第23話 秘密の協力者獲得?
「それで、エステルさんは、どうして木の上に登って影を薄くして、クロウちゃんにつつかれてたんですか?」
「そのカラスに」「カァカァ」「あ、いえ、そのクロウちゃん様に、つつかれるために木の上にいたのではなくてですね。それに影が薄いのではなくて、気配が……」
影と気配の違いにこだわる人だなー。
「クロウちゃんはクロウちゃんでいいですよ。クロウの九郎だから、クロウちゃん」
「は、はあ。……それがじつは、ザカリー様の様子をこっそり見ようとしていたんです」
「なるほど」
「申し訳ありませんっ。それから、クロウちゃんは頭をつつきに来ようとしないでください」
家令のウォルターさんの配下で、おそらく探索系のお仕事をしているこの人は、どうやら、俺がひとりで何をしているのか探りに来たようだ。
まぁ、結界を張っているとはいえ、いつかは誰か来るんじゃないかと思ってたんだよね。
「そうですか。それでいつから? 今日が初めてじゃないんでしょ?」
「初めてではないです。以前にも。あ、でもそんなに回数は多くありません」
エッチな話じゃないよ。
「それで何度も突かれて」
「はい何回も何回も、それで思わず声を出してしまって」
エッチな話じゃないよ。
話を聞くと、ずいぶんと以前、まだ結界の力も弱い時に、アビー姉ちゃんとここでこっそり稽古をしていたのを気づかれたようだ。
父さんたちは、知らない振りをしてたんだね。
子供たちのことだからと自由にさせていたらしいけど、ある日エステルちゃんがこの辺りに近づいてみると、なんだか空き地にだけ霞がかかっているようで、ハッキリしない感じがしているのに気がついた。
それで、どうしてだろうとたまに探りに来ていたそうだ。
ウォルターさんには、状況や原因が分かってからと、まだ報告はしていないと言う。
もちろん、俺が屋敷のどこにもいないことは確認していて、おそらくこのハッキリしない中に俺がいるんじゃないかと。
そして今日、クロウちゃんに見つかって、頭を突かれて思わず声を出して木から落ちてしまって、そうしたらやっぱり俺がいた、ということのようだ。
「わかりました。別に探られて怒ってはないですよ」
「あ、ありがとうございますっ」
エステルちゃんは安堵したようだ。
「カァ」
「で、エステルさんて、どんなお仕事をしてるんですか?」
たとえ主君の子息の問いであろうと、直接の上司の許可無く、役目の内容を決して話すことはない。それがもっぱら探索を行う者の慣らいだ。
「えと、主に探索ですね。わたしの担当は領都グリフィニアで、子爵様ご一家に身近な事柄が任務です」
あー、すぐ話すのね。エステルは素直な子なんだね。
「そ、そーなんだ。あの2年前の夏至祭での事件のときも、僕たちの周辺で探索してくれてたのは、やっぱりエステルさんだったんだね」
「そうです、そうです。やっぱり知ってらっしゃったんですね。えへ」
この人は……ちょっとポンコツなんだろうか。
年齢は、侍女のシンディーちゃんよりは下、というところかな。細身のちょっと小柄で、なかなか俊敏そうではある。鍛えてはいるんだろうな。
身体にぴったりとしたグレーの上下は、探索用の衣装だろうか。下はスポーツレギンスみたいな感じで下半身のラインが……上はもう少しゆったりとしているけど、意外に豊かな胸は隠しきれない……。
「あのー」
「は、はいっ」
「それで、ちょっとザカリー様にお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ど、どうぞー」
「この空き地、ザカリー様がいるらしいときには、なんか霞がかかっているようなのは、なんなのでしょうか?」
ふー、俺がおじさんの視線で、エステルちゃんの全身を見ている件じゃなかったです。
「うーんと、それは……エステルさんは、誰にも言わないと誓える? クロウちゃんの嘴に誓ってくれる?」
「それは、誰かにしゃべると、クロウちゃんが嘴で突いてくるということですか? はい、誓いますぅ」
「ウォルターさんとか、うちの両親とか、誰にも言っちゃダメだよ」
「はいっ」
よしよし、素直な子だ。
「これはね、結界を張ってるんだよ」
「けっかい? ですか?」
「そう防御結界。近づく敵を察知しながら、一定の範囲内に認識阻害を生じさせて、そこにいることを悟らせないようにするもの」
「防御けっかい、ですか」
エステルちゃんは、ぽかーんとしていた。
「それって魔法なんですか? そんな魔法の名前、聞いたことがないけど。ってザカリー様はもう魔法が使えるんですかー」
我に返ると、エステルちゃんは早口で聞いてきた。
「いやー、僕はまだ魔法は使えないよ、5歳だからね」
「でもでも、その防御けっかい、って魔法みたいじゃないですかー」
「これはね、呪法だよっ」
「じゅほう??」
「まぁいいじゃない。そんなものだと思ってよ」
「どうして5歳のザカリー様が、そのじゅほう? というのができるんですか」
ちょっと興奮気味のエステルちゃんを、どうどうと落ち着かせる。
「だから、クロウちゃんの嘴に誓って秘密ってことなんだよ」
「はぁ」
「これ以上は教えられない、ってことなんですね」
「そんなことないよー、エステルちゃんが僕に協力してくれるなら、そのうち教えちゃうよー」
「協力って……何をすればいいんですか?」
「カァ!」
こうして俺は、秘密の協力者を得ることができた。
人によるヒューミントって大事だからね。
それにしても、エステルちゃんが好奇心の強い子で良かった。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。