クリスマス特別回 子供たちへのプレゼント(後編)
特別回の後編です。お楽しみいただければ。
「じゃ、手早くプレゼントを作るよ。みんなも手伝ってね。特にダレルさんとライナさん、お願いします」
「えー、ダレルさんとわたしってことはー、土魔法?」
「そうそう。この図面に従って入り組んだ柴垣の通路を造るんだけど。まずは垣根の土台と道を作ります」
「あー、これって、迷路ねー。そうか、ちっちゃな迷路型のダンジョンを作る訳よね、ダレルさん」
「迷路ですか。これは懐かしいな。なあ、ブルーノ」
「へい、自分もザカリー様のプレゼントってのが、分かりやしたよ」
元冒険者の3人は直ぐに理解したようだ。
まあ、魔獣や魔物は出現しないけど、正解の道を見つけないと出口まで行けない子供向け迷路って感じだね。
「ああ、なるほどな。ここをこうやって辿って歩いて、ああここは行き止まりか」
「へぇー、面白そうですね、ザックさま。この迷路を、子供たちの遊び場としてプレゼントするんですね。早速作りましょう」
「カァ」
フォルくんとユディちゃんも、図面を覗き込みながらみんなの話を聞いて目を輝かせた。
では作業に取り掛かりますか。
アナスタシア・ホームの裏手には、子供たちが遊んだり運動をしたりできるグラウンドがあり、かなり広い。
ここは祭祀の社が何か施設を増築する場合の予備にと、子爵家から無償貸与された土地だが、当面はその予定は無いと聞いている。
だから、アナスタシア・ホームに住まう子供だけではなく、近隣の子供たちの格好の遊び場でもある。
今回、その一部を使わせて貰おうという訳だ。
「通路の幅は、人がふたり手を繋いで歩けるぐらいね。うん、そのぐらい。じゃあ、ざっと僕が図面に従ってルートを地面に刻んで行くから、ダレルさんとライナさんとで通路づくりと、両脇の垣根の土台づくりをお願いします」
「わかりました、ザカリー坊ちゃん」
「了解よ」
俺は空間把握の能力を使いながら、自分が描いた図面通りにルートを地面に土魔法で刻んで行く。
こんなもんですかね。どうですか? 上空のクロウちゃん。カァ。
するとライナさんが、俺がお願いした幅の通りに通路面の土を変質硬化させ、まるで陸上トラックのアンツーカーのような赤っぽい色の通路をどんどん伸ばして行った。
お、いいですね、これ。
「なんだか、ザカリー様たちのお揃いのコート姿を見ていたからか、赤っぽいレンガ色になっちゃったのよねー」
ああ、アンツーカーではなくて、このコートの色ですか。あとでライナさんも着るんですよ。
ライナさんが造る通路の両側、隣り合う通路との間に、ダレルさんが垣根を立てる土台を造って行く。
ふたりの造成作業は俺が刻んだ迷路のルートを辿って、面白いようにどんどん進んで行った。
あらためて思うが、このふたりの土魔法の達人は本当に凄いな。
「よっしゃー、出来たわよー」
「出来ました、ザカリー坊ちゃん」
おお、もう通路と土台が出来ましたか。
それでは次に、ダレルさんが屋敷の作業小屋で作製しておいてくれた柴垣を立てて行きましょう。
「みんな出番だよ。そこに積まれている柴垣を土台の上に並べて立ててね。そしたら、ダレルさんとライナさんは、子供たちがぶつかっても倒れないように、しっかりと土台に埋めて固定してくださーい」
「はーい」「わかったでやす」「了解しました」
こうして皆が、パーツとして作製されて積み上げられている柴垣を運んで土台に立て、それをダレルさんとライナさんが固定。
ひとつが出来たらそれに繋げて立てて固定と、次々に柴垣の壁を造って行く。
壁の高さはおとなが隠れるぐらい。子爵館でいちばん背の高いダレルさんが中に入っても、姿の見えない高さだ。
「よーし、全部の土台に立てられたね。これで完成かな。さあ、フォルくんとユディちゃん。ここが出発の入口だから、ここから入って出口を目指してみよう。迷路の通り抜け初めだよ」
「はーい」
まずは双子に入って貰う。
すると柴垣の中から、「お兄ちゃん、そっちじゃないよ」「えー、こっちだろ」「違うって」「あ、ここ行き止まりだー」「だから、こっちだって」などと、賑やかな会話が聞こえて来る。
暫く出口の外で待っていると、キョロキョロしながら兄妹が手を繋いで出て来た。
「やったー、抜けたよ、お兄ちゃん」
「ようやく出られましたー」
「どう? 楽しかった?」
「すっごく」
「ねえねえ、もう一回、もう一回」
「今度は、わたしたちよー。ジェルちゃん入りましょ。その次がザックさまとエステルちゃんで、そのあとに、フォルくんとユディちゃんがもう一回ねー。元ベテラン冒険者のブルーノさんとダレルさんは最後ねー。ブルーノさんは斥候のプロだし」
なぜかライナさんが仕切っているが、まあいいでしょ。
それでライナさんのご指示通りの順番で迷路に挑戦したが、やはり最も早かったのはブルーノさんダレルさん組。その次が挑戦2回目の双子の兄妹で、結局、自分で通路を造った筈のライナさんとジェルさんチームはいちばん時間がかかった。
俺とエステルちゃんですか? 俺はこの迷路のルート作成者だし、エステルちゃんは専門的訓練を受けた探索のプロですからね。
まあのんびり楽しんで、3位ということで。
それからアナスタシア・ホームの子供たちを呼びに行き、出来上がったばかりの迷路をお披露目する。
「わー、ザカリー様、エステルさん、皆さん、ようこそいらっしゃいました」
「ようこそ、いらっしゃいましたー」
子供たちが直ぐに、エステルちゃんやジェルさん、ライナさんにまとわりつく。
彼女たちは何回かここを訪れているし、優しくて美人のお姉さんたちなので特に女の子たちに大人気だ。
そしてブルーノさんも、男の子に人気があるんだよね。
ここに来るといつも、木を削って組立てたちょっとしたおもちゃ作りとかを披露したりしてるからね。
あ、ダレルさんは初めましてかな。でっかくて怖そうなおじさんだけど、じつは凄く優しい人なんだよ。
それからフォルくんとユディちゃんは、もう子供たちに交ざってきゃっきゃ言っている。
彼らもこの2年半で何度も訪問しているから、とても仲良くして貰っている。
「ねえねえ、ザカリー様、クロウちゃんは?」
「クロウちゃんも来てるんでしょ?」
「ほら、空を見てごらん。いま下りてくるよ」
「カァ、カァ」
「あ、クロウちゃんだー」
そしてクロウちゃんは、勿論とても人気がある。子供たちからすれば、なにせ人の言葉が分かるカラスだからね。カァ。
あ、すみません。カラスじゃなくて、クロウの九郎でクロウちゃんです。
「グラウンドに、こんなの出来てるよー」「これって何?」「中にお家があるの?」「違うだろ。でも何かなぁ」
「これはね、迷路だよ。この入口から入ると、ずーと通路が続いてる。道は曲がりくねって、分かれ道があったり、行き止まりがあったり、人を迷わす道だ。けれど、迷わす道にも正解は必ずある。そして、正解を辿れば出口に行ける。分かったかな?」
「????」
「ザカリー様、そんな人生訓みたいな説明をしてもな」
「中に入ったら、とにかく前に進むのよー。道を間違ってもあきらめないで進めば、出口に行けるわよー。さあ、ふたりずつで、入ってみましょう」
「よし、僕が行くっ」
「あ、あたしも」
こうして勇気ある最初のひと組が挑戦し、なんとか無事に出て来ると、そのあとは次々にふたりひと組になって遊び始めた。
「うん、大丈夫そうだね。それじゃ、ホームの中にツリーを立てに行こうか」
「大丈夫だと思いますが、ここは僕とユディで見ています」
「カァカァ」
「クロウちゃんも、お空から見ていてくれるそうですよ」
「それじゃ、フォルくんユディちゃんクロウちゃん、お願いね」
子供たちが迷路で遊んでいる間に俺たちは、アナスタシア・ホームの建物の中で普段は子供たちが団欒して過ごす広いリビングに、クリスマスツリーをセッティングすることにした。
大きな暖炉がある、とても暖かい空間だ。
「この辺りがいいかな。ここにツリーを立てたいのですが、いいですか?」
「ああ、ザカリー様ご発案の冬至祭のツリーですね。あれが、わがホームにも。いいですよ、是非ともお願いします」
「広場のものほど、大きくはありませんけどね。室内用の小振りのものですが」
ダレルさんとブルーノさんが、ツリー用のアラストルトウヒを運んで来る。ちゃんと、室内に立てられるように土台も加工していてくれた。
高さは女性の背の高さぐらい。うん、いい感じだ。
屋敷の侍女さんたちが屋敷用と一緒に作ってくれた色とりどりの飾りを、女子組3人が中心となってツリーに飾って行く。こちらは室内用だから、小さくてキラキラしたカラフルな飾りが沢山あるよね。雪を模した装飾もあるよ。
そして最後は、ツリーのてっぺんに星飾りを付けて完成だ。
「さあ、そろそろ子供たちを呼んで来ようか。その前に、ジェルさんたちはこれを着るんだよ」
「あらー、わたしとジェルちゃんはエステルさんとお揃いね」
「ダレルさんとブルーノさんは、この赤いコートを羽織るだけでいいからさ」
「しかしザカリー様。なんで赤い衣装を着るのだ。ああ、襟や合わせ、袖の先なんかは白いのだな」
「この衣装はね、子どもにプレゼントをする側の人の制服なんだよ」
「そうなのか。初めて聞いた話だが。それにザカリー様も、年齢から言えば、まだプレゼントを貰う側なのでは……」
「ジェルさん、突っ込まないであげてくださいよぅ」
「そうそう、まあいいじゃない。なんだか可愛いし、着ましょうよー」
迷路で遊んでいた子供たちもリビングに集まり、さあこれからちょっとしたクリスマス・パーティーですよ。
トビーくんが作ってくれたお菓子を出し、飲み物はホームの人たちが用意してくれている。
子供たちは、リビングに現れたクリスマスツリーにまた吃驚して周りを囲み、テーブルに広げられた大量のお菓子に目を丸くしている。
それから、子供たちが練習していたという合唱を披露してくれたり、ライナさんが「魔法を見せて」とせがまれて、ダレルさんと急遽することになったり。
ライナさんたちがやった魔法は、暖炉の灰を魔法で集めて山にして、そこから灰が固まって出来たウサギやクマ、シカやウマなんかのミニチュアサイズの動物が土魔法で次々に姿を現すという、なんとも見事なものだった。
それに合わせてライナさんが、即興で物語を作って話していたりする。
あ、ジェルさん本人が、森の動物たちを護る剣士の役で出て来るんですね。
ちょっと打合せしただけでこんなことが出来るなんて、やっぱりこのふたりは凄いよね。
「ねえ、エステルちゃん。ちょっともう1回、迷路に行ってみない」
「え、今からですか? ここはいいんですか?」
「うん、ジェルさんたちに任せておけば大丈夫だよ」
「そうですか? じゃ行きましょうか」
外に出て、誰もいない迷路にふたりだけで入る。
「ザックさまも、まだ遊びたかったんですね」
「うん、いや、そうでもないんだけどさ」
「あら、わたしと、誰もいないところで、ふたりだけで迷路に入りたかったとか?」
「えーと、ゴ、ゴホン。その、来年のことがあるし」
「いいんですよ。今日、シルフェ様にお祈りして、少し落ち着きましたから」
「僕たちは、まだこんな迷路みたいなところを、歩いていると思うんだよ」
「迷路みたいなところ……」
「ほら、ここは分かれ道だ。それで、こっちを進むと行き止まり」
「そうですね」
「迷路って、絶対に抜けられる方法があるって、エステルちゃんは知ってる?」
「え、そうなんですか?」
「うん、こうやって片手で壁をずっと辿りながら歩いて行く。行き止まりでも、そのまま壁を辿って進んで行く。そうすると、遠回りになるかも知れないけど、必ず出口に行ける」
「ホントですか? じゃ、やってみましょうよぅ」
「いいよ、やってみよう」
それから俺とエステルちゃんは手を繋ぎ、彼女は右手を横に伸ばして柴垣の壁を辿って行く。
「分かれ道は、取りあえず壁が繋がっている方に進む」
「こっちですね」
「そうそう」
「あ、ここは行き止まりだけど、そのまま片方の壁をぐるり辿るから、元の道に戻るんですね」
「そう、回れ右や後ずさりじゃなくて、いつまでも前を向いて進むことになるんだよ」
そして俺とエステルちゃんは、少し時間が掛かったけど無事に出口に辿り着いた。
「ホントですぅ。なんだか、遠回りしましたけど、ちゃんと出口に着きました」
「僕らは、こうやって歩いて行ってもいいんじゃないのかな」
「そうですね。出口に通じる道のない迷路なんて無い、ですか」
エステルちゃんは、静かに抱きついて来て俺の胸に顔を埋める。
俺もここのところ、だいぶ背が伸びて来たんだよ。
エステルちゃんの温もりを感じながら、空を見上げると、あ、雪が落ちて来た。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回からはまた通常回が続きます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




