第254話 いいなづけ
父さんたちの到着とともに起きたことや旅の片付けなども終わって、ようやくランチがいただけることになりました。
王都屋敷にもグリフィニアの屋敷よりだいぶ小振りながら、パーティーの出来る広間がある。
今日は歓迎のランチパーティーということで、全員が広間に集まった。
グリフィニアからは、えーと、俺の家族が3人、騎士団がクレイグ騎士団長以下7人、新しく出来た調査探査部がファータの2人、それに侍女のリーザさん、トビーくん、フォルくんとユディちゃんで16人だね。
王都屋敷組がシルフェ様とシフォニナさんを加えて14人だから、全部で30人が集合だ。
「正門に誰もおらんで、いいかの」「いいです、いいです。王都で、ここにいるメンバーに勝てる者なんかいないからさ」「そりゃそうですの」「それより、ランチパーティーを楽しもうよ」「そうですな、楽しみましょうぞ」
アルポさんとエルノさんのふたりとそんな会話を交わしながら、俺は広間内を眺める。
どうこう言って、風の精霊とファータ比率が高いよね。ミルカさんとアンツォさんを加えて、精霊とファータで8人か。
気が付いたら俺は、ファータの一族に助けられながら縁も随分と深くなってるんだな。
「皆揃ったか? よし、これで全員だな。今日は、俺たちがグリフィニアから到着したということで、歓迎のランチパーティーを開いてくれて、ありがとう。王都屋敷常駐の皆には感謝するぞ」
挨拶に立ったヴィンス父さんは、ここでひと息入れ、そして大きく深呼吸をした。
「今回は、アビーとザックが学ぶセルティア王立学院学院祭の見学が目的だから、俺も気楽に王都まで来たのだが。皆ももう充分に承知していると思うが、着いた早々、腰を抜かすほどに驚かされて。いや、さすがはザックがいる王都屋敷だよ」
広間内で笑いが起こる。うちの騎士団は基本的に脳筋連中だが、肝は太いし、いったん腹に収めればもういつも通りだ。
「こちらにおられるのは、シルフェ様とシフォニナさんだ。あ、いや、もう膝を突かなくていいぞ。ここにいる全員は、本当のご身分をもう存じ上げているが、今はあくまでエステルさんのお姉様とお側付きのおふた方だ。だから、そう名前で呼んでくれと言われている。皆もこのことは肝に銘じて守るようにな」
「それから、ひとつ皆に知らせておくことがある。ザック、エステルさん、こちらに」
俺は父さんの横に、エステルちゃんは父さんの隣に立つ母さんの横に並んだ。
母さんは直ぐにエステルちゃんと手を繋いでいる。
「これも全員が承知していると思うが。今日からエステルさんを、内々にグリフィン子爵家の家族としたい。つまり、簡単に言えばザックの許嫁だな。まだ、エステルさんの家のご了解は正式にいただいてないが、そこのところがきちんと整ったら、公式に発表するつもりだ。ただし、シルフェ様にはご了解をいただいたぞ。シルフェ様のご一族とわがグリフィン家は、もう親戚みたいなものだ、というお言葉もいただいた」
「おおーっ」「きゃーっ」「うぉーっ」
広間から歓声が上がる。大拍手が沸き起こり、そして恒例の足を踏み鳴らすドンドンドンという音が響く。
ほらほら、もう料理が並んでるんだから、あまり揺らさないでくださいよ。
フォルくんとユディちゃんは慣れてるけど、エディットちゃんは目を丸くしてますから。
「これは凄いことだぞ。俺もまだ良く理解出来ていないが、その、なんだ……」
「あなた」
「お、おう。そうだな。さっきからの出来事が大変すぎて、まだ俺も落ち着けていないんだ」
広間内はまた笑いに包まれる。温かい笑い声だ。
「まあなんだ、とにかく、ザック、ひと言なにか皆に話せ。この王都屋敷の主人は、おまえとエステルさんだからな」
「うん。皆さん、グリフィニアからご苦労さま。僕自身はいつも、皆を驚かそうとは思ってないんだけど、なぜかこうなっちゃうんだよね」
「おめでとう、ザカリー様」「私たちもいつも楽しんでるから、大丈夫よ」「着いた早々で、ビックリしたけどな」「エステルさんは騎士団が護るわ」
騎士団の連中から様ざまに声が掛かる。俺にはみんな気安いからいいよね
「いやー、本当にありがとう。僕とエステルちゃんは、変わらずこんな感じですので、これからもよろしくお願いします。それからさっき父さんが言ったように、シルフェ様はエステルちゃんのお姉ちゃんで、僕も義理の弟と言っていただいています。だから、シルフェ様はうちの家族みたいなもので、シフォニナさんは親戚のお姉さんみたいに、皆も気楽に接していただければと。いいですよね、シルフェ様」
「ええ、それでいいですよ」
「ありがとうございます。では皆さん、この王都屋敷で気兼ねは何もいりませんよ。みんな家族で仲間です。それではお腹も凄く減ったし、乾杯して、お腹いっぱい楽しく食べましょう。シルフェ様、乾杯の音頭をとっていただいてよろしいでしょうか」
「はいザックさん、それでは。ところで先に言っておきますけど、わたしたちもお酒を飲むのよ。美味しいし。でも、ちっとも酔わないから、勿体ないのよね。外に出て風に当たる必要もないの。自分が風ですからね」
これって精霊ジョークですか。何千年も存在してるから、場慣れしてるよな。
広間の皆もシルフェ様に対する緊張がほぐれて、にこやかな表情になる。
「それでは乾杯しましょうね。でもその前に、今日はとても気分がいいから、皆さんに祝福をお授けしましょうか。シフォニナさんも、お願いね」
「はい、おひいさま」
シルフェ様とシフォニナさんが、胸の前でワイングラスを両手で握るようにすると、ほのかに甘い香りを乗せたそよ風がふたりから沸き起こり、広間にいる全員を包み込んだ。
「ふぉー」「はわぁ」
秋の爽やかな風だね。頭も身体も心もすっきりと冴えて行く、でも優しい風。
「グリフィン子爵家が、これからも益々栄え、どんな困難が起きようと乗り越えて行けますように。そして、みなさんの側にいつも幸せがあり、ザックさんとエステルを支えていただけますように。さあ乾杯しましょう。乾杯っ!」
「乾杯っ!!」
さて今日のランチパーティーは、人数が多いこともあって立食にしました。
アデーレさんがとても頑張ってくれたが、トビーくんが到着早々に手伝ってくれたおかげで、かなりの種類と量の料理が並んでいる。
俺とエステルちゃんがシルフェ様、シフォニナさんと料理を楽しみながら談笑していると、グリフィニアから来た皆があらためて挨拶に来てくれた。
「こちら、メルヴィン騎士。ジェルさんたちと同じ騎士小隊で、それから僕たち子爵家の子やオネルさんが小さい時、剣術の先生だったんですよ」
「あら、そうなの。ザックさんやオネルちゃんたちの先生ね。さぞかし大変だったんでしょうね」
「え、あ、いえ、私など、ザカリー様に教えることは、何もありませんでしたから」
「でも、ザックさまが5歳の時に、大森林に引率していただいたんですよ」
「あ、いやー、あの時は大変でした」
「ああ、ザックさんがヘルボアを見つけた時の話ね。そんなに小さい頃から、見守っていただいているのね」
それからも順番に騎士団員がやって来て、シルフェ様は全員の名前をきちんと聞きながら、ひとりひとりに声を掛けている。
「リーザさん、トビーくん、それからフォルくんとユディちゃんも、こっちに来て」
「みなさん、勝手に飲んだり食べたりしてるから、もう大丈夫よ」
「シルフェ様、シフォニナさん。彼女はうちの母さん付きの侍女さんで、リーザさん」
「わたしの同僚ですよぅ」
「初めてご挨拶いたします、リーザ、です。でも、エステルちゃんの同僚なんて、畏れ多くて」
「なに言ってるですか。わたしの大切なお友だちですよぅ」
「あら、エステルのお友だちなのね。これからも仲良くしてあげてくださいね」
「は、はい」
「それから、これ、トビーくんね。うちのアシスタントコックさんで、年は離れてるけど、僕が幼い頃からの友だち」
「これってなんすか、ザカリー様は。あの、トビアスと申します。お目にかかれて光栄です。お屋敷には、男子がふたりしかいなかったものですから」
「あとは、おじさんしかいなかったからね」
「あなた、コックさんなのね。どんなお料理が得意なのかしら」
「トビーさんは、お菓子づくりが得意なんですよ、お姉ちゃん。そうそう、夏に王宮前広場の近くでいただいたソルベートも作れるんですよ」
「あら、これは作っていただかないとだわ。お菓子づくりがお得意だなんて。あなた、独身でしょ。これは良い旦那さん候補よね。そう思わない、リーザさん」
「え? あ、はい」
「それから、この子たちがフォルくんとユディちゃんです」
「ふたりとも、こちらに来てご挨拶しなさい」
「はい、エステルさま」
王都屋敷に着いて早速、エディットちゃんと3人でお仕事をしながら仲良くなったようで、先ほどの父さんからの話もあり、3人で相談した結果、エステルさまと呼ぶことに統一したみたいだね。
「初めてお目にかかります、ザカリーさまとエステルさま付きのフォルタです」
「初めまして。同じく妹のユディタです」
「まあ、あなたたちは、ドラゴニュートね。そう、あなたたちが北から来たという……。これはアルにも会わせないと、かしら」
「やはり、そうですよね」
「ええ、ええ。またその機会が来るでしょう。どう? グリフィニアは楽しい?」
「はいっ。勉強も、剣術も、魔法も教えて貰って、とても楽しいです」
「毎日、楽しいです。でも、ザックさまとエステルさまが、王都に行かれちゃったから」
「こら、ユディ」
「そうね。でも、ザックさんとエステルもここでお勉強だから、あなたたちもグリフィニアで、お勉強をしっかりしないとですよ」
「はいっ」
「でも寂しかったのね。ユディちゃん、いらっしゃい」
「えと……」
「お側に行かせて貰いなさい」
「はい」
おずおずと近寄るユディちゃんを、シルフェ様はそっと抱き寄せた。
「とてもいい匂い。エステルさまと同じ」と、ユディちゃんの小さな声が聞こえる。
カァ。え、そうなんだ。胸に抱かれると、同じ香りがするんだね。クロウちゃん、キミは両方を良く知ってるよね。
カァカァ。だから俺はエステルちゃんだけで充分でしょ、って、キミもなかなか言うようになりましたな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




