第282話 決勝戦と表彰式、そして終了
アビー姉ちゃんの3年C組とエイディさんの2年D組との学院トーナメント決勝戦。
エイディさんと2年生チームは奮闘しましたよ。
3年C組チームの各選手は、これまでの試合よりもそれぞれの距離を空けて大きく展開するフォーメーションを取った。
試合が始まると姉ちゃんはセンターライン付近まで進出して、そこで止まる。
もちろん2年D組の魔法後衛がその姉ちゃんに向けて集中砲火を浴びせるが、これも前進して来た姉ちゃんチームの魔法後衛が応戦する。
その間、立ち止まり魔法を避ける姉ちゃん以外の剣術前衛ふたりが、左右から更に前進して行く。
これは、エイディさんにわたしのところまで来なさい、とでも言っているのかな。
それに応えるようにエイディさんチームの剣術前衛が各々闘うべき相手へと走った。
もちろんセンターの姉ちゃんへはエイディさんだ。
これで剣術、魔法ともそれぞれ1対1の闘いが開始される。
剣術前衛同士の3ヶ所での闘いは、まず左右に展開した2ヶ所で始まった。まるで打込み稽古のように2年生側が挑み、それを3年生が受ける。
魔法戦も1対1の撃ち合いとなり、適度に移動しながら連撃する3年生側の方が優勢だが、2年生側も良く応戦している。
アビー姉ちゃんの立つところに、ようやくエイディさんが接近した。
そして直ぐに激しい打込みを仕掛け、あまり受けの剣を得意としない筈の姉ちゃんも、ここはしっかりと受ける。
姉ちゃんは本来、自分から動かないと気が済まないタイプだからね。
この各所での1対1の闘いが暫く続いたが、ようやくそれぞれの勝敗が見えた。
まず3年C組側から見てフィールド左で決着がつき、相手を倒した剣術前衛が2年D組の魔法後衛のひとりへと走った。
そして既に先ほどからの魔法戦で、もうよろよろの魔法後衛を難なく倒す。
続けて同じように、向かって右側でも剣術の闘いに決着をつけたもうひとりの3年生が、残る魔法後衛を倒した。
試合が動くとあとの展開は早い。
フィールドで闘う2年D組チームの選手は、まさに孤軍奮闘、センターで木剣を合わせ続けるエイディさんだけになってしまっている。
初めは姉ちゃんがそれほど動かずエイディさんの剣を捌いていたが、彼女は徐々に動き出し、いつの間にか姉ちゃんが攻勢をかけてエイディさんがなんとか防戦する状態になっていた。
エイディさんの剣捌きを見ると、もう限界ではないかなと思った瞬間、いったん離れて移動し一気に間合いを詰めた姉ちゃんの横薙ぎ一閃が、きれいにエイディさんの胴を打って彼は崩れ落ちた。
「ピーッ、ピー」
決勝戦のフィールド主審を務めていたフィランダー先生のホイッスルが吹かれ、試合終了を告げる。
終わってみれば2年D組の選手は全員がフィールドに倒れ、3年C組チームはすべて残っていた。
イラリ先生も含め、回復魔法の出来る4人の魔法審判員の先生が、それぞれに倒れている選手のところに向かう。
その誰よりも速く、俺はエイディさんのところへと走った。
「ああ、ザカリーさん。普通に挑んで、普通に負けましたであります」
「声を出さないで、エイディさん。状態を診ますから。うん、大丈夫。回復魔法を掛けますよ」
俺が施す回復魔法に目を瞑ったエイディさんは、負けた悔しさではなく清々しさと見える表情を浮かべていた。
離れて立つアビー姉ちゃんの方を見ると、3年C組の選手たちが集まって来て喜び合い、大騒ぎになっている。
「来年は、強化剣術で相手をなぎ倒す試合を見せてくださいよ。姉ちゃんは前の試合で、レオポルドさんに使っちゃってましたよ」
「そうでありましたな。レオポルド部長相手なら仕方ないであります。来年はそうしますかな。でもその前に、もっと精進でありますよ。ははは」
「はい、回復終了です。お疲れさまでした」
「こちらこそ、お世話になったであります」
こうして今年の総合戦技大会は、すべてが終了した。
「ただいまの決勝戦の結果により、本年の総合戦技大会、学院トーナメントの優勝は、3年C組となりました」
総合競技場が大歓声に包まれ、そして拍手が長く続く。
「これより15分間の休憩をいただきまして、表彰式を執り行います。皆様、表彰式の開始まで、暫くお待ちください」
表彰式では、各学年の1位と2位、そして学院トーナメントの優勝と準優勝が表彰される。
つまり、今日の試合に出たチームの全部が表彰されるということだね。
最終日まで残って闘ったすべてのチームを讃える。これがセルティア王立学院、総合戦技大会の伝統なのだそうだ。
「いやー、終わったの。皆、ご苦労じゃった」
「大きなトラブルやアクシデントもなく、無事に終了した。みんな、ありがとうな」
「それから、ザカリー。ご苦労さまだったの。本当に助かり申した。審判員一同、感謝しておるぞ」
「ザック、おまえがこの5日間、審判員をやり通したことに、じつは俺たちは驚いているんだ。その、何もやらかさずによ」
先生たちは普段俺のこと、何だと思ってるですかね。いやそう思ってるですね。
「いえ、僕も良い経験をさせて貰いました。それより、フィールドから全試合を見られたので、逆に感謝していますよ。とっても楽しかった」
「そうか。そう言って貰うと、俺たちも嬉しい。と言うか、ちょっとホッとしている」
「わしら全員がそういう気持ちじゃ。本当に、ありがとう。そして済まなかった」
先生たちが一斉に俺に対して頭を下げた。
きっと、同じ学院生なのに試合への出場を禁止し、おまけに審判員をさせたのだから、それで本当に良かったのかというわだかまりが、先生たちにもあったのかもね。
「まあまあ、ここで僕に頭を下げちゃいけませんよ。今回は、僕は自分の立場に納得し、与えられた役目を受入れて、出来ることをして、そして充分に楽しんだ。それだけですからね」
「いや、本当におとななんだな。おまえんとこの屋敷の騎士団とかが、おまえを信頼しているのが分かるよ」
「まあ、先生たちも、少しは僕を信じてください」
「それは、まだちと難しいがの」
「そうよね。かなり見直したけど、全面的に信じるまではね」
「部長よりよっぽど役に立つのは、あらためて分かったわ」
「おい、それって、俺が役に立たないってことかよ」
審判員控室に大きな笑い声が響いて、ようやく先生たちも5日間の緊張から解放されたようだった。
そして表彰式。今日の学院トーナメントに出場した8チーム、すべての選手がひとりも欠けることなく整列した。
1年生の1位と2位から順番に呼び出されて、オイリ学院長から表彰のプレートが手渡される。
結局は2位となったうちのクラスも全員誇らしげに胸を張り、ヴィオちゃんが代表して優雅に学院長からプレートを受取った。
そして、審判員として先生方と並んで立っている俺の方を向くと、プレートを高々と掲げた。ほかのチームメンバーも俺に向けて手を振る。
そのクラスメイトたちに俺は、ひときわ強く拍手をして応えた。
「それでは続きまして、学院トーナメント優勝、準優勝クラスを表彰します。なお本日はご来賓として、クライヴ・フォルサイス王子殿下のご来席を賜っておりますので、殿下より表彰プレートを授与いただきます」
いつの間にか、クライヴ王子がサディアス副騎士団長とラリサ王宮魔法士、護衛の王宮騎士、それにフェリシア学院生会会長とエルランド副会長らを従えて、フィールドに下りて来ていた。
俺を挟んで両隣に立つフィランダー先生とウィルフレッド先生からほぼ同時に、ふんっという荒い鼻息が聞こえた気がする。
ああ、先生方も思うところがあるのでしょうね。フィランダー先生は元王宮騎士だし、ウィルフレッド先生は王宮魔法顧問ですもんね。
それはともかく、まずは2年D組が呼ばれ、エイディさんがキャプテンとして進み出てクライヴ王子から準優勝のプレートを受取った。
エイディさんは特に格段の緊張も無く、一方の第2王子はきわめて事務的にプレートの授与が終わる。
そして、優勝チームである3年C組の表彰。もちろん代表者はアビー姉ちゃんだ。
彼女は堂々と、下手すると威圧や闘気でも洩らさんばかりの雰囲気でクライヴ王子の前に進み出てぐっと真正面から見据えると、そのあと一転して頭を下げながら奇麗なカーテシーで貴族子女らしく挨拶した。
この姉ちゃんの雰囲気と挨拶にクライヴ王子は少々たじろいだ感じもしたが、それでも彼も優雅に優勝プレートを授与する。
プレートを手渡す際に何か姉ちゃんに声を掛けていたようだが、またつまらないジョークでも言ったかな。
姉ちゃんはその第2王子の言葉に表情も変えず、プレートを受取ると競技場内の観客に向けて高く掲げ、そして自分のチームの方に走って行き合流すると全員で喜びを爆発させた。
「これで表彰式は終了致します。また、これを持ちまして、5日間のセルティア学院祭は、すべて終了となりました。ご来場いただいた皆様方、本当にありがとうございました。気をつけてお帰りください。そして来年に、またお会いしましょう」
場内アナウンスが表彰式と学院祭の終了を告げ、名残を惜しむ拍手が長く続く。
そして、その拍手に送られて選手たちも退場した。
やれやれ、これで終わりましたか。
俺の初めての学院祭。いやー楽しかったですよ、ホントに。
気が付くと選手たちは既に退場し終わり、第2王子のご一行様も消えている。
審判員の先生方も控室に戻ったようだ。
俺はひとりポツンと誰もいなくなったフィールドに立っていた。
潮が引くように、観客席も席を立って帰りを急ぐ人びとの流れが出来ている。
貴賓席の方を見ると、うちの家族たちがまだ残っていて皆が俺に手を振っていた。
「(ザックさまー、お疲れさまー)」
「(カァカァ)」
「(ああ、エステルちゃん、クロウちゃん、ありがと)」
「(今夜お帰りになりますよね。お屋敷で打ち上げですよ)」
「(うん、いったんクラスに戻ってから屋敷に帰るよ)」
「(わかりましたー)」
「(それでは、ザックさん、お疲れさまということで、競技場をわたしとシフォニナが清めましょうね)」
爽やかだけど、なんとなくほんのりと暖かい風が、秋の草花の香りを乗せて優しく吹いて来る。
その風は、フィールドも観客席もすべての場所に行き渡っているようだ。
出口へと進む観客の皆さんもそれに気づいたのか、きょろきょろしたりフィールドの方を振り返ったりしている。
そして、まだひとりフィールドに立つ俺を誰かが見つけ、拍手をし始めた。
その拍手がやがて徐々に増えて行く。うちの家族やみんなも拍手をしている。
俺はゆっくりと四方を順に向きながら頭を下げたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




