第255話 魔法侍女カフェの特別メニューと両親同士の約束事
「お、いたいた」
「おや、ザカリー様とクロウちゃん、なんすか?」
「ちょっとね」
「いまやっと朝食が終わって、大切な休憩のひとときなんすから、ほっといてくださいよ」
王都屋敷に30人もいるので、アデーレさんとトビーくんのふたりでする食事の用意は、なかなか大変だよね。
食堂はうちの家族と精霊さんふたりで使うことにして、広間に臨時食堂を設けた。
ここでグリフィニアから来た人たちと王都屋敷常駐組が食事をするのだけど、配膳が大変なのでこちらはカフェテリア方式だ。
それでも、リーザさんは母さんたちのお世話もあるし、ちびっ子3人組が大活躍ですよ。
もっとも3人はもう10歳になって、フォルくんなどはちびっ子とは言えなくなって来てるけどね。
「で、なんすか」
「いや、トビー選手に、僕から指令を与えようと思いまして」
「えー、王都に来て昨日の今朝っすよ。それに、こっちにはもう、王都の料理を勉強して来いっていう、レジナルド料理長の指令が与えられているんすからね」
「カァ」
「ちょ、痛い痛い、クロウちゃん、突っつくのやめるっす。わかりました、聞きますから。クロウちゃんはこのお菓子でも食べて」
「カァ」
「いや、それがさ。6日後から、僕の学院で学院祭がある訳ですよ」
「知ってますよ。それで王都に来たんすから。王都の学院の食堂やレストランは美味しいって、料理界では有名なんすよね。楽しみだなー」
そうなんだ、料理界で有名なんだね。教授棟のレストランなどは、一流レストランに引けを取らないよな。
「うん、確かに美味しい。つまり、学院には美味しいものがたくさんある。しかし」
「しかしって、なんすか?」
「これはエステルちゃんの意見ですが、学院に足らないものがひとつだけあります。それは、美味しくて種類豊かなお菓子やデザート、です」
「カァ」
「エステルさんの名前が出たところで、直ぐにわかったすよ。それでなんすか。なんだか面倒くさい予感がするなー」
「学院祭で、僕のクラス企画がね、魔法侍女カフェ、なんですよ」
「魔法侍女カフェ??」
「あ、魔法って付いてるのは、あまり気にしなくていいよ」
「カァ」
「それでね、うちのクラスの女子全員が、グリフィン子爵家の侍女服にそっくりの制服を着て、お客様にお茶とかを出すカフェなのですよ」
「はあ。あの侍女服を、ザカリー様のクラスの女の子たちが着るんすか」
「そうそう。だけど、何かが足りないんだよねー」
「カァ」
「もう分かっちゃったすよ。要するに、うちの侍女服を着てお茶を出すカフェなのに、うちのお菓子が無いってことでしょ」
「そうです。その通りです。トビー選手は天才ですか」
「カァ」
「いいすよ、わ・か・り・ました。それで、僕にお菓子を作ってほしいんすよね」
「頼むよ、トビーくん」
「カァカァ」
「6日後すか。それで学院祭は確か、5日間」
「そうそう」
「日持ちもあるっすけど、問題は種類と量だなぁ。どのくらい売れそうっすかね」
「わからん」
「わからんって、ザカリー様は」
「そこは、天才トビー選手の経験と勘で」
「5日間だから、まずは2日分を多めに作って、その売れ行きを見て追加を作るかなぁ」
「そうだね、焼き菓子系統なら日持ちがするし、余れば僕がストックするから」
「そうすね、焼き菓子を何種類か」
「でも、目玉商品もほしいんだよなー」
「ほら、ザカリー様は絶対いろいろと言い出すっすよね」
「ソルベートは出すのが難しいし、もう秋だしね」
「秋らしいのがいいすかね」
「うん、それと、魔法侍女カフェに相応しい、カワイイやつ」
「カワイイやつ、すか?」
俺はじつは、マカロンが良いのではないかと思ってるんだよね。
小さく見た目も可愛くて、口の中で甘さがサクッととろける。
前々世にあったものはカラフルな色をしていたが、この世界であんな色付けは難しいかな。
確かマカロンは、イタリアのアマレッティという焼き菓子が元になっていて、それがマカロンとして洗練されて16世紀にフランスに伝わったとかだから、俺が前世に生きていた時代でも海の向うではそんなお菓子があったんだよね。
こちらにもアマレッティに良く似た、卵白のメレンゲとアーモンドプードルをベースにしたアマレという名前の焼き菓子がある。
太陽と夏の女神のアマラ様にちなんで、太陽のように丸いからアマレだとか聞いたことがある。
でもあれ、アマレッティだよね。
そしてとても残念なことに、もうひとつ口当たりが良くないし、可愛くないんだよな。
こっちのもビターなアーモンドを使っていて、おとなっぽい味なんだけど。
「と言う感じで、メレンゲとスィートアーモンドと砂糖で、より洗練されたアマレを作り、間にクリームなんかを挟みます。ポイントはメレンゲ作りと、焼く前に生地を程よく潰すマカロナージュですぞ」
「あの、ザカリー様は、どうしてそんなこと知ってるんすか。マカロナージュって?」
「あ、いや、昨晩、夢に出た」
「カァ」
「とにかく頑張ってみてくれたまえ。中に挟むクリームも、何種類か工夫して貰えるといいし、生地にいろんな色を付けれたりしちゃうと、最高だよねっ」
「まあ、頑張ってみますけどね」
「健闘を祈るっ」
よし、これで大丈夫だな。
出来上がったお菓子の確認と味見は、学院祭前日の夜にでも屋敷に戻ってしましょう。
学院への運搬は、最近コンビニ店舗と倉庫化が著しい俺の無限インベントリで行いましょうか。
さて、本日は父さんや母さんたちのご予定は?
母さんとヴァニー姉さんは、エステルちゃんを連れて商業街に早速お買い物に行くのか。
え? シルフェさまとシフォニナさんも行くんですね。そりゃ絶対行きますよね。
アビー姉ちゃんは? ああ、部活と総合戦技大会もあるので、朝食を食べたらもう学院に戻ったのか。
母さんたちのお買い物には、レイヴンが総出だよね。
ジェルさん、オネルさん、ライナさんが護衛で付いて、ブルーノさんとティモさんにアンツォさんも加わって周辺警戒と影護衛ですね。
メルヴィン騎士も何人かの分隊員を連れて、周辺警戒に加わるそうだ。
あとお付きはリーザさんにフォルくんとユディちゃんも加えて貰ったんだね。初めての王都だから、楽しんで来てね。
それにしても結構な人数が動くから、近頃うちを観察しているらしい王宮騎士団とかには注意してほしいな。
「そこは、分かっております」とジェルさんが胸を叩いた。
あ、クロウちゃんもいちおう上空から警戒してくれるですか。と言うか、何か美味しいものにありつきたいだけじゃないの。カァ。
で、俺はというと、屋敷に残った父さんに呼ばれました。
王都屋敷にも子爵執務室があって、父さんと母さんの部屋に中で繋がっている。
その執務室に入ると、クレイグ騎士団長とミルカさんとともに父さんが待っていた。
「母さんたちは出掛けたか?」
「うん、賑やかに出掛けて行ったよ。シルフェ様がお店を案内するんだって、張り切ってた」
「そ、そうか」
「しかし、今回はあらためて思ったぞ。おまえとエステルさんは、凄いな」
「いやー。自分では何をどうしようとか思ってないんだけど、なんだか寄って来るんだよね」
「おまえ、精霊様を、寄って来るとか……」
「これはやはり、ザカリー様の持って生まれた運命と言うか、人徳ですぞ」
「私もそう思います。ファータの誰もが何百年もお会いしたいと願って、でもお会い出来ない真性の精霊様と、ごく自然にご一緒におられるなんて」
「それは、今回はどちらかと言うとエステルちゃんだよ。彼女がシルフェ様から呼ばれたのが、そもそも始まりだから」
「そのエステルさんのことだ。おまえに今更言うのもなんだが、シルフェ様にお墨付きをいただいたのだから、話を進めていいんだよな」
俺とエステルちゃんが正式に許嫁になるという話か。
これについては昨日、エステルちゃんと話したのだけど、ひょーとか、ほぇーとかの反応で、あまり突っ込んだ話はしてないんだよね。
でも最後に、「ぜんぶ、ザックさまにお任せします。わたしは、ザックさまと一緒に歩いて行くだけですから」と言っていたから、オッケーということだろうね。
「うん、いいよ。エステルちゃんも大丈夫だと思う。あとはお父さんのエルメルさんとお母さんのユリアナさん、それからエーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんに、きちんとお願いしないといけないけど」
「エステルさんのお父さんお母さんと、里長のお爺さんにお婆さんだな。おまえも以前にお会いして、親しくさせていただいているな」
「うん、あの時は、とても良くして貰ったよ」
「じつは、今までおまえには話をしていなかったのだが、俺とアンはエルメルとユリアナさんとは古い知り合いなんだ」
あ、思い出した。
おととしファータの里に行った時、ユリアナさんが仕事先に戻るって出掛ける間際に、「アンによろしく」って言ったよな。
あの時はあまり深く考えていなかったけど、そうか、エルメルさんとユリアナさんは父さんと母さんの古い知り合いなのか。
「だから俺たち4人の中では、おまえとエステルさんは、随分と以前から許嫁なんだよ」
「それって」
「まあ、今時点で承知しているのは両親同士と、あとはウォルターとクレイグ、それから
叔父のミルカだけだけどな」
ひょーとか、ほぇーとかの反応をするのは、俺でした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




