第288話 精霊様が森に戻り、そしてレイヴンミーティング
翌休日2日目の朝食後、アビー姉ちゃんはびゅーっと寮に戻って行った。
「シルフェ様、シフォニナ様、本当にありがとうございました。わたし、精進しますから。それからジェルさん、オネルさん、次の訓練を楽しみにしていてね。皆もありがとう。じゃエステルちゃん、行くわね。クロウちゃんもまたね。ということでザック、またっ!」
やれやれ、ホントに騒がしいやつだ。
次の休日にも、ちゃんと屋敷に帰ってくるんだろうな。エステルちゃんが念を押してるから大丈夫? そうですか。カァ。
こうして姉ちゃんもいなくなって、王都屋敷は元の落ち着きをようやく取り戻した。
今日は午後からレイヴンミーティングの予定だ。それまでに、学院祭期間などで滞っていた屋敷や騎士団分室の管理仕事などを、レイヴンの皆はすると言う。
馬小屋の馬たちも、屋敷の敷地内を走らせて少し運動させないとだよね。
「それではザックさん、わたしたちもちょっと妖精の森に帰って来ますわ」
「エステルさま、お部屋はあのままでよろしいのですか?」
「ええ、もうとっくにどちらも、お姉ちゃんとシフォニナさんのお部屋になっていますから」
シルフェ様とシフォニナさんも今日これから、いちど妖精の森に戻ると、昨晩お話があった。
そう言えば、精霊様がこの屋敷に滞在し始めてもう1ヶ月半か。
8月の末にちょっと様子見と主に遊びにいらしたと思ったら、随分と長くなってたんだよね。
普通に一緒に暮らしてたから、気にしてなかったけど。
幾ら森を空けるのは良くあることとは言っても、妖精の森の方も心配だろうしね。
「それに、あまり長く人族の街に居続けますとね。言いにくいのですが、清浄さを損なって行きますので」
シフォニナさんがそう説明してくれた。
それは何となく分かりますよ。人族の街、それも王都なんて、精霊様が居続けて貰える場所じゃないよね。
「だから、ちょっと補給ですわね。妖精の森で、良いキ素をたくさん摂り込んで来ないとね。ホントはザックさんとエステルも、一緒に連れて行きたいんだけど。そうも行かないわよね」
「そうですね。王都はキ素が多少薄いけど、仕方ありません。それでお戻りは?」
「そうねぇ、わたしが貼った魔法障壁の効力は、たしか12月半ばぐらいまでよね。ザックさんの学院は、同じ頃まででしたっけ。あなたたちもグリフィニアに帰らないといけないし、そうするとその頃が焦点になるわね」
「ですね。だから、それまでにどうするか決めないとです」
「そんなところだから、来月にはまた戻って来ようかしら。いいわよね」
「はい、勿論です」
「お姉ちゃん、ホントに魔法侍女の制服を作っておいていいんですか? 50着も」
「あら、それ最優先でお願いね。サイズはこの前お話した通り、わたしやシフォニナさんと同じでいいから、色違いを10着ずつで取りあえず50着ね」
「費用は心配しないでくださいね、エステルさま」
「それは、グリフィン家から妖精の森に寄贈するって、奥さまから言われてますので」
「あらそうなの。それは嬉しいわ、ね、シフォニナさん。お言葉に甘えようかしら」
「そうですか? おひいさま。では、エステルさまのお心のままに」
「はい、承りました」
そんな相談が進んでおったですか。
本当に妖精の森の風の精霊さんたちも、あの制服を着る日が来るんですな。
その時は俺も行かないとだよ。カァ。ああ、クロウちゃんもね。
アデーレさんとエディットちゃんに見送られて、シルフェ様とシフォニナさんは屋敷の外に出る。俺とエステルちゃんとクロウちゃんは、屋敷前の庭で見送りだ。
レイヴンの皆とアルポさんエルノさんも集まって来た。
「来月にはまた戻って来ますから、皆さんで見送りなんてよろしいのに」
「いえいえ、そういう訳には。お気をつけて、またお戻りください」
「ジェルちゃん、ザックさんとエステルをお願いね。皆さんもね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
俺とエステルちゃんを除いた全員が、片膝を突いて頭を下げ、そして顔を上げると精霊様おふたりを見守る。
すると、どこからともなく風が集まって来た。クロウちゃん、あまり近くに行くとまた一緒に飛んで行っちゃうよ。
風はおふたりを包み、ゆっくりとその周囲を渦巻くように流れる。
「じゃ、行って来るわねー」
その声とともに、ふたりの精霊の姿は、朧に光を発しながら徐々に風の中に溶け込むように消えて行く。
そしてその美しい全身が風と完全に同化した途端、その渦巻く風は上空へと上昇し、あっと言う間にたぶん南東の方向へと凄い速さで流れて行くのだった。
「ふぅーっ、凄いね」
「これを見せられると、やっぱり風の精霊さまなんだなて、実感させられますぅ」
ジェルさんたちは、今見たまさに超常的な出来事を興奮気味に話し合い、アルポさんたちファータの3人は感激して涙を流していた。
「さあ、屋敷の中に戻るか」
「ええ」
これで、王都屋敷は本当に常駐するメンバーだけになった。
クロウちゃんがエステルちゃんのお胸に飛び込んで来て、慌てて受け止める。
なに? ちょっと寂しいのかキミは。飛び込む豊かなお胸が、エステルちゃんとライナさんとシルフェ様にシフォニナさんの4つもあったのに、ふたつになっちゃったからね。
でもそれ、ジェルさんとオネルさんに言っちゃダメですよ。カァ。
お昼の後は、俺の部屋に集まってレイヴンミーティングだ。なんだか久しぶりだね。
「話を始める前に、ライナさん、昨日の出来事はジェルさんとオネルさんに話してくれたかな」
「ええ、お館さまと大奥さま、それからエステルさんの叔母さんとお会いしたことは、昨晩話しておいたわよー」
「いや、かなり驚きましたぞ。偶然なのか天のお導きなのか。2日続けてザカリー様が出会ったとはな」
「ご事情はライナさんから聞きましたが、お館さまと大奥さまのことは、騎士団の中でもあまり話題にしてはいけない話だったんですよね。古株の人は知っていたのでしょうけど」
「うん、僕ら姉弟も何も聞かされていなかったからね。でもその分、素直にお爺ちゃんとお婆ちゃんの話が聞けた感じだよ」
「それで、次の休日には屋敷に来ていただけるのですな。アビゲイル様も?」
「うん、姉ちゃんも会いたいって、ちゃんと帰って来る筈。だからみんなも、あらためて快く出迎えて貰えれば」
「快くなどと。15年戦争を終結に導き、グリフィン子爵領の今日の礎を築いた偉大な方ですので、当然です」
「そうなんだけどさ。出来れば、気楽な感じで迎えてほしいんだ。なんだかその方が、今のお爺ちゃんとお婆ちゃんは喜ぶような気がして。エステルちゃんもそう思わない?」
「そうですね。ザックさまとアビーさまの、お爺さまとお婆さま。それで良い気がします。みんなでいつもの感じでお迎えすれば、おふたりもきっと喜ばれますよ」
「そうか、そうなんだな。エステルさんがそう言うのなら、そうしよう、みんな」
「はーい」
だいたいは、エステルちゃんが言うと納得するんだよな、これが。
まあ、それでいいんだけどさ。
「さて、ミーティングの当初の本題であります」
「ザックさま、普通でお願いしますね」
「はい。えーと、これからの調査についてなんだけど」
「第2王子が加わった、って件よねー。名前何だっけ?」
「クライヴ・フォルサイス王子ですよ、ライナ姉さん」
「そうそう、シルフェ様が言われるところの、失礼王子よねー」
「その失礼王子が、胸クソ副騎士団長と一緒に、わざわざ学院に来た件だな」
「そう、失礼が胸クソを従えて、わざわざザカリー様の魔法侍女カフェに行ったり、競技場で子爵様に近寄って来たり」
「つまり、あいつらが組んでることを、見せつけに来たって訳よねー」
あの、お姉さん方、失礼王子とか胸クソ副騎士団長とか、その、お言葉がですね。
オネルさん、もう王子と副騎士団長すら取れちゃってますから。
状況はその通りだったのですけど。
「コホン。そこでですね。まあおそらく、第2王子が副騎士団長一派を従えているカタチなんだけど、本当のところどうなのか、まずはその辺りから調べて行きたいんだよね。ブルーノさんティモさん、どうかな」
「そうでやすな。見た目はそうでやしたが、果たして本当はどんな関係なのか、主導権を取っているのは第2王子か、それとも副騎士団長なのか。そこは見極めないといけやせん。それから、第2王子の王家や王宮内での立ち位置、力関係なども」
「そうですね。これまで、第2王子については何も調べていませんでしたから、そこから調査を開始しましょうか。私の方は、まずはファータの情報ルートから」
「そっちはティモさん、お願いしやす。自分はもういちど冒険者ギルド長と、あと王家の関係でやすと商業ギルドも情報源になりやすな。そっちは冒険者ギルド長から紹介して貰いやすよ」
ああ、至極まともな意見と具体的な方策をありがとうございます、ブルーノさんティモさん。
「では、ブルーノさんとティモさんとで、そちら方面からお願いするね」
「へい」「承知」
「で、わたしたちはどうするのー?」
「えーとね。それについては今回、クレイグ騎士団長からも女子組は表立って動かない方がいいだろうって言われてて。騎士団同士ということもあるし、それにうち関係の女性が王宮とか王家の関係者と近づくと、父さんの癇癪が起きるんだよ」
「アビゲイル様から聞きましたぞ。あの失礼王子が表彰式で、なんでも卒業したら王宮に来い、俺が引き取るぜ、などと抜かしたそうですな」
「昨日、アビゲイル様から聞きました」
「えー、ジェルちゃんに続いて、アビゲイル様にも魔の手が伸びたのー」
「僕にはあの王子、以前にヴァニー姉さんと踊ったことがあるとか自慢してた。それで、父さんがそれらを聞いて大変だったんだよね、エステルちゃん」
「はいぃ。手を出したら王子を殺すとか、内戦も辞さないとか。ジェルさんの一件で皆さんお怒りになっていたところに、そんな発言ですから」
「まあうちの父さんのことだから、もう怒り出しちゃうとね。それで、クレイグさんの意見でもあるし。今回はブルーノさんとティモさんに任せようかと」
「分かりましたザカリー様。われらならまだしも、アビゲイル様に不遜な言葉を吐いたり、仮にエステルさんに手を出そうなどとするなら、われらが絶対に許しません。それでは、レイヴン女子組は、これまで以上の周辺警戒と警護に注力することにします」
えーと、お姉さん方が注力し過ぎると物騒なことになるので、ほどほどにお願いします。
それからあの件は、軽く触れて置かないとだな。
「あと、先日の第2王子ご一行で、ラリサ・カバエフという王宮魔法士が同行していたんだけど、覚えてるかな」
「赤と黒が混じったような、ローブコートを着ていた人ですね。顔は良く見えませんでしたが」
「ちょっとヤバそうな雰囲気の子だったわよー」
「ああ、あれか。あの娘がどうしましたか、ザカリー様」
「あの人、クライヴ王子と学院時代の同級生なんだそうだけど、かなり魔法が強いと僕は見ている。ヴァニー姉さんに聞いたら、やっぱり学院生の時からそうで、魔法感知力も強いそうなんだ」
「わたしも気になって様子を伺ってたんだけどー、確かにそんな感じだったわー。魔法感知力ね、これは気をつけないとだわー」
「どういうことだ、ライナ」
「簡単に言うとねー、例えば探査とか、攻撃以外の魔法でも先に感知される可能性が高いのよ。それ以前にあの子、キ素力の動きが分かるとわたしは見たわー。それでおそらく、魔法の力は、学院の教授より上ね。ティモさん、気をつけて」
「あ、はい」
お、さすがライナさんだ。魔法関係の眼力は鋭い。
このメンバーの中で接触する可能性が高いのは、確かに調査の最前線に立つティモさんなんだけど。
「それって、エステルさんやザカリー様より、魔法が上とかは?」
「ジェルちゃん、なーに言ってるの。そんな人族がいるわけないでしょー」
「そうだな。それはそうだ」
だけど、人族じゃないとしたら、もしシルフェ様が言ったように妖魔族だとしたら、油断は禁物だ。だがこのことは、まだみんなには言えないな。
エステルちゃんも同じことを考えていたのか、ちらっと俺の方を見た。
「まあとにかく、あの王宮魔法士も気になるので知りたいんだけど、調査にはくれぐれも注意してほしい」
「はーい」「承知しました」
今回のミーティングはこんな感じかな。あとは12月に向けてどうするかだよなー。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




