第24話 冒険者ギルドに行こう
今年の夏至祭も、特に大きな事件はなく無事終了した。
2年前のあれから、冬至祭、夏至祭ともに魔人絡みの騒ぎは起こっていない。
エンキワナ大陸側の現在の事情などは、俺には知る由もない。きっと何かあるのだろうけど。
そうだ、秘密諜報部員のエステルちゃんとも仲良くなったし(たぶん)、今度彼女に探らせてみよう。
今回の夏至祭でも、26日のイヴに俺たち家族で中央広場に出かけ、ステージに上がってヴィンス父さんの開始宣言にお付き合いし、そのあとは屋台の料理を堪能した。
広場では今年もヴィンス父さんとアン母さんが楽しそうに踊り、俺もヴァニー姉さん、アビー姉ちゃんに引っ張られるまま、交互に組になって踊らされた。
そして中央広場の屋台からの夜のパーティーと、ダメ女神のサクヤが例年通り現れて料理をお腹に詰め込み、夜は恒例の駄弁りタイム。
あいつがこの世界に来てからは、前世と同じくときどき俺の前に出現するので、もう慣れた。
サクヤには特に、魔人など妖魔族のことや、これから起きるかも知れない騒動や動乱のことなどは、敢えて聞いていない。
本来、神サマに将来起きることを尋ねちゃいけないだろうしね。
いつも交わす話題は、俺の剣の稽古とか呪法のこととか、周りで起きたことなどだ。
俺の式神のクロウちゃんは妙にサクヤに懐いていて、あいつが来ると側を離れようとしない。
神と名の付くもの同士だからか? いや単にキレイなお姉ちゃんが好きなだけだろうね。
そんな5歳の誕生日から1ヶ月以上も過ぎた夏のある日、朝食が終わり騎士団の訓練場に剣術の稽古に行こうとする俺を、家令のウォルターさんが呼び止める。
「ザカリー様は、今日の午後はご予定がありませんでしたな」
「はい、でもどうして?」
「今日は、冒険者ギルドを訪問していただきますよ」
と、イタズラでも企んでいるかのように、ウォルターさんがニヤっと笑った。
ここは子供らしく乗っておこう。
「ホント? ギルドに行けるの? やったー」
「お姉様たちには内緒にですよ」
「えっ、なんで?」
「警備の問題というか、冒険者ギルドにお嬢様おふたりも一緒にというのが、いささか荷が重すぎるようで」
半分ぐらいは本当なんだろうな。たしかに姉さんたちと、侍女と警備の騎士などを何人か引き連れて、大勢で訪問というのは大変だ。
「うん、わかったよ」
「それでは、お昼が終わられましたら、ほどよい頃合いで声をお掛けください」
俺は子供らしく、うきうきワクワクしながら午前中を過ごし、お昼も終えた。
「ねえ、ザックも騎士団に遊びに行かない?」と、アビー姉ちゃんが誘ってくるけど、もちろん行かない。
それと、騎士団は遊ぶとこじゃないからね。
ヴァニー姉さんも行くようで、ふたりがバタバタと屋敷から出て行ったのを確認して、控えていたウォルターさんのもとに行く。
ヴィンス父さんとアン母さんの「まぁ、楽しんで来なさい」「ジェラードさんに迷惑をかけるんじゃないわよ」という声を聞きながら、ウォルターさんと一緒に屋敷を出て、まずは前庭内にあるテラスへ。
冒険者ギルド長のジェラードさんに、迷惑をかけるようなことは無いと思うんだけどな。
「さて、今日のお供ですが、この者を付かせようと思っています」
影の薄い人が、いつの間にかウォルターさんの後ろに頭を下げて控えていた。今日は屋敷の侍女たちと同じ、ディアンドル風のメイド服だ。
ちなみにこの衣装は可愛いので、ときどきアン母さんも着てるけど、領主夫人がふだん着てていいのかな。
「すでにザカリー様は、ご存知かと推察していますが……」
はい知ってますよ。エステルちゃんです。
「あらためまして、屋敷の奉公人とは別の私の部下で、エステルという者です。こう見えてもひと通りの武技は修得しておりますので、警護を兼ねまして」
「わかりました。影の薄いエステルさんですね。よろしくお願いします」
「お供をさせていただくことになりました、エステルと申します。本日は、よろしくお願いいたします。それから、影が薄いのではなくて、気配がですぅ……」
「それで、今日はどうしますかな? 馬車はすぐにご用意できますが」
「いえ、馬車だとゆっくり街が見られないから、できれば歩いて行きたいな」
「そうおっしゃると予想しておりました。ではエステル、わかっていると思いますが、しっかり警護してください。それからジェラード様には、よーく伝えてありますので、遠慮せず安心して楽しんで来てください」
「はい、ありがとうございます」
俺が歩きで行きたいというのを、ウォルターさんはあっさりと許してくれた。
まぁうちの領都は治安が良いみたいだしね。それに他の配下や警備兵などが、密かに眼を光らせているのだろう。
俺とエステルちゃんは、歩いて領主館の正門へと向かう。
あ、もちろん式神のクロウちゃんも一緒だよ。俺の頭の上に、いつものようにちょこんと乗っている。キミは鳥の設定なんだから、空から警護をしなさい。
「カァ」
門を出る。歩きで初めての領主館の外だ。
馬車の窓からやクロウちゃんの眼を通じて街を眺めたことはあるけど、自分の目線の高さから、中央広場に真っ直ぐに走る大通りを正面に、そしてその両脇に並ぶ建物を見るのは初めてだ。
夏の涼風に葉が揺れる街路樹が美しい。広場まで続くのはイチョウの木だね。
前世でいた都にもかつて街路樹があったらしいが、俺が生きていた頃には続く戦乱ですっかり荒廃してしまっていた。
こんなに美しい街並を、あの頃のあの都のように荒れさせてしまいたくないな。
「ねぇ、エステルちゃん」
「はい、なんでしょうかザカリー様」
「そんな後ろを歩いてないで、横に来て手をつないでよ。それから今日は、ザックでいいからね」
「で、でも、辺りに眼を配っていないといけないですし……」
「いいから、いいから」
俺は立ち止まって、後ろから近づいて来るエステルちゃんの手を握る。
「僕はちっちゃい子供なんだから、手をつないでおかないと転んじゃうとか危ないよ」
「ザカリー様が、そんなわけ」
「ザックね」
「わかりました、ザックさま」
「さま、はしょうがないか。それじゃ行こ!」
俺は子供らしくエステルちゃんの手を振り振り、元気よく歩き出した。
「カァー」
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