プロローグその3 〜剣に生きた俺は二度転生する
「それにしても菊童ちゃん、今回も惜しかったわねー。29歳でお亡くなりになって」
俺を担当しているという女神サマのサクヤ。とても元気で明るいけど、どこか残念な子だ。見た目は二十歳前の美少女。本人は永遠の18歳と言い張ってる。
「惜しかったって何だよ。29歳で死ぬのは初めから分かっているだろ。歴史上の事実だし。それに菊童ちゃんて呼ぶな」
俺の幼名が菊童丸だったからな。せめて菊さまとか呼べ。親しい人からはそう呼ばれてた。
「そうそう、小侍従ちゃんは残念だったね」
小侍従は俺の側室で、本当の妻だった。正室は関白近衛家の娘で、政略結婚というやつだ。たぶん正室は関白家に引き取られただろう。
それに引換え小侍従は、俺が討取られたあと三好と弾正によって首をはねられた。歴史で語られる話だが、おそらく事実なのだと思う。彩凪……サナ。
彩凪は小侍従の本当の名だ。彼女が転生するなら、もっと良い時代に生まれて幸せになってほしい。
「いま、サナちゃんが転生したら幸せになってほしい、って考えてたでしょう。菊さまはホントにサナちゃんが好きだったんだよねー」
「うるさい、ひとの心を勝手に読むな。おまえが菊さまって呼ぶな」
「まーまー。サナちゃんがどうなるかは、私が担当じゃないから分からないけど、きっとまたどこかで、好きになる相手と出会って幸せな時間を過ごせると思うよ」
「そうか、そうだよな。女神サマがそう言うんなら信じるよ」
過去への、それも歴史上良く知られた人物として転生するのはもうこりごりだ。なぜなら生まれて間もなくに自分が何者かを知るとともに、大まかな人生と結末がわかってしまったから。
もちろん、後世に知られる生涯とじっさいに体験する人生は違う。俺が知っていた歴史なんて、長編小説のあらすじ以下だ。
でもそれは、考えていた以上にスリリングで刺激的で濃密な29年間。それにサクヤから貰った特典能力もあったしな。
「でででぇ、物思いに浸っているところを悪いんだけど、じゃじゃーん、次の転生がけっていしましたー」
「おい。もうっていうか、また転生するのかよ」
「それはそうでしょ。魂は再利用、げふんげふん、再生されるのよっ」
こいついま、再利用って言ったな。なんだか昔に同じ会話をしたような。
「でもさぁ、ちょっとは休ませてくれよ。ていうか、ふつうは神サマとこんな会話はしないで、自然に魂はクリーニングされて、意識も記憶も無くごくスムーズに生まれ変わるんじゃないのか」
「ふつうはクリーニング済み再利用の新古品、げふんげふん、新たに生まれ変わるんだけどー。あなたは、もう1回このままで転生してくれないかなー。お願いしますなのよう、菊さまぁ」
こいついま、再利用の新古品って言ったな。菊さま言うな。
「ということは、またこのままの意識と記憶を持って転生するってことか。また過去へ? いやいや前の時代からすると未来か。江戸時代とか明治時代とかか?」
「んー。それがね、過去でも未来でもないの。しかも日本でも外国でもない。それはー、だらららららら、じゃじゃーん!! なんとなんと異世界なのでしたーっ!!」
「はぁーっ」
どうやら俺はまた転生させられるらしい。意識と記憶を引き継いだまま。それも今度は異世界だなんて。というか異世界ってどういうことだ。ようやくお話は異世界転生ものへ、っていやいや。
「だってぇ菊童ちゃん、29歳で人生が終わったなんてもったいないじゃない。まだ若いんだから、これは再び巡って来たチャンスよー。それにー、前回の転生特典に続いて、今度は達人と呼ばれたあなたの超絶な剣の腕前も追加特典で付いちゃうのよっ」
「いやいや、俺の剣は俺の努力の結果だから。それはもちろん、サクヤがくれた多少の能力特典が活かされての結果だけど。でもすげー努力したし。追加特典じゃないし。29歳で人生が終わったなんてって、そんなの歴史で分かってたことだよね。それに29歳×2回で、いま俺は結果的に58歳の中高年だし。それから菊童ちゃん言うな」
「もー、菊さま文句ばっかりー。ふつうは意識も記憶もそんな超絶能力も引き継げないんだよっ。コンテニューはないのよー、リセットのみっ」
女神サマと議論してもほとんど無駄だ。
「はいはい、わかったよ。転生はいいとして、異世界ってなんだ、それはどこだ」
「もー菊さまはせっかちなんだからぁ。いまからちょっとだけ説明しまーす。ちょっとだけ」
ちょっとだけを2回言ったな。怪しい。
「ぜんぜん私は怪しくはないんだから。怪しいのはその世界、げふんげふん」
「おいっ」
「だからー、ちょっとだけ説明しまーす。そこは地球とは違う別の宇宙の別の惑星で、文明度合い的には菊さまが前いた時代と同じくらい。そしてなんとなんと人間以外の別の種族や魔物や妖怪もいて、さらになんと魔法もたくさん使えちゃいまーす。この辺テンプレ、てへっ」
「29年間も戦国時代にいたから、テンプレてへっ、ていうのがすぐに頭に入らないんだけど。まぁいいか。16世紀の日本にも、じつは妖怪もいたし魔法のような術もあったし、俺も少しは使えるし。それはいいとして、なんで別の宇宙の異世界に転生する必要があるんだ?」
「それはー、外交というか交流事業というか交換留学というか。まぁそんなもんなのよね。それに上から要請もあったし、それに私も……」
また上からの要請かよ。上って誰だ。交流事業って。それからいま何か言いかけたな、怪しい。
「交流事業で俺が異世界に行かされるのかよ。なんか怪しいな」
「怪しくなんかないんだよ。交流というか協力というか、海外青年協力隊みたいな??」
「隊じゃないだろ、俺ひとりだし。つまり、その異世界はこちらに協力を求めていて、その要請を受けて俺が転生というかたちで行くってこと? 青年じゃなくて人生足して58歳だけど」
「菊さまは29歳だよー、アラサーだけど青年だよ。まーだいたいはそんな理由かな。どんな協力をすれば良いかは、向こうに転生したらわかるでいいよねっ」
「良くねーけど、まぁいいよ。わかった、行くよ」
というわけで、俺は再び転生することになった。
過去転生からの異世界転生。その世界は、人間とは異なる種族や魔物、妖怪がいて、魔法がたくさん使える、テンプレってやつらしい。
なんだか怪しい。だいたいどうして前回は過去に、歴史上の有名人に転生したのかも、冷静に考えると本当のところは分かっていない。サクヤは確か追々分かるって言ってた気がするけど、死んでしまってなお分からない。
まぁいいか。基本的に俺は、だいたいはなんとかなる主義だ。なんとかならない場合でも、なんとかする主義でもある。
初投稿作品です。
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