第252話 父さんたち一行の到着
「カァカァ」
「え、こちらに向かってるですか? いま、内リングに入りましたか」
「ティモさん、アルポさんとエルノさんに報せて来て」
「承知」
父さんたち一行がフォルス大通りを内リンク内に入ったと、上空で見張っていたクロウちゃんが戻って来て報告してくれた。
うちの王都屋敷はそのまま商業街を少し行き、貴族屋敷地区に入れば直ぐだ。だから、間もなく到着するだろう。
「カァ、カァ」
「馬車が2台、騎乗が6名か。随分と少ないな。ジェルさん、受入れ用意をお願いします」
「了解です」
ティモさんは屋敷正門に走り、ジェルさんたちは一行の受入れにと、先に屋敷玄関前に向かう。
さて俺たちもと、ラウンジで待機している面々を見る。
俺とエステルちゃん、アビー姉ちゃん、それからシルフェ様とシフォニナさん。エディットちゃんが控え、アデーレさんは厨房で準備をしている。
発動していた俺の探査の能力が屋敷に近づく馬車と騎馬を捉えた。シルフェ様とシフォニナさんは玄関ホール内に残って貰い、俺たちは外に出る。
ちなみに精霊様おふたりには、お気に入りの侍女服からご自分の衣装に着替えて貰ってますよ。
ジェルさんたちの誘導で、子爵家馬車の2台が玄関前の馬車寄せに到着した。
「着いたぞ」
「ザック、アビー、エステルさん、来たわよー」
「みんな、元気?」
正面に着いた馬車から、ヴィンス父さん、アン母さん、ヴァニー姉さんが降りて来た。
2泊3日の旅の疲れも無く、3人ともとても元気そうだね。
それで後ろの馬車からは、来ましたー、クレイグ騎士団長。
父さんたちがグリフィニアを留守にする時には家令のウォルターさんは残るから、今回はクレイグさんが来たのか。
その後ろから母さん付き侍女のリーザさんが降りて、あれっ、トビーくん来たの? なに疲れた顔してるですか。ずっと騎士団長と一緒だったからかな。
それから、ふたりの竜人の子が元気よく馬車から降りて来た。フォルくんとユディちゃん、連れて来て貰ったんだね。
護衛の一行も馬を降りて並ぶ。メルヴィン騎士が率いる分隊だ。
あ、あとミルカさんと確かアッツォさんだな。ファータの探索者チームも騎乗で従って来たんだ。
と言うか、今回は学院祭に行くということもあって影護衛要員だろうな。
「父さん、随分と少人数で来たんだね」
「護衛か? 今回は公務ではなくて、まあ家族旅行だ。それに王都には、ジェルメール騎士たちがいるしな」
「フォルくん、ユディちゃん、来たんですねー」
「はい、エステルさん。おまえたちは本来、ザカリー様付きだからと、特別に同行させていただきました」
「すっごく嬉しかったです。わたしたちが王都に来られるなんて」
「アビー、あなた、ちゃんとお屋敷にいたのね」
「それは姉さんたちが来るからさ」
「どうせあなたも、今日、寮から戻って来たんでしょ」
「へへへ、バレたか」
「ところで、リーザさんは当然として、トビーくんはどうして?」
「ほら、わたしたちが滞在すると人数が増えて、お食事の用意が大変でしょ。それに、お付きの侍女を増やすより、リーザとトビーさんのふたりを、でね」
「なるほど」
トビーくんは母さんの策略か。
アデーレさんだけじゃ料理は大変なので、それはそうなのだけど。これまでは父さんが王都に滞在する場合は、だいたい料理長が同行するんだよね。
で、トビーくん、まだ進展ないの? ああ、リーザさんを手伝って馬車から荷下ろしをしてるんですね。頑張ってください。
父さん、母さんと俺が話している側に、クレイグ騎士団長とミルカさんがやって来た。
「ザカリー様、お世話になりますぞ」
「よろしくお願いします、ザカリー様」
「いえいえ、おふたりともご苦労さまです」
「ミルカはこの秋から、正式にうちの探索者チームの現場の長になって貰ったんだよ。組織名称も探索者チームから、グリフィン子爵家調査探索部にして、部長をウォルターが兼務し、ミルカが副部長で現場の指揮官だ」
父さんがそう説明してくれた。チームから部に格上げしたんだね。
そうすると、ティモさんは正式には調査探索部、王都屋敷分室員ということだな。ひとりだけだけど。
「そうですか。ミルカさん、いやミルカ副部長。よろしくお願いします」
「いえいえ、やることに変わりはありませんよ」
「さあさ、みなさん、お屋敷に入ってくださいね」
「あらそうね。お邪魔するわよ、エステルさん」
「なーに言ってるですかぁ、奥さまは」
「この屋敷って実質、ザックとエステルちゃんち、だからさ」
「そう言うアビーの家は、ほとんど寮でしょ」
「えへへへ。まあ、そうとも言う」
賑やかなのは今のうちですよ。驚きはこれからですよ。シルフェ様、お待たせしてしまいました。
ぞろぞろと玄関ホールへと入って行くと、正面にはシルフェ様がにこやかに立ち、やや下がってシフォニナさん、そして離れてエディットちゃんが控えていた。
「おっ」
「おやっ」
「あららーっ」
「えーっ、エステルちゃんが、もうひとりいるわっ」
すると、一緒に入って来たミルカさんと、それから荷運びを手伝ってちょうど玄関ホールに入ったアッツォさんが、するすると前に走り出てシルフェ様の姿を見るや、その場で土下座をしてしまったではないか。
あー、そうなりましたか。
ミルカさんたちが同行して来たことが分かった時点で、こうなる予測がついた筈だけど、父さんたちと話していてすっかり失念してしまった。
ここは俺がなんとかしないと。
いきなり土下座をしたファータのふたりを見て、父さんたちは驚きが二倍増ですよね。
全員が呆然と立ち止まり、無言でこの光景を見続けている。
慌てて俺はエステルちゃんの手を引いて、シルフェ様の横に行った。
「えーと、ご紹介します。この方は、その、エステルちゃんのお姉さんで、シルフェ、さん。それから、お付きのシフォニナさんです」
「シ、シ、シルフェ、様。エステルの、お、お姉さん? 本当に? 本当のシルフェ様?」
土下座のままぶつぶつ言っていたミルカさんが、恐る恐る顔を上げる。
その視線の先にはシルフェ様と、横に立つエステルちゃんの顔があったのだろう。
シルフェ様はニッコリと微笑みかけ、エステルちゃんは困り顔でミルカさんを見ている。
「し、失礼、いたしましたー。わ、わたくしは、エステル、いやエステル様の叔父で、ミルカ・シルフェーダと申しますっ。こちらに控えるのは、同じ里のアッツォであります。シ、シルフェ様、そしてシフォニナ様、このたびはご尊顔を拝し、き、恐悦至極の至りで、あ、あの……」
ミルカさんにはとても珍しく、かなりの大声を振り絞ってそう一気に言い放った。最後は徐々に小さくなって行ったけどね。
「あら、わたしの家系なのね。エステルの叔父さんでミルカさん。それから里のアッツォさん。はい、よろしくね。でも、みなさんが吃驚してるし、ザックさんのご家族とまだご挨拶してませんから、少し落ち着きなさいな」
「こ、これは、わたくしとしたことが、気が動転して大変失礼をいたしました。おいアッツォ、こちらに、こちらで控えるんだ」
「は、ははぁ」
ミルカさんとアッツォさんは土下座から腰を低くしたまま移動し、シフォニナさんの後方に膝を突いて控えた。
なんだか、シルフェ様たちが初めてこの屋敷に現れた時のことを思い出すよね。って、今はまだそんな場合ではないですよ。
「お、おい、ザック。こちらのお方は。エステルさんのお姉さんとおまえは言ったが、ミルカたちは、いったいどうしたんだ」
「えーとですね」
「おい、母さん、どうしたんだ」
「あなたも控えて。早く」
ようやくヴィンス父さんがそう口を開いたのだが、その時、これまでの光景を黙り込んで見つめていたアン母さんが、突然、床に片膝を突いた。
そして隣の父さんの身体を無理矢理引っ張って、同じように控えさせる
「シルフェ様であらせられますね。そしてシフォニナ様。このたびはお初にお目に掛かります。横におりますのが、ザックの父親のヴィンセント・グリフィン。そしてわたくしは、母親のアナスタシア・グリフィンでございます」
「ザックさんのお父さんとお母さんね。はい、初めまして、こんにちは。いつもうちのエステルが良くして貰って、ありがとうございます。とても感謝しておりますよ。それから、このお屋敷にシフォニナと滞在させていただいていて、そのお礼が遅れたわね」
「いえ、こちらこそ、真性の風の精霊様に、当家の王都屋敷にご滞在いただきまして、光栄の至りでございます」
「えーっ」
母さんのその言葉で周囲から驚きの声が上がり、無理矢理に控えさせられていた父さんがハッとした表情になる。
「控えろ、控えろ。皆の者、控えるんだっ。真性の風の精霊様ぞ。……ご挨拶が遅れました。初めてお目にかかります。ヴィンセント・グリフィンであります。」
玄関ホールにいる全員が、その父さんの声を聞いて慌てて膝を突き、頭を垂れる。
立っているのは、シルフェ様、シフォニナさんと、横にいる俺とエステルちゃんだけになってしまった。
「(あー、やっぱりこうなっちゃったか)」
「(打合せ通りには行きませんでしたぁ)」
「(まあ、バレちゃったから、仕方ないんじゃないの)」
「(うちの一族がおりましたからね)」
4人でそう念話を交わすが、シルフェ様とシフォニナさんは暢気だよなー。
さてこれからどうするんだ。もうお昼時だし。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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2021年2月21日付記
本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を投稿しました。
タイトルからお察しの通り、あのライナさんの少女時代の物語です。作者としては、どうしても書きたかったというのもありまして。
とりあえず第1章ということで、今回は数話の中編で連載を予定しています。
リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。
ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。




