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第27話 この世界で初めての対人模擬戦闘

「ふたりともいいか? よし、始め!」


 ギルド長のジェラードさんの野太い声が響き、わさわさしていた訓練場が静かになる。

 訓練していたほかの冒険者たちも、みんな寄って来てギャラリーに混ざったようだ。


 俺はいちおう、いつも騎士団での稽古でやっている、この世界でのショートソードの基本的な構えを取る。

 左手を少し前に出し、身体を開いて軸を安定させ、右手に握った木剣を肩に担ぐように。

 そして、少し離れて立つ前方のニックさんを見据える。

 そうだ、念のため見鬼の力もほんの少し発動しておこうかな。


 ニックさんは、たぶん練習用のものとしては最も刀長の長いロングソードの木剣を両手で持ち、剣先を高く立て顔の右側に構えた。つまり、八相のような構えだ。

 なかなかの威圧感。

 上背があるから、背の小さい子供の身体の俺からは剣先がかなり高いところに見える。

 これで萎縮しそうな初心者に発破をかけて、打込んで来いっ、とか言うんだろうね。



 そんなことを思い描きながら、じっと構えていると、不意にニックさんの全身から闘気が立ち上がった。

 えっ? 見鬼の力でニックさんを見ると、彼の周囲から全身へとキ素が循環しているのが見える。

 魔法を使おうとしてる? いや、訓練場では魔法は禁止と聞いていたので違うな。

 これは身体にキ素力を巡らせて、闘気を高めているんだな。

 子供相手に何やろうとしてるんすか、ニックさん。

 さあ打込んで来い、とかじゃないんですか? ナニ無言で闘気高めてるんすか?


 闘いのアラートが、俺の中でわずかに警告を発する。

 来る!

 と同時に、ニックさんが俺に向かって走り出す。それほどの速度ではないが、強い走りだ。

 八相に構えた腕に、キ素力が色濃く纏わりついている。

 高く掲げた剣を、袈裟懸けに俺の肩に振り下ろすつもりだ。

 木剣だから斬れはしないが、俺の肩は簡単に砕けるだろう。


 あっという間に間合いに入り、ニックさんの両手で握る長い木剣が力強く振り下ろされた刹那、それまで僅かな身動きすらしなかった俺は、トンと姿勢を低く前に出る。

 そして、ロングソード木剣の長い間合いの内側、右手の木剣で相手の木剣を横から当てて僅かに軌道を逸らしてニックさんの懐に入ると、身体を捻りながら同時に前に出していた左手で、ニックさんの胴体に掌底を撃つ。

 右脇腹、ちょうど電光の急所のあたりだ。

 あっ、ヤバい、思わずキ素力をちょっとだけ左手の掌に集約しちゃった。


 掌底を撃った瞬間、ドコーンという変な音がして、ニックさんは身体をくの字に曲げながら右斜め後方へと吹っ飛び、訓練場の壁にぶち当たって崩れ落ちた。

 あれ? やっちまったかな。



 訓練場内は声も無い。

 恐る恐るジェラードさんの顔を見ると、ポカーンと口を開けてる。

 いいおっさんなんだから、その顔は可愛くないよ。


「はいはいー。誰も何も見てませんよー。なんだかあっちに、壁に当たって倒れてる人がいますけど、どーしたんでしょうかねー」

「カァ、カァ」

 エステルちゃんが、なんだか焦って訳の分からないこと言ってる。

 クロウちゃんは嬉しそうだ。


「おまっ、その、ザカリー様、なにを……おいーっ、誰かニックの様子を見て来い!」

 ようやくジェラードさんが元に戻ったようだ。

 ニックさんと一緒にいた猫人の女性、たしかマリカっていう人が素早くニックさんのもとに駈けて行く。

 あー、駈ける足音がほとんどしないなー。敏捷なんだね。


「ギルド長! 大丈夫みたいですっ。こいつ頑丈だから、壊れてません!」

 ニックさんは壊れなかったみたいだ。よかった。


 マリカさんの声に、失っていた音が戻るようにギャラリーのみなさんのコソコソ声が聞こえてくる。

「ザカリー様、何をどうやったんですか? ニックの身体が吹っ飛ぶなんて……」

「ちょっと掌底を撃ってみた、みたいな? でも、本気で行けってニックさんを焚き付けたのはジェラードさんでしょ?」

「しょうてい? というのはあの手のひらで当てたやつですか? それはそうと、ザカリー様には分かってましたか」


 ジェラードさんは、ニックさんに本気で俺に向かい合わせて、試そうとしたのだろう。

「いやー、ちょっと好奇心と遊び心で。クレイグ騎士団長がザカリー様は、なんだか普通の子供とは違うって言ってたもんで」



「はいはいはーい、お話はそこまでですよー。ザカリー様はそろそろお帰りになる時間ですよー。ザックさま帰りますよー」

 ギャラリーの冒険者のみなさんが、俺たちの会話に聞き耳を立て始めたところで、エステルちゃんが話を遮り、俺の手を握って引っ張る。


「それから、いまここにいる冒険者のみなさんは、何も見ませんでしたよー。もしなんか変なの見たかなー、て誰かに話したりする人は、騎士団が来て首ちょんぱかも知れませんよー。ギルド長も分かってますよねー」

「カァ、カァ」

 おいおい、騎士団が首ちょんぱはしないだろう、エステルちゃん。


「分かってるよエステルさん。今日のことは他言無用だ。みんないいな。ザカリー様が冒険者の訓練に、お試しでちょっと参加してみたってだけだ。ニックにも後でちゃんと言っておく」

「はいっ! 首ちょんぱされるようなことは、誰も何も見てませーん」

 声を揃えてみんなでそう言うけど、人の口に戸は立てられないから、どうせなんらかのウワサは広まるんだろうけどね。ここの冒険者さんたちは口が軽そうだし。


「はいはい、帰りますよ、ザックさま」

「ジェラードさん、みなさん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「カァー」



 クロウちゃんを頭に乗せ、エステルちゃんに手を引かれながら冒険者ギルドを後にする。

 ギルドにずいぶん長いこといたような気がするけど、1日が長いこの世界ではまだまだ日が高い。


「楽しかったなー、冒険者ギルド。ねーエステルちゃん」

「もう、楽しかったじゃないですよぅ。あの冒険者の人が大ケガでもしたら、どうするんですか。それにあれ、何したんですか?」

「軽く木剣を合わせて貰うつもりでいたんだけど、あの人が本気出してくるから、咄嗟に掌にキ素力をちょっとだけ集めて撃っちゃってねー」

「手のひらにキ素力をちょっとだけ集めて当てると、人が吹っ飛ぶんですかー?」

「そうそう、秘密だけど」

「また秘密ですか、もう、ザックさまはー」


 冒険者ギルドは楽しいから、また行きたいなー。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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