第239話 探査の風魔法
シルフェ様とシフォニナさんは風になって、俺とエステルちゃんは姿隠しの魔法で、それからクロウちゃんは空を飛べば、学院内でも誰にも見られず移動できる。
しかし今日はジェルさんが一緒だし、オイリ学院長とイラリ先生に案内されている立場だから、普通に歩いて行くしかないね。
しかし幸いに午前中だったこともあってか、ほとんど学院生には会わずに学院内の森へと行くことが出来た。
途中、オイリ学院長に、フィランダー先生とウィルフレッド先生は今日はどうしているのか聞いてみると、ふたりともそれぞれ訓練場で課外部の夏休み集中訓練を見ているそうだ。
と言うことは、姉ちゃんの部も剣術訓練場だな。まあ良かった。
森に着くとシルフェ様は辺りを見回し、「この森はキ素が少ないのねえ」とか言っている。
「王都や近辺にある森は、どこもこんな感じみたいですよ」
「あらそうなの。これもニュムペさんが居ないせいかしら」
「かもですね。おひいさま」
なるほど、やっぱりそうなんですね。
俺も先日に合宿を行ったナイアの森でのキ素の薄さが気になったが、そんな理由なんだろうな。
まあ、強い魔獣や魔物がいないのはいいと思うけど。
それから暫く歩いて、学院生立ち入り禁止の立て札を過ぎ、地下洞窟の入口がある大岩の場所へと着いた。
「こちらが地下洞窟の入口です」
「ここね。ちょっと入ってみましょうか」
「念のため私が先導します」
ジェルさんがそう言い、先導して大岩の狭い裂け目から中へと身を滑らせた。
続いてイラリ先生が入り、シルフェ様、シフォニナさん、エステルちゃん、俺、オイリ学院長と続く。クロウちゃんは、エステルちゃんに抱かれてるけどね。カァ。
狭い通路を少し行くと、始まりの広間の入口だ。そこは魔法障壁でしっかり塞がれている。
「これは、アルのね」
「ええ」
「あの、アルの、とは?」
シルフェ様の声を聞いて、学院長がそう尋ねて来た。
「いや、聞かなかったということで」
「あ、はい、すみません」
オイリ学院長はいつもの喋り方と違うので、どうも調子が狂うよね。
まあ、努めてきちんとした話し方をしているのだろうけど。
「ザックさん。ちょっとわたしが解除して、中に入ってみたいのだけれど、いいかしら」
「ええ。でも、元に戻していただけるんですよね」
「それは大丈夫よ。アルのとはちょっと違う魔法だけど」
それからシルフェ様は、魔法障壁の強さや構造を調べるように見ていたが、ふっと口から息を吹き掛ける。
その様子を俺は見鬼の力で見ていた。
するとその動作はごく軽く息を吹きかけただけだが、もの凄く濃く力の強いキ素力がアルさんの貼った魔法障壁に当たり、障壁を覆うように広がると、じわじわと魔法を溶かして行くようだった。
魔法を溶かして消滅させるのか、なるほどね。
「ザックさん見てたでしょ。わかったかしら」
「あ、はい。なんとなく。魔法を溶かすんですね」
「そうそう。良く見てたわね。これならあなたにも出来そうかしら」
「ええ、練習すれば、おそらく」
ここにウィルフレッド先生がいれば大騒ぎは確実だが、残念でした。
オイリ学院長とイラリ先生は、今起きた現象やシルフェ様と俺の会話を聞いてポカンとしている。
「さあ開いたわね。入りましょうか」
「まずは私が」
「あらジェルさん、あなた偉いのね。ザックさんも良い配下を持っているわ。ではお願いするわね」
ここでもまずジェルさんが中に入り、続いて俺が入った。
何かあった時には、俺とジェルさんとで対処しないとね。
始まりの広間は静かだった。
俺は高い岩の天井に、照度の強いライトの魔法を打ち上げる。少し暖かみのある色にしてみましたよ。
「光魔法。それも凄く明るいわー。でもなんだか安心するような光」
「この夏休みで、またザカリー君の魔法は進歩したのだな」
はいはい、後ろのエルフさんたち、これはただの照明ですからね。
「ザックさん、ありがとうね。良い光だわ」
「なんだか、ザックさまのお人柄を表すような、温かい光ですね、おひいさま」
「シフォニナさん、その通りよ。さすが、わたしの義理の弟ね」
あ、俺、シルフェ様の義理の弟なんですね。そうですか。
「これからどうしますか?」
「次の広間まで、行ってみたいところだけど。ここを出てから、アンデッドが現れたのよね」
「ええ。でも前回にアルさんと入った時は、次のその次の別れの広間までは、何もいませんでした」
「それはアルが一緒だったからよ。それでアンデッドごときが姿を現す筈もないわ」
「あ、そうか。あれだけ強い存在感を放出していると、それはそうですよね」
「あれで本人には自覚がないのよ。今頃アルったら、くしゃみでもしてるわ」
それはそれはデカイくしゃみだろうな。その時は、とても側にはいたくない。
「もしレヴァナントでもいたら、今日は装備を着けていませんから、剣で闘ったらダメですよ、ザックさま。汚れるし臭いですから」
「あら、お洋服が汚れるとか臭いのは嫌ね。それじゃ、わたしがちょっと探ってみましょうか。エステル、ちょっとこちらにいらっしゃい」
「はい」
シルフェ様はエステルちゃんを側に呼び寄せて、「いい? 良く見てなさい」と言うと、穏やかだが、しかし芯が強いと表現していいのか、先ほどの魔法障壁を溶かしたのとはまた違う意味で強いキ素力を伴った風を、長めに起こした。
その風は、次の広間へ続く通路へと導かれるように流れて行く。
これってもしかして、探査系の風魔法なのかな。
シルフェ様はエステルちゃんと手を繋いで、その風の流れて行く方向に耳を澄ませている。
繋いでいるふたりの手に光が出てますよ。でもまあ、ここならいいか。
「意識を風に乗せて辿って行くのよ」
「あ、はい。何となく分かります。いま通路を出て、次の広間に入りました」
「そうそう。何かいるかしら?」
「いえ、何も」
「それじゃ、次に行くわよ」
「あ、通路に入りました。ここも憶えてます。あの怖いレヴァナントがいた次の広間に続く通路。そう、そこを曲がって。あ、天井の低い広間に入りました」
「そこはどうかしら?」
「えと、何もいませんね。でも少し臭うような」
「そうね、ちょっと臭いわ。嫌な匂い」
「3つの通路入口があります」
「ではもう少し行ってみるわよ」
「だんだん匂いがキツくなってきます。臭い何かが通った後のような」
「そうね。ちょっとキツいわね」
「あっ、これですね、ザックさまが言っていたのは。なんだかふにゃふにゃした変な闇。向うが見えるようで見えないような。これが通路を塞ぐ薄闇の壁」
「エステル、わたし、もう我慢出来ないわ」
「はい、キツいです。鼻がひん曲がりますぅ」
「もう切るわよ」
「お願いしますぅ」
探査の風魔法を切ったのか、ふたりは「臭いわー」「ふひゅー臭いですぅ」と鼻の中を洗うように何回も大きく息をしていた。
そんなに臭かったんだ。まあ感知を働かせた意識の中だけなのだろうけど。風魔法だから増幅されたのかな。
でも、俺とアルさんとで以前にその薄闇の壁まで行った時には、そんなに臭い匂いはしなかったよなあ。
俺がふたりにそう言うと、「ザックさんて、もしかして匂い音痴?」「いえ、そんなことないと思いますけど」「アルならあり得るわよね」とかコソコソ話している。
「だって、クロウちゃんも一緒だったんだよ。臭く無かったよね?」
「カァ」
「そうなんですか、クロウちゃん」
「クロウちゃんがそう言うなら、そうだったのね」
俺よりクロウちゃんの方が、信用があるんですね。そうですか。カァ。
「あのう、すみません、エステルさん」
「はい、なんでしょう、学院長さん」
「その、おそらくシルフェ様の魔法で、この先を探査とかされたのではないかと思っているのですが」
「はい、わたしもお姉ちゃんのお力を借りて、一緒に探査出来たみたいです」
「なるほどです。で、その臭い匂いというのは」
「おそらく、臭い匂いを振りまくアンデッドだか何かが、この次の次の広間まで出て来たのじゃないかしら。その匂いが残ったのね。ザックさんが前に行った時には、臭く無かったとおっしゃるので、その後のいつか。あれほど臭いのは、もしかしたら割と最近のことかも知れないわよ」
たぶん、シルフェ様の言う通りなんじゃないかな。
取りあえず、今日はもうここから出ましょう。今日の下見はこれで充分ですよね、シルフェ様。
それでシルフェ様に、この始まりの広間入口を塞ぐ魔法障壁を貼り直していただく。
風魔法と空間魔法を複合させたものだそうだ。つまり空気は通すが、物理と魔法に加え、臭い匂いの粒子も通過させないフィルター付きだ。ホントかな。
効果は100日間ほどとのこと。
エステルちゃんがまだ鼻をむにゅむにゅさせているので、早く外に出ましょうか。
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