第26話 お試し戦闘訓練に誘われた
この世界での冒険者というのは、依頼に応じて雑多な仕事を引き受ける自由業の人たちことだ。
ただ、物を売買する商業関係や薬品を作る錬金術関係、あと手工業や工事業、農業などは、それぞれに専門業化されているので、街の中ではそれ以外の何でも屋さん、街の外では護衛や危険な場所での採取活動に主に従事する。
特にわがグリフィン子爵領と領都グリフィニアは、すぐ側にアラストル大森林があり、そこで薬品材料になる希少な植物などが採取できるのだが、獰猛な獣や魔物が跋扈することから当然に戦う力が必要となってくる。獣や魔物によっては、皮などの部位が優良な材料として売れるよね。
だから戦闘力を磨く必要があるし、街中でも普段から武装が黙認というか当然視されている。
ギルドは同業者団体だから、自由業である冒険者の仕事上の保護や管理、依頼の受発注代行や他業種のギルドとの取引代行などを主な業務に、あとは冒険者の質の維持や向上のためのクオリティコントロールも行っているわけだ。
俺も前々世ではフリーランスのノマドだったから、なんとなく分かるし共感するよ。うんうん。
そんな解説をギルド長のジェラードさんにして貰いながら、1階のホールへと戻る。
「冒険者にランクとかってあるんですか?」
「あーランクですか。基本はどこの街の冒険者ギルドでも、成りたてのヒヨッ子か一人前か、親方クラスかってだけだ。まー職人ではないから親方とは呼ばないですがな」
「つまり、三段階ってこと?」
「うちの場合はアラストル大森林があるだろ。あそこは危険だから、一人前でも森に単独で入れるやつと、そうでないやつには分けているんですよ。だから四段階だな。まぁ冒険者連中てのは、自分以外とすぐ比べたがるから、もっと細かくABCDEFとかランク分けをして欲しいんだろうけどさ」
「大森林は、そんなに危険なんですか?」
「あー、そうですぞ。冒険者だって日帰りできる範囲でしか入らない。その辺のところはクレイグ騎士団長が詳しいから、今度聞いてみるといいですよ」
冒険者は採取のために森に入り、魔物と出会うと戦うが、騎士団は領都の安全を護るために森に入って魔物を猟る。経済活動が主か、駆除が主かの違いだが、ただし冒険者でも、騎士を上回る戦闘力を持つ者やパーティーも存在するらしい。
ホールに戻った俺は、そこから今度は訓練場に案内される。
冒険者のための訓練場は、ホールから横の通路を通って建物の裏手にあるのだが、なぜだかホールに屯っていた冒険者たちが、俺たちの後ろをゾロゾロ付いて来る。
なんなの、ヒマなの?
後ろの方では、若い女性の冒険者が「子爵様の息子さんのザカリー様だって、キャー可愛い!」とか話す声が聞こえてくるが、まぁ無視しましょ。
「でも、なんで頭にカラス乗っけてんだ?」という声も聞こえるが、無視です。
訓練場は土間だが、天井が高くしっかりとした壁に囲まれた屋内になっていて、周囲への防音も配慮されているらしい。
「ここは、冒険者に成りたての者に戦闘の基本を教えたり、一人前の冒険者でも戦闘力を磨くための訓練に使って貰っています」
冒険者は12歳からなれることになっているそうだ。
ギルドに登録すると、まずは基本的な仕事の講習や戦闘の訓練を受けることができる。ほとんどの者は報酬の良い大森林での仕事を目指すから、戦闘訓練は必須となる。
一人前となって、単独やパーティー単位で大森林に入る資格を得たい冒険者も、この訓練場で訓練をしながら、定期的に行われる試験を受けるということだ。
「ザカリー様も騎士団で訓練を始めているのですから、どうです、ちょっとやってみませんかね?」
「えと、それは、ちょっと」
俺の傍らに控えていたエステルちゃんが口を挟む。
来た来た来たよ、ちょっとやってみませんか、だよ。
「あー、やってみたいなー、エステルちゃん、いいよねっ!」
「だからザックさま、ダメですよ。ギャラリーたくさんいるし」
俺の耳に口をつけて、エステルちゃんがコソコソ小声で言ってくる。
エステルちゃんは、あの空き地でクロウちゃんと俺に見つかって以来、ときどき堂々と覗きに来るから、俺がひとりでどんな剣術の稽古や鍛錬をしているのか知っている。
「へいきへいき。騎士団でも稽古してるんだから」
「それは、そーですけど」
「ジェラードさん、やらせて貰っていいですか?」
「おー、いいですぞ。それでは……おいっニック、ちょっとこっちに来い」
「へっ、オレ?」
さっきギルドに来たとき俺に絡み損ねたニックさんが、ギャラリーの中からノソノソとやって来た。
「こいつは冒険者としては一人前の上、つまりこう見えても大森林に単独で入る資格を持ってるやつでね。なかなかの実力者です」
そうなんだ、ガタイいいしね。20代後半な感じで、戦闘経験は豊富みたい。
「おいニック、おまえザカリー様のお相手を務めろ」
「オレがですかー。大丈夫ですかねー」
そう言うニックさんの腕をジェラードさんが掴んで、少し離れたところ引っ張って行き、なにやらコソコソと話をしている。
「わかりましたー。ザカリー様、よろしくですー」
「はい、よろしくお願いします。ニックさん」
それで、俺は冒険者訓練用のショートソードでいちばん短い木剣を、ニックさんはいつも長めのロングソードを愛用しているということで、それに近い木剣を持って相対した。
クロウちゃんはエステルちゃんに預けてある。
「ザカリー様、試合稽古とかまだしたことないんですから、無茶しないでくださいよ。あと、変なことはやめてくださいね」
「カァ」
変なことってなんだ、俺って変なことしそうなのかな。
「エステルさん、大丈夫だって。子爵様とウォルターさんには、ちゃんと言って謝っておくからさ。それじゃ、やってみるか。ふたりとも用意ができたら始めるぞ」
ジェラードさんが審判役をする。
俺から離れて正面に立つニックさんは、ロングソードの木剣を両手で握って構えると、なかなか迫力があるね。
これまでずいぶんと戦闘を経験して来ただろうということが、その手慣れて余裕がありそうな構えからよく分かる。
まあ、こんな小さな子供相手だから、指導するって感じなんだろうね。
それはそれとして、楽しみだなー。そうなんだよ、この世界で初めて相手がいて剣を振るのだからさ。
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