第292話 お爺ちゃんとお婆ちゃんの家出旅
お爺ちゃんとお婆ちゃん、それからエステルちゃんの叔母さんのセリヤさんを迎え、6人で和やかにランチをいただく。
ジェルさんたちは、まずはご家族だけでどうぞと遠慮して、別室でいただいていた。
クロウちゃんは勿論、こっちで一緒だけどね。カァ。
お昼の席での話題は、やっぱり先日の総合戦技大会での姉ちゃんチームの優勝と彼女の剣術の話だ。
「わたしたちはアビーのこと、赤ちゃんの時しか知らなかったから、あんなに剣術の上手な子になるなんて、想像も出来ませんでしたよ」
「そうだな。やはり、ヴィンスが小さい時から稽古をさせたのかな」
「早くから、父さんと母さんに許可して貰ったというのもあるんですけど、いま振り返ると、ザックがいたからかなぁ」
「え、そうなんですか? アビーさま」
「うん、この子、3歳の時にわたしに木剣がほしいって言ったのよ。わたしは5歳で、騎士団見習いの子たちと稽古を始めさせて貰っていてね。それでこっそりと、いちばん短い木剣を手に入れて来て、この子にあげちゃったの。そしたら、一緒に剣術の稽古をしたいって言い出して、それで屋敷の裏庭の空き地で見つからないように、ふたりで稽古を始めたのよ」
「ああ、あの空き地ですね」
前世で身に着けたものを取り戻すために、3歳からこの世界での剣術の稽古を始めた、裏庭の横の空き地。
5歳でエステルちゃんと初めて会ったのも、あそこだったよね。
「そしたらさ、この子の方が熱心で上手いし。それで、こっちはお姉ちゃんなのだから、もっともっと頑張ろうって。でもそのうち、どんどん差をつけられて、この子は遥かに高いところに行っちゃったけどね」
「なるほどの。しかし、この前の試合を見させて貰ったが、アビーもかなり高いところに手を掛けておるぞ」
俺と姉ちゃんの顔を交互に見ながら話を聞いていたお爺ちゃんは、そう姉ちゃんに言った。
「えっ、そうですか? そうなら、鍛錬しているしがいがあります」
「そこに手を掛けて、それからよじ登るのが大変だろうがな」
「姉ちゃんなら、ぴょんと跳び上がって登っちゃうんじゃない」
「そ、そうかな」
高いところにまさに手を掛けていた姉ちゃんは、つい先日にシルフェ様から強い加護をいただいた。
それを活かすことが出来るのなら、意外と早く登って行けるのかも知れない。
まあ今この場で、それを話す必要はないだろうけど。
昼食のあとのラウンジでの歓談。レイヴンのメンバーも集まって来る。
俺はまずどうしても、お爺ちゃんとお婆ちゃんに聞いておきたいことがあった。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、この14年間、どこでどんな暮らしをしていたのか、たくさんお話を聞きたいところなんだけど、その前にひとつ聞いてもいいですか?」
「うん? なんだな」
「グリフィニアには、お帰りになりますか?」
「ああ、そのことだな。そうだな、騎士団の諸君、君たちは何と言ったか、そうかレイヴンか。レイヴンの皆もいることだし、ザックの質問にはちゃんと答えないといかんな。わしとこのエリ婆さんは、年が明けたらグリフィニアにいちど戻るつもりでおる。なあ、エリ」
「はい、カートお爺さん。お爺ちゃんとお婆ちゃんの長い家出は、これでお終いにしますよ。ヴィンスとアンさんに許していただけるならね」
「わかりました。それをお聞きして、安心しました。年明けですね。年末に帰ったら、僕から父さんと母さんにお話ししましょうか?」
「いや、ザック。それはザックの仕事ではなく、わしとエリの仕事だ。だから、ザックから何か言う必要はない。でもそうだな、ウォルターとクレイグには、王都でわしと会ったことや、わしがそう言っておったことを、耳打ちしておいてくれ。尤も、ファータ経由でウォルターの耳には事前に入ると思うがな」
「はい。そうしておきます」
年が明けたら、グリフィニアにお爺ちゃんとお婆ちゃんが帰って来るんだね。
領主館の屋敷で暮らすことになるのかな。まあこの先は、父さんとお爺ちゃんが和解してからだけどね。
「お爺ちゃんとお婆ちゃんは、14年前にグリフィニアを出て長い旅をしていたって、ずっと旅暮らし? どこかに住んでたの?」
「そのことはお話しないとよね、アビー。わたしたちの家出旅の話」
「そうじゃな、初めの2年ほどは、セルティア王国のあちらこちらを、こっそり旅しておったな」
「このお爺さん、当時はまだ意外と有名人でしたから、なるべく貴族や騎士の方なんかに見られないように、姿を隠してね。その時は、ファータの探索者が影護衛をしていただいていて、随分と助かったわね」
「その当時は、こちらも何人かの里の者が、こっそりと隠れて護衛をしていたそうよ」
セリヤさんがそう補足した。
武勇で聞こえたカーティス・グリフィンの名と顔は、貴族関係者は勿論のこと、多くの全国の騎士にも知られていたんだろうね。
その元子爵と夫人が、家出をして国内のあちらこちらを隠れながら旅して巡るとは。
「それから、セルティア王国も飽きてな。北方山脈の峠を越えてリガニア地方の都市を巡り、そのあとはいったんセルティア王国に戻ったあと、南に国境を越えて、ミラジェス王国に行ったのだよ。なにせ、北に行く選択肢は無かったからな」
「グリフィン子爵領よりももっと寒いところは、嫌ですものね」
お婆ちゃんは寒いところは嫌と言ったが、15年戦争を長く激しく戦った北方帝国ノールランドが支配する地域を旅するという選択は、当然しないだろう。
あっちの国でも、お爺ちゃんは有名人だろうしね。
ミラジェス王国は、セルティア王国の南辺で国境を接する国だ。
当然に暖かい地方であり、獣人族の人も多く暮らしているという。
セルティア王国は獣人族の人口が意外と少ないからね。王都の内リンクの中だとほとんど見かけないし、学院生も人族ばかりだ。
「ミラジェス王国かぁー。行ってみたいなー。どんなところなの?」
「アビーもそのうち、行く機会がありますよ。そうねぇ、一年中暖かくて、夏は厳しいほど暑くなって。でも、ご飯は美味しいし、国民は素朴な感じでいい人ばかりよ。ちょっと喧嘩っ早いところがありますけどね」
「わしとエリは、あの国が気に入ってな。それで、ミラジェス王国のあちこちを見て廻ったあと、良い村を見つけて家を借りて、今はその村に仮住まいをしておるんだ」
「もう、5年ぐらいになるかしら」
「そうなんだ。どんな村なの?」
「半数以上が獣人族の住む村でな。小さな森がいくつかあって小川が何本か流れていて、村人が牛や豚を飼って、小麦やオリーブ、果物なども栽培していて。まあ、言葉で言えばごく普通の村なのだが、富はあまり無いが心豊かな村と言うのか」
「大きな獣とか魔獣とかはいないの?」
「それは、村を少し離れて深い森の方へ行けばおるよ。森オオカミや森リンクスが出るな。でも村人たちが強いのだよ」
リンクスとは、つまりオオヤマネコのことだ。アラストル大森林ではあまり見かけないそうだが、南の方の森にはいるんだね。
森リンクスは森オオカミと違って、同じ肉食獣でも基本は単独行動だ。
それに、この世界のリンクスはかなり獰猛らしい。
「あとは、森の鹿が増え過ぎると畑を荒らしたりするから、村人たちで鹿狩りなんかもするわね。このお爺さんも参加するのよ」
「エルクではなくて、レッドディアばかりだがな。あいつらは群れで行動するからの」
「へぇー、鹿狩りかー。わたしもお爺ちゃんとお婆ちゃんが住むその村に行ってみたい」
村人が強い、森がある、オオカミやリンクス、鹿狩り。アビー姉ちゃんが好むキーワードが出たら、それは凄く行きたくなるよね。
「それで、さっき、年明けにはいちどグリフィニアに戻るということでしたが、その村での仮住まいはどうするんですか?」
「わしとエリは、そこでの暮らしを完全に引き払う気は無いのだよ。とても気に入っておるからな。だから、ヴィンスと仲直りをしても、年の半分程はその村で暮らしたいと思っておる。あとの半年はグリフィニアに行ったり王都に来たり、また旅に出たりだな」
「ザック、このお爺さん、ワガママでしょ。でもわたしも、あの村での暮らしはとても好きだし、旅も慣れちゃったから好きなの。だから、好きなところに住み、好きなところに行く。グリフィニアは勿論、大好きなところだから、この人が行けるところに戻してあげたいの」
「ええ、わかります。それでいいと僕も思いますよ。多少のワガママは大切ですから。好きなところに住み、好きなところに行き、好きなことをしたいようにする。お爺さまとお婆さまは、それが許されるに充分な人生を送り、グリフィン子爵領への貢献をして来たと思いますから」
「おお、ザックから許しが貰えたぞ、エリ。これまで断片的には聞いていたが、おまえは本当に、特別な子なんだな」
「ホントに。まだ12歳の孫の言葉とは思えないわ」
「勘違いしてはダメですよ、お爺さま、お婆さま。この人ほど、無茶やワガママを平気な顔で勝手にする人はいないんですから。だから、自分のしたいことを言ってるだけです」
「ザックを5歳の時から見張って面倒を見ている、エステルちゃんの言う通りだよ」
「エステルちゃんも、姉ちゃんも。あのね」
ジェルさんたちも、「いいこと言ってる風の時が、いちばん怪しいな」「そうよねー。あれって、自分の願望よねー」「ワガママに、多少の、を付けたところが、余計怪しいですよね」とか、煩いですよ。
それからは旅のいろいろな話を、お爺ちゃんとお婆ちゃんから聞いた。
セルティア王国内各地の貴族領の風土や人びとの様子。リガニア都市同盟に加盟する都市の風景。ミラジェス王国の町や村々。
そして、ここフォルスとは随分と街の雰囲気が違うという、王都ミラプエルト。
そこは王国の南、ティアマ海に面した港のある都市で、話を聞いているうちに俺は何となく前々世で知っていた地中海沿岸の港町のイメージを思い浮かべた。
もう随分と昔の海外旅行や映像で見た記憶にあるイメージだから、かなりいい加減なものだけどね。
姉ちゃんではないけど、俺もいつかはそんな外国を旅してみたいと思う。エステルちゃんとふたりで。
それがいつのことになるのかは、皆目分からないけどね。
でも俺たちは、そんなお爺ちゃんとお婆ちゃんが語る旅の話を、時間が経つのもすっかり忘れて楽しく聞くのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月20日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




