第244話 見学と個人授業
バルくんがライくん相手に打込みを始めた。ふむふむ。
正直言うと、1年生にしてはうまさはあるが強さが足りない。変化も少ないな。
教わった型通りに、ただ稽古として木剣を繰り出している感じだ。
どちらかと言うとライくんの方が、多少デタラメ感はあるものの、剣だけの実戦でも強いだろう。
あらためて総合武術部での半年間の成果が感じられるね。この前の合宿でも何かを吸収したかな。
「先生の講義って、試合稽古とかは?」
「初級なんだからまだよ。春学期は、素振りと型、それから打込み。秋学期は、これから各自の技量の進捗を見極めて、それから試合稽古って感じね」
「それはそうですね」
「下手に怪我とかされちゃうと、危ないしね。あなたみたいな回復魔法の使い手もいないし。あなたみたいな」
そんなに強調されても、俺は講義が重なってますからね。
「まあ、何かあったら通常は、学院の医務室の先生を呼ぶわ。この時間だと、お隣の魔法訓練場に、呼びに走らせることも出来るでしょ」
つまり俺を呼びに行くのが、いちばん手っ取り早いって言いたいんですよね。まあその時は呼んでください。
「そうね。あなたがそんなに聞くのなら、今日は特別に、何人かを選んで試合稽古をさせようかな。たまたまここに、回復魔法が出来る人がいるし。たまたまだけど」
そんなにとか聞いてないですけど。そりゃ、たまたま見学してますけどね。
それでフィロメナ先生は少し考えていたが、「打込み、止めっ」の声を掛ける。
「はい、お疲れさま。皆、だいぶ身体も安定して来たし、動きも夏休み前よりも良くなっているようだわ。それでは秋学期初日ということで、特別にこの後の時間を使って試合稽古をしてみます。ただしそうね、まだ全員と言う訳にいかないから、私が3組ほど選びました。今後は皆の様子を見て、最終的には全員にやって貰うわよ。それに今日は、剣術学特待生が見学してるしね」
それから先生は、試合稽古をして貰う3組6名の学院生の名前を挙げた。
そこにはライくん、ヴィオちゃん、そしてバルくんと、A組の3名が入っている。
あとの3人は、どうも剣術学中級諦め組らしい。
名前を告げた後に、俺の方を向いてウィンクするのは止めましょうね、フィロメナ先生。
試合稽古の様子は省略しましょう。3つの対戦で勝ったのはすべてA組でした。
対戦相手には悪いが、ライくんとヴィオちゃんはまだまだ剣術初心者とは言うものの、この程度の相手でうちの総合武術部員が負けては困る。
それで注目はバルくん。
結果としては、ギリギリでなんとか勝ちを拾ったというところだ。
相手も技量はほぼ同程度で型稽古のような打ち合いが続き、結局はラッキーな瞬間をバルくんが得て、相手の腕に彼の木剣をおずおずと当てることが出来た。
経験が少ないのは仕方がないとして、さてどうしようかな。
「はい、では今日の講義はこれで終了します」
それぞれの試合稽古を振り返りながらいくつか指導を行い、講義は終了した。
見学していた俺のところに、うちのクラスの3人がやって来る。
「ザックくん、ホントにあっちをサボって見に来たんだ」
「おまえ、さすがだな」
「いやー、それほどでも。って、サボってませんよ。自主訓練にしたからさ」
「訳わかんない」
「あの、なぜ、見学?」
「バルくんそれは、この人……」
「しーっ、ヴィオちゃん。いやいや、たまには初級の講義も見てみたいなと」
「この先生のすることは、いちいち気にしない方がいいぞ、バル」
「あ、そうか」
取りあえずバルくんの追求も無さそうだ。次の俺の講義は剣術学中級で場所は同じここだし、インターバルは30分あるし、どうするかな。
あ、フィロメナ先生なんですか? みんなは次の講義に行きますか、そうですか。
「どう、どう? 先生、サービスしたわよね?」
「は、はあ」
「これはザック君にひとつ貸しかな。そうよね」
「は、はい」
「さてさて、この貸しはどうやって返して貰おうかな。どうしましょ。次は中級の講義だし」
「えーと」
「そうだわ、先生の縮地の訓練を見てくれるってどう? その前に、少し教えて貰わないとよね。そうしましょ、どうかしら」
そうしましょ、どうかしらって。フィロメナ先生的には、先ほどの試合稽古は俺に対するサービスって位置づけですか。剣術学初級の講義としてそれでいいのかなぁ。
でも確かに、充分参考にはなりましたけど。
それで仕方がないので、俺は更衣室で訓練用上下に着替え、先生が待つ訓練場のフィールドへと戻る。
フィロメナ先生は春先に俺の縮地もどきを見て、更には実際の対戦で縮地(真)を体験してから、自分自身でそれを修得することを目標にしているようだ。
俺は以前に、ごく簡単に術理を解説し前世の歩法も教えたのだが、それ以上は直接的に訓練を見てはいない。
これまでは先生自身がいろいろと試しながら、ひとりで訓練をしているのだと言う。
実際にやってみて貰ったが、まだまだ先は遠いな。
「まずは縮歩に繋がる歩法の鍛錬からですが、その前に、そうですねダッシュしてください」
「ダッシュ?」
「あ、いや、ここからあそこまで、いきなり最大速度に上げて走り込んで。それから急停止、反復してこちらに同じく最大速度。そしてまたここで反復を繰返す」
「わかった」
およそ50メートルのダッシュの反復繰り返し。ごく短時間で俊速移動する感覚と、それを維持するためのスタミナもつける。
こちらの世界では、うちの騎士団員やファータの探索者とかはともかくとして、短距離や中長距離とかでスピードを変えて走る訓練などは勿論無い。
その中で、素早い動きを信条とするフィロメナ先生は、おそらく走るスピードも速いと思うのだけどね。
だからまずはダッシュをさせてみよう。
「よし、始めっ」
「はいっ」
言われた通り、先生はダッシュすると50メートル先で急停止してクルっとこちらに向き直り、また猛然と駈けて来る。
なかなか速いよね。よし、10往復、50メートルダッシュ20本だ。
かなり頑張っていたフィロメナ先生。しかし徐々にスピードが落ちて来た。
「止めっ」
「は、はいー。はぁはぁはぁ」
「暫時、休息」
「はいー」
暫し休ませる。そして再開。
「では、再び行う。位置について」
「えー、まだやるのー」
「まだやります。用意はいいかっ」
「はいー」
「よし、始めっ」
「むんっ」
こうして10往復、50メートルダッシュ20本を3回繰返した。
「よし、止めっ。暫時、休息」
「ひー、はー、はぁはぁはぁはぁ」
「おーいザック。今日は早いな、ってフィロメナ、どうした」
「ザック君、久しぶり。あれ、フィロメナはどうしました」
フィランダー先生とディルク先生が訓練場に来ました。
もう剣術学中級の講義が始まる時間か。間もなくブルクくんとルアちゃんも来るよね。
ふたりの剣術学の教授は、フィールドに大の字になっているフィロメナ先生を見て吃驚している。
「お、おいザック。おまえ、フィロメナに何をした」
「えー、僕は何もしてませんよ。心外な」
「しかしこの様子は」
「フィロメナ先生の訓練を、僕が見ているだけですよ」
「そ、そうなのか? でもどうして、こいつ大の字なんだ」
「ちょっといきなり、激しくし過ぎたかな。おーい起きてくださーい。もうブルクくんとルアちゃんが来ますよー」
「激しくし過ぎって、おまえ。でもザックは普通に平気な感じだな。凄いなザックは」
「もう部長は何言ってるの。ザック君に指示されて、私がひとりで訓練してたのよ。彼は見てただけ。ちょっとキツい訓練だったし。ふー」
「お、おう。そうか」
それで受講生ふたりもやって来て、いつも通り素振りから始めたのだが、いざ打込み稽古へという時点でフィロメナ先生がこう主張する。
「今日は私の訓練を見るって約束で、ザック君を予約してますから。ブルク君とルアちゃんの打込み相手は、部長とディルク先生でお願いします」
「フィロメナ、おまえ。予約ってなんだ。そんなシステムがいつ出来た」
「いいから始めますよ。はい、ふたり組になって。はい、始めっ」
「お、おう」
「じゃこっちはこっちで続きよ。次は何をすればいいの?」
まだやるんですね。今日の講義はフィロメナ先生への個人授業ですか。そうですか、わかりました。
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