第263話 総合戦技大会開始前
「店長っ、特別限定グリフィンマカロン、残り10セットになりましたー」
「わかったわ、ライくん。売切れたら、直ぐに他のお菓子セットをお薦めすること。みんな、いい? もし、どうしてもと言うお客様には、明日朝に入荷するとこっそり伝えて、また明日も来店して貰うのよ」
「はーい」
ヴィオちゃん、店長なんですね。ライくんは裏方のマネージャー役らしい。
「オーナー」
「はいっ、店長、なんでありましたでしょうか」
「あなたがオーナー役なんだから、それらしくしてよね」
「何かね、ヴィオくん」
「もういいから」
「明日の分のマカロンは、出しちゃダメなのよね」
「明日は入荷しないし、作るのにちょっと手間がかかるからね。今日の売れ行き結果で、明日仕込みと製作をしないとだし」
「出来れば、後半は増やしてほしいなー。見ての通り、大人気だから」
学院祭内のカフェということや、まだお昼前なのもあって回転率は極めて良い。
取りあえず名前に興味を惹かれて来店したが、他をいろいろ見に行きたいからと長居はしないようだ。
一部、会話もせずに黙って魔法侍女を眺め続ける、男子学院生やおじさんが若干おりましたが。
10テーブルがあって、1回転平均30人とすると、全員がグリフィンマカロンセットを注文すれば、2回転で60セットだからね。
1日限定80セットは少なかったかなぁ。
しかしもうお昼時で、客足は学院生食堂や他のレストラン、それから屋台なんかにも流れるだろうし、14時からはいよいよ総合戦技大会が始まるからね。
おそらく、昼食後からそこまでが勝負だ。
「それより店長。諸君たちは本日の第1試合なんだから、きちんと昼食を食べて準備をし、遅れないように早めに総合競技場に向かうように」
「わかってるわ、大丈夫よ。昼食は男子が買い出しに行ってるから、戻って来たら先に食べさせて貰って、準備を始める」
今日は初日なので、1年から4年までの全選手が集合して開会式が13時40分からある。
20分間だから、たぶん簡単なセレモニーだろう。
そして直ぐに14時から1年の1回戦第1試合、A組対D組だ。
「ヘッドコーチは、試合の時はどこにいるの?」
「僕は魔法審判員になっちゃったから。今日の出番はないけど、いざという時のために審判員ベンチにいるつもり。だから、先に競技場に行くけどね」
「フィールドの間近にいるのね」
「そうそう、特等席だね」
お昼時になり、客足が落ちて来たところで魔法侍女たちは交替で昼食休憩に入る。
それを確認して俺は、学院生食堂で軽く食べてから総合競技場に向かうことにした。
おお、屋外も賑やかですな。
発表や展示を行わない文化系課外部や運動系の課外部が屋台を出したり、楽器演奏やダンスとか、あるいは何やら不思議なパフォーマンスをやっていたりする。
なんだあれ。グレートソードでジャグリングに挑戦ですと?
それになになに、キ素力で全身を強化した学院生と1回5エルで腕相撲勝負。勝ったら景品進呈。女子学院生の選手もいますよ、ですか。
主催総合剣術部って、何やってるんだレオポルド部長。
学院生会から、うちの総合武術部は何か企画を出さないのかって聞かれたけど、人数も少ないし、クラス企画と総合戦技大会で手一杯だから今回はやめたんだよね。
下手にそっちにも手を出さなくて良かった。
「お、来たな。早かったの」
「ザック、来たか。よろしく頼むぜ」
総合競技場の審判員控室に行くと、ウィルフレッド先生とフィランダー先生が何やら打合せをしている様子だった。
じいさん先生が魔法審判部長で、おっさん先生が剣術審判部長だね。
「昨日お主が言っていた、剣術の審判の方にも手を出して良いのか、という件じゃがな」
「そいつは、こっちから頼むぜ。特に規定やこれまでの前例はないが、おまえに限っては、剣術と魔法の両方の審判権限を与えることにしたからよ」
「まあ、お主の課外部と同じ、総合武術じゃったか、その審判ということじゃの」
このじいさんとおっさん、自分たちが楽になる方向の提案なら直ぐにオッケー出すよな。
まあいいでしょ。俺から言い出したことだしね。
「開会式まではまだ多少時間があるから、フィールドに出てみるか?」
「そうじゃの。そうするが良い。選手ではのうて、審判というのが残念じゃがの。ほっほっほ」
「はい、ちょっと行ってみたいですね。それからウィルフレッド先生は、僕にケンカ売ってます?」
「すまん。ケンカなど、売っておらんですじゃ。まだ長生きしたい」
「この爺さんも、悪気があって言った訳じゃねーからよ」
「僕も気にしてませんから。ちょっと、からかっただけです」
「まあ、仲良く審判をしてくれや」
先生たちに案内されて審判員ベンチからフィールドに出る。
うん、サッカーフィールドぐらいの広さだね。ただし芝とかではなく、硬めの土だ。
土魔法を使う場合もあるだろうしね。
高さ5メートルほどの魔法防護壁で囲われているが、フィールドが広いので圧迫感は無い。
しかし、野球場の高めの外野フェンスほどの高さがあるため、観客席からはフィールド目線で観戦することは出来ない。
その点で、審判員の仕事はあるものの、選手と同じ目の高さで試合が見られるので良しとしましょう。
その観客席には、もうお客さんが入り始めていた。
1年生の1回戦から試合を見たい、熱心な人たちが結構いるんだね。まあ、うちの家族なんかもその一員なんだけど。
審判部長ふたりを引き連れて、俺はフィールド中央へとゆっくり歩く。
すると、何を勘違いしたのか、埋まり始めていた観客席から拍手が起こった。じいさんとおっさんを従えた学院生だから、選手とかと思ったのだろうか。
「おまえ、なんで手を振ってる?」
「いやー、つい。では、拍手をいただいたご返礼に、一発派手な魔法でも」
「やめて貰えんだろうか」
「(ザックさまー、ザックさまー)」
あ、エステルちゃんの念話だ。もう観客席にいるのかな。どこだろう。
探査を働かせる必要もなく、すぐに分かった。
メインスタンド正面中段の貴賓席と思わしき席で、両手を上に伸ばして大きく振っている。
いちおう子爵家だから、賓客としてあそこに案内されたのだろうな。
父さんと母さん、ヴァニー姉さんやシルフェ様とシフォニナさん、それからクレイグ騎士団長も並んで座っているね。
その後ろの列にはメルヴィン騎士、母さん付き侍女のリーザさんとフォルくんユディちゃん、ジェルさんたちレイヴン女子組3人もいる。
ブルーノさんやミルカさんたちファータの調査探索部はいないのかな。
あの人たちのことだから、きっと影護衛の出来るどこかの位置に潜んでいるのだろう。
見つけるとティモさんがまたがっかりするので、俺は敢えてあの4人は探さなかった。
「(ザックさん、試合が始まるまでヒマだから、何かしてくださいな)」
「(ダメですよ、お姉ちゃん。ザックさまは審判員なんですから)」
「(また、おひいさまは、無茶なことを)」
「(え、ダメなの? つまらないわ)」
エステルちゃんの隣で、精霊様がまた勝手なことを言っております。
その反対隣には姉さんを挟んでうちの家族3人が座っているが、父さんが大声で何か言っている。
父さんも戦場声が出せるから、こういう摺鉢型のスタジアムだと声が通るよね。
なになに、「ザックー、おとなしくしていてくれー」ですと。
あ、隣に座っているヴァニー姉さんから叱られてるよ。
「ザカリーよ、あそこにいるのはお主のところの子爵様ではないかの。お、アナスタシア殿も来ておるのか。ヴァニーもおるな。それからエステルさんとお姉さんだったか」
「クレイグ殿もおられるのか。おまえのところ、勢揃いじゃねえか」
「いやー、お恥ずかしい。僕は試合に出ないって言ってあるんですけどねー。でも、うちの家族と関係者が来てるんで、やっぱり派手なのを一発」
「すまん、頼むから勘弁してくれんか」
「始まる前に大会終了とか、シャレにならねえしよ」
仕方がないので、いったん審判員控室に下がることにした。
ちょっと残念だなぁ。試合前に観客席を温めるアトラクションとかショーも考えましょうよ。
控室には、魔法審判員のクリスティアン先生とジュディス先生、剣術審判員のディルク先生とフィロメナ先生が待機していた。
俺は用意してくれていた審判員装備に別室で着替え、控室に戻る。
「そろそろ開会式じゃ。出ますぞ」
「よしっ、行こうか」
そして審判員ベンチに行き、今年の正規審判員7人が揃ってフィールドに出る。
フィールドにはまだ俺たちだけだが、再び気の早い観客たちから歓声と拍手が起こる。
「ねえ、ザカリー君、なんで手を振ってるの?」
「いやー、つい」
「ザカリー、頼むからおとなしくしていて貰えんかの」
「皆様、たいへんお待たせいたしました。それでは、ただいまより、セルティア王立学院学院祭、総合戦技大会の開会式を執り行います」
「うぉーっ!!」
あれは拡声の魔導具を使っているんだな。場内アナウンスを担当する学院生会の女子学院生の声が競技場内に響き、大きな歓声が沸き起こった。
考えてみればあたりまえだけど、総合競技場にはそういった設備も備えているのか。
それはともかくとして、さていよいよ総合戦技大会が始まりますよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




