第237話 シルフェ様とカフェでひと休み
「おーい、ザック。奇遇だな。おっ」
「ザカリー、ここで何しとるんじゃ。おや」
「ザックくん、こんにちはー。あれ」
やって来たのは、オイリ学院長、フィランダー先生、ウィルフレッド先生とお馴染みの教授方3名でした。面倒くさいなー。
3人は俺に声を掛けると同時に横にいるそっくりなふたりの女性を見て、おやとかあれとか言っている。
紹介しないとダメですかね。ダッシュで逃げちゃダメですか。もうダメですか。
後方からジェルさん、オネルさん、ライナさんが音も無く移動して、3人の教授の後ろに少し離れて囲む位置を取った。
更に離れて、ブルーノさんとティモさんがこちらを警戒する。
上空ではクロウちゃんが旋回していた。
それに気が付いたフィランダー先生が、ん? 何だという顔をしている。
ウィルフレッド先生はエステルちゃんとシルフェ様の顔を見比べ続け、オイリ学院長は何かを探るようにじっとシルフェ様を見ていた。
「こ、これは、失礼をいたしました」
突然、オイリ学院長がそう小さな声を出すと、一歩二歩後退って片膝を地面に付けた。
あー、精霊族のエルフさんには何か分かっちゃいましたか。
「どうしたんじゃ、学院長」
「何ごとだよ」
学院長は何も答えず、無言で頭を垂れているままだ。
仕方ないなあ。
「学院長、立ってください。ここで騒ぐとなんだから、えーと。ジェルさん、どこか僕たちが休める近くのお店とか探して、予約して来てくれますか。そうだな、店内じゃなくてテラス席とかがいいかな」
「私が行きます」
「うん、オネルさん、お願いします」
王宮前広場近くの一角に在るカフェのテラス席を、オネルさんが予約して来てくれたので、片膝を突き畏まり続けているオイリ学院長を立たせ、そこに移動する。
おっさんと爺さんの教授ふたりは、何がなにやらまったく理解が出来ず、戸惑ったままだ。
「さあさ、みんな座って。何か注文しましょ。ぜんぶ僕のおごりだよ」
「喉が渇きましたね、お姉ちゃん。でもザックさま、お金は足りるんですか?」
「うん、まだダイジョウブ」
「ザックさんのおごりね。何が美味しいかしら。エステル、何がお薦め?」
「あ、ソルベートがありますよ。いくつか果物の種類がありますよ、ザックさま。お姉ちゃん、これがいいです。冷たくて美味しいですよ」
「あら、それって初めてよ。試してみるわ。果実のお味なのね。桃とかがいいかしら」
ソルベートって、子爵領の港町アプサラの夏の名物で、つまり果物のシャーベット。王都にもあるんだ。
それで、シフォニナさんもうちの連中も皆、ソルベートにする。カァ。キミも下りて来たんだね。
ブルーノさんとティモさんも離れて席に座りながら、やはりソルベートを注文した。
で、先生方はどうしますか? あ、紅茶とかでいいですか。そうですか。
「のう、ザカリーよ。エステルさんが、そちらの方をお姉ちゃんと呼んでおったが、そうなのか? 知らなかったが、双子さんなのじゃろか?」
「ええ、双子ではありませんが、エステルちゃんのお姉さんです」
「お名前はなんと申されるんじゃ?」
「(どうします? お名前を言っていいのかな)」
「(いいわよ。そっちのエルフさんには、気が付かれちゃったみたいだけど。人族の男性方の方は分からないんじゃない)」
そうかなあ。いいのかなあ。まあいいか。
「ご紹介がまだでしたね。えーと、こちらのお三方は、僕が学院でお世話になっている学院長と教授方で……」
俺は先生方をシルフェ様に紹介した。
「それで、こちらは、エステルちゃんのお姉さんのシルフェさんと、それからお側にいるシフォニナさんです」
「あら、ザックさんの行ってらっしゃる学院の学院長さんと、剣術と魔法の部長先生なのね。いつもザックさんがお世話になって、ありがとうございます」
シルフェ様は3名に軽く頭を下げて挨拶した。
一方でフィランダー先生とウィルフレッド先生は普通に挨拶したが、オイリ学院長は俯いて小声で「シルフェ様、シルフェ様、シルフェ様……」と呟いている。
さすがに屋敷でのうちの連中みたいに、椅子から転げ落ちはしなかったけどね。
「ところで学院長は、さっきからどうしたんだ。何も喋らなくなっちまったしよ」
「なんかおかしいのう。いつもと様子が違い過ぎるわい」
「…………」
そこで会話が途切れる。まずいなあ。
「今日は先生方3人で、どうしたんですか?」
「ああ、もう直ぐ秋学期が始まるのでな、ほら、例の件もありよるから、王宮内政部に行って来た帰りじゃよ」
「まあ、特に進展や変わった話は無かったがな」
王宮正門前から左方向に行くと官庁の建物や王宮騎士団本部があり、三公爵家の屋敷などもある。まあ、王宮外でのセルティア王国の中枢部分だね。
王宮内政部も当然、その官庁街の一角にある。
そんな会話の中、シルフェ様の方を見ると、エステルちゃんやシフォニナさんと「美味しいわねぇ」などと話しながら、楽しそうに運ばれて来たソルベートを味わっているし、うちの連中もいつもよりは静かだが、のんびりとソルベートを楽しんでいる。
まあ、夏の終わり間近のひと時って感じですか、って、問題は俺の隣に座っているオイリ学院長だよな。
「学院長。あの、何か気が付いたのかも知れませんが、ここはいつものように」
「え? は? あ、ザックくん。ええ、はい。……あの、ホントウのシルフェ様なのよね」
「ええ、正真正銘のですね」
「あなたと、エステルちゃんて、す、凄いのね。精霊族の一員のわたしとしては、畏れ多くて」
「エステルちゃんは、直系ですから」
「直系……。そうか、ファータのお姫さまだったものね」
「でも、シルフェ様のことは、里長はじめ里の誰も知りませんから。秘密ですからね」
「そうなのね。そうよねー。秘密よね」
「お願いします」
「もしかして、あの魔法障壁を張っていただいたのって、シルフェ様?」
「あ、それはまた別のお方で」
「別の……。そ、そうなのね。あなた、どれだけ凄い交友関係があるの」
「学院長は元に戻ったのか? ザックと何をコソコソ話してるんだ」
「もう大丈夫かの」
俺とオイリ学院長が小声で話していると、その様子を見ていたおっさんと爺さんが突っ込んで来た。
「あ、はい。も、もう大丈夫よー」
「そうか、ならいいんだがよ」
「いきなり、どうしたのかのう。エステルさんのお姉さんを見た途端じゃったから」
「あまりにも、そっくりであらせられたから、ちょっと吃驚しちゃって」
あらせられたとか、学院長、言い方言い方。そこ突っ込まれるよ、ほら。
「あらせられたって、なんだ? まだ調子がオカシイのか?」
「え、いえ、もう平気よ、へいきー」
「ねえ、そこのエルフちゃん。じゃなかった、オイリさんでしたかしら」
「は、はいーっ」
学院長、ほらそこでシルフェ様に呼ばれたからって、いきなりガタッと椅子を鳴らして立ち上がらない。直立不動は止めなさい。座って座って。
「な、なんでありましたでしょうかー」
「オイリさんて、慌て者のエルフちゃんなのかしら。まあいいわ。あのね、わたし、ザックさんがお学びになってる、学院だかに行ってみたいのだけれど、行っていいかしら」
「うちの学院にいらっしゃるのですかー」
「そうそう。ねえザックさん、まだ夏休みなのよね」
「ええ、あと3日、27日までは」
「そうなのね。では、明日にでも行ってみようかしら。まだ夏休み中なら、いいですわよね。ダメかしらオイリさん」
「だ、ダメなことなど、ひとつもありませんですー。ダメなどと、わたしごときが言えません。ぜ、是非にもー」
「あらそう。では明日伺いますわ。ザックさんとエステルもね。いいかしら」
「明日ですか? いいですよ。午前中に行って、学院の中でお昼でも食べましょうか」
「あ、いいですね、ザックさま。学院はご飯が美味しいですものね」
「ご飯が美味しいのね。それは楽しみだわ。よろしくね、オイリさん」
「はい、お待ちしておりますですー」
と言うことで、明日は学院に遊びに、じゃなくて下見に行くことになりました。
お騒がせしてごめんね学院長。
「なあザック。やっぱり学院長がちょっと変なのだが、エステルさんのお姉さんて、どこかのお姫さまなのか? と言うことはエステルさんもか」
「学院長があれほど恐縮しているとなると、相当に身分が高いようじゃが」
「まあ、そんなところです。ほら、精霊族同士の中のことなので」
「ああ、そんなものか。たしかに、人族には分からないことがあるのだろうな」
「わしらとは、文化や社会がずいぶんと違うそうじゃからの」
おっさんと爺さんは、取りあえずそれで納得しておいてくださいな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




