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第248話 特訓開始

 次の日のお昼休み。いつものように、学院生食堂に集まった総合武術部の面々。

 俺はブルクくんとルアちゃんに昨日の話をした。


「わかった、いいですよ。だけど、ひとつ条件がある」

「あたしも」


「え、何かな」

「その特訓に僕も混ぜてほしい。いや、ザックに稽古をつけてほしい、だね」

「あたしも同じ。ザックくんに稽古をつけて貰うのが、条件だよ」


 なるほどね。ブルクくんとルアちゃんも特訓がしたいですか。そうですか。



 そして4時限目が終了し、俺たちは剣術訓練場に集合した。

 向うでは総合剣術部が訓練を始めているな。バルくんとペルちゃんも素振りをしてるね。

 よしよし、では貰いに行きましょうか。


「部長、レオポルド部長」

「お、ザカリーか。今日はちゃんと訓練のようだな。で、なんだ?」

「バルとペルちゃんを貰いに来ましたー」

「貰いにって、なんだおまえ、総合戦技大会の件だろ。あのふたりを選抜メンバーにしたんだな」


「はい。と言うことで、大会に備えて今日から、クラスのメンバーで特訓をしたいと思いますので、ください」

「話は分かった。毎年の慣例だからな。だが、あげないぞ。総合戦技大会まで、こっちの部活を免除して派遣するだけだからな。ちゃんと五体満足で返せよ」


 俺が総合武術部を創部する際、学院の二大課外部である総合剣術部と総合魔導研究部に後ろ盾になって貰った。

 その時、部員の引き抜きはしないと約束したからね。ちゃんと返しますよ。


 素振りがひと段落したタイミングで、バルくんとペルちゃんに声を掛けてうちの部の方へと連れて行く。

「頑張れよー」とか「ちゃんと帰って来いよー」「いつでも逃げて来ていいんだぞー」という声がふたりの後ろから聞こえるが、まあ気にしないようにしましょう。



 ふたりは先に総合武術部員が素振りをしている場所に行って貰い、俺はもう1ヶ所寄り道だ。

 えーと、アビー姉ちゃんのなんとか剣術なんとかは、と。


「エイディさん、エイディさん」

「おや、ザカリーさん。この前振りでありますな。今日から訓練でありますか」

「エイディさん、少々お願いがあるんだけど」

「お願いとは、なんでありましょう」


「今日、ちょっと姉ちゃんを借りたいんだけど」

「アビゲイル部長をでありますか? それはご本人がよろしければ」


「あんた、なにコソコソと話してるのよ」

「出たな、姉ちゃん」

「出たって、ここはうちの部の訓練スペースでしょ。で、なんか用?」


「ちょっと姉ちゃんを借りたいって、エイディさんに許可を貰ってたとこ」

「なにそれ。わたしを借りたいって、なにするのよ」

「今日だけ、うちの連中に稽古をつけてほしいんだ」

「はーん。あんた、なにを企んでるの。まあ面白そうだからいいけど」



 姉ちゃんを借出し、歩きながら俺の意図を話す。


「つまり、あんたのクラスの子を、限界近くまで訓練させればいいのよね?」


「そうそう。あのふたり、上手だけど、どうも型通りのキレイな剣術なんだよね。なんだか、ちんまりとまとまっちゃってる。だから、闘いの厳しさ、タフさ、荒々しさを見せてほしいんだよ。もちろん、ヤバそうだったら止めてほしいけど」

「なるほどねー。わかったわ」


 こういう時は、やっぱり野生児の姉ちゃんですよ。

 そこら辺の獰猛な獣を相手にするより、よっぽど厄介だからね。


「で、どの子? あ、あのふたりね。じゃ、わたしが女の子の方で、あんたが男の子の相手をするってことでいいのね」

「うん。それでお願い。それから、あのふたりが終わったら、ルアちゃんも頼むよ。僕はブルクの相手をするからさ。あのふたりにも稽古をつけるって、約束したんだ」

「おっけー」



 うちの部員たちも素振りが終わり、バルくんとペルちゃんが合流して何か話している。

 暢気に話してられるのは、今だけですぞ。


「やあ、お待たせ」

「あ、アビーさま、こんにちは」

「みんな元気そうね。合宿以来かしら」

「はい。で、どうしてこっちに?」


「ご紹介します。僕の姉ちゃん」

「それは、みんな知っているが」

「でも、バルくんとペルちゃんは、ちゃんと挨拶するの、始めてじゃない?」


「え、ええ、アビゲイル様こんにちは、ペルラ・エルコラーニです。お顔は存じていますが」

「僕もちゃんとご挨拶するのは、始めてです。バルトロメ・イダルゴです」

「ペルちゃんとバルくん、こんにちは。ザックのクラスメイトね。ザックのお友だちなら、アビーでいいのよ」

「はい、アビーさま」


「今日は姉ちゃんに特別講師をして貰います」

「特別講師??」



「それで部長、アビーさまが特別講師って、どういうことなの?」

「今日からバルとペルちゃんが、特訓で一緒に訓練するからさ。今日だけ姉ちゃんにちょっと手伝って貰おうと思って」


「そうそう、今日から特訓なんでしょ。面白そうだから、じゃなくて、可愛い弟とお友だちの1年生のためなら、手を貸そうと思ってね」


 姉ちゃんは、なるべく失言をしないように。それから皆は、このやべー姉弟は何を企んでるんだ、みたいな顔をしないように。


「この学院で、一二を争う剣の使い手である姉ちゃんに、稽古をつけて貰うなんて、いい経験だからさ。そうだな、まずはペルちゃんからどうかな。バルは僕が相手をするよ。それでその後は、ルアちゃんが姉ちゃんと、ブルクが僕とでいいかな」


「あ、あたし、それ楽しみ。ペルちゃんの次ね、わかった」

「ザック、なるほどですね。そう来ましたか。バルくんの次でわかりましたよ」


 ルアちゃんは素直に喜んでるけど、ブルクくんは何が分かったのかな。

 それから名前を呼ばれなかったそっちの3人は、何ホッとした顔をしてるのかな。



「では、素振りも終わっているようだから、打込み稽古をします。姉ちゃんと僕はペルちゃんとバルの相手をするから、うちの部員は5人でうまく順番に組んで、相互に打込み稽古をするように」

「はーい」「おう」


 アビー姉ちゃんはペルちゃんを連れて、皆から少し距離を取る。

 姉ちゃんは動くからね。この訓練場はとても広いし、うちは部員数が少ないが割当てられた空間には余裕がある。


 それでは俺はバルくんを相手に、ここでやりましょう。


「じゃいいかな? 僕が受けるから、自由に打込んで来て」

「わかった、行くよっ」


 初めは打込んで来た木剣を何合か受け、ほど良いところで突き放す。

 やっぱり受けてみてもキレイな型だね。でも、次はどこに来るのかが、直ぐに分かってしまうだろうな。


 暫く同じように繰返させた。

 基礎体力は備わっているようだな。体幹も意外としっかりしている。

 騎士爵の息子で半年間、総合剣術部で訓練して来ただけあって、木剣にも充分馴染んでいるようだ。



「よし、次からは僕も少し動くよ。それからバルは、もう少し闘気を出してみよう。僕を殺すつもりでね」

「えっ?」

「さあ、来い」

「あ、はいっ」


 多少の闘気を出したのだろうが、そんなのじゃ虫も潰せないよ。

 向かって来たバルの上段からの振りを、体を躱して空振りさせ、上から彼の木剣を叩いて落とす。


「早く拾わないと、君が死ぬよ」

「は、はい」

「もういちど距離を空けて。もっと闘気を高めて向かって来なさい」

「はい」



 勢い良く走り込んで来て振るわれた彼の剣を、今度は合わせて受けながら、ほんの少しだけ俺が闘気を放って突き放す。

 バルくんはビクっとすると同時に、後ろに勢い良く押されて転倒した。


「立てるかい」

「はい、大丈夫」

「よし、もういちど」


 今度は俺も初めから僅かな闘気を出す。

 意を決して打込んで来たバルくんに、何度も何度も打込ませる。

 そして、当初のキレイな型通りの打込みが崩れ始めたところで、再び突き放す。


「さあ、もっと来い」

「は、はい」



 それから、どのくらい木剣を受けただろうか。

 途中から彼の剣は荒れに荒れ、多少破れかぶれになりながらも、それでも歯を食いしばって向かって来た。

 根性はあるな。根性だけでは上達はしないが、無いよりも有る方が上達は早い。


 何回目の突き放しか、とうとうバルくんはそこでへたり込んでしまった。


「よし、ここで休息する」

「あ、はいー。ふぅー」


 さて、姉ちゃんの方はどうかな。お、まだやってるが、そろそろ限界のようだ。

 ペルちゃんがヨタヨタと向かって行き、姉ちゃんが躱しながら剣を合わせる。

 空振り気味にバランスを失った木剣が弾かれ、手が痺れたのだろう、ペルちゃんもとうとうへたり込んでしまった。


「休息よー。よく動いたわね」

「ひゃー、はいー」


 俺はバルくんに軽く回復魔法を施し、「水分補給をして来ていいよ」と声を掛ける。

 同じくペルちゃんにも回復魔法と声を掛けた。

 まあ今日はこんなものかな。



「ザック、やったね」

「え? なにを?」

「まあいいよ。次は僕の番だからね。残りの時間、とことん付き合って貰いますよ」

「ああいいよ、来いっ」


 向うではルアちゃんが姉ちゃんに走り寄って、「アビーさま、お願いしますっ」と元気良く声を出している。


 さて、ブルクくんの剣を受けるのは夏休み前以来だな。この前の合宿では、ジェルさんたちに任せたからね。

 先日の剣術学中級の講義は、俺、フィロメナ先生に掛りっきりだったんだよな。


 彼は見切りもだいぶ出来るようになったし、剣に激しさも備わって来ている。

 だから少し気持ちを引き締めて相手をしないとだな。

 さあ来なさい。へたり込むまで受けてあげましょう。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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