第22話 5歳の遭遇
ヴァニー姉さんの魔法の稽古を見学させて貰った日、あのあとアン母さんはどうやらヴィンス父さんに怒られたようだ。
屋敷の方まで、母さんが放った火球魔法の爆発音が響いて来て、侍女さんたちがびっくりしたらしい。家令のウォルターさんにも注意を受けていた。
そして俺は、やっと5歳になりました。
誕生日の夕飯の席で、今年も父さんが「5歳になって何がしたい? そうそう、剣術の稽古は明日からさせるぞ」と聞いて来た。
魔法の訓練もしたい、という心の声は抑えて、うーんと考える。
「魔法の稽古は8歳からがいちおう決まりごとだから、ダメよー」
母さんは先に言わないで。
「ギルドとか、行ってみたいかなー。もっと街の中をいろいろと見てみたいし」
と、俺は言ってみた。
仮にも子爵家の小さなご子息だから、屋敷内以外で自由に行動できるのは、まだ周囲の庭園とかだけなんだよね。小さいときの世界はとても狭くて、でもとても広い。
街へは、3歳から夏至祭と冬至祭の年2回は連れて行って貰えるけど、普段の日の街中には行ったことがないんだ。
ときどき、式神のクロウちゃんドローンを飛ばして、上空からの映像を眺めてはいるけどね。
「ギルドって言うと、ジェラードのところとかか?」
そうそう、ジェラードさんが長をやっている冒険者ギルドね。
グエルリーノさんの商業ギルドは行ってもあまり面白そうじゃないし、グットルムじいさんの錬金術ギルドは……行くとなんかヤバい気がする。特にじいさんが、なんとなくだけど。
やっぱり男の子心をくすぐるのは、冒険者ギルドだよね。
父さんは今回もウォルターさんと目配せで会話していた。
「そうだなぁ、とにかく今年の夏至祭が終わってからだな」
「うん、夏至祭もギルドも楽しみだなー」
アビー姉ちゃんが「わたしも、わたしもっ」て騒いでいたが、ここは流そう。
翌日からは騎士団訓練場で、騎士団見習いの子たちに混ざっての剣術稽古が始まった。
毎朝、朝食が終わって毎日8時からの約2時間。俺は木剣の素振りと形稽古が中心だけど、ぜんぜん問題ないよ。こちらの稽古でも身体づくりがメインだ。
姉さんたちのほか、カティーさん、ユリアナさん、それからいちばん年上のオネルヴァさんの騎士見習い女子組が、いろいろと俺の面倒を見てくれる。
ひとりだけちっちゃい末っ子はいいね!
そのあとはシャワーでひと汗流し、姉さんたちと一緒に屋敷2階の領主家族用ラウンジでお勉強だ。
家庭教師はボドワンさんという男性で、筆頭内政官のオスニエルさんと学生時代に同級生だった人。
専門は歴史学らしいけど、勉強全般を教えてくれる。自然のことや博物学はオスニエルさんの方が詳しいって言ってたけどね。
内容は、読み書きのおさらいに簡単な算数、神話と歴史、この世界や社会のことなどだね。
神話、歴史、社会なんかをこの年齢から勉強するのは、貴族の子弟だからなんだそうだ。
1日が27時間もあるこの世界では、お昼ご飯は13時半過ぎと遅いので、それまでお勉強だ。
お昼のあとの午後は自由時間。
子供は良く遊び、良く育つ。だから俺は剣のひとり稽古の時間に充てるよ。
もちろん姉さんたちと遊んだりもする。
でも最近は、アビー姉ちゃんは騎士団の訓練場に午後も行きたがるし、ヴァニー姉さんも訓練場に行ったり、あとひとりでも魔法の訓練をしてるみたいだ。
母さんの本気? の魔法を見たのが刺激になったようだよ。
そんなある日の午後過ぎ、いつものようにダレルさんの作業小屋の裏手にある空き地に結界を張り、上空に式神のクロウちゃんを見張り役に飛ばして、ひとり稽古をしていた。
すると俺の探査・空間検知に、かすかに何かの気配が引っかかっているのに気がついたんだ。
敵意のないものにはアラートが鳴らないから、誰だろうかと少し検知力を強める。
結界を張っているから、俺の存在が無いようにごまかせている筈なんだけどね。
上空を見上げると、クロウちゃんが円を描いて旋回しながら降下して来る。
そして、空き地から少し離れて重なり立つ樹木の、葉が濃く生い茂る中に飛び込んで行った。
「イタイ、イタイ、痛いですよぅ」
そんな声がして、誰かがドサっと地面に落ちる。
頭を抑えて蹲るその人を目がけて、クロウちゃんがふわっと羽根を広げ降りて来て、頭を嘴でコツンコツンと突いている。
「お願いですからやめさせてください。痛いですぅー」
俺は呆気に取られてそれを見ていたが、「クロウちゃん、やめてあげて」と指示を出す。
この人誰だろう??
クロウちゃんは突くのをやめると、バサバサと飛んで来てピョンと俺の頭の上に止まり、カァと鳴いた。
「ひとの頭を無闇に突くのは、血が出たりするとバッチィからダメだよ」
「カァ、カァ」
「バッチィとかの前に、それはケガしてますよぅ」
頭を突かれていた人は立ち上がって、伺うように俺を見てそう言った。
あっ、この薄い気配、2年前の夏至祭の事件のあと、帰りがけに家令のウォルターさんの傍らに控えていた人だ。
小柄だったからそうかなと思ってたけど、女の人だったんだ。
「たしか、影の薄いひとだー」
「気配は薄くしてましたけど、影は薄くないですっ」
そう言いながら、用心しているのかゆっくりそろそろと俺に近づいて来る。
長い髪を後ろでひっつめ、身体にぴったりとしたグレーっぽい色の上下を身につけているが、雰囲気はなんだか前世にいた忍びみたいだな。腰の後ろにたぶんダガーを忍ばせている。
「で、あなたは誰でしょう?」
その女の人は俺の近くに来ると、頭を下げて地面に跪いた。
「お察しされてるのかもですが、初めてお目にかかります。ウォルター様の配下でエステルと申します」
「はい、はじめまして。顔を上げてください。それから、クロウちゃんはつつきに行こうとしないんだよ」
「カァ、カァ」
クロウちゃんは、ちょっと不満そうに鳴いていた。
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