋〉って知ってた?」

 そんな女神のサクヤの声が、遠くの方から聞こえて来た気がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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― 新着の感想 ―
ザカリー様ばんざい シンディちゃんに幸あれ
[良い点] オーソドックスな展開と言えばそうなのですが、逆に言うと安心して読めますよね 首チョンパに怯える冒険者達と冬至祭で再会できるエピソードにホッコリしました また、赤ちゃんの頃からお世話にな…
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