第245話 総合剣術部を見学に行く
フィロメナ先生の訓練は、縮歩に繋がる歩法の鍛錬を徹底的に行って終了した。
木剣を構え、俺が前世に身体に染み込ませた歩法で瞬速に移動する。
これだとごく短距離しか移動できず相手が目で追うことも可能ではあるが、それでも意表を突く瞬間のスピードは速い。
それを繰返し行い、身体が覚えるまで続ける。
「ふう。なんだか、だんだんわかって来た気がするわ」
「とにかく繰り返し鍛錬し、身体に覚え込ませて行くことです。身に付いたら次のステップに行きましょう」
「わかったわ」
「なあ、俺の剣術学中級の講義って、これでよかったんだっけ?」
「なーに言ってるの。いいのよ部長。皆がそれぞれ、自分の意思で剣術を向上させる。これこそが、わが学院の剣術学の講義でしょ」
「それって、学院生がだろ」
「教授も同じよ。立ち止まったり、後退してはいけないの」
「そ、そうか」
フィロメナ先生がなんだか良いことを言っている風だが、それって先生個人の欲では。
でも向上には欲も必要だから、まあいいか。
4時限目が終了し、これから課外部だが、今日は秋学期初日なので部室に集合の予定だ。
と言うことで、課外部棟にある総合武術部の部室にブルクくん、ルアちゃんと向かう。
「よっ、お疲れ。講義は無事に終了したようだな」
「ザックくんは、フィロメナ先生とふたりで、なんかしてた」
「僕たちと離れて、先生をなんだかずっと走らせたよ」
「あなた、何やってるのよ」
「いやー、個人的訓練を頼まれまして。パーソナルトレーナー的な?」
「なんですか? それ」
「この先生のすることを、いちいち気にしてはいけない」
「それは充分わかっている、です」
「それより、ジュディス先生が怒ってた、と言うか呆れてた、です」
「初等魔法学だよね。どうしたんですか?」
「この人、その講義を途中でサボって、わたしたちの剣術学初級の見学に来たのよ」
「えー、どうして?」
「あっちは自主訓練にして、ちょっとね」
「つまりだな。僕たちの方の講義に、もうひとりA組男子が受講している訳だ」
「あー、なるほどですね」
「なになに。その子を見に行ったってこと?」
「まあ、これはA組の秘密事項でありまして。他のクラスには、その」
「何が秘密事項よ。選抜メンバーにするかどうか、力量を見に行ったんでしょ」
「で、どうだ、バルは」
「それは、まだ言えません」
まあ、ブルクくんとルアちゃんを含め、うちの部員には正直な感想を言ってもいいのだけどね。
ほぼ選択肢がないので、あとはもうひとりの候補のぺルちゃんを見ないとだよな。
総合武術部としては、先の合同合宿訓練の反省会と今後の活動の方針を話し合いたいところだが、俺の直近の課題としてはクラス対抗総合戦技大会のメンバー選出だ。
総合剣術部に所属しているペルちゃんは、おそらく剣術訓練場で訓練をしているのではないだろうか。
明日の放課後までにメンバーを決めたいので、見るとしたら今だけだよね。
「と言うことで、今日のミーティングはここまでにして、これから剣術訓練場に行きましょう」
「何が、と言うことでか、わからんがな」
「ここまでにしてって、まだミーティング、始めてないのよ」
「です」
「まあ、いいわ。ペルちゃんを見に行きたいんでしょ。それなら、部長ひとりで行ってきなさい。わたしたちでミーティングして、あと今日は部室のお片付け」
「お菓子、買って来る? あたし、行くよ」
「あ、わたしも行きます、です」
「えーと、ライとブルクは?」
「ふたりもミーティングとお片付けに決まってるでしょ」
「でも」
「ザック、いいから行って来い。逆らうな」
「ミーティングは、僕たちでしておきますから」
「はい」
仕方ないので俺は、ひとりで剣術訓練場へと向かう。
王都屋敷ではなかなかひとりで行動をさせて貰えないのに、学院だと直ぐにひとりで放り出されてしまうのは何でだろ。
剣術訓練場のフィールドに足を踏み入れると、おお、みんな夏休み明けということで張り切って訓練をしてますな。
あっちの大人数はレオポルドさん率いる総合剣術部で、その向うに姉ちゃんの部もいるね。
そのほか、姉ちゃんところみたいに総合剣術部傘下で独立した部や、そのほかの剣術同好会的な部も一緒にここを使っていて、広い訓練場だけどなかなか賑やかだ。
では、総合剣術部を視察と行きましょう。
しかしここは部員が30人ぐらいいるので、いつも大変だよね。
他の部にもスペースを空けてあげないといけないから、かなり密集している。
いまは打込み稽古の真っ最中だな。
えーと、ペルちゃんは、と。お、相手は確か2年生の女子だな。一生懸命打込みをしている。
どれどれ、ふむふむ。
「おい、ザカリー」
「へっ」
「へ、じゃない。君は訓練装備にも着替えず、こんなところで何してるんだ」
声がデカイですよ、レオポルド部長は。
「しーっ、静かにっ」
「あ、悪い、って、何でだ」
「視察、かな?」
「視察って、君たちはいつもここで訓練してるだろ。今日はひとりか。他の部員は魔法訓練場の方か?」
もう、煩いなあ。小声でも声が大きいし。あっち行ってくれないかなー。
「うちの部員は、今日は部室でミーティングですよ」
「そうなのか。で、部長の君は何でここにいるんだ」
「だから、し・さ・つ、ですって」
面倒くさいので、2年生相手に打込みをしてるペルちゃんを眺めながらそう答えると、レオポルド部長も俺が見ている方向に目を向け、一緒にしばらく眺め続ける。
「ははーん、あれは君と同じ1年A組のペルラだな。同じクラスのうちの部員を見に来たと言うことは、総合戦技大会だな」
普段から同じ場所で訓練しているのに、あらためて見に来たとしたら、まあそう思うよね。
「君が総合戦技大会には出場を控えて貰いたい旨、学院長と教授会から要望が出たのは知ってるぞ。まあ当然と言うか、少しホッとしたと言うかだが。でも、1年生のクラスでも勝ち上がれば、4年生と対戦する可能性も出るから、俺個人としてはかなり残念だがな」
「それで、君に代る選抜メンバーを探しに来たということだろ。君のクラスは、接近戦ができる剣術メンバーが足りないのか。うちの部だと、確かあのペルラとバルトロメだな。どちらも騎士爵家の子で、剣の扱いには慣れているし、訓練も真面目に取組んでいる」
はい、丁寧な解説、紹介ありがとうございます。
確かに部長の言う通り剣の扱いに慣れているし、打込みの様子を見ていても手を抜かずに真剣に取り組んでいるようだ。
だけどバルくんと同じく、なかなか上手なんだけどね。
「で、君から見てどうだ。俺からすると、ちょっと型に嵌り過ぎている気がするな。まだ1年生なんだから、多少荒くても、もっと自由でも良さそうなものだが」
ああ、さすがは部長をしているだけあって、良く見ているんですね。
「ザックー」
「あ、姉ちゃんが出た」
「出たって何よ。あっちでうちの部が訓練してるの、あんた知ってたでしょ」
ペルちゃんについては俺もそう思うと、レオポルド部長に答えようと思っていたところで、アビー姉ちゃんがびゅーっと走ってやって来た。
「姉ちゃん、この前ぶり」
「ええ、この前ぶりね。あんた、ひとりで訓練装備にも着替えずに、レオ部長と何話してるのよ。ヴィオちゃんたちは?」
「みんなは部室でミーティング」
「それであんたは?」
そこでレオポルド部長が、先ほど一方的に話していた話を繰返した。
再び解説、ありがとうございます。面倒くさいので助かります。
「ふーん。まあ、あんたが大会に出ないのは、世のため人のため学院生の平和のため、だけどね」
「なんだよ、それ」
「お、そうなのか、アビー」
「この子が出場するって言ったら、どんな手を使ってでも、わたしは阻止するわ」
「それほどか」
はいはい、ここでいちおう部長の3人が何やら話していると、真面目に訓練している部員たちの邪魔になるでしょ。みんなチラチラ見始めてるし。
「それで、あんたのクラスのメンバーは、もう決まってるの?」
「だから僕に一任なんだってさ」
「ヴィオちゃんとブルクくんは魔法で決まりよね。あとカロちゃんは?」
「カロちゃんも出て貰うつもりだよ」
「ふーん。それだとあとふたりか」
「だから、うちの部のペルラとバルトロメなんだな」
「まあ、有力候補としてですね」
「あんたのとこは、もちろん勝つつもりよね」
「そりゃ、僕が選んで出すからにはね。だから決めたら、あのふたりも特訓ですよ」
「再起不能とか、無しよ。父さんに怒られるわよ」
「特訓で再起不能って、それほどか。頼むからうちの部員を壊さないでくれ」
そんな鬼畜のようなことはしませんから。でも特訓は、やっぱりしないとかなぁ。
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