第262話 学院祭が始まり、魔法侍女カフェ開店
「さあこれが、わがグリフィン子爵家が開発した新作お菓子、グリフィンマカロンです」
「これが……」
「3色の色違い」
「小さくて、カワイイ」
「た、食べて、いいの?」
「いいわよね」
「まずは、試さないと、です」
9時から始まる学院祭開始前の朝8時。
うちのディアンドル風侍女服とまったく同じ衣装を身に纏った10名の少女が、俺の周りに集合している。
目をキラキラ輝かせながら。今にもマカロンに飛びかかろうとする、ピンク色の集団。
「3色で1セットだよ。1セットずつ、みんなの分があります。さあ召し上がれ」
「きゃー」
ほら、そっちで固まってる男子たちの分もありますよ。食べていいですよ。
「ふぅー。なんだか売るのが勿体ない。もう1セット、ダメ?」
「ダメです。1日限定80セット。今は取りあえず2日分用意してあります」
「ケチ。今日は70セットにして、もう1セット、ダメ?」
「ダメです。これは商品で、みんなのおやつではありません」
「ケチ。それで、これはいくらで売るの?」
「紅茶と3色1セットで、75エルかな」
1エルを前々世の10円と考えると、750円だ。学院生がやるカフェだから、まあこんなものでしょ。
「紅茶が30エルとすると、ひとつ15エルか。ねえ、安過ぎない? わたしなら、1セットで100エルでも安い気がするわ」
「いやいやヴィオちゃん。これはグリフィン子爵家からの特別提供ですぞ。仕入れがタダなんだから、このぐらいでいいのです」
「それは、そうだけど」
伯爵家のお嬢様なら3つで1,000円出しても安いと思うだろうけど、皆に食べてほしいところだからね。数は少ないけど。
マカロンと紅茶のセットが75エル、他のお菓子3種類と紅茶のセットの方が65エル。これで行きますよ。
「わかったわ。グリフィン子爵家のご好意だから、それで行きましょう。みんな、メニュー表にそう入れてっ」
「はーい」
午前9時、総合競技場から空に向け火球魔法が5発ほど次々に打ち上がって、上空でパンパンパンと小爆発を起こした。
ああ、あれは花火だね。
なんでも総合魔導研究部に代々伝わる魔法だそうで、攻撃威力は無いが、空中で火焔が大きな音を立てて爆ぜるものだ。
この花火魔法を合図に学院祭を始めるのが伝統なのだと言う。
さて、いよいよセルティア王立学院学院祭が始まりました。
総合戦技大会は午後2時から行われるので、それまでは魔法侍女カフェを頑張りましょう。
と言っても、お店のオーナー役とやらの俺には、することが無いんだよね。
提供できるのは、にこやかな笑顔だけですか。
学院祭は王都における長年の恒例行事なので、特に宣伝をしなくても王都在住の学院生関係者や貴族家関係、王都市民が数多く訪れるそうだ。
この世界で大きなお祭と言えば、どの都市でも基本的には夏至祭と冬至祭の年に2回なのだが、王都に限っては学院祭がそれに並ぶお祭なんだよね。
ただし、内リングに入る門での警備チェックと許可を受けた者しか、この学院まで来られない。
これがかなり厳しいそうで、身元確認が出来る許可証の類いが必要なのだ。
学院祭に危険をもたらしたり、犯罪を犯すような輩の入場を未然に防いでいる訳だが、それによって敬遠する内リング外居住の住民もかなり多いのだとか。
それでも、花火魔法が打ち上がると同時に、もう入場して来た人たちがいるようだ。
「いらっしゃいませー」
開店早々ということもあって、10人の魔法侍女が並び、店内に入って来たお客さんに声を揃えて挨拶する。
侍女さん設定なのであくまでも礼儀正しく、でもにこやかにご案内し、そのテーブルのお客様の担当侍女として親身に話しかけながら接客をする。
これが、うちのクラスの女子たちが決めた運営コンセプトなんだってさ。
「ようこそお出でくださいました。早いお時間なのに、ありがとうございますね。ご注文は何になさいますか?」
「午前のお紅茶を、ですか? それでしたらお客様、こちらのお菓子付きのセットなどいかがでしょう。ある貴族家で出されるものと同じ、特別な焼き菓子でございます。とっても美味しいですよ。」
「でも、じつは今なら、特別限定の新作のお菓子セットがご用意できます。すっごく可愛らしくて、もちろんお味は絶品です。そうです、このグリフィンマカロンのセット。え? どんなものですかって? はい、見本をお持ちしてー」
男子のギャルソンが、優雅な仕草でマカロンの見本を持って来て見せる。
ああ、そういう役なのね。そう言えばこの何日間か、立ち居振る舞いを厳しく指導されていたな。
「どうです、可愛らしいでしょ。わたしももう1セット、コホン。こちらにいたしますか? はいわかりました。ありがとうございます。グリフィンマカロンと紅茶のセット、2名様のご注文いただきましたー」
最初は、この世界では珍しいデザインの侍女服に目を丸くしていた最初の入店客も、可愛らしい彼女たちのペースに嵌って、ドリンク単品ではなくセットを注文して行く。
俺はこの何とも意外と言うか、見事に接客し運営される魔法侍女カフェの様子を店内の片隅から見ていた。
「いらっしゃいませー」
「あ、学院長、いらっしゃいませ」
「子爵様、奥様、ヴァニー様、いらっしゃいませ、です。エステルさーん、あれれ??」
「あー、エステルさんだ、いらっしゃいませー。あれ??」
もう来ましたねー、うちの家族。
学院長が案内して、ヴィンス父さんとアン母さん、ヴァニー姉さんにエステルちゃん。それからシルフェ様とシフォニナさんが店内に続いて入り、ジェルさんがひとり護衛で従っている。
ほかのレイヴンメンバーやリーザさんたちは、外で待機しているのかな。
「こ、こちらのふたつのテーブルにご案内して。あの、ど、どうして、エステルさんがふたり??」
「あらあら、カロちゃん。可愛いわねー。それから、そちらの方もとても可愛いわ」
「カロちゃんもヴィオちゃんも、よく似合っていて可愛いですよぅ」
「ヴィオちゃんとおっしゃるのね。セリュジエ家のお嬢様ね。うちのザックがいつもお世話になっております」
「あー、アナスタシア様ですかっ! 初めてお目にかかります、ヴィオレーヌ・セリュジエです。そうしますと、こちらは子爵様。そして、ヴァネッサ先輩ですかー」
「お、そうだよ。ヴィンセント・グリフィンです。お邪魔しますね」
「カロちゃん久しぶり。あなたがヴィオちゃんね、こんにちは。ザックがいつも迷惑をかけてます」
「それで、こちらのおふた方は?」
「わたしのお姉ちゃんと親戚のお姉ちゃんですよ」
「エステルの姉のシルフェよ。いつもザックさんとエステルと、仲良くしていただいているそうね」
「シフォニナです。親戚のお姉ちゃんです」
シフォニナさん、ご自分で親戚のお姉ちゃんて。まあいいですけど。
ヴィオちゃんとカロちゃんがうちの家族のテーブルで話をしていると、ほかの8名の女子たちも恐る恐る近寄って行った。
「子爵様、アナスタシア様、ヴァネッサ先輩、ご挨拶させていただいていいですか」
「伝説のアナスタシア様だわ」
「あの天才魔法少女よね」
「ヴァネッサ先輩にもお会い出来て、感激っ」
「こちらが、ザックくんの、その、エステルさんですねっ。きゃ」
「あのぉー、双子さんですか? え、違うんですか。普通にお姉さん?」
「すごいっ、カワイイ、おきれい。親戚のお姉さんも、すごい美人さん」
「こちらの女性騎士さん、凛々しくてステキ」
約1名、剣術侍女が混じっていて、ちょっと視点が違いますが。
父さんが店内の隅に立つ俺を見つけて、手招きする。
はい、何でしょう。あまりそっちには近づきたくないのですけど。仕方がないので行きますけど。
「おいザック、これ、いいのか? 他のお客様に迷惑だろ」
「はいはい、ここのテーブルはヴィオちゃんとカロちゃんに任せて、みな持ち場に戻って。次のお客様がいらっしゃってますよ」
「はーい、オーナー」
「おまえ、ここのオーナーなのか?」
「まあ、そんな役どころで」
「しかしなんだな。まるで自分の屋敷にいるみたいで、逆にどうしてか恥ずかしいな」
「僕も」
「そうか」
「ヴィオちゃん、カロちゃん、こちらのメニューにあるグリフィンマカロンのセットって、まだお願いできるのかしら」
「あ、わたしもそれにします」
「こちらもそれでお願いしますわ。ねえエステル、シフォニナさん。ジェルちゃんもいいわよね」
「そうですわね、おひいさま」
「はい、お姉ちゃん」
「恐縮です」
「もちろん、まだございます、です」
「子爵様もそうされますか? あ、学院長も」
「そうだな。俺だけまだ、食べさせて貰ってないし……」
「あなた、余計なこと言わないの。このひとと学院長さんにも、お願いしますね」
借りて来た猫の様にとってもおとなしい学院長にも、グリフィンマカロンのセットを出してあげてくださいな。
シルフェ様とシフォニナさんだけじゃなくて、今回はうちの家族が増えてるので大変申し訳ないですけど。まあ、災難だと思って諦めてください。
こうしてA組の魔法侍女カフェは、順調に? 動き出したのであった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




